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私はあなたを真似る  作者: 石月 ひさか
従姉弟の恋愛事情
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王子様とお姫様


2人が店にやって来たのは、それから数十分程経過した後だった。


心理は明らかに不機嫌そうな顔をしており、その後ろからやけに自信あり気な男が歩いてくる。


あれが、恐らく相模鏡なのだろう。


飲み物は持っておらず、一直線にこちらへやって来た。


「何だよ。いきなり呼び出して」


心理はテーブルの横に立ち、腕組をしてこちらを睨む。


「まずは座りましょう」


隣の席を指すと、僅かに狼狽えたのがわかった。


機嫌は悪くとも、夢美に逆らう事はできないのだ。


しかしすかさず、鏡が前に出る。


「ほらな。だからコイツは信用できないって言ったんだよ。心理もわかっただろ?こんな風にこそこそ女と会ってるような奴なんだ」


どうやら夢美の事を、晃司の彼女か何かだと勘違いしているらしい。


「はぁ?どこがこそこそなんだよ。堂々と、お前等を呼び出してやってんだろ」


晃司は鏡に対しては怒りを露にして噛み付く。


「だけど女とデートしてたのは事実だろ?アンタの事は、最初から気に入らなかったんだよ。行こうぜ」


鏡は一方的に言い、心理の腕をつかんで立ち去ろうとする。


しかし夢美達がそんな関係ではない事は一番良くわかっている心理は、その場から動かなかった。


「心理」


鏡が声をかける。夢美は敢えて鏡ではなく、心理に告げた。


「立ってちゃ話なんてできないでしょう。座ったら?」


「ちっ……」


小さく舌打ちはしたが、渋々隣に腰を下ろした。


それを見た鏡は僅かに驚愕の表情を浮かべたが、同様に晃司の隣に座る。距離は少し離して。


「なぁ、心理。昨日も話したけど、やっぱり納得できないんだ。俺達の事は、俺達だけの問題だろ?お前が俺の事を嫌いになったって事ならまだわかる。だけど、相模に反対されたからなんておかしいだろう」


すると心理は眉を寄せ、晃司に食って掛かった。


「よく言うよ。俺達だけの、なんて言っといて、自分は夢美に話してんじゃん」


「それは──。仕方ないだろ。俺1人じゃ、どうすりゃ良いかわからなかったんだ。こんな話、他にはできないし。夢美にくらいしか」


「それでこんな場所で相談かよ?どうせ色んな事を、ぺらぺら喋ったんだろ!」


夢美はあくまでも話し合いのきっかけを作りたかっただけに過ぎない。


その為、できる限り口は挟まず、見守っていようとは思っていた。


だが、これでは晃司の立場が不利すぎる。


「よりにもよって、女に言うとか最低な野郎だな。心理、こんな女々しい奴となんかさっさと別れろよ」


これでは、2対1の状態だ。


晃司が強く出れないのを良いことに、2人供言い放題過ぎる。


ついに我慢できなくなり、夢美が口を挟む。


「西君は私にしか話していないと思う。私だって、誰にも話してない。だから、そんな風に責めないで。そんなんじゃ──」


「あのさ」


夢美が話終える前に、鏡が口を開く。


「アンタ誰だ?」


「西君のクラスメイトよ」


こちらに敵意を向ける鏡を真っ直ぐに見つめる。


どうやら彼は今まで、ちゃんと夢美の顔を見ていなかったらしく、目が合うと僅かに反応した。


「──まさか、心理の姉ちゃん?」


「違うわよ」


仮にも親友なのに、家族構成を把握していないなんて、『親友』が聞いて呆れる。


心理もそう思ったらしく、訝し気な表情で鏡を見た。


「あぁ、なんだ。違うなら聞きたいんだけど。アンタ一体誰だよ。なんだって心理の事に口出してくるんだ」


「それはお互い様でしょ?」


夢美は笑顔を崩さずに返す。


「何がお互い様なんだよ。俺は心理の親友なんだ。友達が変な男に引っ掛かってるんだ。心配するのが当然だろ」


「それなら私も西君の友達よ。恋人と別れそうになってるんだから、心配するのが当然でしょ?」


「はぁ?なんだよそれ。ムカつく女だな」


どうやら鏡は、見た目に反して中々血の気が多いらしい。


今にも殴りかかってきそうな勢いを晃司が制する。


「やめろ。夢美に当たるな。お前が気に入らないのは俺だろ」


「あぁ、そうだよ!」


怒鳴ると、強くテーブルを叩く。


その音に、周囲の客が何事かとこちらに視線を向けた。


「アンタが一番気に入らない。だけどな、このブスもムカつく。なにがクラスメイトだよ。アンタはコイツの事狙ってんじゃないのか?だったらこっちに協力しろよ。意味わからない事ばっか言いやがって」


あまりの暴言に、夢美は目を丸くする。


と同時に、この場に朝香を呼ばなくて良かったと思った。


もし同席していたら、ぶちギレて乱闘になっていただろう。


ヒートアップした鏡は、更に夢美に矛先を向ける。


恐らく、見た目から大人しい女だと判断した為だろう。


「アンタの目当てって何だ?まさか心理の事が好きだなんて言わないよな?」


「まさか、そんなわけないじゃない」


思わず笑い出す。


この笑みは本心から漏れたものだ。


だが鏡には、それを悪意としか捉えられなかったらしい。


「何笑ってんだよ?アンタどっち狙いかはっきりしろよ。心理か?それとも西?」


「だから、そんなんじゃないって言ってんだろ。夢美はただの俺のクラスメイトだよ。さっきから、夢美にばっか絡むなよ」


晃司が口を挟む。


しかし鏡は怯む事なく、その苛立ちを更に夢美にぶつけた。


「ただのクラスメイトが、こんな話に首突っ込むわけないだろ。あぁ、わかった。アンタ等付き合ってんだろ?このブスだって、大人しそうな顔して、色んな奴とヤってんだろうし。本当、ウザいよな。清純そうな顔したクソビッチって、一番タチ悪──」


「いい加減にしろ!」


立ち上がった人物を見て、鏡は目を見開いて黙り込んだ。


「先から黙って聞いてれば言いたい放題言いやがって!」


鏡に侮蔑の目を向けたのは心理だった。


まさか心理が怒り出すとは思っていなかったらしく、鏡はあからさまに狼狽える。


「な、なんだよ。俺はお前を心配して──」


「もういい。お前の話なんか聞きたくねぇ」


吐き捨てる様に言うと、意識的か無意識か拳を握り締める。


「夢に言いたい放題言いやがって。お前に夢の何がわかるんだよ!」


「は?な、なんでお前が怒るんだよ!この女は、西と付き合って──」


「んなわけねぇだろ!夢はオレの従姉弟だ!」


「!?」


姉ではないという言葉に油断したのだろう。


恐らく顔見知り程度だろうと判断し、言いたい放題言ったのが仇となったのだ。


「鏡。お前もう帰れよ。暫くは、お前の顔なんか見たくねぇからさ」


「俺は、ただ……」


まだなおすがろうとする鏡に、心理は冷たく言い放つ。


「帰れ」


「わ、わかった」


とたんに鏡は威勢を失い、肩を落として立ち去って行った。


それを見送ると、心理は夢美に深々と頭を下げる。


「ごめん。鏡が酷いことばっか言って」


「私は気にしてないから。それよりほら、話さなきゃいけない人がいるでしょ?」


心理は恐る恐る顔を上げると、晃司を見た後に目を伏せる。


「晃司も、ごめん。オレ──」


「あぁ、ちょっと待って」


夢美はトレイを持つと、鞄を肩にかけて立ち上がる。


「私は席を外すから。あとは、2人で話した方が良いでしょ?」


「えっ。ま、まぁ……そうしてもらえるとありがたいかな」


今の心理の状態であれば、恐らく問題はないだろう。


鏡の一件で、だいぶ頭が冷えた様だ。


「じゃあ帰るわね」


立ち上がり、歩き始めた時だった。


「ゆ、夢美!」


「!」


晃司が立ち上がり、手を掴んだ。


その瞬間、思わず振り払いそうになったが、なんとか堪える。


心理も何か言いたそうにこちらを見たが、何も言わなくていいと目で合図した。


「ごめんな。こんな事に巻き込んじゃって。でも、感謝してる。ありがとう」


こんな時に、振り払うわけにはいかない。だが、このまま掴まれたままなのも厳しい。


「だ、大丈夫よ。2人が仲良くしてくれていた方が、私も嬉しいから」


早く離して欲しい。


アレルギー反応が出る前に。


早く、早く、早く。


「多分、もう大丈夫だと思うんだ。夢美が一緒に俺を庇ってくれたおかげだよ。本当に、ありがとうな」


「うん……。あの、ごめんなさい。私、そろそろ行かなきゃ」


自然な仕草で手から離れると、小走りで店を出ていく。


外に出ると同時に、袖を捲り上げて腕を見る。


先程晃司には、肌に直に触られた。


いくらアレルギー反応が出にくい相手だとは言え、素肌に触れられるのはまずかったかもしれない。


しかし腕にはうっすらと掴まれた後がある程度で、夢美が懸念していたような反応は見られなかった。


「……」


夢美は暫くぼんやりと、掴まれた手首を見つめていた。


父や心理であっても、直に肌に触れられれば赤く腫れてしまう事がある。


だが血の繋がらない他人──晃司に触れられても、この程度の反応しか出ないなんて。


(もしかして、西君なら大丈夫かもしれない?西君なら……)


この体質のせいで、恋人も結婚も殆ど諦めていた。


だが、触れ合える人がいるなら。


諦めていた事も、諦めなくても良いかもしれない。


(私ったら、何を考えてるんだろう。相手は心理の彼氏なのに)


思わず晃司との未来を考えそうになり、慌てて首を振る。


晃司は心理を愛している。ゲイなのだ。


そんな人と付き合えるはずがないし、結婚もできるはずがない。


家に帰り、無意識に深い溜め息を吐く。


その時スマホが鳴り、鞄から取り出して画面を見つめる。


晃司からだった。


『さっきは本当にありがとう。心理とはなんとかなったよ。夢美のおかげだな』


「夢美のおかげかぁ」


あの時、晃司を庇ったのは、少しだけ違う気持ちがあったからだった。


心理と晃司には幸せになってもらいたいという気持ちに間違いはない。


だけど、あの時だけは少し違った。


鏡のせいで、あのまま2人が別れてしまったらと心配したわけではない。


純粋に、晃司が可哀想だと思ったのだ。


恋人と、その親友とやらに責められ、何も言えない晃司が。


自分が晃司を助けてあげたい。


そんな気持ちから口を挟んでしまった。


ぼんやりメッセージを眺めていると、また別の通知がきた。


今度は心理からだった。


『今日はごめん。鏡が酷いこと言って。夢のおかげで、晃司とは大丈夫そうだ。オレも目が覚めたっつーか。鏡とは少し距離を置くよ。もしもなんかあったら、オレに言ってくれ。必ず、夢を守るから』


「全く、お姫様なのか王子様なのかわからないんだから」


心理は夢美に頼る一方、急に男らしさを見せる事がある。


幼稚園の頃、心理が女の子に苛められて泣いている所を助けに入り、後ろに隠れてずっと泣いていた。


だが夢美が上級生の男子にからかわれた時は、すかさず心理がやって来て、相手が泣いて謝るまでケンカをした。


心理は昔からそうだ。


普段は守られているお姫様なのに、急に頼もしい王子様になったりする。


『ありがとう。相模君の事は多分大丈夫だとは思うけれど、何かあったら必ず心理に言うね』


メッセージを返し、ベッドに横たわり、手首を見つめる。


跡はすっかり消え、触れられたのがまるで嘘の様だった。


「しっかりしなきゃ。もう、全部諦めたんだから。私はずっと、1人で生きてくの」


栄養士の学校に通い、調理師の免許も取り、規模は小さくても、美味しい料理の店を持つのだ。


その人生プランには、恋人も旦那も子どももいない。


それが当たり前だし、きっとこれからもそうに決まっている。


「夢美、そろそろごはんよ。先にお風呂入っちゃったら?」


下の階から母親の声がする。


「うん、今行く」


ベッドから起き上がると、制服姿だった事を思い出し、愛用の部屋着に着替える。


着替えを持つと、風呂に入るために浴室へと向かった。





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