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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第五章: 守護者たちの軌跡
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第九十八伝: Heart of Sword

<客人邸宅・客間>


 三国の首脳会談から数時間後。

親衛隊の兵士からの案内で無事にフィルたちのいる宿泊先に滞在していた雷蔵は、一人ラ・ヴェルエンテの街中を歩いている。

黒い革のブーツが雪を踏み鳴らす軽快な音を耳に響かせながら帯刀していた愛刀の柄に手を置き、白い息を吐いた。


彼は丁度昼寝から目覚めた所で、空いた小腹を満たす為に町の市場に向かっている。

ロイからの宣戦布告があったのにも関わらず未だに市場は賑わっており、多くの傭兵や兵士、他の商人たちが並べられた商品を吟味していた。


「そこのお兄さん! 良い武器があるんだ、見ていかないか? 」

「今はこの刀で事足りておる。すまんな」


無論の事雷蔵にも声が掛かり、若い青年の申し出を断って市場の奥へと足を進める。

珍しく曇天ではない青空を仰ぎながら歩き続ける事数分、雷蔵は兵士が訓練する為の運動広場へと辿り着いていた。

市場に並べられていたものが武器や防具などが多かった事から、この周辺は軍の人間が多く出入りしているのであろう。


その中で、一組の男女が戦う光景が彼の視界に映る。

鋼の打ちあう音が何度も聞こえ、気迫の声が周囲に響き渡っていた。


「失敬。見学させて頂いても宜しいだろうか? 」


広場の入り口に立っていた守衛に自身の入国許可証を見せると若い兵士は驚いたかのように目を見開く。

末端の兵士にも雷蔵たちの名前が通っているのだろう、彼は己の気を引き締めるかのように敬礼をした。


「近衛雷蔵殿でありますか! 陛下からお話は伺っております! どうぞお通り下さい! 」

「忝い。礼を言うぞ」

「はっ! 」


薄い笑みを向けつつ雷蔵は訓練場へと足を進める。

其処には深緑色の制服に身を包む数人の訓練生とその教官たちが男女の模擬戦を観戦しており、その中には皇帝の副官として徴用されているエヴァリィ・アスコートが腕を組みながら立っていた。

彼女の見つめるその先には得物を手にしながら互いに睨み合うフィルと椛の姿があり、雷蔵を僅かばかり驚かせる。

彼はゆっくりとエヴァリィの隣に歩みを進め、彼女の肩を叩いた。


「……貴方か。驚かせる真似など、随分と手癖が悪いように見える」

「驚かすつもりなど無かったさ。だが、そうならば謝ろう」

「不要だ。して、何の用でここに来た? 」

「何、拙者の弟子と妹分が試合をしているようでな。その様子を見に来たのだ」

「ほう、そうであったか。あの二人の剣戟は見てて気持ちが良い。胸が空く気分だ」


無表情かと思われていた彼女の顔は案外簡単に笑顔を浮かべ、思わず雷蔵の意表を突く。


「エヴァリィ殿のような方にそう言ってもらえるのは、彼らにとっても嬉しい事だろうよ」

「そうだといいがな。所詮剣を振るう事でしか陛下に仕える事が出来ん愚か者だ、私を良く思わない者もいる。だが貴方が聞きたい事は、それだけではない筈だが? 」

「……全てお見通し、か」


観念したかのように雷蔵は肩を竦め、短い溜息を吐いた。


「和之生国の事だ。陛下から我が国はヴァルスカの支配下になったと聞いているが、殿はどうしているんだ? 」

「彼は未だにあの国の首長を務めているよ。いくら我が国の手に落ちても国は国だ、閉国制度を廃止して交流を深めつつある」


エヴァリィの返答に雷蔵はそっと胸を撫で下ろし、空を仰ぐ。

彼自身国を捨てたと言いながらも、処刑人の任に就いていた時には本気で国に忠誠を誓っていた。

捨てた国を憂うのも無理はない。


「だが、()()()()はおそらく……奴らの手に渡っているだろう」

「……だからこそ拙者が来た。連中を追いに、な」

「待て、それはどういう事だ。それじゃあ、まるで……! 」


雷蔵の言葉にエヴァリィは虚を突かれたような唖然とした表情を浮かべ、その様子を横目に一歩前へ歩き出す。

憂い気な視線を彼女に一度だけ向けると彼は振り返り、椛とフィルの方へ視線を戻した。

そのまま雷蔵は模擬戦を終えた椛とフィルの下へと歩み寄り、二人に声を掛ける。


「お主らの戦いぶり、しかとこの目に焼き付けたぞ」

「雷蔵さん!? 」

「お前……どこから見ていた。盗み見とは質が悪いぞ」

「はは、すまんすまん。あまりにお主たちが良い剣裁きを見せるものだからな」


首に掛けたタオルで汗を拭う椛に肩を竦めつつも、雷蔵は隣のフィルに視線を向けた。


「しかし驚いたぞ、フィル。あの椛に互角の戦いを見せるとはな」

「ぼ、僕はまだまだですよ……椛さんの速さに翻弄されてるだけでしたし……」

「私はそうは思わんが。その歳と経験で反応出来ている時点で異常だ」


フィルは照れ臭そうに頭を掻きながら、頬を赤らめる。

冬場というのにも関わらず彼は長そでのシャツと布生地のズボンだけを身に纏い、白い息を吐きだした。


「……其処で、だ」


会話を切りつつも雷蔵は着ていたコートを椛に預け、一人訓練場の真ん中に立つ。

腰に下げた愛刀の柄に手を掛け、ゆっくりと足を広げた。


「拙者と剣を交えてはくれぬか、フィル。成長したお主の剣を肌身で感じたくなった」

「で、ですけど……」

「……行ってこい、カミエール。ああなってしまっては、もう誰にもあの男を止められまい」


呆れ顔の椛は深いためを吐きつつ、片手に握った小太刀を仕舞いながら視線を雷蔵へ流す。

身体中から溢れ出す興奮と高揚感を抑えながら、フィルは剣の鞘を握る力を強めた。

そして、段々と彼との距離を詰めていく。


「雷蔵さん。僕はこの一年間で、ずっと剣を振るってきた。貴方達と別れた後から、ずっと」

「…………」


手にした父の形見の柄を握り締め、一気に引き抜く。

雷蔵に向けられた白銀の刃は年季が入り、フィルの鋭い視線が彼を射抜いた。

確実に今のフィルは前に会った時よりも成長している。

剣客としての彼の勘が、彼の脳にそう告げた。


「言葉は不要だ、フィル。その力、()に見せてみろ」


自身の呼称が変わり、自然と表情に力が篭っていく雷蔵を見て思わずフィルも剣を握り直す。

周囲の人間も二人の様子を見て思わず固唾を呑み、両者が動き出すのを待つ。


吐き出されるフィルの鼓動と吐息。

雷蔵は張り詰めていた神経によってその二つさえも読み取り、深い息を吐いた。


脱力。

抜刀の際に最も必要とされる、余計な力を身体から取り除く行為。

真正面から迫るフィルの剣をその双眸に捉え、離さない。


「でぇぇいィッ!! 」


彼の気迫の一閃を受け止め、雷蔵は刃越しにフィルと視線を交わす。

こうして二人の対決は、火蓋を切って落とされた。

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