第五十九伝: いざ、恩讐の彼方へ
<基地本部・司令室>
ラーズの部屋を後にし、次に雷蔵が向かった先は"解放者"幹部の集まる部屋へと足を運んでいた。
扉を開けた先には既にレーヴィン、ギルベルト、シルヴィ、クレアなどと言ったメンツが集まっており、先ほどセベアハの村から合流したアイナリンドやミゲルもその場に佇んでいる。
「済まぬ、遅れてしまった」
「ラーズさんを見ててくれたのでしょう、問題ありません。彼の容態は? 」
「一先ず意識は取り戻したようだ。少々意気消沈してはいるがな」
雷蔵がその言葉を口にした瞬間、周囲から安堵の溜息が漏れた。
特にミゲル村長やアイナリンドは心配していたのだろう、気が抜けたように椅子に座り込む。
「……では、緊急の作戦会議をこれより開始致します。皆さん現在の状況は理解してらっしゃるようですが、今一度確認しておきましょう」
ギルベルトの声と共に司令室の中心に置かれた写影媒体が起動し、周囲にダラムタート城の全体図を映し出した。
その隣には長方形の建物が表示されており、周囲には幾つもの魔力核を生成する工場の煙突や施設が建てられている。
「貴方がたにお見せしているのはヴィルフリート国王の根城であるダラムタート城、隣はその臣下であるロイ・レーベンバンクが技術顧問を務めている魔導研究所マナニクスです。ここでは魔力核の生成や製造も行われていますが、同時に魔物の研究も進められています」
「確かロイはその魔物の研究を主に推し進めている研究者であったと聞く。拙者とシルヴィに最初近づいてきた時、名乗った職業がそれだった」
「ですが、何故今回の会議でこの研究所を? 」
アイナリンドからの問いを待っていたかのようにギルベルトの目が光った。
「先ほど、雷蔵さんがラーズさんを救出する少し前に王国軍の兵士たちが我々の前に投降してきたのです。おそらくミハエルさん達が我々の傘下に下った事で、その他の兵士たちにも影響が出たのでしょう」
「その連中が敵からのスパイという可能性も否定出来ん。一人一人調べたのか? 」
「勿論です、ミゲル長老。組員によりボディチェックに加えて探査魔法で武器や魔法通信機器などを隠し持っていないか調査しましたが、一人もそのような反応は見られませんでした」
魔法通信機器とは指定された条件下で現在地を送信する魔法を仕込んだ魔道具の一種である。
所謂盗聴器という代物だが、これを発動させた状態を維持するのには膨大な資金と魔力量を維持できる人間か装置が必要だ。
「そうか。しかし連中の後ろにはマナニクスも付いている。油断してはならんぞ」
「御忠告、痛み入ります。話を戻しますが、我々が今回作戦地点にマナニクスを追加している理由は、この投降した兵士からの情報に基づいています」
ギルベルトの話を続けるかのように、シルヴィが口を開く。
「先ほどエルさんとお兄様を乗せた馬車と同じものがマナニクスに停車していたという情報を彼らから教えて頂きました。二人が連れ去られてから、既に数時間以上が経過しています。時間の辻褄も合いますし、現に情報をくれた兵士は研究所の周辺を警備していた人間だと言っていました」
「情報元の信憑性は高い、か……。不躾ですが姫様、罠という可能性は? 」
レーヴィンの問いに彼女は首を横に振る。
確かに情報を渡した兵士の一人がロイや王国の幹部と繋がっていて、解放軍を混乱させる策かもしれない。
ロイ・レーベンバンクやヴィルフリート国王は、そういう人物であるとこの場全ての人間が理解していた。
「いえ、その可能性は低いと思います。現に解放者の隠密部隊に偵察に向かわせたところ、提供された情報と一致する光景であったとの通達を受けていますから」
「ではどのように動く? マナニクスに潜入するとしても、正直なところ皇太子とエル殿が其処にいるという確証はない。戦力を分散させていくにしても、間違えた時の危険性が高すぎると拙者は思うが」
「ですが、当てはこの二つの拠点しかありません。叩くなら今です。現に雷蔵さんがお嬢様を助けて下さった際、ゼルギウス様の生存を伝えた瞬間に民衆が反発し始めていました。おそらく王都内は混乱に満ちているでしょう」
雷蔵の脳裏に浮かんだのは、処刑台の周りでシルヴィの死刑執行を見つめていた一般市民の表情だった。
確かに彼女の死を憐れんでいる者や無念の表情を浮かべている者が多かったり、悔しそうに奥歯を嚙み締めている様子が見られていた。
「ギルベルト。王都には前王の支持者はどのくらいいるのだ? 」
「およそ半分以上はいるかと……。ですがデモ運動を起こしても簡単に制圧されてしまう女性やご老体、お子さんがほとんどです。男手はほぼ兵役に取られてしまっている筈ですが……」
「では投降してきた兵士の中で王都に在籍している家族を持つ者は? 」
ミゲルの問いが投げかけられたその時。
部屋の扉が突如として開き、そこから二人の男が姿を現す。
「およそ半分。もう半分はディアテミスか地方だと聞いてるぜ、旦那」
「まずはそいつらを家族と合流させてやんねえとな」
「平重郎! ラーズさん! もう怪我の方は大丈夫なのですか!? 」
盲目の老人、霧生平重郎とオークの戦士。ラーセナル・バルツァーは不敵な笑みを全員に向けた。
「やられっぱなしは気に食わねえ。そうだろ、おっさん」
「抜かしてろ若造。だが、言う通りではあるねェ」
二人はそれぞれ椅子に腰を落ち着ける。
「おおまかな話は聞いてる。王都に家族を持った兵士たちを搔き集めて全員こっちに集めさせるんだ。そして彼らでデモを起こす。まだ正式に除隊処分にはなってない筈だからな、さすがに親衛隊の連中も攻撃は出来ねえだろう」
「その隙に俺たちは王城へ侵入する。あと解放軍の中隊も配属させておけ、万が一の時は彼らを守ってやんなァ」
「では、どのような分け方にしますか? 」
「私が王城へ向かおう。中隊の統率はこちらの私兵が執り行う形でよろしいか」
「構いません。レーヴィンさんの他に誰かいますか? 」
彼の問いに挙手したのはアイナリンド、ミゲルに加えてクレアであった。
レーヴィンを含めた四人の名前を黒板に記入し、研究所へ向かうメンバーの名前も書き残していく。
「では、今一度人員の確認を。王城潜入へはレーヴィンさん、アイナリンドさん、ミゲルさん、クレアで行います。研究所への侵入はお嬢様、雷蔵さん、ラーズさん、平重郎で宜しいかな? 」
ギルベルトの言葉に全員が頷き、決意が固まっていくのを感じた。
それと、と彼は言葉を付け加える。
「今回は私も作戦に参加させて頂きます。王城の方にて本隊を待機させておきますので、何かあればご連絡ください」
「決行時間は? 」
「三日後の夜です。その時までに、城下町や一般市民の方々にはあらかじめ避難勧告を出しておきます」
そこで言葉が途切れた。
全ての内容を話し終えた彼らは自然と椅子から立ち上がり、各々の目的地へと向かっていく。
こうして彼らは、国の存亡を懸けた最終決戦へと赴くのであった。




