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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第三章:金剛不壊
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第三十八伝: 太陽に焦がれて

<魔道連邦フレイピオス国内・メンルヒト街道>


 翌朝。一夜を船の上で過ごした雷蔵たちは、機関船の停泊した港から出てセベアハの村へと続く木々に囲まれた道を歩いている。元々この地は魔導(マナ)の濃度が濃いせいか、周囲を舞う様々な色の光球が彼らの目に幾つも映った。


「素晴らしいな、この景色は。一体どうなっているんだ……? 」

「……空気中に漂う魔導が結合して可視化してるんです。色ごとに属性が違うんですよ」

「そ、そうか……。一つまた、詳しくなったな」


 突然シルヴィから投げられた返答に、雷蔵はぎこちなく答える。これではいかん、と額に手を当てながら深いため息を吐いた。白い雲に覆われた空は少しだけ鈍い色へと変貌し、周囲の景色を僅かばかり暗くさせる。相変わらず光球の群れは雷蔵たちの辺りを飛び交い、より一層その存在を際立たせていた。


「……なぁ。雷蔵さんたち、何かおかしくありませんか? 」

「……あー、確かに。エル、何か知ってるか? 」


 行く道を先導する雷蔵とシルヴィの背後にいるロイを一瞥しオークの大男であるラーズは前方の二人に聞こえないようにすぐ傍にいたエルフの美女、エルに尋ねる。彼女は眉一つ動かさずに首を横に振り、悲し気な目で二人を見つめた。新たに旅の仲間に加わったラーズとエルは目的地が雷蔵たちと同じセベアハの村であった為、こうして行動を共にしている。だが昨日の明るい雰囲気とは違う事に気づいたのか、少し困惑した表情を浮かべていた。5人の歩いていた街道も森林の奥まで踏み込み、ついに整備された道から何もない砂利道へと変わる。雷蔵の履く草履やシルヴィのブーツの靴底が砂や小石を蹴る心地良い音を周囲に響かせ、僅かばかり旅の道のりを彩り始めた。


「ここからセベアハの村は、確か徒歩で2,3日は掛かるという事だな? 」

「えぇ、それで合ってる。途中で幾つかエルフの集落があるはず、まずはそこに到着すべき」

「相分かった。……シルヴィは、それでも大丈夫そうか? 」

「はい。元々そういう道のりでしたから」


 ぎこちない彼女の返事に雷蔵は頷き、再び正面を見つめ始める。鈍色の空と変わり映えしない森の景色に少しばかり倦怠感を覚えるも、彼らの足取りは留まる事を知らない。


「ま、まあ休みたくなったらいつでも言えよ! 俺が肩に乗せてやっからな! 」

「あはは、さすがにそこまでして貰う訳にはいきませんよ。偶然行き先が一緒だっただけですし」

「僕はお願いするかもしれません……」

「おいおい、頼むぜ。あんたの背負ってる荷物でかいしなぁ」


 ラーズが笑いながら隣のロイの背中を叩き、彼の背負っていた大きなリュックの重さとラーズの勢いに耐えられずその場で正面から転ぶ。


「す、すまねぇ! つい力の入れ方を間違えちまうんだよ……」

「大丈夫か、ロイ殿? 」

「え、えぇ。こういう荒事には慣れてる方ですから」


 笑顔を浮かべながらロイは服に付着した土埃を払い、様々な研究器具や資料が詰め込まれた鞄を背負い直した。その時彼の身体が地面から浮かび上がり、丸太のような大きい肩に乗せられる。


「乗り心地は悪いかもしれねえが、まあ休んでくれ。それと悪かったよ、学者先生」

「うわぁ、凄い凄い! オークの目線はこんな風に見えるんですねぇ! これは貴重なレポートですよぉ! 」

「……って、聞いちゃいねえか」


 ラーズは苦笑いを浮かべながら頭を空いた手で掻き、そのまま歩き始めた。彼についていくような形で止まっていた足も再び動き始め、5人の姿は林の奥へと消えていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<ヤヌザの森>


 想像以上に移動に時間を取られていたせいか、今日一日でエルフの集落に辿り着く事が出来なかった彼らはひとまず開けた場所を見つけ、今夜はそこで野営を行う事に決める。森の中に流れていた小川のほとりをキャンプ地とした5人は既に夕餉を済ませ、灯した焚火を囲うように腰を落ち着けていた。慣れない旅に疲れを感じていたせいかロイはあっという間に寝息を立てて横になっており、隣の雷蔵は寝ずの番としてオレンジ色に光を放つ焚き木を見つめている。すぐ傍から聞こえる川のせせらぎと野鳥の安らかな囀りを肴に、彼は手にしていた木製のコップの縁を傾けた。


「……起きてっか、雷蔵」

「ラーズ殿……」

「今更そんな呼び方すんなよ、まどろっこしい」

「はは、それもそうか」


 薄ら笑いを浮かべながら雷蔵は隣に巨躯が腰を落ち着けるのを一瞥すると、コップの中に入っていたコーヒーの水面を見つめる。


「……エルから話は通ってる、と思う。昨日俺もあいつから聞いたよ」

「あぁ……。シルヴィの事だろう? 」


 ラーズは普段とは違う真剣な表情で頷いた。雷蔵の手の中にあるコーヒーが、湯気を天高く立ち昇らせている。


「すまねぇ。あの子の為とはいえ、嫌な役をやらせちまった。俺たちがやりゃ良かったんだけどな……」

「ラーズが謝る事ではない。セベアハの村に留めておく事がシルヴィを守る最も良いやり方なのだろう? ならば、拙者は幾らでも悪者になるさ」

「それでもだ、雷蔵。あんたと彼女の絆の深さは見てりゃ分かる……本当に、すまなかった」


 深々と頭を下げるラーズの姿に、雷蔵は内心驚きを覚えた。普段の言動からは想像できないほど、今の彼の姿は凛々しささえ感じる。


「頭を上げてくれ、ラーズ。何も拙者は、お主やエル殿に嫌悪感など全く感じておらぬ。誰も悪くない……誰かが悪者になる必要があっただけだ。ただ……あの村で彼女をお主らに預けて、本当にシルヴィは安全なのだな? 」


 あぁ、と彼は力強く頷いて鉄の胸当てを力強く叩いた。


「当たり前だ。俺たちの命に代えても、シルヴィは守り抜く。彼女は俺たちの……共存主義の希望なんだ。平和的な思想を掲げている割に、やってることは乱暴だけどな」

「何かを貫き通すのには、何かを捨てなければならん。現に拙者は生まれた国を捨て、ここまで辿り着いた。誠に……世知辛い生き物よな。人間とは」


 全てを捨てた男の元には、親友の打った一振りの刀だけが残された。幾千もの戦いを経て、ようやく手に入れた安息でさえも雷蔵は手放そうしている。"第二の名前"をくれた、シルヴィを見捨てて。オレンジ色の炎が焚き木を燃やし、心地良いパチパチという音を紺色の空に立てる。


「……それでも生きていかなきゃいけねえ。俺たちにゃ使命がある。やらなきゃいけねぇ事がある。だからこそ、俺たちは生きていられる」


 "人間とは考える葦である"。理性こそが人間である事の証であり、理性によって人間は行動する。静かながらも力強いラーズの言葉を嚙み締め、雷蔵は立ち上がった。


「……ならば、お主に使命をやろう。交代、頼めるか? 」

「はは、こりゃあ断れねえ使命だ。任せとけ、ゆっくり休んでな」


 あぁ、と雷蔵はそう言い残して地面に寝転がる。彼が睡魔に襲われ、意識が遠のいていくのはそう遅くはなかった。

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