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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第五章: 守護者たちの軌跡
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第九十六伝: 迫る、戦火の匂い

<交易都市ラ・ヴェルエンテ>


 ロイの放送を聞き終えた雷蔵たちは、思わずその場で絶句する。

彼から指名された当人であるシルヴィ、レーヴィン、雷蔵は互いに視線を交わした。


「な、なんでレーヴや坊主たちに嬢ちゃんたちまで……! おいレーヴ! まさか行くつもりじゃあねえだろうな!? 」

「落ち着けヴィクター。……指名された以上、行くほかはあるまい」

「止せ! 絶対に罠だ! お前たちを策に嵌めて殺すつもりに決まってる! 」

「ヴィクトールさん……それでも、私達は……」


ヴィクトールは珍しく声を荒げて3人を説得しようとするも、傷が痛んだのか思わず顔を顰める。

だが彼の言う事は尤もであった。

目標としていた敵の親玉からの場所と人物の指定。

ヴィクトールの理性と策士としての勘が、警鐘を鳴らしていた。


「ほう。人類への宣戦布告、という訳か」


そんな中、未だにヴォルトは神妙な顔つきで黒い画面のままの写影媒体を見つめている。

不安げな表情を浮かべるシルヴィの頭を手で撫でながら、彼は病室の扉の前まで足を進めると口を開いた。


「エヴァリィ」

「はっ、此処に」


水色の長髪を揺らしながら深緑色の軍服を身に纏う彼の副官、エヴァリィが姿を現す。

既にフィルたちの案内を終えていたのだろう、彼女の纏うコートには僅かばかりの雪が乗っていた。


「直ぐに各機関の大臣、軍の上層部、冒険者ギルドの頭領を議事堂に集合させろ。会議を開く」

「御意。フレイピオスとイシュテンには連絡をしておきますか? 」


エヴァリィの問いに応えるかのようにヴォルトは纏っていた先ほどの和やかな雰囲気を消し去り、鋭い鷹のような双眸で雷蔵達を見やる。

彼がこの大国を統べる皇帝である事を改めて認識させられた雷蔵たちは、思わず身体を硬直させた。


「……いくら陛下と言えど、その要望は答えかねます」

「ヴぃ、ヴィクトールさん!? 」

「貴様、陛下の御前であるぞ」


腰の軍刀に手を掛けながらエヴァリィが顔を顰め、一人異を唱えたヴィクトールに歩み寄る。

そんな彼女をヴォルトは手で制した。


「良い。理由を聞かせてはくれぬか、パリシオ隊長」

「まず一つは相手が俺達の討伐対象である事です。恐らく彼らを指名したのは、自分が追われている事を知っているから。第二に、奴は直接的に会った事がないフィルやレーヴィンの存在まで完璧に把握している事。以上の事から、大軍を引き連れて動く事はその軍勢そのものが罠に嵌ると同義です」


ヴィクトールの弁明を聞くなり、ヴォルトは顎に手を当てながら考えるそぶりを見せる。

そして数秒後、彼は再びガウンの裾を靡かせながら部屋の出口へと移動した。


「そうか、ならばより国を通じて会議を開かねばならんな。パリシオ隊長、ボラット指揮官。両国の首脳に直ぐに連絡せよ。首脳会談を三日後に開催する」

「お言葉ですが、俺の話を聞いていらっしゃいましたか!? 非常に危険だと――――」

「――――だからこそ、その役割をこの帝国が引き受けると言っている」


彼の言葉と共に、部屋に静寂が張り巡らされる。


「仮にも奴がシルヴァーナ達を指名したのなら、それ以外の人間を通さないと言っているのも自明の理だ。故に、余はこの者共に託す。ヴィクトール……貴様も男なら、恋人の帰るべき場所を守るような男になる事だな」


その言葉と共に、ヴォルトとエヴァリィは部屋を後にした。

ヴィクトールは苦虫を噛み潰したようなばつの悪い表情を浮かべながら、後頭部を掻きむしる。

雷蔵は彼の肩を優しく叩き、笑みを浮かべた。


「言われてしまったな。どうする、ヴィクター? 」

「……あそこまで豪語されちゃあ、俺もやるべき事はやるしかないでしょ。俺だって男だ。でも、それ以上に」


ヴィクトールは突然レーヴィンの肩を自身の胸に抱き寄せる。


「俺はレーヴの恋人だ。だから、俺も最善は尽くす」

「……あぁ。頼むぞ、ヴィクター」


突然の事に戸惑い気味のレーヴィンも、彼の言葉を聞いて笑みを浮かべた。

よし、と雷蔵は彼の肩を叩くと自分のベッドに座り、置いてあった胴着に腕を通し始める。


「シルヴィ、ギルベルト殿に至急連絡してくれ。拙者がゼルギウスに通信を掛けておくから」

「分かりました。ヴィクトールさん、ミカエラ首相にお願いできますか? 」

「勿論だ。レーヴ、坊主たちの所に先に行っててくれ。俺たちも直ぐに追い付く」


分かった、と言う言葉と共にレーヴィンは病室を後にする。

雷蔵の通信媒体が起動すると、彼は宝玉の面に触れて相手の魔法周波を選択した。

ゼルギウスの名前に触れ、周波が拡散していく図が画面に現れる。


『雷蔵か。十中八九、今の放送についてだとは思うが』

「そうだ。それに今、ヴォルト陛下と合流が出来てな」

『何!? という事は彼も今のを聞いていた訳か』

「あぁ。そこで、ゼルギウスに頼みがある」


媒体の中のゼルギウスはスーツに身を包みながら自身のデスクで両手を組み、雷蔵の言葉を待っていた。


「できるだけ早くヴァルスカのラ・ヴェルエンテに来てくれ。陛下が緊急の首脳会談を開くそうだ」

『……やはりな。直ぐに行動する癖は相変わらず、か』


顔を俯かせながらゼルギウスは机から立ち上がり、短い溜息を吐く。


『分かった。直ぐにギルを連れて其方に向かうと伝えてくれ』

「助かる。到着したら連絡を」


その声と共に通信は切断され、雷蔵はシルヴィの方へ視線を向けた。

どうやら彼女の方はすんなりと要求が通ったようで、笑みを浮かべながら親指を立てている。


『はぁっ!? このクソ忙しい時にヴァルスカでありますかぁっ!? 』

「首相、あんただってあの放送は聞いてただろ? 国が、いや……世界が滅ぶ危険があるんだ。四の五の言ってる暇は無い、来てくれ」

『そりゃあ、私お墨付きのフィルきゅんが指名されたのには驚きましたけど……でもヴァルスカでありますよ? ここからじゃすごーく遠いであります……』


一方で、ミカエラ首相と連絡を取り合っているヴィクトールの方は困窮しているようだ。

そこでシルヴィが彼の手から通信媒体を受け取り、画面に映る赤縁の眼鏡を掛けた女性と対面する。


「ミカエラ・ウィルソン首相ですね。こちらは魔道連邦フレイピオス・特務行動隊隊長、シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテインです。お初にお目にかかります」

『しっ、シルヴァーナ王女!? 生きていたとは聞いていましたが……まさか特務行動隊になっているとは思わなかったであります』

「その経緯については後日お話します。首相、事態は一刻を争います。先ほどもヴィクトールさんが仰ったように、私達にはあと半年しか時間がありません。その期日を過ぎてしまったら、確実にこの世界は奴の手に落ちてしまう」


ミカエラは、彼女の話を聞くなり神妙な顔つきで顎に手を当てた。

長い紫色の長髪が揺れ、猫のような丸みを帯びた双眸はやがて鋭いものへと変貌していく。


『……時間を頂きたい。其方に向かうまでの準備と、もし仮に会談に間に合わなかった時の為の保険です。予め陛下にはお伝えください』

「分かりました! お忙しい時とは思いますが、ありがとうございます! 」

『いいんでありますよ、あのシルヴァーナ姫のお願いでありますから。あ、でも着いたらご褒美が欲しいであります』

「じゃあ俺のキスでもやろうか、ミカエラ? 」


彼女が調子に乗り始めた所で、ヴィクトールが再び自身の手に宝玉を戻す。


『オヤジのキスなんか要らないでありますよ! 私は年下の可愛い子が好きなんであります! 男女問わず! 』

「はいはい、余計な話は後にしてくれ。んじゃ、ラ・ヴェルエンテで待ってるからな」

『あっちょっ、ご褒美の話は――――』


無理やり通信を切断し、ヴィクトールは我関せずと言った様子で宝玉を机の上に置いた。

あまりに強引な切り方に雷蔵とシルヴィは苦笑いを浮かべ、互いに視線を交わす。


「ず、随分と愉快な御方であるな……」

「これが平常運転だよ、あの人は。ま、流石に事態の重さは把握してるだろ」


それよりも、とヴィクトールは傷の痛みに顔を顰めながらベッドから立ち上がった。

折れた杖の柄を杖のように地面に突き立て、額に汗を滲ませる。


「だ、駄目ですよヴィクトールさん! 安静にしてないと! 」

「無理はするな。お互い、得物は振れん身体だぞ」

「でも歩ける。早く行こうぜ、坊主たちも戸惑ってしょうがねえだろ。俺達で落ち着かせてやろうや」

「……つくづく頑固だな、お主も」


雷蔵の言葉にヴィクトールは不敵な笑みを浮かべながら肩を竦め、彼に肩を借りる。

不安げな表情を浮かべるシルヴィを含めた三人は、ようやく病室の外へと消えたのだった。

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