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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第三章:金剛不壊
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第四十五伝: 解放者たち


俺は、死んでしまったのだろうか。あの裏切り者、ロイ・レーベンバンクの手によって殺されてしまったのだろうか。身体は動く。だが、地に足はついていない。ここが地獄という場所だろうか。辺りは暗く、何も聞こえず、そして誰も周りにはいない。別に俺が死んでしまっても良い。ただ……あの子の事が、シルヴィの事だけが気がかりだ。俺のような矮小な存在に、あの子の顔を歪ませるのは気に食わない。結局のところ彼女さえも守れずに、俺は死んでいくのだ。


 嫌だ。死にたくない。せめて……シルヴィだけはこの手で守りたかった。命を殺める事しか知らなかったこの俺に、彼女は人の命を守る事を教えてくれた。フィルの復讐を手助けし、彼に新たな道を指し示したのも彼女がいなければできなかった事だ。ヴィクターとレーヴと共に真実を突き詰め、多くの人間とエルフを助けたのも。


 "近衛雷蔵"。首斬としか呼ばれなかった俺に、シルヴィが付けてくれた第二の名前と人生。人の近くに立ち、そして(まも)る。それが、近衛と呼ばれる所以。時が許すのならば俺は彼女と共に旅を続けたかった。彼女が何を為すのか、一番近くで見守りたかった。だが、それももう終わり。俺は結局、シルヴィを悲しませる事しか出来なかった。


「……やあ、雷蔵。久しぶりだね」


 聞き覚えのある、若い男の声。背後から掛けられたその声に、俺は振り向く。金槌を肩に担ぎながら微笑む、短い黒髪の男――志鶴長政。俺の唯一無二の友であり、そして自らの手で殺した男。既に変わり果てた俺の姿を見た長政は、相変わらずの屈託のない笑みを浮かべている。


「長政……俺は……」

「何も言うな。それに時間が無い。率直に言うよ、お前は今――」


 死にかけている。彼の放つ言葉が手に取るように分かった。無理もない、ロイの剣技は悔しくも俺より遥かに上だ。見た事も無い双剣術に感情の高ぶりだけを持って挑むなど、武人として最も度し難い行為だ。だが、男としては間違ってはいない事だけは分かる。そんな俺を見かねたのか、長政は近づいてきた。


「どうすればいい? どうすれば俺は彼女を守れる? 」

「死ぬ気は更々ない、か……お前らしいな、雷蔵」


 苦笑を浮かべつつ、俺の身体は無理やり長政の背後へと追いやられた。そして儚げに光っていた一筋の線が、次第に広がっていく。


「何を……」

「俺の命を預ける。と言っても、もう俺は死んでるんだけどね。気にしないで、親友だろう? 」


 またお前ははにかんで、俺を助けるのか。あの時の処刑のように。またお前は、俺に希望を託すのか。一筋の光はすさまじい勢いで周囲に広がっていく。そして同時に、あいつの声も掠れていく。


「……も……じの……と……のんだ……よ……」


 あぁ。分かってる。彼女もシルヴィも、全て俺が助ける。そうして、俺の視界には眩しすぎる程の光が満ち溢れた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<セベアハの村・宿屋>


「う、うわぁっ!? 雷蔵!? 」


 いきなり寝かされていたベッドから起き上がった雷蔵の姿に、彼を看病していたであろうゼルマの声が彼の耳に響いた。周囲を見回し、起きた拍子に痛んだ胸へと視線を落とす。胸と脇腹を覆い隠すように包帯が巻かれ、腰を動かす事にも不足は無い。上半身だけが服を脱がされており、下には普段から身に着けていた黒い袴がそのままになっている。完璧な治療を誰かが施してくれたのだろうと確信した直後、雷蔵は部屋の壁に立て掛けられた愛刀・紀州光片守長政に手を伸ばした。


「ちょ、ちょっと雷蔵! あんたまさかまた……! 」

「……否。拙者とて今の状況は心得ておる。一人で向かって行ったりはせぬよ」


 彼の言葉を聞いた瞬間、彼女はホッと胸を撫で下ろす。皆を呼んでくるね、とゼルマは部屋を立ち去り、一人雷蔵だけが取り残された。愛刀の柄と鞘を握り、刀身を露わにする。金色の鎺と銀色の鍔が窓から差し込んだ日光に反射し、煌いた光を放つ。


「……また、お前に助けられたな。長政……」


 そんな言葉を残すと、階段の方からドタドタと大きな地鳴りのような足音が幾つも聞こえ始めた。そして部屋の扉が勢いよく開かれ、ラーズやエル、アイナリンドまでもが彼の部屋に押し入ってくる。


「雷蔵! 無事か!? 体の方は大丈夫なんだろうな!? 」

「あ、あぁ。問題な――」


 ラーズに肩を掴まれ、前後に身体を揺らされた雷蔵は瞬く間に視界を暗転させた。


「ラーズ。雷蔵は怪我人。そう乱暴にしちゃダメ」

「そうですよラーズ。雷蔵様が強靭であるから耐えられ――」


 3人は目を回す雷蔵を見るなり、一気に黙り込む。


「――無かったみたいですね」

「言ってる場合かよ!? すまねえ雷蔵! 大丈夫か!? 」

「だ、大丈夫だ……。誰かバケツを頼む……」

「雷蔵。吐くときはひっひっふーの呼吸が大切」

「それ妊婦のだろうが! 」


 視界が安定してきたところで雷蔵はアイナリンドへと視線を戻し、背中を擦ってくれていたエルを引き剥がす。


「……アイナリンド殿。ラーズやエルは、今の状況を把握してるのか? 」

「はい。長老が意識を取り戻してからすぐに二人に話を……」


 ラーズとエルの方へ視線を傾けると、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。無理もない。肉親が敵対していた勢力と繋がり、忽然と姿を消してしまっては。


「残酷な事を言うが、もしシルヴィを助けに行くのならお主らはギルゼン殿とインディス殿を殺す覚悟をしなければならぬ」

「分かってる。私は彼女の守護騎士として姉を止めるだけ」

「……あぁ。俺も兄貴をぶん殴る準備は出来てるぜ」


 握り拳を顔の前に掲げるラーズと、眉一つ動かさずに覚悟を露わにするエル。そんな二人を見るなり雷蔵は笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がった。


「そうか。アイナリンド殿、シルヴィの連れ去られた場所は王都で間違いないな? 」


 彼女は首を縦に振る。


「相分かった。ならば今日の夕方に発とう」

「しかし傷の方は大丈夫なのですか……? 」

「無論。今は時間が惜しい。休んでいる暇があるなら、すぐにでも向かうさ」

「無理だけはするんじゃねえぞ。途中で倒られちゃ元も子もない」


 不安げな表情を浮かべるラーズの言葉を一蹴し、雷蔵は部屋の壁に立て掛けられていた濃紺の胴着に手を伸ばした。袖に腕を通しながら裾を袴に押し込み、腰紐を結ぶ。


「案ずるな。足は引っ張らんよ。だが人員はどうするつもりだ? 3人だけで戦をするのは多勢に無勢というもの。何か手立てはあるのか? 」

「えぇ、勿論。この時の為に、我々"共存主義"は兵力を密かに確保しています」


 ほう、と胴着を纏った雷蔵は顎を撫でた。


「"解放者(リベレーターズ)"。それが我々の組織の名前。リヒトシュテイン家を支える唯一無二の手段です」

「リベレーターズ……か。その者達とはどこで出会える? 」

「王都に一番近い都市……この国で二番目に大きい都市、ディアテミスに彼らは拠点を置いています。尤も、其処にはエルフ至上主義が根付いています。入る事は簡単でしょうが、人間やオークの旅人には当たりが強い筈です」

「……そうか」


 立て掛けられた愛刀の太刀と脇差を腰の紐に差し込み、全ての準備を終えた雷蔵は荷物を詰め込んだ麻袋を肩に担ぐ。


「分かった。ならば今は一刻も時が惜しい。参るぞ、ラーズ、エル。"王女"を取り戻す戦いを始めよう」


 国を捨てた人間が、今度は国を転覆させる人間になる。なんとも皮肉なものだ、と雷蔵は自嘲気味に笑みを浮かべながら、宿屋の部屋を出ていった。放浪者(ワンダラーズ)としてではなく、解放者(リベレーターズ)として。3人は今、大きな変化を歴史に(もたら)そうとしていた。

次から第四章になります。

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