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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第四章:傾国の姫君
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第六十一伝: 拳拳服膺、握った拳は誰が為に

<魔導研究所マナニクス入り口>


 そうして、三日の月日が流れた。

ある者は負った傷が癒えるまで十分に休息を取り、またある者は覚悟を決める為に一心不乱に刀を振り続けた。

単純とも濃密とも言えるこの三日間は、雷蔵たちにとってきっと忘れられないものとなったであろう。


『こちらレーヴィン。雷蔵殿、其方の様子は? 』

「今しがた研究所の入り口に到着した。既に中隊を配備させており、いつでも突入は可能ぞ」


通信媒体の宝玉を手にした雷蔵は馬に跨りながら、通話主であるレーヴィンの方へ耳を傾ける。


『了解した。こちらの方も既に王都内に潜伏し、デモ運動の陰に紛れている。……姫様を頼むぞ、雷蔵殿』

「任された。この身に代えても彼女は守ってみせる」

「レーヴィンの方もどうか無事に帰ってきて……。これ以上の犠牲は生みたくない……」


シルヴィが二人の会話に割り込んでくると同時に、雷蔵は神妙な顔つきを浮かべた。

そんな彼女を、通信媒体越しのレーヴィンは明るい口調で話し始める。


『ご心配なく、姫様。皆を無事に連れて帰って来ます。其方の方も……どうかご無事で』

「レーヴィン。これは命令です。必ず生きて帰ってきて! 」

『御意! さあ行くぞ! 今日が我らの革命の日となるッ!! 』


媒体のスピーカーからは男女の歓声が聞こえたかと思うと、一斉に走り出す音を最後に通信が切れた。

不安げな表情を浮かべるシルヴィの肩を、雷蔵は優しく叩く。


「……シルヴィ。レーヴ殿には彼女の役割がある。拙者たちに出来る事は、一刻も早くお主の兄上殿たちを救う事だ」

「そうだぜ嬢ちゃん。ボーっとしてると一瞬でおっ死んじまうぞォ」

「怖がらせる事言ってどうすんだよじいさん。安心しなシルヴィ、お前の背中は俺が守ってやる」


ラーズや平重郎からの励ましの言葉に、彼女は俯かせていた顔を上げた。

その顔には、その瞳には、確かに王家の血を引いた王女の覚悟が宿っている。


「……はい! 私達は今、この国をあるべき姿へと戻します! どうか……皆の力を貸してください! 」

「応ッ!! 」


彼らの背後に並んでいた"解放者"の兵士たちは、各々の得物を掲げて呼応の叫び声を上げた。

その中には王国軍の兵士であったミハエルやクルツ、エドといった顔ぶれも揃っており、脱走兵がほとんどである。


作戦概要はこうだ。

まず雷蔵たち4人が先陣を切って施設内へ潜入し、研究所にいる親衛隊や王国軍の兵士を無力化する。

その後待機させていた中隊に魔法で合図を送り、施設全体を包囲して安全な脱走ルートを確保という流れであった。


雷蔵は深く息を吸い、口から吐き出す。

全身に重くのしかかる緊張でさえ雷蔵にとっては心地良さを感じ、目を見開いた。

ここまで騎乗していた馬の身を隠させ、雷蔵を含めた4人はついに研究所の入り口に到達する。


「敵は? 」

「数は4、そして向こう側にも数人の兵士が巡回してる筈だ。俺とじいさんで反対側を制圧してくる」

「任せた」


お互いに頷き合い、ラーズと平重郎は足音を立てずに夜闇の陰に姿を消した。

雷蔵とシルヴィは視線を一度だけ交わすと、隠れていた草むらから一気に門の前に立っていた衛兵の下まで辿り着く。


「なっ……! て、敵――――」

「寝ていろ」

「そこでしばらく寝てなさいっ」


決して武器で殺める事はせずに、雷蔵とシルヴィはそれぞれ腹部と頭部に一撃を加えて兵士たちを気絶させた。

僅かばかりの物音を不審に思ったのか、もう二人の衛兵が音の方向へ姿を現す。

背後に隠れていた雷蔵たちは即座に締め落とし、二人の身体を草むらに隠した。


「平重郎さん達の方は……」


シルヴィがそんな事を口にした瞬間、一組の男たちが周囲の魔法光によって姿を露わにする。

一瞬彼女は身構えたが、ラーズと平重郎だと分かった瞬間に腰に差していた宝剣・リヒトシュテインの柄から手を離した。


「無事そっちも片付いたみたいだな。一人の兵士が教えてくれたんだが、皇子とエルの牢屋は地下の区画にあるらしい。部屋も一緒らしいし、これで目指すべき場所は決まった」

「いざという時は誰か置いてでも助けに行くといい。老いぼれも足止めくらいにゃ使えるだろうさァ」

「……そうだな。その時は、頼むかもしれぬ」


雷蔵の言葉に肩を竦めつつも平重郎は頷き、早速研究所の内部へと侵入する。

通信媒体で待機させていた中隊に潜入の旨を伝えると、4人は地下に降りる階段を見つけた。


「ここが……マナニクス……」

「研究所だってのに牢屋まで建てられてるのは妙だ。きな臭ぇなァ」


生体実験や魔力核(コア)の生成に使用される機械の作動音が無機質に響き渡る。

白を基調とした施設ではあるが、壁の隅々からは不気味ささえ感じた。

そして階段を下りていく度に周囲の光景が段々と灰色に変わっていき、四人は誰にも見つからずに地下牢の区画まで到着する。


「……おい、オメェら。気ィつけろ……嫌な予感がする」

「分かってます……。ここまでの施設で誰もいないのはおかしい……」

「まるで俺たちが来るのを分かってたみたいだな……」


ラーズの言葉に全員が頷き、お互いの背後を守り合う形で少しづつ移動していく。

彼らが今いる場所は地下牢と呼ぶには綺麗すぎて、あの重苦しい雰囲気も漂っていない。

ただ感じるのは、ここがまるで同じ土地ではないような感覚であった。


「っ! あれは……」


雷蔵が何かを見つけ、隊列の間を割りながら硝子に覆われた一室へと駆けていく。

そこには両腕の手首を鎖で拘束されながら顔を俯かせている銀髪の青年と、気を失っているエルの姿があった。


「エル殿! ゼルギウス皇子! 」


彼の言葉を聴くなり、シルヴィとラーズが一目散に二人の囚われている牢屋と駆ける。

4人の姿に気が付いたのはゼルギウスは俯かせていた顔をゆっくりと上げ、シルヴィと目が合った。

牢屋の入り口のすぐ傍にあった機械を操作するも、ここを開錠するのには兵士の持つ鍵媒体が必要という表示が表れた。


雷蔵は先ほど衛兵を気絶させた際にあらかじめ奪っておいた宝玉をその機械の前に翳すとガラス張りの扉は自動で開く。


「お兄……様……? 」

「シルヴィ……? 」


彼女はゆっくりとゼルギウスの下へ歩み寄り、目を見開きながら視線を交わした。

生きているとは聞いていたが、こうしてまた生きているうちに会えるとは思わなかった。

家族が誅殺されていくなかで、生きていた唯一無二の肉親の頬にシルヴィは触れる。


「お兄様……! 本当にお兄様なんですね……っ! 」

「あぁ……ッ! そうだ……シルヴィ……! 我が愛する妹よ……! 」


そっとゼルギウスの傍に近寄ると、雷蔵は彼の両腕を縛り付けていた鎖を断ち切った。

ようやく得た腕の自由で彼がまず最初に行ったのは、愛する家族を抱きしめる事だった。

そんな二人を見かねた雷蔵はそっとその場を離れ、エルの下へと歩み寄る。


「ラーズ……。それに雷蔵に平重郎も……」

「すまねえエル……俺のせいで、お前を危険な目に遭わせちまった」

「……いいのよ。私も、姉さんと本気で戦えなかったから。それに、アナタが助けに来てくれるって信じてた」


彼女の身体を抱き起すラーズとの距離は次第に近づいていく。

なんだか良い雰囲気だ、と肩を竦めながら雷蔵と平重郎は彼らに背を向けつつ視線を交わした。


「さァてお二組、そろそろここから出ないとまずい事になりますぜェ。異変を嗅ぎ付けられてもおかしくはねェ」

「っと、そうでした……。お兄様、エルさん、走れますか? 」


シルヴィの問いに二人は頷く。

音を立てずに6人は牢屋から脱出し、廊下を走り始めた。

牢番がいた痕跡を残している詰め所にまず寄り、奪われていたエルの装備を取り戻す。


その時だった。


その場にいた全員が背中に氷柱を突っ込まれたような悪寒と殺気を感じ取り、背後を振り向いた。

彼らの視線の先には、一人のオークの男性が立ちはだかっている。


「……エル」

「……えぇ」


ラーズが一歩前に踏み出し、雷蔵たちへ視線を向けた。


「先に行ってくれ。ここからは、俺個人の問題だ」

「で、でも! ラーズさんが! 」

「言ったろ、シルヴィ。お前の背中は、俺が守ってやるってな」


彼は満面の笑みで親指を立て、5人の背中を無理やり押す。

そんな中エルだけが振り向き、ラーズへ手を伸ばした。


「ラーズ。死んだら承知しない」

「分かってるって。あのバカ兄貴を――――」


そう言いかけた瞬間、ラーズは雷蔵たちとは逆方向へ走り出す。


「――――ぶん殴ってやんねえとなァッ!!! 」

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