第六十五伝: 正義の名の下に
<野営地>
『ヴィルフリート国王が魔物へと転身した! 王国軍や解放軍を関係なく襲っている! 至急増援を頼む! 』
スピーカー越しに聞こえるレーヴィンの声を聴くなり雷蔵は座り込んでいたテントから立ち上がり、ゼルギウスの下へ急ぐ。
シルヴィも事態の大きさを理解したようで、直ぐに他の仲間たちを集合させた。
「ゼルギウス殿。あの時ロイが言ったことが本当になった。国王が魔物へと変貌を遂げ、城下町の民や兵士たちを無差別に攻撃しているらしい」
「なんだと!? どういう事だ!? 他の者は無事なのか!? 」
「少なくともレーヴィンの方は無事だと思います。ですが壊滅するのも時間の問題。すぐに部隊を編成して救援に向かうべきかと」
身に纏っていた襤褸から絹の服に着替え、司令部のテントに座っていたゼルギウスは立ち上がる。
「直ぐに兵を集めさせてくれ。先ほど拘束したギルゼン・バルツァ-とインディス・ガラドミアの周りには兵士を配備させ、我々は王都へ救援に向かう。一刻を争う事態だ、準備が出来た者から先に向かわせるんだ」
「御意。私と平重郎が兵を集める」
ゼルギウスの言葉に集められた平重郎とエルはテントを後にし、解放軍の兵士たちを集合させた。
一方でラーズ、雷蔵、シルヴィの三人はその場に残る。
「……ラーズ君、怪我の具合はどうだ? 」
「問題ないっすよ、皇子。俺も指を咥えて見ているつもりはありません」
「分かった。急ぎ準備して王都に向かってくれ。私もすぐに合流する」
ラーズがテントを去るのを見送ると、今度は二人に視線を向けた。
「雷蔵殿とシルヴァーナもレーヴィンの援護に回ってくれ。解放軍や王国軍の兵士に遭遇したらこの地図に記した集合ポイントに向かわせるよう伝えてほしい。市民も同様のポイントに頼む。おそらく王都はほぼ壊滅状態だ、対抗するには双方を協力させるしか手はない。我々が後から合流する」
「委細承知仕った。道中でレーヴ殿には連絡を入れておく」
「あぁ。……妹を頼む、雷蔵殿」
雷蔵は笑みを浮かべながら頷くとシルヴィを連れてテントを出ると、すぐ傍にいた守衛の肩を叩く。
「拙者たちの馬はどこに? 」
「こちらです。先に王都へ向かわれるのですか? 」
「あぁ。お主らは準備が出来てから来てくれ。集合場所は把握しておるな? 」
「はい! ご武運を、直ぐにこちらも追い付きます! 」
若い兵士の言葉に親指を立てると雷蔵はすぐ傍に休ませていた黒馬に跨ると、その馬の腹を蹴った。
同じようにしてシルヴィも隣の白馬に腰を下ろすと、彼の馬と並走し始める。
「レーヴ殿! これから拙者たちは王都へ向かう! それまでに一定の兵力を今から言う場所に集めるんだ! 」
『承った! 全軍退けェーッ!! 』
媒体越しに馬の蹄が石畳の地面を掛ける心地良い音が幾つも耳に入り、無事に撤退が出来たと彼は安堵の溜息を吐いた。
しかし、直後に通信媒体から鋼のぶつかり合う音が響く。
『レーヴィン隊長!! 』
『私の事は良いっ! 早く退くんだ!! ミゲル殿、部隊の引率を! 』
『……相分かった! 死ぬなよ、人間の女よ! 』
おそらく彼女はセベアハの村の村長であるミゲルと共に部隊を率いて城下町の王国軍と交戦していたのだろう。
だがそれも変異したヴィルフリート国王によって阻まれ、敵味方が入り乱れる事態となってしまった。
その声を共に連絡は途絶え、より一層の焦りを生み出す。
「待っていろ……! もう誰も、殺させはせん……ッ!! 」
雷蔵はそう呟きながら、更に黒馬の速度を高めていった。
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<王都ヴィシュティア・城下町>
同刻。
何者かの手によって愛馬・エルダンジュから蹴落とされたレーヴィンは素早く起き上がり、揺れ動く視界をはっきりさせようと首を左右に振る。
地面に膝を着きながら立ち上がろうとすると、首元に騎士剣の切っ先をと突き付けられた。
「ハインツ……! 」
冷やかにレーヴィンを見下ろしながら、鈍色の鎧を纏った騎士――ハインツ・デビュラールは彼女を立ち上がらせる。
そして彼は手にしていた愛剣を一度鞘に納め、レーヴィンと距離を取り始めた。
「目を覚ませハインツ! もう既に貴公の仕えていた王は人間ではなくなった! 貴公も見ただろう!? 王は魔物に成り果てたのだ! 」
「黙れッ! 私はこの国に仕える騎士だ! 例え王が人ならざる者と化しても……その責任は私が取らねばならん! この命に代えても……この国は守る! 逆賊に手出しをされる筋合いなど毛頭ないッ! 」
彼の双眸には確かに覚悟が宿っている。
それも並大抵のものではない。
だがその覚悟は間違っている事をレーヴィンは確信していた。
国を統べるべき国王は何者かの手によって魔物に変貌を遂げ、敵味方問わず本能の赴くままにこの国の人間すべてを襲っている。
数時間前に王城へ侵入していたレーヴィンの部隊は親衛隊のほとんどを無力化し、国王を最後の戦力として残したところでヴィルフリートが注射器を自らの首に打つ光景を目の当たりにした。
そして彼らは既に無力化していた親衛隊の兵士たちや城下町の住民たちを避難させたが、結果として解放軍の殆どの部隊が散り散りとなり、今に至る。
「意地を張っている場合か! ここで力を合わせなければ、全てが無くなる! 貴公が仕えた国自体も存亡の危機なのだぞ!? 」
「ならば……私を倒して征け……! 私が王国軍最後の砦だ! 既にすべての兵は退かせた! この国の騎士はもう……俺しかいないッ!! 」
「ハインツ……! 」
レーヴィンには理解出来た。
この男はここで死ぬつもりだと。
国を在るべき姿に戻せなかった罪を、ここで自らの命を以て清算しようとしている。
そんな馬鹿なことはあってはならない。
この真っ直ぐすぎる騎士を捻じ曲げてしまったのは、間違いなくあのヴィルフリート国王なのだ。
彼には何の責任もない。
しかし、そんなことをハインツは聞き入れる様子も毛頭ない様子だ。
向けられた彼の剣に応じるように、レーヴィンも腰に差していた騎士剣を引き抜く。
左腕に装着した逆三角形の騎士盾を構えつつ、両者は睨み合った。
「決着をつけよう……レーヴィン・ハートラント。貴様の信念と俺の信念……どちらが正しいのかをなァッ!! 」




