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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第一章: 新たなる旅立ち
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第六伝: 交差する点と点

<オルディネール・広場>


 背中に背負ったフィルの身体を両手で支えながら、雷蔵は彼の家へと全速力で村を駆け抜ける。既にこの村に駐在している衛兵たちによって盗賊からの襲撃は収まり、現在傷ついた村人の介抱へと向かっているようだ。シルヴィとは別行動を取り、彼女にはこの村の医療機関へ医者を一人寄越すように言い渡した雷蔵は彼の家に到着する。


「フィル!? 酷い怪我……! 」

「心配は後だ、ルシア殿。とりあえず彼を運ぶのを手伝ってほしい」

「は、はい! 」


 背後で気絶しているフィルの身体を彼の部屋までルシアと共に運び、ベッドの上に乗せた。先ほど施されたシルヴィの回復魔法によって出血は止まったものの傷口自体はまだ塞がっておらず、痛々しい肉の裂け目が雷蔵の視界に入る。白い布を開いた傷に当て、細菌が入らないように覆い隠した。プロメセティアに普及している回復魔法の多くは、出血を止めたり一時的な応急処置を施すものとなっている。完全な治療を施すのには医療技術を持った医者や病院、または完璧に回復できる魔法を駆使できる魔導士の存在が必要不可欠であり、魔法が普及していても医療に従事する者の存在が重宝されていた。


「フィル! 大丈夫か!? 」

「あっ、お兄ちゃん! 」


 彼の家の扉が音を立てて開き、外から銀色の鎧を全身に纏った赤い短髪の青年が駆けこんで来る。家の中にいた雷蔵の姿を見るなり彼は怪しむような視線を向け、腰に差していた剣の柄に手を掛けた。


「おいあんた! 部外者がこんな所で何を! 」

「待ってお兄ちゃん! この人フィルを助けてくれたんだよ!? 」


 青年が部屋に入るなり雷蔵は立ち上がり、敵意が無い事を示す為に両手を上げる。すぐさま傍にいたルシアがその青年の下まで駆け寄り、剣を持った彼の手を掴んだ。加えて青年は雷蔵の顔を見るなり我に返ったように剣を納め、扉を閉めて寝かされているフィルの下へ歩み寄る。


「……すまない、少し気が動転してたんだ。あんた、昨日の旅人さんだろ? 一瞬とはいえ、剣を向けて悪かった」

「気にするな、こちらこそ込み入った事情をお見受けして尚、介入して申し訳ない。拙者は近衛雷蔵、フィルには宿を貸して頂いた身だ」

「レオナール・マッシュフィリトだ、レオって呼んでくれ。あんたは分かるだろうが、この村で衛兵をやってる。それで、フィルの容態は? 」


 普段は明朗快活な表情を浮かべているであろうレオの顔は不安げなものへと変貌した。ベッドに寝かされている彼の下へ座り込み、上に着ていた鎧を脱ぎ始める。普段着が露わになると彼は額に浮かべていた汗を腕で拭った。


「今仲間に医者を呼ばせている。念のため魔法で応急処置を施しておいたが、どうなるかは本人次第だろう。……こんなことを言うのは無粋だが、覚悟はしておいてくれ」

「……分かってる。同僚から聞いたよ、フィルがあの連中に単身で勝負を挑んだってな」


 悔しげな表情を浮かべたレオの肩を叩き、今にも泣きだしそうな表情を浮かべるルシアの頭を雷蔵は乱雑に撫でる。


「お主らが不安になってどうする。こうしてフィルは今も戦っているのだ、拙者たちは彼を待つまでよ。やれるだけのことはした」

「そう、ですね……」

「それに彼は相手を殺す為に立ち向かっていったのではない。守る為に奴らへ向かっていったのだ。拙者にはそれが良く分かった。……死ぬのには惜しい人間だよ、フィルはな」


 その時。彼の家の扉が音を立てて再び開き、見覚えのある銀髪の少女と白衣を着た中年男性が慌てて駆け込んできた。左手に医療器具の入ったカバンを置き、中から老眼鏡を取り出すと彼はそれを掛ける。


「雷蔵さん! お医者さんを連れてきました! 」

「この村の医師のセージュ・ディパールです。患者がいると聞いて来たよ」


 荒げた息を整えながら、セージュはシルヴィを引き連れてフィルが寝かされているベッドの下へ駆ける。傷口が覆われていた布を退かし、痛々しい裂傷を目の当たりにするとセージュは双眸に力を入れた。


「確か君が応急処置を施したんだったね。どの系統の魔法を使ったんだい? 」

「一般的な止血用の魔法です。起動語(レヴァーレ)止まれ(アンスタン)動作語(アルツァルシ)一時の出血(フルレ)です」

「ふむ……応急処置のみか。分かった、血は止まっているし、傷口の腐食や風化も見られない。このまま縫合魔法を掛けるよ」


 魔法が作動するのには呪文が上記のように必要で、体内の魔力を魔法に充てるための言葉"起動語"と実際に活用するためのスペルである"動作語"の組み合わせによって魔術が発動する。昨夜シルヴィが行っていたのはこの二つの言語を周囲の物から呪文を吸収し、魔導書に刻み込んでいた。彼女のように戦闘で使う際の魔法と治療用の魔法で区別している人間は、一つの魔法に特化した魔導士よりも覚えられる魔法が少ない。故に医師や錬金術師、死霊術師といった何かに突出した魔導士には劣っている。


「汝に示す。塞げ、塞げ。流動する紅の漿液。ここに今、癒えの神秘を理に現せ。穿て(フリール)無数の傷跡(リクイド)


 医師がフィルの傷口に右手を翳し、掌から水色の光が彼の開いた傷口を覆っていく。周囲に飛散していた光弾が付着していた血液を拭い去り、同時に塞がった傷口には完全に治療されたフィルの肌が見えた。その後医師の男性はフィルの手首に指を当て、指先に弱弱しく脈打っていた血管が元通りの鼓動に戻っていくことを確認すると安堵の溜息を吐く。すると今度は彼の口元に耳を近づけ、呼吸が戻ったことを確認した。


「……うん。これで大丈夫だ、脈も戻ったし他の出血の箇所も見られない。呼吸もしている。もう安心していいよ、ルシア、レオ」

「はぁ~っ……良かったぁ……」

「一時はどうなるかと思ったよ……」


 フィルが無事生還した事に安心したのか、その場で立ち尽くしていたルシアがゆっくりと床に座り込む。彼女の身体を起こし、空いた椅子に座らせるとレオの目に涙が浮かんだ。深くため息を吐いた雷蔵は丸椅子に座っていたシルヴィの隣へ歩み寄ると、彼は彼女の肩を叩く。


「良くやってくれた。お主の処置が無ければ彼は死んでいただろう」

「いやいやぁ……それほどでもぉ……。えへへ」

「僕からもお礼を言っておくよ。彼の父親とは昔からの親友でね、何がなんでもフィルを助けたかったんだ。ありがとう」

「こちらこそ助かり申した、セージュ殿。この時に頼むのは不躾だろうが、彼の経過を見ては頂けぬだろうか」


 雷蔵の申し出にセージュは頷き、傾いた老眼鏡のフレームを指で摘まむと白衣のポケットに仕舞った。雷蔵は彼に頭を下げ、居間のソファに置いていた荷物を背負うと何も言わずに彼の家から立ち去ろうとする。その時、兄妹で座り込んでいたレオに自身の纏っていた胴着の裾を引かれた。


「待ってほしい、雷蔵さん。少しフィルの事で……話がしたい」

「……承知した。何やら込み入った事情があると見える。シルヴィも一緒で良いだろうか? 」

「あぁ、勿論さ。上の二階で話をしよう。……ルシア、フィルを見ておいてくれ」

「う、うん。わ、分かったよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<二階・客間>


 神妙な顔つきをしたレオに招かれ、言われるがまま雷蔵とシルヴィは彼と対面する。深いため息を吐いた後レオは懐から一枚の紙と小さい巾着袋を取り出し、雷蔵たちの目の前に置いた。


「これは……? 」

「あんたたちが冒険者なのは既に知ってる。それを踏まえた上でのお願い……いや、依頼だな」


 レオの言葉に雷蔵は眉を顰める。隣のシルヴィは何かを理解したようで、傍に置いていたカバンからペンとインク瓶を取り出した。


「あいつ……フィルの家族がここ最近の襲撃によって亡くなられた事は知っているよな? そして、あいつは必死に剣を練習してる。何度か俺も鍛錬に付き合ってやった事もあるんだが、独学のままじゃあいつは成長しない。剣を教えてやって分かったんだ」

「……つまり。拙者たちに彼の鍛錬に付き合え、と貴殿は言うのか? 」


 いや、とレオは雷蔵の言葉を否定する。


「フィルには剣の素質がある。たった数か月であの盗賊のリーダーと手加減されつつも戦い合えたのははっきり言って異常だ。そこで俺はあいつを共和国の騎士学校に推薦しようと思う」

「……ほほう、だいたい話は読めました。そこまで彼を送り届ける、もしくは士官学校までの基礎を私たちに教えてほしい……そういう事ですか? 」


 シルヴィの言葉に彼は頷いた。確かに、レオの言葉は理にかなっている。冒険者である彼らにフィルの同行を依頼し、目的地まで送り届けるのを頼み込むのならばフィルが雷蔵に弟子入りを志願しなくてもフィルを旅の同行者として正式に迎え入れる事が出来る。加えて、雷蔵たちのような冒険者は必ず3ヶ国間の関所を通れる通行証と共に冒険者の証として依頼委任状が配布されている。これは旅を行う上で冒険者が路銀を稼げる利点のようなもので、雷蔵たちにとっても悪い話ではない。


「話が早くて助かるよ。俺もつい最近、フィルがあんたに弟子入りを志願したことを聞いてな。それはあんたの事情だから俺が首を突っ込む話じゃないが、あいつの兄貴分として何か助けてやりたかったんだ。頼む。たとえ雷蔵さんがあいつに剣を教えなくても、俺はフィルの才能を潰したくない」


 ふむ、と雷蔵は顎から生えた無精髭を撫でた。フィルに宿と食事を提供してもらった恩がある彼としても、フィルの同行を認めたかった。旅は道連れ世は情け、とはよく言ったものだ。それに雷蔵もフィルの才は認知しており、あの素質を潰すのは勿体無いと先の一件以来密かに思っていた。


「……シルヴィ、どう思う? 」

「私は構いませんよ。その騎士学校って、ちょうど私たちが向かうトランテスタにある学校ですよね? 」

「あぁ。この村の関所を通った時にあんたたちの通行記録に目を通しておいたんだ、だからこそ依頼した。盗み見るような真似をして申し訳ない。でもそれほど俺も本気なんだ、分かってくれ」


 座った状態で頭を下げるレオを見やり、雷蔵は懐から綺麗に折りたたまれた委任状を取り出す。それを頭を下げていたレオの目線まで動かし、彼が顔を上げた所で口角を吊り上げた。


「その依頼、しかと承った。彼には飢えを助けて頂いた恩がある故な、断る事の方が難しい。この紙にレオ殿の名前と対象であるフィルの名前を書いて頂きたい。あとの手続きは拙者たちに任せて貰おう。して、そこにある紙は何かな? 」

「あぁ、これは騎士学校へ送る推薦状だよ。これと……あとこれは報酬のお金だ。受け取ってくれ、衛兵の安月給じゃあんたたちにとって端した金かもしれないがな」


 苦笑しながらレオは手元にあった巾着袋を雷蔵の手に掴ませ、満面の笑みを浮かべる。委任状の記入項目を次々と埋めていくシルヴィを横目に雷蔵は推薦状と巾着袋を懐に仕舞い、彼へ向けて頭を下げた。


「何を言うか。この金はレオ殿がフィルを想って渡した金。はした金などとは言わんさ、なぁシルヴィ? 」

「勿論ですよ! それに、フィル君にはお世話になりましたから。美味しいご飯を食べさせてくれた恩は忘れません! 」

「そういう事だ。レオ殿も疲れた事だろう。フィルの事は拙者たちに任せて、貴殿はルシア殿と共に帰路についてくれ。ご家族も心配しておられるだろう」


 ありがとう、とだけ告げてレオは客間の扉を開けて去っていく。雑な文字で描かれたフィルとレオの名前を眺めつつ、雷蔵は全ての記入欄が埋まった委任状をシルヴィに預けた。


「……兄貴分、か」

「雷蔵さん、何か言いました? 」

「あ、あぁ、なんでもない。シルヴィ、お主も休むと良い。魔法の過度な使用で疲れたろう」

「ま、まあそうですけど……雷蔵さんはどうするんですか? 」


 シルヴィの言葉に雷蔵は顎に手を当てる。数秒間考え抜いた後、彼は口を開いた。


「ここにいる。フィルの面倒も見てやらんといけないのでな」

「……ふーん。ま、いいですけど。あまり変な事はしないでくださいね」


 口を尖らせたシルヴィから放たれる小言を一瞥し、雷蔵は下の階へと降りていく。兄貴分、という言葉がやけに彼の脳内で反芻したが、気にせずに雷蔵は居間の奥へと消えていった。

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