第六十九伝: Butler
<王都ヴィシュティア・入り口>
すべての準備を終えた雷蔵たちは野営地を発ち、いよいよ魔物の巣窟と化した王都へと突入しようとしていた。
最後の点呼を取ろうと各部隊の指揮官によって一度整列させられ、雷蔵達の部隊である突入班はゼルギウスを中心に集合している。
外部迎撃班の方は騎馬兵や歩兵など多種多様な装備を身に着けた騎士達が並んでいた。
「……ゼルギウス皇子。一つ、お尋ねしたい事がある」
「どうした? 」
「共に魔導研究所を脱出した際に身柄を確保したあの忍びの娘は何処へ行ったのだろうか? 」
敵の本拠地を目前にしても尚、雷蔵には気がかりな事が一つだけあった。
研究所の中で、共に志鶴長政と藤香と再会を果たした志鶴椛の事である。
「あぁ、彼女なら先にここを離れた。だが、もう我々に歯牙を向ける事は無いだろう。私に会釈だけして、あのキャンプ地を抜け出して行った」
「そうか……。つかぬ事を伺った。申し訳ない」
「構わないさ。生きるか死ぬかの大勝負だ、思い残す事がない方が良い」
ゼルギウスは笑みを浮かべ、座り込んでいた地面から立ち上がった。
連合軍の視線が一気に集中するが、臆する事無く彼は腰に差していた長剣を抜き払う。
既に他の部隊の準備も終えたようで、彼らは皆ゼルギウスからの命令を待っていた。
「征くぞォッ!! 我らが王都を魔の者から取り返すのだァッ!! 私に続けぇーッ!!! 」
長剣の切っ先を王都の入り口に向け、大喝と同時に幾万の軍勢が関所の門を潜り抜けていく。
先行した部隊の後に続くように雷蔵達も王都へと再度侵入し、周囲の光景を見渡した。
南門をくぐり抜けた先には、凄惨な光景が広がっている。
1週間前は人々の活気が満ち溢れる都市であったのにも関わらず、今は魔物の手によって半壊している建物がほとんどであった。
しかし肝心の魔物の姿は見当たらず、連合軍の緊張感はより一層高まる。
雷蔵は両隣にいたシルヴィとゼルギウスにも細心の注意を払いながら腰に差した愛刀の柄に手を掛け、街中を駆け抜けていった。
その時。
「敵襲ーっ!!! 」
先方隊から叫び声が聞こえると同時に魔物の咆哮が周囲に轟く。
雷蔵たちの上空にはガーゴイルや大型の鳥類魔物・グリフォンが飛び交っており、全員の身体を強張らせた。
「馬鹿な……! ハインツ殿が抑えた筈じゃなかったのか!? 」
「各員! 防御態勢を取りながら散開! グリフォンの雷撃に備えろッ! 」
ゼルギウスの警告と同時に空中に佇んでいた大鷲が黄色い嘴の先から膨大な量の魔力を蓄えた雷球を幾つも吐き出す。
迎撃班の中にいた魔導士たちによって全員を包み込む青い防御壁が創り出され、雷の嵐と火花を散らした。
「弓兵! 矢の準備を! 味方に当てるなよ! 」
ミゲルの声と共に一斉に弓に矢を番えた兵士たちが上空へ向けて弦を離し、幾つもの魔物が銀の矢によって地に伏す。
その間を見逃すはずも無く、雷蔵達を含めた突入班は一気に南の大通りを駆け抜けた。
「王女様! 背後からガーゴイルが! 」
「くぅっ! 建てよ・魔法の盾っ! 」
一人の兵士の呼びかけにより、シルヴィは咄嗟に背後を振り向いて全身を覆う緑の防御膜を創り出す。
しかしガーゴイルの手にした三つ又槍は彼女の魔法の盾を易々と貫き、鋭く光った穂先が眼前まで伸びた。
「させるかァッ!! 」
シルヴィのすぐ隣にいた雷蔵とゼルギウスは一歩後ろへ踏み出し、彼女に致命傷を与えようとしていたガーゴイルへ向けて各々の得物を縦に振り下ろす。
叫び声を上げる事もなく目の前の魔物は空中で瓦解し、雷蔵がシルヴィに返り血が掛からないように彼女の前に胴着の裾を翳した。
「数が多いな。どうする、皇子殿」
「進みつつ各個撃破と洒落込みたい所だが……迎撃班も連れて行かねば王城に着いたところで我々が戦力差でやられる。しばらくはここで持ちこたえるしかない」
「――――ならばその任、私めが果たそう」
ゼルギウスが歯軋りしながら顔を歪め、空中に佇む無数の魔物を睨み付けたその瞬間。
どこからともなく女の声が響き、幾つもの風切り音が響いた。
彼らの上空に飛び回っていた魔物たちは苦無によって急所のみを貫かれ、一瞬にして絶命する。
「今だ、動きが止まったぞ」
その人物の呼びかけと共に再び無数の矢と魔法の光弾が空中を飛び交い、戸惑う様子を見せたガーゴイルたちを殲滅した。
残ったグリフォンも両羽に傷を負いながら地面に叩き付けられ、歩兵たちに袋叩きにされている。
雷蔵は声の聞こえた方向へ視線を傾けた。
彼の視界には黒一色の忍び装束に、腰まで伸びたポニーテールを靡かせる少女が映る。
「椛……!? 先にこの国を抜けたはずでは……!? 」
雷蔵の問いに応えるかのように、彼女の姿は一瞬で彼らの前に現れた。
同時にゼルギウスの前に跪き、拳を地面につける。
「……ゼルギウス皇太子とお見受けする。我が名は志鶴椛。嘗て、ヴィルフリート国王の忍であった者。訳有って助太刀致す」
「分かった。今はその力を使わせて貰う。だがこの戦いを終えた後、一旦身柄は確保させてもらうぞ」
「御意。既に我の主は人に非ず。せめて、この手で楽にするまで」
そう告げると、一度だけ雷蔵とシルヴィに彼女は視線を向けた。
「……これで貸しだ。この戦いが終わったら、真相を聞かせて――――」
突然シルヴィが椛に抱き着き、彼女の言葉は遮られる。
呆気に取られた表情を浮かべながら満面の笑みのシルヴィを見た途端、呆れたように口角を吊り上げた。
「全く……少しは気取らせてくれ……。まあいい。一先ずは協力する。王城へ向かおう」
「その嬢ちゃんの言う通りだな。魔物の増援が後ろから来てやがる。おそらく残ってた連中が今の騒ぎを聞きつけたんだろう」
ラーズの言葉にその場にいた全員が身体を再び強張らせる。
瞬時にミゲルやアイナリンドが部下に知らせ、迎撃態勢を取らせるとギルベルトが口を開いた。
「椛さん、とおっしゃいましたかな? 彼女を私の代わりに突入班に入れてください。私とクレアはここを死守します」
「二人だけでは無茶だ! 死ぬつもりか!? 」
レーヴィンの制止も振り切り、ギルベルトとクレアは一歩前へ躍り出る。
背中を向けた二人は一度だけシルヴィに振り返り、儚げに笑みを浮かべた。
「――――ここで誰かが命を懸けなければ国は救えません。それにですね……」
既に飛び掛かっていた魔物を一瞬で四散させ、周囲に肉片を飛び散らせる。
「…………私の武器は、皆を巻き込んでしまうのですよ」
ギルベルトの指先が僅かに光った途端、再び迫り来る亜人型の魔物・リザードマンが紫の鮮血を撒き散らしながら絶命した。
その様子を見るなり平重郎が迎撃班を引き連れてその場から離れ、ラーズやエルも立ち去っていく。
兵たちが全て王城へ向かってもシルヴィとレーヴィン、雷蔵は二人の姿を見守り続けた。
「早く行ってください、お嬢様! 」
「ここは、私たちにお任せを! 」
「……必ず生きて帰ってきて! ギルベルト! クレア! 」
その言葉を最後にシルヴィたちは姿を消す。
南の大通りに取り残された二人は、白い手袋を嵌め直した。
「大任を請け負ってしまったな、クレア」
「構いません。お嬢様に拾われた以前に、マスターは貴方です」
照れ臭そうに笑みを浮かべながらギルベルト――――否、マスターは全ての指に力を込める。
「……今宵ばかりは、"暗器魔"ギルベルトの復活と致しましょうか」




