第1話『しかし俺は猫派』
■登場人物■
三影蓮二
誕生日:12月25日 28歳
会社員でお金にうるさい。いわゆるケチ。
※遊ぶときはちゃんと使う
綺麗好きのめんどくさがり屋さん
料理は人並み(めんどい)他人の作った料理最高
楽観的なポジティブ思考
猫派
早瀬壱華
誕生日:7月20日 20歳
正社員からニートになった調理師
料理は好きだし、人に尽くすのも好き
掃除もするけど月一単位
万年床でカーテンは開けっ放しの閉めっぱなし
素直でネガティブ。人懐っこい性格
犬を拾った。本来猫派の俺だが、犬ももちろん可愛いと思うのでそれは些細な問題である。問題なのは、犬は犬でも“犬系男子”と称される人懐っこい人間を拾ったことだった。
「早瀬壱華……19歳ね、新社会人じゃん」
住所不定無職というわけでもない。名前や年齢、その他諸々を確認し終えると運転免許証を壱華に返却する。
「ええっと、あの三影さんでしたよね? ここは……」
「俺の家だよ」
必要最低限の物しか置いていない殺風景とも呼べる何とも面白みのない部屋だ。
「何で見ず知らずの俺のことを……?」
「んー……なんとなく、かなあ」
買い物帰りに立ち寄った公園で壱華を見つけた。今にも死にそうな、悲壮感漂う思いつめた表情を浮かべながらベンチに座る彼に、気まぐれに声をかけたというわけだ。
積もる話もあるだろうし、それはきっと他人に聞かれるのは憚られる話だろうと踏んで、挨拶もそこそこに家に招いた次第。かくいう俺も全くの初対面だというのに。
「放っておけなかったんだと思う、多分。なんかの拍子に死んじゃいそうみたいな? そんな気がして」
冗談だけど、と笑ってみせると壱華は表情を強ばらせる。
──地雷踏み抜いたか?
「あの、三影さん。俺の話を聞いていただけますか……」
ベッドに腰掛ける俺と、畳に正座をして小さく体を震わせる壱華。しんと静まり返る部屋の中で、俺の表情を伺うように見上げてくる。
横目に窓の外を見てみれば、しとしとと雨が降り始めていた。梅雨が始まる6月の午後――。つまらない話ですが、と壱華はぽつり、ぽつりと話し始めた。
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桜が咲き始めた4月。夢と希望と少しの不安を抱え、俺は社会人としての一歩を踏み出した。夢や希望といった淡い幻想は、悲しくも1ヶ月のうちに消え去ってしまった。俺に残ったのは、日に日に大きくなる不安と言いようのない焦り。
入社してすぐ、欲求順から辞めたい、眠い、帰りたいが口癖となってしまった。帰れなくてもいいから仕事を放棄して眠りたい。あわよくば辞めたい。
眠い目を擦りながらの出勤。静かな住宅街を抜け、職場へと急ぐ。
朝5時からの仕事。本来は5時半から始業。しかし、手際の遅い俺はそれだと間に合わないのだ。
上司に言われた言葉を思い出す。
「早くできるようにならないとお金がつくわけでもないし、早く出た分時間無駄だし、もったいないよ」
上手くできないことが、遅れることが、他人に迷惑をかけることが怖くてどうすることもできない。たとえ無駄だとしても、自分の時間を犠牲にしてでも、月数回しかない朝番の仕事は5時から始めるしかなかった。
明日の仕込みと掃除を終わらせたのが定時を1時間過ぎた頃だった。残業代なんてない。全ては作業の遅い俺のせいなのだから。タイムカードのないこの職場で、殆ど一人でいる現場でどう残業代を求めれば良いのかも俺にはわからなかった。
「お疲れ様でしたー……」
気の抜けた挨拶をすると、また明日と1年先輩の上司に声を掛けられる。俺は曖昧に笑って職場をあとにした。
真っ直ぐ家路につくのも癪で公園に寄り道をする。はしゃぐ子どもたちを眺めながら、深いため息と共にベンチへと腰掛けた。
何も予定のない穏やかな午後。休むのにはもってこいなロケーションだというのに、思い浮かぶのは残っている雑務や週間報告書の存在。まるで、休み方を忘れてしまったみたいで思わず自虐的な笑いが込み上げる。
「なにしてんだろ、俺」
俺の問いかけは誰に届くこともなく溶けて消えていった。
笑う子どもたちの笑顔さえも見るのがつらい。空の青さも照らす太陽も目に映る全てが憎らしく、俺が矮小な人間だと突きつけられるみたいに思えてくる。
噂で聞いた。別の事業所で2ヶ月も経たずに新入社員が辞めてしまったらしい。
──羨ましい。
辞めたいと言えるその勇気に敬礼。きっと俺には真似できない。
「そんな怖い顔して何したの、体調悪いの?」
「えっ──?」
声を掛けられる。それは突然のことで、一瞬誰に向けての言葉なのか分からずに辺りを見渡した。
「お前だよお前、そこの君!」
「お、俺ですか……?」
屈託のない笑顔を俺に向けてくる男性が一人。パーカーにジーンズというラフな格好にリュックを背負って隣に座ってくる。
「そうそう。俺は三影蓮二。君は?」
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壱華の声は次第にしぼみ、声は潤む。瞳には涙を溢れさせ、強がるようにそれを袖で拭った。
「まだ3ヶ月なんです! 3ヶ月しか働いていないんです、でもつらくて辞めたくて、休み方も忘れて何もないのに涙が溢れてきてしまうんです。でも、みんな働いてる、働けてる。それなのに潰れそうになってるのは俺が弱いからで……努力が足りないからで……」
──壱華の言う“努力”は、呪いだなあ。
自責に囚われ、身動きができずにもがき苦しんでいる。
「3年は働けって周りはみんな言う。三影さんだって働いてるし、だから俺も働かなきゃいけなくて! 慣れてないだけだから、こんなので辞めたいなんて甘えてる……!」
床に座る壱華と視線を合わせるように俺はしゃがみ込んだ。
ぼろぼろと涙を零しながら、嗚咽を漏らす。縋るように、救いを俺に求めるみたいに言葉を紡ぐ壱華。身体を縮こませ、まるで今から叱られるみたいに震える姿は痛々しく映った。誰が、何がここまで彼を追い詰めてしまったのだろう。答えは簡単で、会社と壱華の仕事だ。
「みかげ、さん、すみません……三影さんに関係ないのに」
「謝んなくていいよ。壱華別に悪くないじゃん。辞めちゃえよ、そんな仕事。そのまま続けてたらいつか絶対心壊すよ。嫌な保証だけど、絶対」
無責任にも程があるアドバイスとも呼べない言葉。けれど、その言葉は壱華が助けを求めた周りの大人が誰も言わなかったであろう言葉。彼が今、一番欲している言葉に思えた。
俺みたいに適当な人間が壱華の身近にはどうやらいないらしい。俺からしたら実に息苦しい生き方をしている子だなと感じた。
「辞めるのは悪じゃないよ。辞めてもいいんだ。だからそんなに自分のこと責めんなって」
「みかげ、さ、ん」
「なあに、どうした」
「わかんない、俺、もう、どうしたらいいかわからない、です」
このままでは呼吸もままならなくなりそうな壱華を宥めるように抱きしめ、背中を摩ってやる。他意はない。いわば慈善事業だ。
「んー、そうだなあ……」
深呼吸を促し、ようやく落ち着いてきたところでスマホを操作しとっておきのものを壱華に見せてやる。
「なん、ですかこれ」
泣き腫らした目のままだが、画面を凝視して表情を緩める壱華を見ると安堵した。
「この前職場の人の家遊びに行ってさ、その人が飼ってた猫の写真。可愛いべ」
「目がおっきくて、もふもふしてて、かわいい……」
「話はまた聞くからさ、とりあえず俺の猫コレクション見て」
犬ももちろん可愛いと思うが、本来俺は猫派である。猫のアピールは忘れない。
「壱華さ、俺と友達なろうよ。壱華なりの答え見つけてみよ。俺も手伝うから」
「ともだち、ですか……でもそんな、迷惑じゃないですか……?」
深く息を吐くと壱華の身体が強ばる。怯えた顔をしてこちらを見てくる。相当根深い何かがあると察した。
「迷惑じゃないよ。迷惑なら提案しないし。だから安心して、大丈夫だから」
「そ、それなら、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。壱華」
犬を拾った。気まぐれに拾ったその犬は、迷える子犬のようでどこか放っておけない。しかし、ほんの一瞬だけ、猫ならよかったのにと思ってしまったのは、あとにも先にも壱華には内緒である。
to be continued?




