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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第四章:傾国の姫君
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第五十六伝: 破滅への序曲

<王都ヴィシュティア・西の大通り>


 突如として現れた傷一つない銀の鎧に身を包む女騎士。

白馬に跨った彼女は愛馬と共に平重郎とハインツたちを挟むような形で佇んでいる。


「平重郎殿だな? アイナリンド殿とミゲル殿から話は聞いている」

「お前さんは……」


女騎士は白馬から降り、地面に膝を着く彼に手を差し伸べた。


「私はレーヴィン・ハートラント。我が主、シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテイン王女をお守りする為に推参した」

「かの有名な銀騎士に助けられるとは……長生きはしてみるもんだ」


レーヴィンの手を握り、平重郎は立ち上がる。

金糸のような長い金髪が揺れ、女性ものの石鹸の香りが彼の鼻を刺激した。

彼女の愛馬であるエルダンジュの首に触れ、馬を移動させる。


「……クレア。こちらに来て平重郎殿に肩を貸してやってくれ」

「畏まりました」

「ふざけるな、まだ勝負はついていないッ! 」


女同士の戦いを遮られて激昂する椛は、そそくさと後を立ち去るクレアの背中目掛けて数本の苦無を投擲した。

しかし盾を構えたレーヴィンがその黒い凶器を防ぎ切り、無事に彼女の帰還を援護する。

凛とした相貌を向け、椛を睨み付けた。


「退け。私とて、嘗ての同胞たちに手を掛けたくはない。イングリット……いや、志鶴椛。それにハインツ」

「抜かせ、国を捨てた野良犬め! 貴公に戻る国など無い! ここは我々の国だ! 何人たりとも、邪魔はさせんッ!! 」

「つーか、俺を無視して勝手に話進めんじゃねえよ! なァ、銀騎士さんよォ!! 」


激昂しつつも笑みを浮かべるフィオドールとハインツが一斉にレーヴィンとの距離を詰めた。

彼女は毅然とした態度でその斬撃を愛用するバスタードソードと騎士盾で受け止め、軽々と弾き返す。


「それに、今の私は一人じゃない」

「この女、何言ってやがる? どう見たって一人じゃねえか」


瞬間、フィオドールの頬を何かが掠めた。

突然の事に驚きを隠せず、その場から動けない。


「フィオドール! 奇襲だ! 退くぞ! 」

「んだとォ……!? たかが雑兵ごときにビビってんのか!? 」

「違う! ハートラント家の私兵だ! そこらの兵士とは訳が違う! 」


ハインツの忠告を素直に受け入れたのか、フィオドールは舌打ちをしながらレーヴィンたちから背中を向けて走り出す。

同じく椛もいち早く増援の気配を察知し、二人の後に続いた。

大通りに面した家屋の屋根にクロスボウを構えた数人の兵士たちに合図を送ると、先に撤退した平重郎たちを護衛に回させる。

その中から一人だけ銀色の鎧を身に纏った若い兵士が彼女の元に訪れ、彼女に敬礼した。


「解放者本隊がギルベルト殿率いる別動隊と合流した模様です。現在、ラーズ殿とディニエル殿がゼルギウス皇太子を救出するために地下牢獄へと潜入しています」

「ご苦労。じきに王国親衛隊の兵士たちが来る筈だ、私の後ろに乗ると良い」

「はッ! 失礼致します! 」


若い兵士の言葉にレーヴィンは頷き、待機させていた白馬の背に跨る。

兵士を彼女の背後に乗せると、愛馬・エルダンジュの腹を蹴った。


「飛ばすぞ、舌を噛むなよ! 」


二人を乗せた白馬は4本の屈強な両脚を駆使して大通りを駆け抜け、両肩で風を切る。

脇腹を掴まれている感覚を覚えながらレーヴィンは手綱を握り、集合場所であるスラム街へと急いだ。


「視えました! スラム街です! 」


分かっている、と彼女は手綱を手前に引き愛馬の速度を段々と緩めていく。

スラム通りの入り口に立っているみすぼらしい服に身を包んだ男の近くで馬を降り、レーヴィンと兵士は彼に近づいた。


「レーヴィン・ハートラントだ。話は通っているな? 」

「はい! ギルベルト司令官が奥でお待ちです! 」


ありがとう、と礼を告げると彼女は若い兵士を先に兵舎へと帰らせ、愛馬を入り口の兵士に任せてから単身ギルベルトの下へ足早に向かう。

スラム街の通りにも通行人の姿は無く、貴族地区や城下町からの追っ手を警戒していた。

そして予め告げられていた廃屋に入り、埃にまみれた絨毯を裏返すと地下へと続く梯子が伸びている。


彼女はそこを降りると坑道のような場所に辿り着き、薄暗い地下道をひたすらに歩き続けた。

段々と人々が忙しなく動いている音が聞こえ始め、光が見え始める。


そしてレーヴィンはようやく"解放者"の本部基地へと辿り着き、周囲からの視線を集めた。


「レーヴィン・ハートラント。只今戻りました」

「レーヴっ! 」


真っ先に彼女へ抱き着いたのは、レーヴィンが仕える主・シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテイン。

雷蔵の手によって救い出されたシルヴィは、無事にこの基地へと辿り着いていた。


「姫様! 御無事で何より! 貴女に仕えていた騎士ながら、貴女の危機をお救いする事が出来ませんでした。お許し下さい」

「いいんです。貴女やクレア、ギルベルトにお兄様が無事なら……」


柔らかい彼女の身体を抱きしめ返し、レーヴィンは胸の中のシルヴィに微笑む。

そんな微笑ましい光景に割って入るかのように、ギルベルトと雷蔵が二人に近づいた。


「雷蔵殿! それにギルベルト殿まで! 」

「ご無沙汰しております、レーヴィンさん」

「何故、ここにレーヴ殿が……まあ良い。久しいな」


雷蔵とギルベルトと共に握手を交わし、4人はお互いの生存を喜び合う。


「一先ず休憩にしましょう。エルさんとラーズさんのオペレーションは部下が行っていますので、お三方は部屋で休んでいてください」


ギルベルトの言葉に彼らは頷き、それぞれ別々の部屋に戻っていった。

そんな中雷蔵はシルヴィたちと別れた後レーヴィンに呼び出され、休憩室の椅子に腰を落ち着ける。


「何か用かな? レーヴ殿」

「……貴殿を我々の個人的な争いに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。何と詫びたらよいのか……」

「そうお気になさるな。先ほどのお主とシルヴィの態度から察するに……嘗てお主は彼女に仕えていた騎士のようだな」


雷蔵の言葉にレーヴィンは頷いた。

かつての彼女の肩書であったリヒトクライス騎士団の4番隊隊長というのは、自身の生存を悟られない為の隠れ蓑であったのだろう。

そこにシルヴィと雷蔵が現れて解放者たちのクーデターが近々起こる事を確信し、この場にやって来た。


「聡明な方だ。姫様と私を見ただけでそこまで分かってしまわれるとは」

「……拙者にも仕えていた主がいたからな。見れば分かる。では、あの騎士団長とも顔見知りか? 」

「ハインツの事か……。如何にも。彼は私の副官であり、共に剣の腕を磨いた友でもあった。だが……」


彼女は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、視線を俯かせる。


「今は敵同士、という訳か」

「不本意ながらな。だが安心してくれ、私には彼を斃さねばならない義務がある。シルヴァーナ王女に仕える騎士として、今度こそ彼女を守らねばならない」

「……唯一無二の友を討つ、という事は思っていたものよりも辛いぞ。たとえ、それが己の使命であろうともな」


しかし、と雷蔵は続けた。


「もしお主が斬れない時には拙者が斬る。それがシルヴィを守る為になるのならば、拙者は幾らでも悪になろう」

「雷蔵殿……貴殿は……」

「……なに、少しばかり約束しているのだ。"彼女を守る為ならば王も斬る"、とな」


自嘲気味に笑みを浮かべながら雷蔵は椅子から立ち上がる。

その拍子にレーヴィンの肩を優しく叩き、彼女に微笑みかけた。


「……貴殿は大馬鹿者だ。たった一人の少女の為に、国に歯向かうなんて」

「それはお主とて同じこと。拙者も……シルヴィには随分と借りがある」

「違いない」


互いに笑みを浮かべたその時だった。

休憩室の外から警報が鳴り響き、雷蔵とレーヴィンの身体を強張らせる。

急いで彼らは通信室の方へ向かうと、オペレーターの一人が青ざめた表情で虚空を見つめていた。


「どうした! 状況を報告しろ! 」

「エルさんと……ラーズさんが……」

「あの二人がどうしたんだ!? 何かあったのか!? 」


雷蔵は茫然としているオペレーターの女性の肩を掴む。

彼女の口から発せられたのは、耳にしたくない最悪の事態だった。


「エルさんが捕縛され……ラーズさんが地下牢で負傷、しました……」

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