第7話 「魔族エリア侵攻」
俺は山脈を一日かけて越え、二日目にしてやっと魔族生息付近まで足を伸ばした。慎重に単独行動をしている魔族を見つけだした。もちろん、事前に憑依による情報で大よその実力はサーチ済み。念のため技能で力量差もリサーチした。最悪の場合は魔族に憑依して自害すればいいので、逃げ道もちゃんと用意している。その為にソロの魔族を探していたのだから準備に抜かりはなかった。
相手の魔族は筋骨隆々。リンゴを一握りで楽に潰せそうな体をしている。全身には漆黒の鎧、両手には大きなモーニングスター。顔は人間だが体はゴリラと言っても過言ではない。
「ゴゴズガグ……」
魔族の言葉を話しているのだろうか? 何を言っているのか分らない。先手必勝、魔法をぶつけてみる。
「ファイヤーアロー!」
初級技で様子見。火属性最弱の攻撃で死ぬとは思っていないが、回避するの防御するのか相手の出方を伺った。
結果としては、武器を振り回して防がれる。それどころか反撃に出ようとこちらに走ってきた。
(単発の弱い攻撃じゃ止まらないか……とりあえず足を止めるか)
「ポイズンクァグマイア!」
毒沼の魔法。敵の足元を中心に半径5メートルの地面を深い沼に変えた。敵は動きが取れず、もがいている。毒の方は耐性があるのかあまり効いていない。
「ファイヤーレディエイト!」
火の中級魔法。魔力の放出を止めるまで、火炎放射器のように火を出し続ける。鎧は装備しているが、移動しなくてはいけないので間接など隙間は必ずある。こういう相手は硬い物をぶつけるより火や冷気などが効きやすい。
「ガアアアアアアアア!」
必死にモーニングスターを振り回しているが、地面に届かないため沼から抜け出せず、そのまま絶命した。思ったより呆気なかった。
「初めての魔族との戦いだというのに、適切な対処を瞬時に行い、弱点を即座に見抜くとは、すごい実力ですね……! 正直かなり驚きました!」
「……ああ、ありがとう。でもあまり大きな声ではしゃぐと魔族に見つかるかもしれないから静かに頼む」
(邪魔しないんじゃなかったのか? この程度で騒がれると敵に見つかるかもしれないしちょっと迷惑だな)
「っっ! ごめんなさぃ」
アーリアスはとても申し訳なさそうにしていた。なんだか最強の冒険者って感じがなくなったな。
俺は次の魔族を探すため再び歩き出した。
森の中を歩いていると少しひらけた所に、魔族4体いた。それぞれ盾と片手剣、両手に短剣、弓、杖を持っている。これが魔族のパーティーだろう。魔族の肉体の耐久度はさっき倒した敵で把握出来たので、近場にいた事もあるしこいつらも同じレベルだろう。一気に倒す事にした。
「メテオフォール!」
直径十五メートルほどの熱を持った岩を低空に発生させ落とす魔法でまとめて攻撃した。短剣を持った魔族は素早く、落ちてくるまでに急接近してきて回避したが、後の3体は当たってぐちゃぐちゃになって死んだ。短剣を両手に持った魔族が突いたり腕を薙いで切り裂こうとしたりしてくるが、俺の武器のサイスで全部弾いて防いだ。敵は一度距離を取ろうと足に力を入れた、その瞬間を狙って上から真っ直ぐサイスを振り下ろした。魔族は後ろ斜め上にジャンプしてしまっており、見事に体が真っ二つに割けた。
「あんまり戦ってる感じがしないな。魔族ってこんなレベルなのか?」
「この魔族も決して弱くは無いですよ! 薫さんがかなり強いのもあります。それから、魔族の精鋭は奥で控えてて、普段周囲を見回ってる魔族にとても強いのはいないですね」
「なるほど。じゃあ周囲は狩り放題というわけか」
「ところで、アーリアス。 脚は速いか? 魔族に追い回されても全て避けて逃げ切れるくらいに」
「えぇ、私は身軽な方なので大丈夫ですが、それがどうかしたんですか……?」
俺は答えないまま、軽く走り出し見かけた魔族に片っ端から初級魔法を撃ちモンスターを集めながら走り回った。そして二十匹ほど集まったところで魔法を放った。
「アースピラー!」
土を盛り上げ、高台を作る。
「ウォーターフォール!」
「ブリザード!」
大量の水流で押し流し、凍らせ、止めの魔法を放つ。
「メテオフォール……」
俺は詠唱の途中で既にこの後の惨状を想像し、やり過ぎたとテンションが下がっていた。詠唱が終わると魔法が発動し、敵の頭上から今度は直径三十メートルの隕石を距離を調整して落とし、凍った敵を大きめのクラッシュアイスにした。同時に控えめなクレーターが出来ていた。戦闘という名の虐殺の轟音を聞きつけた警戒魔族兵が全部で八十体ほど集まってきた。
「トルネードウォーターストーム!」
今度は渦をまいた水柱が空から真下へ何十本も降り注いだ。魔族全体の足場が水で満たされたのを確認してすぐさま次の魔法を放った。
「サンダーフォールボンバー」
水に浸かった敵はことごとく感電死した。
「いきなり何をするのっ、ちょっと死を覚悟しちゃったわ。それにしてもすごい魔法ね!」
「これくらいダイヤランク以上なら使えるんじゃないのか??」
「もう、いじわるしないでよ。こんなことが出来るのはマスターランクでもまずいないわ」
「奥の方がざわついてるわ。魔族の精鋭が大群で来るかも……。流石に大きな音を出しすぎよ!」
「最初から雑魚処理が目的だから問題ない。さすがに精鋭を相手にする気はないから、今日は引くぞ。全力で渓谷を通ってセロガルトの街へ帰るぞ。遅れたら置いて行くからな」
「ちゃんと着いていくから冷たくしないでー!」
そういって山脈を背に全力で走り出した。
「ちょっ、魔族が追って来てますよ! 追いつかれたらさすがに死んじゃう!」
――ガッ、ズガガガガ
(あっ、ズッコケた)
「いたた……。置いてかないでえぇー! 死んじゃう! 本当に死んじゃう!!」
仕方が無いので服の背中のあたりを摘まんで持ち上げ体の正面にもって来て、両腕で抱え上げたまま走った。
(やだっ、これってお姫様だっこ! 私より強いし頼りになるし男らしくて素敵……!)
最強の冒険者であるアーリアスは男よりも強く頼りになるので、女性として見られていても異性として意識される事は無い。お姫様だっこされた事などあるはずもなく、完全に落ちるまで時間は掛からなかった。
なんとか人間側の前線まで走ってくると、さすがに恥ずかしかったのか降ろしてほしいとアーリアスが言ってきたので降ろしてあげた。魔族はもう追ってきていなかった。
「怪我とかはしてないか?」
「はい、この程度何ともないです。足手まといになってごめんなさい……」
「いや、まあ気にするな。役に立たないこともなかったしな」
セロガルトに戻ってきて安心し、一息つけたところでふと思い出した。魔族と戦い倒せたのはいいが、お金にする事をすっかり失念していた。証拠である核を取る余裕もない状況へもっていき、挙句逃げ帰ってきたのでお金が手に入らない事を少し残念に思った。
「そういえばアーリアス。魔族にもモンスターみたいに核があるんだよな? でもあの強さに集団行動や連携もしてくるとなると、金稼ぎの効率は悪いんじゃないのか?」
「あら、知らなかったんですか? ダイヤモンド以上は魔族討伐も視野に入るので、ブレスレットに特殊な加工が施されていて魔族を倒したらその数や強さが自動で記録されるんですよ。 どうやってるのか仕組みは私も知らないんですけどね?」
「そうなのか。てっきり今回はタダ働きだから、付いて来て色々教えてくれたお礼にアーリアスに何かするって言っても遠慮されてダメかと思った所だったんだ」
「えっ、本当ですか!? じゃぁ今夜一緒に食事して頂けませんか? 薫様の奢りでっ!」
(薫様だと? 呼び方がどんどん変わってくな。まぁ俺の実力を認めたって事か)
そして俺達は一緒に冒険者ギルドで報酬をもらった。ギルド職員が魔族の討伐数にかなり驚いていた。アーリアスの評価がさらに上がった雰囲気だったが、腹が減ったので気にせずさっさとギルドから出て、アーリアスと食事をする事にした。
「この街は人も多くないので、食事する所は一箇所しかないのですが、その分料理の種類は多めなんですよ」
「そうなのか。まぁよく分からないからアーリアスのお勧めを二人分の品数頼んで、分けながら食うか」
「はいっ! 是非!」
腹いっぱい食った俺は眠くなったので、宿に帰り寝る事にした。
「じゃあ、おれはこのまま宿に戻って寝るから、またな」
「はい、また機会があれば!」
宿に戻るとベットに顔からダイブした。
(あー疲れたー。ちょっと張り切り過ぎてしまった。人を持ちながら走ったし、魔力的にも肉体的にもクタクタだ)
そんなことを考えているとドアから『コン、コン、コン』とノックする音が聞こえた。
扉を開くとアーリアスがそこにいた。
「またお会いしましたね!」
「いや、俺のいる部屋だからな。というか会いに来たんだろう? 偶然みたいに言われても困るんだが。何か忘れものか?」
「あのっ、えっと……」
「……? どうした?」
「わっ、私!あなたの事が好きなんです!!」
「えっ。唐突だな? 昨日会ったばかりで、しかも最初会ったときは結構印象悪かったと思うんだが? それに俺の事も何も知らないだろう?」
「それでも好きになってしまったんです。私は自分の心に嘘はつけません!」
「じゃぁ、アーリアスは俺のために何をしてくれるんだ?」
「何でもします!」
「じゃあ俺が、アーリアスから見て何もしていない一般人を殺せを言ったらするのか?」
「はい、本当に望んでいるのなら私はします!だって…私には分からなくても貴方が意味もなくそんな事をするなんて思えませんから」
(初めて会った時から今に至るまでの態度の変化といい、考え直すと本当の事を言ってるのか……?まぁとりあえず反応を見てみるか)
「……そうか。なら信じてこれから俺の真実を話そう。俺は異能を持ってる。それは相手に憑依して体をのっとると同時に相手の記憶を得る事が出来る。もちろん能力を解除すれば相手は何も感じずに元もままだ。だが俺は相手の記憶を持ったままでいられる。それを利用して一気に強くなったんだ」
「そう……なんですか。例えば魔法や戦闘技術は憑依した時点で完全に使いこなせるんですか?」
「いや、得られるのは知識だけだから俺自身の体を鍛えて、技術も練習しなければ使いこなせないが」
「じゃぁ、それって許可はないですが、アドバイスをもらっただけのようなものですよね? 努力して自分の力にしたなら、全然悪い事じゃないですよ。それに強くなる為の手段を言ってられる状況でも無いですし。強い人が増えるのは人類のためになりますよ?」
「……そこまで言ってくれるのか。気持ちは嬉しいが、俺にはこれからやらなきゃならない事がある。それは能力を駆使して政治などの改革を行い冒険者を増やし鍛えて魔族を倒すことだ。憑依中は俺の実体は消えるから会えないんだ。だから一緒にいる事はできない」
「……じゃあ、それが終わって魔族がいなくなったら、私と付き合ってもらえますか?」
「そうだな、もし魔族を倒した後に俺がここで暮らしていく事になってアーリアスがまだ俺の事を好きでいたのなら、結婚を前提に付き合おう」
(残念だが、管理者も満足するだろうしこの世界にいない可能性が高いけどな……)
「そのために、アーリアスには前線で強い冒険者を纏め、戦力が増えるまで前線を維持し人々を守っていてほしい」
「分かりました。私が前線を守り、あなたが全体を強くする事によって私を守ってくださるんですね」
(ちょっとズレてる気もするが、まぁ間違いではないから訂正はしないでおくか)
「その通りだ。俺は冒険者を一旦やめて明日から行動しようと思う。また会う時まで体に気をつけて無茶をしないようにな」
「はい。薫様も無理はしないでくださいね。あの……もしよければお互いをもっと知る為に今日はもう少し話をしませんか?」
――そしてアーリアスとの会話は深夜まで続き、二人とも眠くなり同じ部屋で眠ったのだった。