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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第四章:傾国の姫君
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第六十伝:甘き死よ、来たれり

<魔導研究所マナニクス・研究室>


 同刻。

自身の研究室で椅子に凭れ掛かりながらコーヒーを啜っていたロイは、突如として現れた客人に背中を向けたまま立ち上がる。


「……調整の方はどうかね? 」

「えぇ……滞りなく進んでいますよ、ヴィルフリート国王」


客人の名は、ヴィルフリート=ヴィエナ=アンキーロ。

魔導連邦フレイピオスを統べる現国王であり、策略により嘗ての主であったアルフィオ=ボラット=リヒトシュテインを誅殺して今の地位を掴み取った男であった。

護衛を付けずに彼のラボに来たという事は、絶大な信頼をロイに寄せているという事。

その事実に内心笑みを浮かべながらも、ロイは国王を椅子に座らせた。


「しかし、何故今になって此方に? お忙しい身なのでしょう? 」

「フフ、良く言う。シルヴァーナ王女の処刑が失敗する事を見通し、ゼルギウス皇太子を先に確保させておいた男に今更そんな事を言われてもな」

「手厳しいですね。まあ、あの侍が助けに来る事も予測していた事でした。解放者に所属して私たちを潰そうとしている事もね」


おどけたようにヴィルフリートは肩を竦め、不敵に口角を吊り上げる。


「それで、皇子は今どこに? 」

「ここの牢屋に閉じ込めています。あと連中の仲間らしき人物……確かインディスの義妹でしたか、彼女も拘束しておきました」


「ギルゼンとインディスには褒美を取らせねばな。彼らの助けが無ければこれほどの事は出来なかっただろう」

「恐縮です。椛もあれで使える女ですが、些か感情的に動く事が多すぎる。貴方のところにもいるでしょう? 」


ロイの問いにヴィルフリートは苦笑を交えつつ口元を抑えた。

彼が思い浮かべているのは無論ハインツとフィオドールの事であり、この二人はシルヴィを奪い返すことに失敗している部下であった。


「奴らは好きにさせておくといい。どうせ捨て駒だ、私の野望さえ成し遂げられるのなら生きていても死んでいても変わりはない」

「随分と非情な事を仰られるんですね、我が王は。まあ良い、僕もこの実験さえ成功させれば良いのですから……目的は同じでしょう」

「違いない。研究の成果を詳しく聞かせてはくれないか? 」


勿論です、とロイは笑みを崩さずに机の上に置いてあったファイルを国王に手渡す。

束になった資料のページを捲ると其処には膨大な数の実験結果が記されていた。

その時、彼の研究室にもう一人の女性が入ってくる。

紫の長髪を揺らしながら大きく胸の空いたローブに身を包む彼女の名は、インディス=ガラドミア。

名目上ではセベアハの村の魔術師であるディニエル=ガラドミアと姉妹関係にあるが、実際に血の繋がった妹ではなかった。


「丁度良かった。インディス、国王に実験の内容を詳しく教えてあげて下さい」

「はぁい、分かりましたぁ。国王様、どこまでご存知になられたの? 」


谷間を強調するかのように彼女は椅子に座るヴィルフリートの前で屈み、彼の手にしている資料を覗き込む。


「死霊魔術を引用した技術までは理解できた。しかし、実際にはどんな物体になっているのかが気になる」

「ではお見せしましょうか。インディス、付いて来てくれるか」

「わかりました」


椅子からロイは立ち上がり、二人を連れて研究室を出る。

すぐ傍の廊下は白一色で染め上げられており、窓一つないその光景に不気味ささえ感じた。

研究室から歩く事数分、3人は魔法術式の掛けられた扉の前に辿り着く。

その魔法陣の前に手を翳すと、ドアノブの術式が解けてドアが自動で開いた。


「どうぞ、お入りください」


招かれるままヴィルフリートは実験プラント室に足を踏み入れ、その異様な光景を目にする。

二つの円柱型の水槽の中には薄い緑色の液体で満たされており、中には一人ずつ男女が培養されていた。

多くのケーブルと酸素パイプがつながれたその先には、実験体の心電図や魔力の数値を表す機材が幾つも並べられている。


「これは……」

「彼らこそが我々の実験のプロトタイプ。"死者の使役"という禁忌を破る実験の、第一人者とも言えるでしょう」


「"死者の使役"だと? それでは死霊術師とやっている事が一緒では……」

「その疑問、ご尤もですわ。彼の実験と本来の魔法で唯一違う点と言えば、この二人は生前の記憶と意思を持っているという事です」


インディスからの言葉にヴィルフリートは絶句した。

魔法でも出来なかった人間の蘇生という事を、このロイという男はいとも簡単に実現してみせたのだ。

この研究が如何にして彼の専門である魔物研究である事に繋がるかは不明だが、おそらくそこからアイデアを得たのであろう。


「本来、死霊術というものは魔法の力を使って死者や魔物を使役する術式でした。ですが今回は違う。魔物の活動源となっている源力素(ネオマナ)を彼らの死体に注入し、一度生命活動が再開した所で死霊術の魔法を彼らに掛ける。源力素というのは本当に謎に満ちたものです、人間の身体をあっという間に再構築させる。その分、多くの人間は適合出来ずに魔物の成れの果てと化しましたがね」


ズレた眼鏡を掛け直し、ロイは水槽に近づく。


「死霊術を駆使する方法はインディスからのアイデアでした。人間とは本当に好奇心が旺盛な生き物です。僕のように、それだけの為に命を懸ける者もいる」


まるで舞台に立った役者のように、彼は両手を広げた。

狂気さえ感じるその笑みに対して、ヴィルフリートは眉一つ動かさない。


「幾つもの実験体の中で最も適合率が高かったのは彼らでした。そして皮肉にも、彼らは生前夫婦だった」

「……味方にいながら、君には恐ろしささえ感じるよ。エルフよりも劣る人間が、ここまでの狂気を生み出すとは」

「お褒めの言葉、光栄です。僕は人間が好きなんです。僕の欲望を彼らは知らず知らずのうちに満たしてくれる」


白衣のポケットに手を突っ込むと、ロイは注射器を彼に差し出した。

その中には不気味な青色の液体が入っており、僅かばかり顔を引き攣らせる。


「その注射器には液状化させた源力素が入っています。最悪の事態を想定して、貴方にこれをお渡ししておきます」

「貴様……この私が負けるとでも……! 」

「いえ、決してそうは思っていませんよ。ただ、学者というものは常に最悪の結果を想定して動いているものです。だからお渡ししたのですよ」


不満げな表情を浮かべながらもヴィルフリートはその注射器を仕舞い、別れも告げずにプラント室を立ち去った。

二人残された実験室の中で、ロイは彼の背中を見守り続ける。


「……さて、これからどうなるか……。結果が楽しみですね」


その声が、ヴィルフリートに届くはずも無かった。

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