第八十六伝:駆けるは閃光、煌くは刃
<城壁都市アポ・クトリ周辺>
正面に立つキマイラと睨み合いながら、雷蔵は自身の背後へ僅かばかり顔を傾ける。
黒いポンチョコートに身を包み、腰まで伸びた銀髪を靡かせるシルヴィの表情は呆気に取られていた。
一年の期間を経て少女は一人の女へと姿を変え、元の美貌を更に引き出している。
「余所見してんなッ! 雷蔵ッ!! 」
「ッ!? 」
シルヴィに気を取られていた事が隙となったのか、対峙していたキマイラが咆哮を上げながら雷蔵に前足の爪を振り翳していた。
間に合わない、と悟った瞬間に横から銀の刀身が魔獣の顔を貫き、一瞬で絶命させる。
「雷蔵さん! 今は皆さんを助ける事を最優先してください! 」
「すまぬ、フィル! 助かった! 」
「フィル……? もしやあの青年が、フィル君だと言うのか!? 」
「そうだぜレーヴ。俺達もよそ見している暇はねえ。感動の再会とお互い洒落込みたいもんだが……」
瞬間、ヴィクトールに飛び掛かろうとしていた人型の人工魔獣・スケルトンが丸太のような太い腕によって殴り飛ばされ、粉々に砕け散った。
彼の背後にいたオークの青年、ラーセナル・バルツァーが振り向かずに親指を立てる。
「状況を理解してんなら上等だ。おっさん、雷蔵の仲間なんだろ? あいつがいるとすりゃあ……」
「おっさん言うな。まあ、お前さんの予想は当たってるぜ」
「まさか……」
その隣で魔法の詠唱を始めていたエルフの女性、ディニエル=ガラドミアがそう口にした瞬間、後方から二人の老人と女忍者の影が彼らに迫った。
ラーズは不敵に笑みを浮かべながら目の前のキマイラの四肢が一瞬にして切断される光景を目の当たりにし、刀を鞘に納める甲高い音を耳にする。
同時に魔獣の群れに加勢していた毛むくじゃらの魔物・イエティの眉間にも苦無が刺さっており、その巨体が雪原の上に倒れた。
霧生平重郎と志鶴椛。
眉一つ動かさずに二人は綺麗に着地してみせ、雷蔵達に合流する。
「椛さん! 平重郎さん! 」
「久しぶりだねェ、シルヴィの嬢ちゃん」
「生憎だが話している暇は無い。全員、この魔獣どもを切り伏せるぞ! 」
椛の言葉と共に背中合わせになっていた11人は各々の得物を手にしながら一斉に対峙した魔物や魔獣の下へ向かって行く。
まだ数の多いキマイラの群れへ単身飛び込んでいった雷蔵は地面に着地したと同時に先ず一体目を両断し、背後に迫る殺気を感じ取ると共に刀を持ち替えた。
キマイラの突進を肉薄しつつ雷蔵は身体を回転させた反動で刀を横一文字に薙ぎ、早々と二体目を屠る。
直ぐ近くで同じようにキマイラと交戦していたフィルとシルヴィの下へ駆け、二人に迫っていた猛獣の背中に刀を突き立てた。
その間キマイラの臀部から生えていた大蛇が雷蔵に牙を剥き、猛毒の体液と共に彼に噛みつこうと急接近する。
「雷蔵さんッ! 」
「くそっ、助けるにも距離が近すぎる……! 」
蛇の牙を躱した結果雷蔵は雪原に投げ出され、大きな隙を作り出してしまった。
「しまっ――――! 」
「させないッ! 」
倒れた雷蔵に止めを刺そうと飛び掛かっていたキマイラの身体が光の矢によって横殴りに吹っ飛ばされ、矢と共に四散する。
返り血を浴びないように手で顔を追おうと雷蔵は立ち上がり、その方向へ視線を傾けた。
「ルシア殿! ゲイル! 恩に着る! 」
「出来る限りの援護はします! 」
「雷蔵さん! ルシアたちの護衛は俺に任せろ! 他の皆を頼む! 」
ゲイルの言葉に雷蔵は頷き、周囲を見回す。
次に雷蔵はレーヴィンとヴィクトールの方へ向かい、彼らを取り囲んでいたスケルトンの群れに愛刀の斬撃を叩き込んだ。
「ヴィクター! レーヴ殿! 」
「坊主たちの方はもういいのか!? 」
「問題ない! ゲイルやルシア殿が彼らを援護している! 」
「へっ、だったら先生も踏ん張らなきゃねェッ!! 」
相変わらずの不敵な笑みを浮かべながらヴィクトールは勢いを伴った十字槍を突き出し、二体同時にスケルトンの生命活動を停止させる。
四方から迫る骸骨戦士たちの斬撃を彼は槍を突き立てて棒高跳びの要領で後方に飛び退き、着地と同時に槍を振り下ろした。
骨粉が周囲に舞う様子を一瞥しながら彼の背中を雷蔵とレーヴィンが飛び越え、縦一文字に刀と騎士剣を叩き付ける。
同時に二人は前方にいた数名の骸骨へ一気に距離を詰め、唐竹割りと横薙ぎで一気にスケルトンの群れを一掃した。
「エル殿とラーズは! 」
「おう、ここにいるぜェッ!! 」
雷蔵の声に応えるようにその巨体を駆使して目の前にいたスケルトンたちを殴り飛ばすラーズの姿に、思わず彼から笑みが零れる。
既にシルヴィや椛、フィルたちも人工魔獣たちをあらかた掃討し終えたらしく、全員が肩を並べながら一体の大型人工魔獣に数匹のキマイラたちと対峙していた。
「くくっ、全く……人間生きてると、何があるか分からねえもんだ」
「何を笑っているんだヴィクター!? そんな場合か!? 」
「こんな時だからこそ、さ。全員、ほぼお互いを知らねえ連中ばかりなのにこんなにも連携が取れてやがる。面白いもんだ、人間ってのはな」
「良い事言うじゃねェか、坊主。この後一緒に酒でも飲みたいもんだ」
目の前の大型魔獣・ドラゴンを見据えながら平重郎は仕込み刀の鯉口を切り始める。
それぞれの得物を手にした11人の中からまずゲイルとラーズがドラゴンに向かって行き、互いに視線を交わした。
「エル! アレ頼むぜェ!! 」
「フィル! ルシア! 付いて来てくれッ! 」
「分かった! そっちは任せたよ、ゲイル! 」
「無茶はしないでよね! 」
それぞれの仲間たちにそう言いながら4人とトカゲの大型魔獣の距離は一気に縮まり、巨大な鉤爪がラーズ達の視界を覆う。
ラーズは一歩前に踏み出してその攻撃を躱し、不敵な笑みを浮かべた。
「増幅せよ・戦士の籠手」
「寝てなァッ!! トカゲ野郎がァァッ!! 」
エルの魔法によって巨大な拳の幻影を創り出し、ラーズはその腕を振り上げる。
口から炎を吐こうとしていたドラゴンを強制的に黙らせると、その横をゲイルとルシアとフィルが駆けた。
「空を飛ばれちゃあ面倒だからよォっ!! 」
「墜とさせて貰うッ!! 」
ラーズとエルの攻撃によって隙を晒したドラゴンの両隣にフィルとゲイルは到達し、鱗に覆われた腹を足掛かりにして両羽へ飛び上がった。
空高く飛び上がった二人は落下する勢いのまま得物を振り下ろし、分厚い皮膚に覆われた羽を両断する。
「ヴィクトールさんッ! レーヴィンさんッ! 」
「……君に指示される時が来るとはな! 」
「俺の教え子だ、悪くは言わせねぇぜ? 」
そんな軽口を叩きながら羽を失った痛みに咆哮するドラゴンへ向かって行く男女が二人。
笑みを浮かべながらレーヴィンは尻尾から体の中心部分へ駆けあがり、愛剣を突き立てた。
しかし黙って彼らの攻撃を受けている魔獣ではないのか、痛みを振り払うかのようにドラゴンは暴れる。
レーヴィンの身体は雪原の上に振り落とされ、一瞬の隙を魔獣たちに晒した。
「――――化け物ってのは騙しやすいから得意なんだよ」
ヴィクトールがそう口にした瞬間、レーヴィンの幻影はドラゴンに踏み潰される。
直後本物のレーヴィンが姿を現し、片方の前足へ愛剣を薙いだ。
「ヴィクターッ! 」
「それで呼ぶのは二人だけの時って言ったでしょ、ったく」
愚痴を溢しながらヴィクトールはレーヴィンとは反対側の前足へ槍を突き出す。
勢いを伴った槍の穂先は竜の鱗でさえも易々と貫くが、その二人を狙うかのように3匹のキマイラが飛び掛かった。
「やべっ……! レーヴ、逃げろッ! 」
「自分の心配をしろッ! 馬鹿者! 」
迫り来る人工魔獣に本能的に各々の得物を前に突き出しながらも、キマイラの爪が僅かばかり早い。
傷を負う事を覚悟したその時、一瞬だけ風切り音が聞こえた。
「――――若い者にだけ良い恰好させるってのは、ちィと気に食わねえなァ? 」
「……返り血を浴びたく無ければ、顔を覆う事だ」
刀が鞘に収まる甲高い音が周囲に響いたかと思うと、二匹のキマイラは一瞬にして四散する。
最後の一匹の眉間には椛の投げた苦無が突き刺さっており、その持ち手には爆発魔法を刻み込んだ魔力核が結び付けられていた。
轟音と爆風を伴いながらキマイラは爆発し、そこら中に肉片を巻き散らす。
レーヴィンとヴィクトールを守るようにドラゴンの前に立ちはだかった平重郎と椛は、背後から駆け抜ける一組の男女の名前を口にした。
「決めなァ! 首斬ィッ! 」
「出番だ、シルヴァーナッ!! 」
手足を斬られ、身動きが取れないドラゴンへ一心に向かうのは雷蔵とシルヴィ。
一度だけ視線を交わすと雷蔵は竜の鼻を蹴り上げながら空中に飛び上がる。
しかし雪原に伏したドラゴンは口を大きく開けて彼の攻撃を嘲笑うかのように巨大な火球を充填した。
一度だけ雷蔵は呆気に取られるも、彼のすぐ下で魔法を細剣に纏わせるシルヴィの姿が見えたお蔭か勢いを殺す事は無い。
「決めてッ! 雷蔵さんっ! 」
「おおォォォォォォッ!!! 」
氷魔法を伴った細剣を突き出し、ドラゴンの顔ごと凍り付かせるシルヴィの声に雷蔵は咆哮を上げる。
着地と同時に愛刀・紀州光片守長政を振り下ろし、大木ほどある竜の首に刃を当てた。
「断ち……切るッ!!! 」
落下の勢いも作用して雷蔵の両腕には重りを乗せられたような重圧が圧し掛かるが、構わず雷蔵は刀を振り切る。
紫色の血液が雪原を染め、地鳴りのような鈍い音が周囲に響いた。
「や、やった……」
肩で息をしながら、雷蔵は目の前の光景を茫然と見つめる。
隣には成長したシルヴィが彼を見つめながら頷き、ふらつく彼の身体を受け止めた。
不意に、彼女の顔が雷蔵の双眸に映る。
共に旅をしていた少女は、こんなにも強く美しく成長した。
それも、彼が惹かれてしまうほどの――――。
「雷蔵! シルヴィちゃん! まだ来るぞッ! 」
「畜生ッ……! 想像以上の数に追われてたみたいだな……! 」
大型魔獣を倒した11人の下に、更なる人工魔獣の増援。
舌打ちをしながら、雷蔵が愛刀を握り締めたその時だった。
『異国の侍。全員を伏せさせろ』
「何……!? どこからだ!? 」
『説明をしている暇は無い。早くしなければ全員死ぬぞ』
「えぇい、くそっ! 全員、その場に伏せろッ!! 」
懐に仕舞っていた通信媒体から若い男性の声が聞こえたかと思うと、雷蔵の大喝によって仲間たちは一斉に雪原へ身体を倒す。
すぐ傍にいたシルヴィを守るかのように雷蔵は彼女の上に覆い被さり、その声の主の返答を待った。
『上出来だ。そこから一歩も動くなよ』
瞬間、火薬の炸裂音と魔法が発動した独特の制御音が周囲に響き渡る。
迫り来る人工魔獣たちはアポ・クトリの城壁から放たれた無数の弾丸によって身体を貫かれ、泡を立てながら蒸発していった。
銃声が止んだと同時に雷蔵とシルヴィは身体を起こし、都市の方へ視線を傾ける。
『よく我々が来るまで持ち堪えた。俺はシノ・フェイロン。この町を守る軍の隊長を務めている』




