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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第一章: 新たなる旅立ち
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第四伝: 久遠

<フィルの家・居間>


 翌朝。部屋から差し込む金色の日光を浴びながらいびきを掻いて寝ていた雷蔵は、下の階から聞こえてきたノックの音で目を覚ます。寝ぼけ眼を擦りながら肩甲骨まで伸びきった黒の長髪を揺らし、寝間着姿のまま一階へと続く階段を降りて行った。居間には誰もおらず、シルヴィもフィルもまだ寝ているようだ。しょうがない、と思いつつ玄関先の扉を開けると赤毛のボブカットの少女が立っており、彼女の手には香ばしい匂いを立てるパンの入ったバスケットが握られている。


「あれ? あなたは……昨日のお客さん? 」

「おや、ルシア殿であったか。食堂での昼食、美味しく頂いた。この場で改めて感謝を述べよう。拙者は近衛雷蔵と申す者だ」

「あっ、これはご丁寧にどうもありがとうございます。ルシア・マッシュフィリトです。でもなんでフィルの家に? 」

「訳在って彼の家に上がらせて頂いておるものでな。ルシア殿も入られよ 」


 彼女を家に招き入れ、雷蔵は白塗りの扉を閉めた。居間に上がるなりルシアはバスケットを台所に置き、深くため息を吐くとどこからともなく塵帚を取り出す。


「ルシア殿はこうしていつも彼の家に来ているのか? 」

「はい。朝ご飯作ったり定期的にフィルの様子を見に来てるんです。その……幼馴染としてはやっぱり心配ですから」


 ルシアが言っているのは殺されたフィルの家族の事であろう。しかし雷蔵にはある一つの疑問が残っていた。衛兵や関所という防衛施設がありながら、何故この村には近年盗賊の被害に悩まされているのだろうか、と。


「そうか……お主はきっと良い嫁になるであろうな」

「よ、嫁ですか!? ま、まだあいつとそんな雰囲気になってないのに!? 」

「……拙者は別にフィルとは言っていないのだが」


 唐突に顔を紅潮させる彼女を見ると雷蔵は悪戯な笑みを浮かべた。彼の読み通り、どうやらルシアはフィルを好いているらしい。色恋沙汰に目がない雷蔵はソファに腰掛けつつ手にしていた水筒の水を口に含む。


「もう! からかわないで下さい! 」

「でもお主はフィルの事を気に掛けている。その事に変わりはあるまい? 」


 雷蔵の質問に彼女は何も言わず首を縦に振り、恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い隠した。その時、二人の会話を聞きつけて目が覚めたのか二階で同じように睡眠を採っていたシルヴィが右目を擦りながら降りてくる。既に出掛ける支度は出来ているようで、いつも身に着けているワインレッドのローブ以外の衣類は纏っていた。


「おはようございますっ。ってあれ、あなたは……」

「あっ、どうも。食堂でお会いしたルシアです」

「どうもどうも。あっ、フィル君には何もしてないから安心してくださいね」

「だからなんでそうなるんですかぁ! 」


 その時、ほぼ同時に寝間着から普段着に着替えたフィルの姿が今に現れる。ルシアの姿に気が付いた彼は持ち込まれたバスケットを見るなり、ばつの悪そうな表情を浮かべた。


「ルシア……大丈夫だって言ってるだろ? いつも有難いけど流石に悪いよ」

「どこが大丈夫なの? 部屋は埃塗れだし、食器も雑に並べられてるし。あたしが来なきゃあっという間に汚くなっちゃうわよ」

「うっ、そこを突かれると痛いな……その、ありがとう。ルシア」


 フィルから言い放たれた素直な礼の言葉に、ルシアは微かに頬を紅潮させる。いつの間にか雷蔵の隣に座っていたシルヴィが彼の耳元まで口を近づけて二人に聞こえないように話し始めた。


「……雷蔵さん。お部屋を借りた際の宿泊代は私の部屋に置いておきましたからそろそろ行きませんか? あまり長居すると彼らに迷惑を掛けてしまいそうですし……」

「わかっておる。拙者も身支度以外の準備は出来ている故、しばし待て」


 雷蔵の言葉にシルヴィは頷き、彼女は何事もなかったように居間に置かれている四人用のテーブル席に座る。直後彼は二階の部屋へと戻り、昨夜の内に洗濯を済ませた洗い立ての胴着を広げた。程よく乾いた灰色の胴着に左腕を通すと、日光の匂いと共に心地良い麻の感触が彼を襲う。左右の懐から延びている紐をそれぞれ結び、最後に脇腹の部分から垂れた紐を結ぶと胴着が彼の身体に張り付いた。その後黒い武道袴に両足を通し、左右の腰から延びた紐を腰の後ろで交差させてから縛る。


「これで良し……と」


 その後部屋の机の上に置いてあった羽ペンと紙を掴み取り、インク瓶にペンの先に黒いインクの液を浸した。プロメセティアで使用させる主な言語は3か国語存在し、その中でも特に使用人口が多く広く分布している"サシオン語"の字体で白紙の上に字を埋めていく。数分後、思いの丈と家を貸してもらった礼を書き終えた雷蔵は荷物を纏め、茶色の革ひもを腰に巻き付けた。袴と紐の間に太刀と脇差を差し、刀の手入れ道具と財布などを入れた風呂敷を肩に掛ける。最後に笠を手に部屋を出て一階に降りると、居間のテーブルには作りたての朝食が盛られている皿が幾つも並べられていた。


「あれ、雷蔵さん? 朝ごはん食べて行かれないんですか? 」

「うむ。拙者たちは夕餉と寝床を貸してもらえただけでも有難いというのに朝餉まで馳走になる訳にはいかぬ。故に、ここでお別れだ」

「そう……ですか……」


 昨日のことをまだ気に掛けているのだろう、フィルは沈んだ表情を見せるように雷蔵から目を背ける。部屋から同じように身支度を終えたシルヴィが来るまで待つと、「ではな」と残して雷蔵はフィルの家を出た。フィルに別れを告げてから約数分後。長閑な村の風景を見つめながら雷蔵とシルヴィは村の広場へと辿り着く。そこから村の西門へ向かおうとしたその時、シルヴィの声が彼の歩む足を止める。


「本当に、良かったんですか? 彼を連れて行かないで」

「……聞いておったのか、シルヴィ。これで良いのだ、一人の少年を復讐に狂わせる事もあるまい。乗り越えるの彼自身。拙者の助けは不要よ」

「ですけど……」

「そもそも、拙者に旅の同行を聞いている時点でフィルには迷いが見えた。すべてをかなぐり捨ててでもついて来るのならば、今頃拙者の横にいるだろう」


 頭に被った笠の縁を更に傾け、顔を覆い隠すように雷蔵は歩き始める。隣に立っていたシルヴィは先ほど来た道を悲し気な目で見つめながら、雷蔵の跡を追い始めた。瞬間、雷蔵は背後に何者かの存在を感じ取る。刀には手を掛けずに振り向くと、その場には木製の杖を地面に付いた見事な顎髭を携える老人が立っていた。


「近衛雷蔵殿とお見受けする。私はこの村の村長を務めるラードルフ・マーケスと申す」

「ほう……村長殿であったか。昨夜から拙者たちの様子を窺っていたようだが、一体何用か? 」


 木綿の茶色いシャツと黒いベストを羽織った老人、ラードルフは杖を投げ捨て彼の言葉を聞くなり雷蔵の足元へ跪く。老人の突如ともいえる行動にシルヴィは目を見開くが、雷蔵は眉一つ動かさずに彼を見下ろした。


「そのご様子……只ならぬ事情があると見た。お話をお聞かせ願えるか、ご老体」

「あぁ……ありがとうございます……。私の家へ向かいましょう、そこでお話致します」


 地面に膝を着いたラードルフの元へ駆け寄り、雷蔵は傍にあった彼の杖を拾い上げる。老人に手を貸しながら立ち上がらせると、彼の案内の下西門へは反対の方向へ3人の姿は消えていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<ラードルフの家・居間>


 オルディネールの広場から歩く事約数分、フィルの家よりも一回り大きな一軒家がその場に建っている。改めて雷蔵の前に立つ老人がこの村を統べる村長である事を確認し、彼の言葉に二人は家の中へと招待された。ラードルフの妻であろう老いた女性が彼らを招き入れ、雷蔵は背負っていた風呂敷と被っていた笠をその場に置く。ラードルフに言われるがまま客室用のソファに腰を落ち着け、二人は彼と対面した。


「どうぞ、粗茶ですが」

「かたじけない」

「ありがとうございます」


 鮮やかな橙色をした茶が入った椀を目の前に置かれ、雷蔵はそれを一口含む。麦を乾燥させた渋みとそれを凌駕する香ばしい風味が彼の口内を支配し、彼は深く息を吐いた。


「とても美味しゅうございます、奥様。この茶はこちらで作られたものですか? 」

「はい……オルディネールの畑で採れた麦を乾燥させ、紅茶の茶葉と混ぜ合わせたものです。お口に合ったようで何よりですよ」

「とても美味しいお茶をありがとうございます、おばあさん」


 老女は淑やかな笑みを浮かべ、一気に空いたティーカップに再びお茶を注ぐ。シルヴィはこの飲み物をかなり気に入ったようで、新たな液体が注がれる度に仕切りなく口に茶を含んでいた。


「さて、本題に入りましょうか」


 ラードルフのの一言で雷蔵とシルヴィは椀をテーブルの上に置き、正面に立つ彼へと向き合う。


「雷蔵殿とシルヴィさんをこの場にお呼びしたのは他でもありません。既にあの少年……フィルから事の顛末は一部耳にしていらっしゃるでしょうが、このオルディネールでは近年盗賊の襲撃に頭を悩まされております」

「はい、確かに聞いております。あの少年はその盗賊の襲撃に遭い、家族を亡くしているとも」

「……えぇ、そうです。彼の家族が初めての被害者だったというのもあり、村の全員はひどく憤慨しております。私も無念でならない。フィルの家族はとても良識がある人物たちでした。幸せな家庭とは、きっと彼らの事を言うのでしょう」


 バツの悪そうな表情を浮かべ、ラードルフの視線は雷蔵ではなく段々と下へ向いていった。彼の脳裏には10代の少年が抱くべきではない怒りと悲しみに満ちたフィルの表情が浮かび、両膝に置いていた拳に力が込められていく。


「一つ、お聞きしたい事がある。関所や大人数の衛兵たちを設けていながら、何故貴方がたは襲撃を受けるのだ? 」

「連中は騎士団から抜け出した賊らしく、それなりの実力を持った連中なのです。この周辺を統べる領主様からあのように護衛の方々をお送り頂いているのですが……それでも被害は抑えられません。護衛の兵士たちも疲弊しきっており、それを好機と取って来る日も来る日も村の資材や食料を奪っていく……」


 なるほど、と雷蔵は無精ひげの生えた顎を撫でた。騎士崩れともなると集団で攻め入る戦術を考え付くのも容易だ、加えてこの村に来ることの出来る衛兵の数などたかが知れている……だからこそこの村が盗賊のカモとして認識させるのも頷ける。


「お願い致します。どうかこの村をあの手の者からお救いください! こちらに報奨金はございます、ですから……ですから……! 」


 ソファから立ち上がり、再び雷蔵の足元でラードルフは頭を地面に擦り付けた。この村には飢えから救われた恩義もあり、加えてフィルには寝床まで貸してもらった恩がある。雷蔵は彼の肩を叩き、老人のかおが上がると同時に微笑みかけた。


「承知致した。どうにかしてその者どもをこの手で――」


 雷蔵がそう彼に言いかけたその時だった。ラードルフの家の玄関が大きな音を立てて開き、外から息を切らした村の男性が入ってくる。

ただならぬ気配を感じ取った雷蔵は、その男の元へ歩み寄り何があったのかを尋ねた。


「あいつらがまた来やがった! でも衛兵よりも先にフィルが……フィルが向かっていったんだ!」

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