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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第一章: 新たなる旅立ち
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第七伝: 想いを越えて


 ――少年は、確かに幸せな日常とやらに浸っていた。共和国の騎士団では百人兵長を務め、部下たちに惜しまれながらも退職し自分たちの為に農業を勤しむ事を選択した優しい父。そんな父をひたむきに愛し、農業に従事する彼を支え精一杯の愛を注いだ母。容姿端麗である母と父の遺伝子を受け継ぎ、周囲に元気を振りまく天使のような妹。家族の全てが少年にとって宝物だった。彼らさえ幸せで暮らせていけるのなら、彼は全てを投げ打ってでもそれを守ろうと思っていた。


 それを……少年の宝物を一瞬で奪い去ったのは彼ら――騎士崩れの盗賊団。


 襲撃を嗾けてきた連中と対峙し、嬲られながら父の全身が血に染まっていく様子。彼と妹を連れて逃げ出すも、賊に捕まりその四肢を犯されながら殺されていく様子。ついには妹さえも目の前で拘束され、彼女の純潔を汚されていく様子。


 大切だった彼の家族の命が、一瞬にして奪われていく様子を少年は目の当たりにしたのだ。不幸か幸いか、若い男には興味が尽き果てたのであろう連中は事が済むと少年の前から立ち去っていく。

朦朧とする視界に連中の姿を捉え、彼は手を伸ばした。届くはずもない、彼の右手。

何も守れなかった、彼の右手。


 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる。


 無力を前に立ち尽くした少年の胸の内に生まれたのは、これまで感じたことのない明確な殺意だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<フィルの家>


 「……うわぁぁぁぁっ!! 」


 絶叫を上げながら寝かされていたベッドから起き上がるフィルに、雷蔵は視線を傾ける。レオとの会話を終えた後彼はセージュと共にフィルの経過観察を行っており、悪夢に魘されているのを目の当たりにしていた。セージュがフィルの傷の具合や脈を測っている横で雷蔵は彼に近づき、口角を吊り上げる。額に脂汗を滲ませていた彼は雷蔵の顔を見るなり安心しきった表情を見せ、深くため息を吐いた。殴られた脇腹が痛んだのか全身に走る針を刺すような痛みに表情を歪ませ、おそるおそる視線を下腹部へと向ける。


「まだ痛むかな、フィル? 」

「あっ……セージュさん……はい、チクッとした痛みが脇腹に……」

「ならば安心だ。その神経痛は僕が使った回復魔法の副作用なんだ、骨を繋ぎ合わせた時に身体が順応しようとして痛みが生じる。1日くらいで痛みは引くと思うから、今日は安静にしてなさい」

「はい……ありがとうございます……。その、雷蔵さんも」


 弱弱しい視線を向けるフィルに対して、雷蔵は彼の頭に手を置いた。まるで自分の息子へ向けるような優し気な視線をフィルへ向け、彼はその場から立ち上がる。


「気にするな、拙者たちはお主に家を借りた身。この恩は何物にも代えがたい。それに……お主の事情を聞いておきながら、それを無視する訳にはいかぬさ。幾ら放浪の身としても、拙者は侍。剣を持つ人間として、この村を、お主を助けたまで」

「それでも……本来あそこで僕は死ぬはずでした。それを助けてくれたのは貴方です。改めて、お礼を言わせてください」


 痛みを堪えながらフィルは上体を起こし、雷蔵に頭を下げた。雷蔵は立ち上がり、隣にいたセージュに位置を代わると椅子に腰を落ち着ける。平凡に生きてきた少年をここまで狂わせるとは運命は数奇なものだ、と雷蔵は内心溜息を吐いた。傷の経過を見せようとフィルがシャツを脱ぐと左肩には痛々しい傷の跡が見え、右の脇腹には紫色に腫れ上がった痣が垣間見えた。傍に座ったセージュはその傷口に両手を当てると緑色の光がフィルを包み込む。


「……うん、肋骨は接合してるし肩の傷も塞がっている。消化に良いものを食べて安静にしていれば、明日には動けるだろう」

「ありがとうございます……。その、代金を支払わないと……」

「いいや、気にしなくていいよ。僕が助けたかった人からお金を巻き上げる訳にはいかないさ。……それにあの時も、僕は親友を助けられなかった」


 セージュの表情が陰る。彼の言う親友とはフィルの父の事であり、彼はその事に未だ後悔の念を抱いているのだろう。


「では、僕はこれで失礼する。雷蔵さん、彼の事を頼んだよ」

「承知した。心して彼を見ていよう。本当に助かった、改めて礼を述べさせていただく」


 椅子から立ち上がり頭を下げ、セージュが立ち去るまで雷蔵は彼から視線を離さない。その後雷蔵はフィルへと視線を傾け、咳ばらいをしながら椅子へと座り直した。沈黙が二人の間を支配し、何も言わずに雷蔵は窓から見える景色を眺めている。既に辺りには夕日の光が立ち込め、緑一面の草原や畑はその時だけ橙色に染め上がった。そして、雷蔵はレオから持ち掛けられた話をフィルに切り出そうと彼の名前を呼ぶ。


「どうかしましたか、雷蔵さん……? 」

「……率直に聞く。お主、騎士になるつもりはないか? 」

「え……? 」


 呆気にとられるフィルを一瞥し、懐から二枚の書類を取り出す。先ほどレオから手渡された騎士団への推薦状と、フィルをそこまで送り届ける依頼の委任状だ。二枚の書類には二つともレオの名前が記入されており、彼の目が見開かれる。


「これって……推薦状? でも、どうして……僕はそんな技術もないのに」

「自分を卑下してはならぬさ、フィル。お主は復讐の念に駆られていたとはいえ、あの盗賊たちに剣を持って立ち向かった。加えて殺されそうになっていた村人たちを結果的に守る形となったのだ、お主はな。その身を挺して別の人間を守れるという事は、お主には騎士の素質があるという事に他ならん」


 でも、と付け加えるフィルの言葉を遮って雷蔵は言葉を続けた。


「自信を持て、少年。お主はこの村を守ったのだ。復讐の念に駆られつつも、決してお主は殺さずに人を守った。それで復讐を止めろとは言うまい。だが……お主はこの戦いを経て確かに強くなった。あの者共とは遥かに違う、人を守る強さを手に入れたのだ」

「……人を、守る……」

「そうだ。そしてお前は、更に強くなる事の出来る切っ掛けを手に入れた。そして今、お主は人生の分かれ目に立たされている。強くなるために剣を再び握るか、平凡な人生を歩むか。選べ、フィル。お主の選択は誰も咎めはしない」


 再び沈黙が二人の間に蔓延する。雷蔵は一人の剣客として、フィルの答えを待つ。剣を取って茨の道を選んだ、一人の男として。自分の人生を変える事はそれ相応の覚悟が要る事だ。増してやそれを彼のような若い少年に選択を迫るのは、一人の大人として間違っている行いだろうという事は雷蔵が一番理解していた。そして、夕日が沈みかけた頃にフィルは俯いていた顔を上げる。雷蔵の目には確かに、一人の少年が戦士としての覚悟を持ったように見えた。


「……僕は、騎士になります。雷蔵さん、貴方に教えを請うた事を改めてこの場でお詫びします。僕は僕なりに、強くなります」

「よく言った。それでこそ拙者が見込んだ男よ。お主の傷の経過を見て、拙者たちはこの村を出ようと思う」

「えっ? でも、僕は連れて行かないんじゃないんですか? 」


 疑問を浮かべるフィルに、雷蔵は委任状を彼に見せる。


「拙者たちはレオ殿にお主が騎士学校までの道のりの護衛を頼まれた。偶然、拙者たちの目的地もこの学校がある都市というのもありこの依頼を承った。既に彼から報酬は受け取っている、お主は気にせずに体を休めろ」

「レオ、が……? どうして……? 」

「真意は分からんさ。だが、敢えて言うならば兄貴分の務めというものだろうさ。拙者も気持ちは良く分かる、お主と同じように剣を持つことに憧れた少年がいたからな」


 驚愕の表情を浮かべるフィルを一瞥し、雷蔵は椅子から立ち上がる。推薦状だけを机に置き、委任状を懐に仕舞うと傍にあった荷物を彼に手渡した。フィルの為に、とレオから事前に渡されたものだった。灰色のズダ袋をベッドの傍に置くと雷蔵は今一度フィルと視線を交わす。


「お主を歓迎するぞ、フィル。共に旅する仲間として、これからもよろしく頼む」


 彼にそう言い残し、雷蔵は二階へと上がっていく。呆気にとられたフィルの表情を一瞥しながら階段を上がる最中背後から泣き声を押し殺す音が聞こえたが、雷蔵は敢えてそれを聞かない事にした。

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