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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第四章:傾国の姫君
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第六十四伝: 稲光の戦火

<魔導研究所マナニクス・1階>

 

 自分はようやく、罪を清算し終えたと思っていた。

自身に第二の名前を与えてくれた少女を窮地から救い出し、彼女を守る騎士となった。


それで、許されると思っていた。

しかし目の前に広がった光景は――――。


――――あまりにも、酷なものだった。


「…………あ……ッ」


雷蔵の眼前には一組の男女がそれぞれの得物を手にして立っている光景が目に入る。

男の手には彼と同じような刀、女の方は薙刀の刃を光らせていた。


志鶴長政と志鶴藤香。


彼らは生前、和之生国の処刑人であった雷蔵によって首を落とされその命を落とした。

二人の首元には痛々しい傷跡が刻み込まれており、より一層雷蔵に罪の意識を感じさせる。


「……久しぶりだね、雷蔵。何年ぶりかな? 」

「な、何故お前が……! 」


生前と変わらない笑顔を浮かべながら長政は雷蔵へと近づいていく。

彼の手には雷蔵の得物と同じような刀を腰に差しており、白い装束は武士のような風貌を漂わせていた。

ただ一つ変わっている事は、長政の姿からは一切の生気を感じられない事か。


「雷蔵……それに椛……。こうしてまた、私達は巡り合ってしまうのですね……」

「藤香まで……! やめろ! これは幻想に違いない! エル殿! これも幻惑魔法も一つか!? 」


雷蔵の問いにエルはおそるおそる首を横に振った。


「……姉さんがロイに刺された時点で魔法は解除されてた。今私たちの前に広がっている光景は……間違いなく本物」

「ロイ、貴様ァッ……! 」


「兄……上に……義姉(あね)……上……? 」

「……ッ!? 椛! 」


その隣で、茫然としながら椛が二人の下へゆっくりと歩きだしていた。

彼女が我を失うのも無理はない、今までずっと椛は兄夫婦の死の真相を知る為に忍となったのだから。

椛の表情が段々と明るいものになり、そんな彼女を二人は暖かく迎えようと手を広げている。


――――だが。


彼女の眼前に映るのは兄である長政が手にしていた刀を振り上げている姿だった。

何故最愛の兄は自身に止めを刺そうとしているのか?

何故彼の目はこんなにも冷やかななのか?


そんな疑問だけが彼女の脳裏に残る。

何とも無残な光景を目の当たりにして死ぬものだ、と思いながら椛は迫る刃を受け入れようとした。


その時。


「何をしている長政……! お前は今、妹を殺そうとしていたのだぞ!? 」

「……あぁ、"知っている"よ」


縦一文字に振り下ろされた刀を受け止めながら雷蔵は背後の椛へ一度だけ視線を向ける。

我に返ったように彼女は身体を震わせ、腰を抜かした。


「椛さんっ! こっちです! 」


椛の腕はその様子を傍らで見ていたシルヴィによって掴まれ、強制的にそこから移動させられた。

彼女が周囲を見回すと既にフィオドールの姿は無く、周りにいるのは致命傷を負ったインディスとそれを治療するエルである。

既にゼルギウスと平重郎の姿は長政たちへと向かって行っており、藤香の手にした薙刀と鎬を削っていた。


「ゼルギウス殿!平重郎! そちらは頼んだ! 」

「任された! そちらも注意されよ、雷蔵! 」

「死ぬなよ、若造! 」


雷蔵は刃の先に涼しげな顔を浮かべる長政を睨み付ける。

どんな理由であれ、今の彼は正気ではない。

ましてや最愛の妹を手に掛けるなど、間違いなくロイの仕業によって変貌を遂げてしまったのだろう。


「退け、長政! 俺はあの男を斬らなきゃならないッ! 」

「それは出来ないな、雷蔵。何せ俺たちはあの人から第二の命を貰ったんだ。その恩は……返さなきゃいけない」


彼の言っている事は何ら雷蔵の言動と変わりない。

その皮肉ささえもロイによって仕組まれているようで、ますます彼の琴線に触れる。


「はははははっ!! なんて興味深い光景なんだ! 貴方は本当に僕の好奇心を満たしてくれる! かつてその手で殺めた親友をもう一度殺さねばならない運命! そして同じ目的を持っていたとしても殺し合わねばならない宿命! これこそ人間だ! 所詮人間は自分の命よりも大切なものはないんですよ! 」

「その口を閉じろ、下郎ッ!! 」


痺れを切らした雷蔵とゼルギウスは長政と藤香の刃をくぐり抜け、仰々しく両手を広げているロイの下へ各々の得物の切っ先を向けた。

二振りの魔力刀が長剣と刀と鍔競り合い、三者は視線を交わす。

その背後では平重郎が長政たちの凶刃と火花を散らしているが、防戦一方に追い込まれていた。


「ロイ・レーベンバンクゥッ!! 貴様は、どれだけ人の命を弄べば気が済むッ!! 」

「もちろん、僕が死ぬまでですよ! 好奇心が満たされるまで、僕は幾らでも他人を陥れましょう! 」


二人の剣を弾き返し、雷蔵に蹴りを食らわせると同時に魔力刀の柄でゼルギウスの腹部を殴りつける。

両者は後方に吹っ飛ばされ、研究所の壁に叩き付けられた。


「だから今はあまり時間がありません。今回はお披露目のみ、という事でしてね……」

「逃がすかァッ!! 」


口から血を流そうとも構わず雷蔵は立ち上がり、背を向けるロイの下へ一直線に駆けた。

しかしその突撃も突如として現れた長政の手によって阻まれ、雷蔵の愛刀は長政の刀と火花を散らす。


「長政。もう肩慣らしは終わったはずでしょう。そろそろ迎えが来る頃です、ほどほどにしておきなさい」

「……わかったよ、ロイ」


瞬間長政の腕が緑色へと変化し、雷蔵の腕よりも数倍も太いものに変異を遂げた。

彼の眼前には一瞬何が起こっているのかは分からなかったが、確かに理解出来る事が一つだけある。

既に長政は、人間ではなくなっているという事だった。


「がァ……ッ……!? 」


その腕で殴り飛ばされ、雷蔵の身体は地面を転がりながら壁に再度叩き付けられる。

ロイと共に研究所を立ち去ろうとする長政と藤香はその場にいた全員を一瞥すると先に姿を消した。


「あぁ、それと言い忘れていた。早く王都へ行った方が宜しいかと。大変なことになっていますよ」


揺れ動く視界の中で彼は手を伸ばすが、そこには一切振り返らない親友の姿と不敵な笑みを浮かべながら立ち去るロイしか映らない。

彼らが消えたと同時にシルヴィは壁に寄り掛かる雷蔵の下へと駆け寄り、回復魔法を施す。


「離せ! 俺はあの男を……俺の親友を侮辱した奴を殺さねばならないッ!! 」

「馬鹿言え、オメェは手負いだ! 向かって行ったって殺されるのが関の山だぞ! 」

「抑えてくれ雷蔵! 奴の残した言葉が気になる! 今は追っている場合じゃない! 」


平重郎とゼルギウスが彼を押さえつけるも、我を忘れた彼は駄々を捏ねるようにその場で暴れた。

その時、椛の傍に立っていたシルヴィが雷蔵に近づくと彼女の右腕は彼の右頬を捉える。

乾いた音が研究所に響き渡り、一瞬思考が停止した。


「雷蔵さん。今はここから出る事が先決です。インディスさんも椛さんも負傷してますし、ラーズさん達とも合流しなきゃいけない。私の言っている事が分かりますね? 」


シルヴィの言葉に雷蔵は我に返ったように首を縦に振る。


「じゃあ行きましょう。既にラーズさんは研究所の外にいるみたいです。エドさん達とも合流してるはずですから。エルさん、インディスさんの具合は? 」

「一時的な出血は止められた。あとはきちんとした治療を受けさせてほしい」

「了解です。お兄様は椛さんを、エルさんはインディスさんをお願いします」


ゼルギウスとエルは命令通りに椛とインディスの身体を背負い上げ、先に研究所の出口へと向かって行く。

ようやく落ち着きを取り戻した雷蔵は平重郎に手を貸してもらいながら立ち上がり、その場を後にした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<研究所外・野営地>


 シルヴィに言われるがまま雷蔵たちは研究所を後にし、施設全体を包囲し終えた解放軍は彼らの姿が見えるなり迎え入れた。


「雷蔵さん! シルヴィ王女! 無事だったか! 」

「問題ない。ただ負傷者が数名いる。治療してほしい」

「わかった、ラーズさんも捕虜を連れて先に戻ってるよ。しばらく休んでくれ」


クルツに言われるがまま雷蔵とシルヴィは同じテントに腰を落ち着け、エルは負傷したインディスを部隊の衛生兵たちに預ける。

仲間たちは各々解散し、二人だけがその場に取り残された。


ようやく一仕事を終えたが、結果は失敗に近いだろう。

王国軍の幹部であったロイを取り逃がし、長政たちの蘇生を成功させてしまった。


加えて、最後にロイが言い放ったあの言葉。

妙に引っ掛かりを覚えながら、雷蔵は視線を落とした。


休んでいる暇もないが、今は王都制圧へ向かったレーヴィンたちからの通信を待つしかない。


「……さっきは済まなかった。お主の叱咤が無ければ今頃拙者は死んでいただろう。礼を言う……」

「いいんです。代わりに聞きたい事があるんですが……あの、長政と言う人は……? 」


彼女から問われた当然の疑問。

何故長政が姿を現した瞬間、雷蔵は我を失うように怒り狂ったのか。

言葉が出てこない雷蔵の背中に、か細い手が触れた。


「拙者の過去は……既に聞いているか? 」

「……はい、椛さんから」


そうか、とだけ言い残して雷蔵は深い溜息を吐く。


「彼らは……長政と藤香は拙者の手によって処刑された人間だ。国の役人に嵌められ、拙者は二人を殺さざるを得なかった。二人の死体をロイが蘇生させて奴の研究に利用したのだろう。だから拙者は……我慢が効かなかった」

「……ごめんなさい……。いやな事を聞いてしまいました」


「いいんだ。いずれは話すべき時が来るだろうとは思っていた。それに……君の過去も知ってしまったからな。お互い様だ」

「雷蔵さん……」


弱々しい笑みをシルヴィに向けた。


「拙者が何故お主を助けに来たか、分かるか? 二人を殺し、その役人共をも殺した後に国を抜けた拙者に……お主は救いの手を差し伸べてくれたからだ。ひとりぼっちの俺を……君は助けてくれた。でも、俺に関わった人間はみんな不幸な目に遭う。だから俺は……あのまま死のうとした」


彼の本心を初めてシルヴィに吐露する。

あのままロイを生かしておけばシルヴィ達にも被害が及ぶ筈だ。

それを自らの命を以て、防ぎたかった。

しかしシルヴィは、そんな彼を優しく抱きしめる。


「……雷蔵さんには、みんながいます。フィル君にヴィクトールさんやレーヴィン。エルさんにラーズさん……皆があなたの味方です。それに……私だって。だから、貴方の過去も現在(いま)も全部……私達が一緒に背負います」


テントの中に点けられたオレンジ色の光が、二人を照らす。

雷蔵はシルヴィをじっと見つめ、シルヴィも彼から視線を離さない。


段々と互いの顔の距離は近づいていく。


唇が触れ合うかという距離まで狭まった、その時だった。


『あぁ……やっと通信が回復した! 雷蔵殿、今すぐ来てくれ! 突然王城から……巨大な魔物が現れた! 』


彼の懐に仕舞われていた通信媒体が起動し、レーヴィンの声が周囲に反芻した。

雷蔵は腹を切る思いで通信を開き、彼女の応答を待つ。


「どういう事だ? 詳しく説明してくれ、レーヴ殿」


スピーカー越しに聞こえる荒々しい呼吸音の後に、彼女は口を開いた。


『ヴィルフリート国王が……魔物に変貌した! それで何人もの民間人や王国軍の兵士を襲っている! 至急増援を送ってくれ! 』

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