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「よし、じゃあ着いてきて」
先輩はくるりと踵を返すと、歩き始める。
「先輩、今日、来てたんですね」
「うん。何せ、うちの患者の完治後、初の晴れ舞台だからね」
「その前に、お友達じゃないんですか?」
「それもある。けど、あいつ、友達は勧誘してないみたい」
「そうなんですか?」
「そもそも、あいつ、変なところプライド高くて…、怪我でピアノ出来なくなったことを恥ずかしいから言わないでって言ってんだよね。必然的にピアノしていることすら、誰も知らないと思うよ」
「私にも中々、教えてくれなかったですもん」
「へぇ。だから、不思議なんだよね。なんで香月ちゃんには教えたんだろうね」
「私が、ピアノで挫折したからだと思います。なんとか、弾けるようになって欲しかったのかもしれません」
「ふぅーん。…、あ、ここ!」
ある扉の前で先輩が立ち止まる。
3回ノックをして扉を開けると、テレビでよく見る「楽屋」のようになっていた。
中央に置かれたテーブルとパイプ椅子に高木先輩は座っていた。
私と目が合うと、少し驚いた表情をしたけれど、ふっと穏やかに微笑んだ。
「久しぶり、香月ちゃん」
「全く、本当ですよ。あ、挨拶ぐらい…、して下さってもいいじゃないですか…」
治ったんですね、おめでとうございます!くらい言えれば良かったけど、あまりに平然としているから腹が立ってしまった。
「そうだそうだ。香月ちゃんなんか、お前いなくなったの、秋の終わりまで気づかなかったんだからな」
「えっ、それはごめん。いや、手が治るって聞いて、うっきうきでアメリカに飛んだから…、マジでごめん」
「そんなことだろうとは思っていました。完治、なんですか?」
「もうちょっとリハビリは、いるかも。まだ高難易度の曲はスラスラ弾けないから。でも、ぜんぜん痛みはないよ」
嬉しそうに自分の手を眺めている先輩を見たら、憤りが吹っ飛んでしまった。
「良かったです。私も、ピアノ、再開したんですよ。文化祭の合唱は私が伴奏です」
「ほんとに!?なあ、ユウキ、今年は母校の文化祭行こう」
「えー…、でもまあ、久々にゴリラに会いたいかも」
「なっつ。めっちゃくちゃ怒られたなー…」
「高木先輩も只野先輩もやんちゃすぎるんですよ」
「だってさー…、大人がやんちゃしてたら白い目で見られるじゃん?できるうちにやっといた方が良いよ」
「そうそう。香月ちゃんも今のうちに佐奈と一緒にやんちゃしとけ」
「私も佐奈もそういうタイプじゃないです」
ゲラゲラ笑ってる先輩方に呆れつつも、前と変わってなくて、ちょっと嬉しかった。
「先輩、懐かしい曲、弾いてくれてありがとうございます。このコンサートのタイトルも…」
「そうそう。そもそも、ピアノはずっと再開したかったけど、一番の理由は香月ちゃんだから」
「私?」
「そうそう。挫折しちゃった子達に、怪我をしてでも復活できた俺がいるから、がんばってっていうメッセージを送りたいと思ったから」
「そうですね。確かに、すごく力になりました。現に私は、復帰できましたし」
「まぁ、香月ちゃんは俺が復帰するより早く、自力で復帰したけど」
「いえ、でも、先輩に会わなかったら今の私はいないです」
「あ、盛り上がってるところ申し訳ないけど、そろそろ後半戦の時間だよ」
「じゃあ、私、後半も楽しみにしてます!がんばってください」
「ありがとう」
只野先輩の後に続いて楽屋を後にする。
席に戻るとお父さんが待っていた。
「ごめん。長話になっちゃってて」
「いいよ、いいよ。2年半ぶりに盛り上がっちゃったんでしょ」
「そう。ぜんぜん変わってなかった」
「そっか」
再び、会場が暗転する。
さあ、後半が始まる。




