第七十二伝: 余響
<ダラムタート城>
雷蔵の刃とシルヴィの剣先がヴィルフリートの胸と首を捉えた瞬間、眩い光が謁見の間を覆う。
彼は隣にいたシルヴィを守るように彼女の身体を抱え上げ、その胸の中に抱きしめた。
直後ヴィルフリートの叫び声が聞こえたかと思うと、光はやがて消滅していく。
「……ぁ……あぁぁぁぁぁ……」
大木の幹から弾き飛ばされたのであろう彼の身体は謁見の間の中心部に横たわり、助けを求めるかのように二人へ手を伸ばす。
二人に切断された首は再生できるほどの魔力は持ち合わせていたようだが、その腕は以前のような生気はなく、まるで木の樹皮のように水分が失われていた。
雷蔵の腕の中にいたシルヴィは思わず小さな悲鳴を上げるが、彼がより一層彼女を強く抱きしめる事で安心させる。
伸ばした指先から次第に灰と化していくヴィルフリートにゆっくりとゼルギウスは近づき、手にした剣を振り上げた。
――――だが。
「何をする。私がここで彼に止めを刺さねば、この国は戻らない」
「……拙者は誓ったのだ。貴方の妹君にな……。彼女の為なら王をも斬る、と」
「雷蔵、さん……」
「だからお頼み申し上げる。ここは、拙者に御任せしては頂けぬか」
ゼルギウスの腕を掴み、雷蔵は手の中にあった愛刀・紀州光片守長政の切っ先を足元のヴィルフリートに向ける。
何か口にしようとヴィルフリートは口を動かすも、声帯も干からびてしまったのか聞き取る事が出来ない。
彼の首肯と共に刀を振り上げ、首元に刃を当てる。
まるで小枝を折るかのように容易くヴィルフリートの首は落ち、そして灰になって虚空へと消えた。
彼の首を斬り落とす瞬間、微かに口角が吊り上がったのを雷蔵は脳裏に留めておくと背後へ振り向く。
そこには身体に傷を負いながらも笑みを浮かべる仲間たちの姿があった。
やがて謁見の間に根付いていた大木は魔力の宿主を失ったのか急速に枯れ始め、先ほどのヴィルフリートと同じように灰塵と化していく。
その様子を見据えていた雷蔵は異様な心地良ささえ覚え、床に座り込む。
「終わった……のだな……」
「あぁ。俺達がやったんだ。この国を取り戻した。もうこの国の全ての人間は、差別に苦しむ必要なんてない」
自然と隣に立っていたラーズが、雷蔵の肩を掴んだ。
同じようにしてレーヴィンも彼の背中を優しく撫で、笑みを浮かべる。
「あの時に助けた男が、国の運命を左右する人間だったとは……。つくづく運命というものは数奇なものだな」
やがて大木は完全に消滅し、謁見の間の外壁から外の景色が露わになった。
既に王都に蔓延っていた魔物のほとんどが平重郎やギルベルト達の迎撃部隊によって討伐され、戦乱の喧騒は瞬く間に静寂に包まれる。
王城を包んでいた暗雲も晴れ、白い日光が外壁の隙間から差し込んだ。
瞬間、ゼルギウスの周囲の人間が瞬く間に彼に向かって跪き始める。
雷蔵も感化されてすぐ傍にいた彼に首を垂れた。
「……我が王、ゼルギウス=ボラット=リヒトシュテイン様。此度より貴方が、この国の未来を導かれる王となります。直ぐに即位の儀を」
ギルベルトの言葉と共にその場にいた全員がゼルギウスを見上げる。
少し困惑した様子の彼は笑みを浮かべながら彼は腰に差していた長剣を引き抜き、頭上高く掲げた。
「此処に宣言しよう。正統王位継承者、ゼルギウス=ボラット=リヒトシュテインは――――」
次の瞬間、全員に電撃が走る。
「――――王位を破棄する」
ゼルギウスの言葉と共に張り詰める緊張と沈黙。
唖然とした表情を浮かべる彼らを一瞥しながら、ゼルギウスはギルベルトの元に歩み寄った。
「国を導くのは私だけではない。皆にも導いてもらう。この意味が分かるか、ギルベルト」
「で、ですが! それではゼルギウス様とシルヴァーナお嬢様が……! 」
「皆も聞いたろう、今の私の言葉を。是より魔道連邦フレイピオスは王政を廃止し、農業共和国であるイシュテンと同じ様に共和制を導入する。皆で話し合って相応しい指導者を決め、家柄も血も関係なく平等に生きられる国……それが父、アルフィオの望んでいたものだ」
同じようにしてシルヴィもゼルギウスの隣に立つ。
「私はお兄様の意向に沿います。私たちはかつて血の争いによってここまでの戦乱を起こしてしまった。今回ヴィルフリートを打ち倒したのはその戦乱を生み出した贖罪の為です。今後このようなことが起こらない為にも、私達は王政を撤廃する事を決めました」
「お、お嬢様まで……」
「……ならば、そのように。この場にいるすべての者に尋ねる。彼らの意見に異論はないか」
レーヴィンの言葉に呼応して手を挙げる者は誰一人としていない。
彼女はギルベルトの元へ歩み寄り、彼の両肩に手を置いた。
「ここはお二人の御意見を尊重致しましょう、ギルベルト殿。今はここから離れ、一度話し合う場を設けた方が宜しいかと。負傷者も多数出ています」
「……分かりました。一先ずはその方向でいきましょう」
雷蔵は二人の会話を耳にしながらゼルギウスの隣に立ったシルヴィと視線を交わす。
彼女は照れ臭そうに笑みを浮かべ、僅かばかり頷いた。
――――君が、そう言うなら。
胸の中に浮かんだ言葉を仕舞いこみ、激戦を潜り抜けた仲間たちと共に帰路を歩き始める。
こうして、国中を巻き込んだ戦乱は終わりを告げた。




