第6話 「最悪の出会い」
俺は朝起きると、昨日の失敗を踏まえ夕方頃に到着するように時間を調節し、今日はグレンツォの街でのんびり過ごす事にした。上級冒険者専門の街ともいえるだけあって人も少なければ店も少ない。セーヴィラスのギルド職員に説明してもらった時に思っていたより、やはり面積も小さい。まぁ情報はミレティアで得ていたから期待はしていなかったんだけどな。
「『無駄に時間を過ごす』という生活は元の世界以来か……。充実した生活の中で無駄に過ごすというのは有意義な事だな。この世界に来ていなければ恐らく一生気づけなかっただろうな」
感慨深くそんな事を考えゆっくりしていると意外と時間の流れは速いもので、セロガルトの街へ出発する時間になった。
「アデュー。グレンツォ」
彼は今日はちょっと呆けていたせいで憑依の副作用で人格がぶれていた。
「おっと。しっかり意識をもって気を張ってないとおかしな事をしてしまうな……」
気を取り戻し、道中のモンスターを倒しながら…と俺は思ったが今更この辺りのモンスターを倒すのも面倒になってきたので隠密技能で全無視してさっさと進み、セロガルトへ着いた。
時間は少し早めだったが、ちらほら狩りから戻ってきたり街中を歩き回る冒険者がいたので予定通り憑依していった。日が沈む少し前に切り上げ、俺は冒険者ギルドへ行きギルド職員の人にランクアップの申請をした。
「この間まで忘れていたからな、同じ轍は踏まないぞ」
そして順調にプラチナからダイヤモンドへと昇格した。
「この辺りで見ない人ですね。最近やってきた人ですか?」
突然、背後から声を掛けられた。振り返ると左の腰に剣を携えた女性冒険者だった。
髪は鮮やかな青色で二の腕あたりまで真っ直ぐ伸びている。目つきと鮮緑の瞳は一流冒険者だと感じられる威圧感を放ち、肌は色白にもかかわらずひ弱なイメージは一切なく、逆に無敵を象徴するかのようだ。実際に傷の跡などは見受けられない。
俺は厄介事になりそうな気配がしたのでこの女性は回避する事にした。
「お気になさらず、お嬢さん」
そう告げてさっさとギルドから出ようとするも、やはりこのままでは済まないらしい。
「私はこれでも一応最強の冒険者と言われてる程度には実力があります。貴方をこの辺で見た事がなかったのでおそらくこの街は初めてだと思いアドバイスを、と思ったのですが。礼儀のなっていない人ですね」
「そうだったのか、それは悪かったな。だが名乗りもせずアドバイスという親切の押し売りをしようとするのは礼儀としてどうなんだ?」
(――ブチッ)
「そうですね、失礼しました。私はアーリアスといいます。貴方の名前は?」
「俺は木島 薫だ。それじゃあな」
「待ちなさい、木島 薫。まだ話は終わってないわ。それで貴方、先輩冒険者の私に対して失礼な事をしている自覚はないのかしら?」
「ない事もないが、正直言うと関わりたくない。俺は1人が好きなんだ」
「そもそも貴方のランク、ダイヤよね。私はマスターなんだけど? 敬意とかないのかしら」
「ランクが実力の全てじゃないだろ。実際俺はグレンツォへ着くまでブロンゴだったぞ? ランクアップするのを忘れてただけだが」
「そう、随分と実力に自信があるのね。それじゃあ今から勝負しましょう。丁度刃のついてない武器なら用意できるから」
「丁重にお断りする。最初に言っただろう、関わりたくないだけだと。お前は相手の気持ちも配慮できない、器の小さな最強の冒険者様なのか?」
彼女は薫の態度にぶちギレていた。本物の剣で斬りかかりそうになるのを必死に抑えるため、下を向いて全身にに力を入れて必死に堪える。
「っ……。ま、まぁ最強たる者、常に冷静を心がけなきゃね。今回の事は勝手の分からない冒険者のした事と言うことで全て水に流してあげるわ。それより貴方程度でも勝手に戦って死なれると魔族との均衡に影響が出て困るの。団結しないといけないのよ、わかる?」
彼女はなぜか執拗に彼に噛みつくが、顔を正面に向け、喋った時には彼はギルドの中にはいなかった。
「ふう。なんかおかしいのに絡まれたな。今日はもう宿屋へ行って部屋に閉じこもるとしよう」
俺はダッシュで宿屋へ向かい、急ぎながらチェックインを済ませ、部屋の中へ入った瞬間扉の鍵を掛けてひと安心した。
翌朝チェックアウトして宿屋から出ると、正面に昨日のアーリアスと名乗っていた女冒険者がいた。
「おはようございます、木島さん。昨夜はよく眠れましたか?」
「あぁ、お陰様でな。昨日は綺麗なお嬢さんを見かけたおかげで、興奮して中々寝つけなくてな。まぁ色々考えてたらぐっすり眠ってたよ」
もちろん俺は、絡んできたアーリアスに後になって腹が立ってきた事を嫌味っぽく言っただけだ。
(えっ……。私を想像しながら……?)
だが、アーリアスは頬を赤く染め、耳は真っ赤にしながら少し嬉しそうな態度をとる。
(こいつ何で照れたような態度をしてるんだ? 皮肉が通じないのか? 今後のこいつの対処を考えてたって言っただけなんだがな……)
「あの、昨日はごめんなさい。ちょっと疲れててあなたに突っかかってしまったの。それで謝りたくて朝早く起きて宿屋の前で待たせてもらいました」
(? まぁ下手に出るなら困る事はないか。気にするのはやめよう)
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。俺はまだ魔族と戦闘した事がないからこれからちょっと様子を見に行くところなんだが、用がそれだけならもう行ってもいいだろうか?」
「あっ……あの、魔族はモンスターとは勝手が違いますよ? お1人で行かれるのでしたら、ご迷惑でなければ私も一緒に行っても良いでしょうか?」
「俺は今までパーティーを組んだ事がないから連携とか分からんぞ?」
「大丈夫です。もしも危なくなったらカバー致しますし、それ以外は邪魔にならないようにしますので!」
「まあそれなら構わないが」
なぜこうも俺に纏わりつくんだろうか。強いなら金銭目的でも無いだろうし魔族との戦争状態で俺を殺して戦力を減らすような真似もしないだろう。邪魔しないっていうなら気にしなくていいか。
戦闘訓練をしていない人間と魔族だと絶対に人間は勝てない。だが、装備を整え戦闘に慣れて鍛えられた人間なら、戦闘に慣れていない魔族は楽に倒せる。問題は戦闘訓練をした魔族だ。一般的に一対一だと人間が少し不利らしいので基本的にパーティーで連携して戦うらしい。実力者の中には一人でも複数の魔族を相手にする人もいる。結局はそれぞれの実力によるという事だ。
「先に言っとくが、魔族とは一人で戦うから、手出しは無用だぞ」
「はい! わかりました!」
こいつは初対面ランクが俺より上とか言って偉そうにしてたが今は随分な変わりようだな。なんだか張り切ってるようだし。
「パーティーじゃないから人間と魔族のエリアの唯一の通路である渓谷は通らずに、脇の険しい山脈を通っていくんだがそれでもいいのか? 野宿とかも普通にする予定だが?」
「はい、私も経験がありますので問題ありません!」
(いや、男女二人の野宿に問題がないっていうのはこの少女、危機管理能力に問題ありなんじゃないだろうか? それとも自分の実力を過信してるのだろうか?)