第五十一伝: Total Operations
<地下アジト・会議室>
翌日クレアからの言伝通りに会議室へと足を運んでいた雷蔵はノックの応答が聞こえたと同時に扉を開け、ギルベルトや平重郎と顔を合わせた。
会議用テーブルが幾つも並べられたその先に沈痛な面持ちを浮かべながら肘を机の上に乗せるギルベルトの表情が僅かばかり穏やかになる。
「……おはようございます、雷蔵さん」
「あぁ、お早う。一体そんな重い顔をしてどうしたのだ? 」
それは、と彼の声はだんだんと小さくなっていった。
痺れを切らしたように隣に座っていた平重郎が雷蔵に顔を向ける。
普段から不敵な笑みを浮かべている彼でさえも深刻な表情を浮かべており、雷蔵は身体を強張らせた。
「……ヴィルフリート国王から正式に、シルヴァーナ王女を勾留したと今朝告げられてねェ。それと……今日から約2週間後、彼女の公開処刑が執り行われる事も宣言しやがった」
「何……!? それはどういう事だ! 元皇族を手に掛けるつもりか!? 」
「……そのようですね。国王曰く、"国を混乱に貶めた逆賊"、と彼女を豪語しているようです」
雷蔵の頭の中が、消しゴムで一気に消されたように真っ白になる。
自分があの時彼女を助けられていたら。
裏切り者の存在に気づけていたら。
意味のない自責の念が、彼の胸の内を駆け巡った。
自分を責める度、握り締めていた拳の力が更に強まっていく。
そんな雷蔵の肩を、席から立ち上がっていた平重郎が叩いた。
「今テメェを責めちまっても悪い方向に向かっていくだけだ。出来る事と作戦を考えろ。でなきゃオメェ……死ぬぞ」
「……死んでも構わん。彼女を助けられるなら……! 」
その瞬間、雷蔵の頬に平重郎の拳が当たる。
地面に倒れさえしなかったが彼の身体は僅かばかり動き、驚いたような視線を目の前の老人に向けた。
「迷ったら命を投げようとするんじゃねェ、馬鹿たれ。何の為に俺たちが集まったと思ってる」
「それは……」
騒ぎを聞きつけたのか雷蔵の後ろからドアの開く音が聞こえ、ラーズ、エル、クレアの3名が現れる。
集まりましたね、とギルベルトは椅子から立ち上がり雷蔵と平重郎を含めた五名をそれぞれの席に座らせた。
「……先ずは会議だ。時間は無限にある訳じゃない」
「……承知」
顔を顰めながら平重郎は元の位置に戻り、雷蔵のクレアの隣に腰を落ち着ける。
間もなくしてギルベルトが会議室の中心に設置してあった魔導核を起動し、王都の立体地図を表示させた。
"写影媒体"、と呼ばれるこの代物はフレイピオス国内の軍でしか流通していないものである。
「皆さまに今日来て頂いたのは他でもありません。我々の主であるシルヴァーナ王女がヴィルフリート国王によって拘束され、処刑するという声明が今日発表されました。加えて、我々の隠密部隊からも王女の兄上……即ちゼルギウス皇子が地下牢に囚われているという情報も入りました」
「皇太子さまが……! 」
「はい。王女が処刑されるまで約二週間……。この期間を以て、我々は二人の奪還作戦を立てねばなりません」
「戦力差は? まあ、考えるまでもなく連中の方がでかいだろうけどねェ」
平重郎の言葉に部屋全体が重い空気に包まれた。
その時解放者の一員である若いオークの男が慌てて部屋に入り、ギルベルトの下へ駆けつける。
「ギルベルトさん! 昨夜の連中からの情報だ! 王都の下水道から王城に繋がる道があるらしい! 」
「それは本当ですか? 確証は? 」
「昨日の深夜、隠密部隊に調査させたら本当に道があったと報せが入ったんだ! 本当に王城へ入る事が出来るのか確かめてみたらしいんだが、地下牢へ上がる梯子を見つけたとも言ってた」
「あそこは塞がれていたと聞いていましたが……。分かりました、ありがとうございます。下がっても大丈夫ですよ」
一礼をしながら団員は後を去り、会議は再開された。
「……では、どうしましょうか。我々が元々立案していた作戦は本来であればこのディアテミスを落とす事を最優先にしていましたが……」
「王城に侵入できる手段を見つけた以上、やるしかねえだろ。それに皇子を助けられるなら、シルヴィを助ける交渉材料にもなるはずだ。俺は賭けてみるべきだと思うぜ」
「いや、今から下水道を通って地下牢に行くのは逆に危険。あの騎士達が知っているという事は、国王やその側近・親衛隊にも知られてると思った方が良い。罠の可能性もある」
「じゃあどうしろっていうんだ? このままシルヴィと皇子が殺されるのを指咥えて見てろってか? 」
「それは……違う、けど……」
二人の言い争いを黙って見ていた雷蔵は真ん中に置かれた立体地図に視線を変える。
地図には王城だけが表示されており、周囲には深い掘に加えて堅牢な城壁が建てられていた。
とてもではないがこの城に正面突破を仕掛ける方が愚かであろう。
死にに戦地へ赴くようなものだ。
「……ギルベルト殿。この城からシルヴィが処刑されるという広場まで、どれくらい離れている? 」
「おおよそ数キロではないかと……。ですが、それが一体……? 」
「そうか、ならば二手に分かれ皇子とシルヴィを同時に救出するというのはどうだ? 拙者がシルヴィの処刑場に直接侵入し、彼女を奪取しつつ囮になろう」
「なりません。お嬢様にも貴方にも危険が及ぶ」
「だが王城へ突入するのは城下町にいる民をも巻き込んでしまう恐れがある。それに、その国王とやらの悪事を暴露するのにも適した場所であるとは思うが……」
雷蔵の提案に、隣の平重郎は頷いた。
「俺もこいつに賛成だ。危険な賭けを無くして二人を助け出すのは不可能に近い。残酷な事を言うが、どちらか1人だけでも助け出す事が出来たら俺たちは正式にあの仮初めの王家をなるべく平和的に蹴落とす事が出来る。この国の法律知ってるか? 証拠さえ揃えば庶民でも上の位の連中を起訴出来るってやつさ。ただ裁判は圧倒的に不利になるが、元王族となりゃ話は別だ。庶民やそこらの貴族より遥かに権力は強い上、国には未だに多くの支持者が居る」
「しかし……」
「……申し訳ございません、ギルベルト様。私も平重郎様と雷蔵様のご意見に賛同します。お二方を助け出すには、多少の危険を受け入れなければ」
「……ラーズさんとエルさんはどう思われますか? 」
突如投げかけられたギルベルトからの問いにラーズは少し困惑した表情を浮かべながら、口を開く。
「うーん……。囮にするって言っても、流石に雷蔵だけじゃ無理だと思う。向こうにはロイにインディス、それに兄貴だっている……。なら、3人と2人で人員を割るべきじゃないか? 」
「と、言いますと? 」
「まずシルヴィを助け出す要員として雷蔵ともう二人準備させておくんだ。雷蔵がシルヴィを助ける事が出来たら城下町から門まで一気に駆け抜けつつ、追手を他の2人がカバーする。先に雷蔵達を王都から出させた後に、他の2人も王都の外で待機させておいた別動隊と合流させてシルヴィを最優先で保護……ってのはどうだ? 」
「悪くねぇな、ラーズ。おそらく連中は雷蔵たちを追うのに必死になっているだろうから、その間に皇子を脱獄させるって訳だな? 」
平重郎が付け足した補足にラーズは頷いた。
そのような作戦であれば、少なくともシルヴィとゼルギウスを比較的安全に確保する事が可能であろう。
加えて、処刑広場にはほぼ全員の住民が集まるので市民への被害も抑えられる。
「ただ、拙者を含めた3人だけでは些か戦力が乏しい。何処か別の場所に部隊を隠せないか? 」
「……スラム街が王都にもあったはずです。そこの彼らは我々に全面協力を申し出た上に戦力として扱える兵士も多い……。彼らを頼りましょう」
ギルベルトは机の上に置かれた立体地図にどんどん情報を書き入れていき、会議室に置かれていた黒板にも作戦の内容を記録していく。
作戦決行時間はシルヴィの処刑が行われる昼過ぎ、そしていよいよメンバーを決める事となった。
「お嬢様を助けに行かれるのは……」
「無論、拙者が参ろう。もし他の者が行かないというのであれば、一人でも構わん」
「若造が危険を省みずに行くっていうのに、ジジイが黙ってる訳無ェだろう。ギル、俺も入れといてくれ」
「……お二人が行かれないのなら、私がお嬢様の方へ行きます」
黒板には雷蔵の他に平重郎とクレアの名前が記される。
「では、ゼルギウス皇子の救出はエルさんとラーズさんにお願いしてもよろしいでしょうか? 」
「あぁ、任せてくれ」
「えぇ。私も幻影魔法を会得しているから、役に立てるはず」
二人の言葉にギルベルトは頷き、手元にあったノートに作戦の概要と名前を書き込んでいく。
こうして救出作戦を約二週間後に控えた雷蔵たちは、会議室を後にし各々の訓練へと戻っていった。




