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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第三章:金剛不壊
33/122

第三十三伝: 虚空

明けましておめでとうございます。

今年も旗戦士とワンダラーズ・無銘放浪伝をよろしくお願いいたします。

<機関船カーリン・ラルフ>


「うらァァァァッ!!! 」


背後から聞こえる咆哮に近い叫び声を耳に響かせながら、雷蔵は対峙した数匹の海洋生物へと愛刀・紀州光片守長政の鋭い切っ先を向けた。緑色の鱗を見に纏う海棲魔物・サハギンの群れに彼らの乗る船は襲撃され、今に至る。飛び上がって握られた銛の穂先を雷蔵に向けると、一体目のサハギンは両腕を伸ばした。


「――笑止」


 突き出された銛の穂を刀の剣腹で受け流しつつ、両手首を一回転させてからサハギンの脳天に面を叩き込む。紀州光片守長政の銀の刃は易々と魔物の肉と骨を切り裂き、不気味な青い血液が傷口から噴水のように噴き出した。左方からの殺気を感じ取り、頭頂部から刀を引き離すとすかさず雷蔵は手前に愛刀を戻し、切っ先を地面に向ける。直後刀を握る掌に突き出された銛を受け止めた衝撃が走り、呻き声を上げるも身体を捻転させた。


「命、頂くッ! 」


 その回転と共に雷蔵は銛から刀を引き離し、捻転の反動と利用して横一文字に薙ぐと心地悪い感触が掌に走った。胴体から頭が切り離されて痙攣している目の前の死体の背後へと回り込むと突如として降り注いだ数本の銛から身を隠す。水気を纏った生臭いサハギンの身体から突き刺さった銛の穂先が突き出たと同時に身を隠していた死体から離れ、雷蔵は即座に体勢を立て直しながら振り向いた。


「ッ! 」


 動きを読まれていた。そう確信する頃には既に、悪魔のような形相を浮かべた数匹のサハギンたちが彼の視界を覆う。迫り来る痛みに腹を括ろうとした瞬間、雷蔵の頭上を巨体が通り抜けた。


「余所見してっと死んじまうぜ、おっさん! 」

「……む。それはまた随分な物言いだのう……」


 先程共闘したオークが気絶させた一匹のサハギンを投げ飛ばしたことを確認した雷蔵は、ため息を吐きながら刀に付着した血液を拭い去る。その時、対面する巨躯の背後に隙を突いたと言わんばかりの表情を浮かべる魔物の一匹が銛を突き刺そうと飛び掛かる姿が雷蔵の目に映った。


「――肩を貸せ、若造」

「ちょっ、お、おいっ!? 」


 軽快な足取りで岩石のような固く大きい肩の上に踏み出した右足を乗せ、その勢いのまま飛び上がる。空中でサハギンと対面した雷蔵は手にした刀を大きく振りかぶり、魔物へ唐竹割りを叩き込んだ

緑色の鱗で覆われた身体が一瞬にして真っ二つになったと同時に彼は床に着地し、愛刀を肩に担ぎながらオークへ笑みを向ける。


「お主も余所見はしない事だ、少年」

「けっ! 少年(ガキ)って歳でもねえよ! それよりもおっさん! このままじゃ埒が明かねえ、エルの所へ戻ろうぜ! 」

「える、とは……? 」


 雷蔵の問いに、オークの青年は自身の背後を親指で指し示した。シルヴィの隣に立つ、水色のハーフアップに纏めた美しい長髪を携えたエルフの美女である。


「ラーズ……お侍様……はやく、こっちへ……」

「あ、相分かった! 」


 魔物の襲撃に遭っているのにも関わらず、エルはひどく落ち着いた様子で雷蔵たちへと手招きをしていた。オークの名はラーズと言うらしく、彼女の手招きと同時に雷蔵の身体を抱え上げる。


「お、おぉっ? 」

「よっしゃあ、エル! ぶちかませぇ! 」


 ラーズの声と共にエルは手にしていた杖を胸の前に掲げ、乗客たちが全員避難したこと、護衛の兵士や冒険者たちも甲板から退いたことを確認すると閉じていた目を見開いた。彼女の水晶のような赤い目が姿を現した瞬間、甲板の上に残っていた魔物の周囲に青い膜が貼られる。次にエルは掲げた杖の先端に付いた青い宝玉をその膜に向けて、口を開いた。


「――凍結(グラセ)


 防護幕の中に囚われていたサハギン達が一瞬にして凍り付き、先程まで動き回っていた不気味な魔物たちは全て彼女の魔法によって生命活動を停止させる。先端を向けた杖を今度は天高く掲げ、宝玉が日光を反射した。


昇華(シュブリマシオン)


 直後、巨大な魔法陣の中にその身を凍り付かされていたサハギン達の死体は即座に砕け散り、不気味な程に煌く破片を周囲に撒き散らしながら彼らは消滅していく。全ての魔物たちが魔法陣の中から消え去ったことを確認したエルは美しい水色の長髪を靡かせながら背後に立っていた雷蔵たちへ振り返ると、手にしていた杖を背中に仕舞いながら彼らに歩み寄った。


「……大丈夫? 」

「あ、あぁ……少し、見惚れていた……」

「……口説いてる? 」


 直後、隣から感じる無言の圧力。恐る恐る右方へ視線を傾けると、ハムスターのように両頬を膨らませたシルヴィが雷蔵を睨んでいる。


「いや、他意はない……すまん、シルヴィ」

「雷蔵さんは目を離すとすぐにきれいな人に靡きますからね! べ、別にだからどうってわけじゃないですけど……」

「余計なことを言うな阿呆……。まあ良い。先ほどは助かった。名前は……ラーズ殿とエル殿と言ったか? 」


 雷蔵の言葉にオークの彼、ラーセナル・バルツァーは満面の笑みを浮かべながら頷き、隣のエルフ――ディニエル=ガラドミアは口角を僅かばかり吊り上げて首を傾げた。


「おう、そう呼んでくれ。お前らの仲間にもう一人いた気がするけど……どこに行ったんだ? 」

「む、そう言えば……ロイ殿! 何処へ行った、ロイ殿ー! 」

「ここ、ここですー! 」


 背後から聞こえる声に振り向くと、其処には船央の建物から手を振っているロイの姿が目に入る。先程サハギンに襲われかけていた男性も無事なようで、雷蔵の姿を見るなり彼へ深く頭を下げていた。


「直ぐに避難させておいたのが吉と出たな。しかし、これからどうすれば……」

「後処理はここの船員たちがやってくれるそうですよ。幸い、怪我人や死人も出てないですしもうすぐでしょう」

「だと良いがな」


 シルヴィの言葉を横で聞きながら、雷蔵は施設の二階にいるロイから目を離さない。その時、彼の目に映るロイが空を指さす姿が目に入る。ふと気になった彼は示された方向へ視線を傾けると、そこには一つだけの黒い影が青空に映っていた。


「……! あれは……! 」

「……この戦いに気づいてやって来た。でも……さっき戦った奴らとは訳が違う……。ラーズ、船長に話してきて」

「おうともよ。お前はどうする」

「こうする」


 背中に背負っていた杖を手に取り、再び彼女は詠唱の呪文さえ唱えずに魔法陣を自身の周囲に展開させる。掲げられた杖の先から鋭く尖った雷の槍が発現し、魔法の力によって空の彼方へと消えていった。


「……外した。次」


 無表情のままエルは杖を掲げたまま舌打ちをし、今度は5つの火球を即座に創り上げると同じように飛ばしていく。隣に立つシルヴィが唖然とした表情のままエルを見つめるが、当の本人は黒い影に先制攻撃を当てる事に集中しているようだ。しかし。エルの健闘も虚しく、黒い影の正体がが目で確認できる距離まで近づいた瞬間に甲板の上にいた兵士たちと冒険者たちは一斉に得物を抜き始め、一直線に向かってくる黒い影に立ち向かっていく。


「こ、此奴は……! 」

「……"グリフォン"。大型の鳥獣型魔物だけど……ここの分布ではない。……死体を調べる必要がありそう」

「でも、どうやって戦えば……! 」


 身体と4本の脚を焦げ茶色の羽毛で覆われ、首元から頭部まで白い絹のような体毛が生えている。不気味なまでに蠢くその赤い両目は即座にエルたちを捉え、空中から彼女たちを屠ろうとトップスピードで突入してきた。


奪え・空からの衝撃(デロべ・プロシオン)! 」


 咄嗟にシルヴィがエルの前に立ち、右手を翳しながら彼女らを覆うピンク色の防護壁を魔法の詠唱と共に創り上げる。グリフォンの突進の衝撃に耐えきれず盾は硝子のように破片を散らしながら崩れ落ちるが、一瞬の隙を作り出す事には成功した。


「今です、撃って! 」

「――機関砲、()ーッ!! 」


 直後、船央の施設の外壁に装備されていた魔導式小型機関砲の砲口が隙を晒したグリフォンに向けられ、無数の弾丸を吐き出す。左翼と右翼部に命中したのか空中へと戻ろうとしたグリフォンは不安定な状態のまま滑空し始め、甲板の上の雷蔵たちを見据えた。羽ばたきによる突風に縛った黒の長髪を靡かせ、雷蔵は鞘に仕舞っていた愛刀の柄を再び握る。


「――()くぞシルヴィ。拙者たちもエル殿たちには負けてはおられん」

「分かってますよ! 私だって負けませんからね! 」


 グリフォンが羽を休めようと甲板に降り立った瞬間を狙い、雷蔵とシルヴィは一目散に目の前に立ちはだかった魔物へと突撃していった。

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