表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第三章:金剛不壊
47/122

第四十六伝:鬼天狗、推参

<魔道連邦フレイピオス>


 セベアハの村から出立してから約二日が経過した夕暮れ時。足早にディアテミスへと向かっていた雷蔵たちはようやく目的地へと到着し、石造りの堅牢な櫓を構える関所の門を目の当たりにしていた。雷蔵、ラーズ、エルの三名は正式な通行証を手にしながら鈍色の鎧を纏ったエルフの衛兵たちと対面する。


「通行証と身分証明書の提出をお願いします」

「御意」


 言われるがままに衛兵に書類を手渡し、付近に置かれていた机の上に荷物を広げた。手荷物検査はラーズと雷蔵のみ行われ、先にエルが通される様子を一瞥しながら検査係が彼らの所持品を調べている様子を見つめる。


「……異常なし。通って良いぞ」

「忝い」


 軽い一礼を無視されつつ雷蔵は関所の門を潜り、いよいよディアテミスの土を踏みしめた。アイナリンド曰くエルフ至上主義と共存主義が水面下で対立している都市と聞いていたが、それを忘れさせる程の美しい光景が広がっている。市街地へと続く道には所狭しと街灯が並んでおり、橙色の幻想的な光を放つ魔導核が紅の空を彩る光景。夕暮れ時にも関わらず人々の活気が絶え間なく続いているその様子は、二つの主義の対立をひた隠しにしていた。


「やっぱり、エルフ以外の種族には厳しいな。俺たちの審査も時間が掛かったよ」

「良く言えばセキュリティが完璧。だけど悪く言うのなら至上主義の色が強い。雷蔵、ラーズ、ここからはあまり良い対応はされないと思っていて」

「心得ておる。ひとまず宿を取ろう。この荷物で彼らを探すのは些か苦というものだ」


 フレイピオスの主要都市ではエルフとその他の種族が使える施設は別々に分けられている。このディアテミスもその都市の一つで、彼らがまず向かおうと決めたのは旅人たちが使えるという安宿であった。中心街から離れた場所にその宿はあり、先ほどの美しい光景が嘘のように辺りは寂れている。

町全体が暗いもやに包まれているような陰鬱な雰囲気に雷蔵は僅かばかり顔を歪ませ、整備されていない砂利道を歩く。


「…………」

「……これが共存主義の実態。ディアテミスのような大きい都市だと他の種族は治安の悪い地域や整備されていない区画に押しやられる」

「想像以上に至上主義が幅を利かせておるのだな……」


 横に広がりながら雷蔵の隣を歩くエルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら首を縦に振った。道端には人間の浮浪者が生気を失った目で彼らを見つめ、路地裏には年端も行かない子供が泣きわめく赤ん坊をあやしている。


「前の王様の時代は良かったんだよ。ここも十分に活気づいてた。でも今の王様になってからは差別がより一層ひどくなってな……。ここからセベアハの村へ抜け出してもあの人たちは自分の武器も調達出来ないし、それに二日掛けて村に向かえる体力も無いんだ」

「だからこそのこの有様、か……」


 彼らが宿へと向かおうとしていたその時だった。弱々しく道を横切ろうとした浮浪者の子供が突然地面に倒れ、身体を痙攣させながらうずくまる。無論雷蔵はその子供を助けようと歩み寄るも、それをラーズに止められた。


「……もう手遅れだ。助からない」

「しかし……! 」

「ここにはちゃんとした医療機関も医者もいねえ。連れて行っても犬死するのを見ているだけになる」


 徐々に生気を失っていく男の子を見捨てる事しか出来ず、雷蔵は拳を握り締める。周りの人間は誰も助けようとはしない。否、助けるだけの余裕がないのだ。


「……俺たちに出来るのは、一刻も早くこの状況を改善する事だ。一先ず、宿屋へ向かおう」

「……済まぬ。取り乱した」

「気にしないで。戸惑うのも仕方がない」


 奥歯を嚙み締めながら雷蔵は彼の亡骸を比較敵人通りの少ない場所へ運ぶと、エルへ顔を向ける。


「エル殿……」

「……分かった。掘削せよ(フュイール)大地の土壌(ボーデン)


 人一人が埋葬できるような穴が魔法の力によって創り上げられ、死体をその穴へ置くとエルは土を元の位置に戻した。墓石替わりに雷蔵は出来るだけ土汚れの付いていない灰色の石を掴み取り、盛り上がった土の山の頂に置く。そして顔の前で手を合わせながら目を閉じ、数十秒間合掌の形を取り続けた。


「……手間を取らせた。済まぬな、二人とも」

「いや、お前が謝る事じゃねえ。俺たちもこういう光景に慣れ過ぎてたのかもしれねえ」

「……えぇ。本当に、そう思う。行きましょう。その子の死を無駄にしない為にも」


 地面に膝を着いた状態から立ち上がり、雷蔵たちは男の子の墓を後にする。彼らはようやく薄暗い空気の中に煌々と光る宿屋と書かれた看板を見つけ、その扉を開けた。1階部分は酒場と宿屋の受付が同じフロアになっているようで、3人が建物へと入るなり酒場の騒然とした空気が一瞬で静まり返る。新しい客が来ること自体が珍しいのであろう、テーブル席に座っていた男たちの集団が雷蔵たちを見るなり声を小さくして話し始めた。バーカウンターに辿り着いた彼らの前に、一人の男性が姿を現す。この酒場に訪れた客とは違い、清潔な白いシャツの上に黒いベストを付け、皴一つないスラックスと磨かれた革靴を履いた白髪の男性はにこやかに微笑んだ。


「いらっしゃいませ。旅人の方々ですか? 」

「うむ。二部屋空いてはいるか? 」

「勿論です。最近ではめっきり冒険者のお客様は減ったものですから……。夕飯時ですし、ここでご飯を食べていかれてはいかがですか? 」

「賛成だぜ、雷蔵。俺たち今日の朝から何にも食っちゃいねえからな」

「ではお頼み申し上げる」

「かしこまりました。クレア! 三名様、ご案内頼みますよ! 」


 白髪を後ろで結んだ男性の声と共に、厨房の奥からロングスカートのメイド服に身を包んだ赤髪の女性が雷蔵たちの前に現れる。バーの客層より遥かに上品さを感じさせる従業員とそのマスターに彼は僅かばかり安心感を覚え、クレアの案内するがままに席に連れてかれた。


「こちらへ、どうぞ。ご注文がお決まりでしたら、何なりとお申し付けください」

「忝い。少し時間を取らせていただく事にする」


 互いに軽い会釈をしてからクレアは立ち去り、ダイニングルームにも先程のような活気が戻る。まるで何かに怯えているような視線を向けられたことに違和感を覚えつつも雷蔵はメニューに視線を向けた。その時だった。酒場の入り口が音を立てて開き、外から銀色の甲冑に身を包んだ3人のエルフたちが足音を立てながら中へと入ってくる。その瞬間、酒場にいた客全員が床に額を付け、その光景を見ていた雷蔵でさえもラーズとエルによって強制的に跪かされた。


「……皆、顔を上げよ。私とてこのままの光景で酒を飲めば不味くなる」

「はっ。ご厚意感謝申し上げます。では、何にされますか? 」


 この異様な光景に違和感を覚えつつも雷蔵は顔を恐る恐る上げて周囲を見回す。その中に一人、3人のエルフの騎士を無視して酒を飲み続ける男が彼の目に映った。自分たちを無視して酒を飲む事が癪だったのか、リーダー格の騎士が男性の肩を叩く。


「貴様……俺たちが来たのにも関わらず頭を下げなかったな? 」

「おや、すいませんねェ。貴方がたが来たのに気づきませんでしてェ……」

「馬鹿にしているのか? 貴様? 」

「とんでもございやせん。この通りあっしは目が見えないもんですからァ……」


 雷蔵の目に絡まれた男の姿が映った。紺色の着物を薄紫色の帯で固定し、下には肌色の股引。白髪交じりの灰髪は長く伸びたままになっており、顔の半分は無精髭で覆い隠されている。目が見えない、という言葉通りに男の両目は固く閉じられており顔を一直線に横切る生々しい傷跡が残っていた。


「おいお前! ハルファウン様の前で舐めた口を利くな! 斬り殺されたいのか! 」


 部下の一人が言い放った言葉に、雷蔵の腕は自然を腰に差していた刀に伸びる。だがそんな雷蔵を制するようにバーカウンターに立つマスターから視線を向けられ、渋々手を地面に着いた。


「……騎士様。ここじゃ皆の気分を害しちまいます。それは貴方も不本意の筈だ。どうです、一旦外へ出てあっしと話すというのは? 」

「お前、どの口が抜かす……! 」

「……いや、構わん。貴様の言う通りにしてやろう。感謝しろ」

「ははっ。ありがとうごぜえやす、騎士様……」


 盲目の男はカウンターに立て掛けてあった杖を手に取ると地面の杖の先で確かめながら酒場の外へと出る。その際、その男が雷蔵に目線を合わせた事を見逃さなかった彼は騎士たちが去った後に素早く立ち上がった。


「……ラーズ、エル。拙者の注文は後回しで頼む」

「お、おい!? 何処に行くつもりだよ! 」

「厠だ。何、すぐに戻ってくる。気にするな」


 我ながら下手糞な言い訳だ、と自嘲気味に笑いながら雷蔵は酒場の扉を開けて外へと出る。その際、一度だけマスターと目が合うと彼は頷き、マスターの驚愕の表情が視界に入った。酒場のすぐ傍から剣を抜く鋼の擦れる音が聞こえ、音がした方へと彼は駆ける。狭い路地裏で膝を着いている盲目の男性の姿が見えた途端雷蔵の怒りが燃え上がったが、それを押しとどめて小屋の陰に姿を隠し続けた。


「貴様、俺をここに連れてきたという事は死ぬ覚悟があるんだろうな? 」

「…………」


 ふんぞり返る部下の一人が、跪く男性の首元に両刃剣の刃を突きつける。もしもあの男が斬られそうになったら助太刀に入ろうと雷蔵は考えていたが、それ以前にあの男の纏う殺気に畏怖さえ抱いていた。


「答えないなら……ッ!! 」


 エルフの若い騎士が、銀色の剣を振り上げる。

 その時だった。盲目の剣士が、目覚めたのは。左手に握っていた杖から突如として銀色の刃が現れ、振り下ろされようとしていた両刃剣を弾く。


「なっ――」


 驚きを隠せない騎士の一人の脳天目掛けて刀の峰の振り下ろし、瞬く間に一人を無力化させた。男は再び刀を鞘に納めた後、もう二人の方へ顔を傾ける。まるですべてが見えているかのように。


「こっ、この人間風情がッ!! 」

「――遅いねェ」


 横殴りに振られた剣戟を刀身だけ抜いた刀で受け止め、男は騎士の足首に蹴りを入れた。骨の折れる軽快な音が響いたかと思うと既に抜き払った刀の峰で首元を捉えており、鉄の塊が肉にめり込む鈍い音が周囲に響く。


「きっ、貴様……! 」

「おやおやァ? さっきまでの威勢はどうしたんでィ? 一番上のアンタがビビってちゃあ世話にならんねェ」

「黙れッ!! このッ!! 」

「だから言ってるだろ、遅いんだってさァ」


 一瞬にして二人の部下がやられた事に臆したのか、先ほどの威厳とは程遠い叫び声を上げながらリーダー格の騎士は剣を振り下ろした。少なくとも他の騎士よりも早いのであろうその斬撃は、いとも簡単に盲目の剣士に受け止められる。


「まァ、寝ててくだせぇな。騎士様よォ」


 仕込み刀の柄を顎に直撃させ、宙を舞わせた後に男は止めを刺すように騎士の顔を踏みつけた。鼻柱が折れる音が周囲に響いた瞬間、雷蔵は物陰から姿を現す。


「……誰でィ? こいつらとは違う……血の匂いがプンプンするなァ」

「拙者、近衛雷蔵と申す者。先程の剣技、御見逸れ致した」

「御託は良いさ。あんた……何もんだい? 」

「……解放者、と言えば分かるで御座るか」


 その言葉に男は眉を顰め、構えかけた刀の柄から手を離した。双眸が目の前の景色を映し出さなくとも彼は雷蔵の下へと辿り着き、その手を握る。


「そうか……あんたが……」


 そして男は、雷蔵の手をしっかりと握り彼へと目線を向けた。


霧生(きりゅう) 平重郎だ。よろしく頼むぜ、"首斬"雷蔵」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ