第二十八伝:最良の選択
<リヒトクライス騎士団・詰め所>
翌日。レーヴィン・ヴィクトール両名の事情聴取も終わりを迎え、両手を縛る縄させないものの二人の周囲には完全武装した何人もの騎士が銀の光を放ちながら佇んでいる。随分と警戒されたものだ、とヴィクトールは自嘲気味に笑みを浮かべながら彼の隣を歩くレーヴィンへと視線を向けた。これから彼らは掛けられた容疑――執政官の暗殺――を晴らすためリヒトクライス騎士団・第四番隊本部に設立された会議室へと足を進めている。公平な裁判を取り仕切る為、加えて無実を立証する証拠を集める為に事情聴取をされたのだとヴィクトールは自己完結していた。事実、彼のスパイ活動によって搔き集めた書類やレーヴィンに託した録音媒体は全て提出している。これらが廃棄されずに採用されれば良いのだが、と彼は胸の中の不安を押し戻した。
「……失礼します。レーヴィン・ハートラント、ヴィクトール・パリシオ両名をお連れしました」
「入り給え」
穏やかな声音が聞こえると同時に、重々しい木製の扉が開く。その先には騎士団・第一番隊団長、及びリヒトクライス騎士団の騎士団長であるデフロット・ファルダースが革製のソファに腰を落ち着けており、彼の両隣にはその補佐官である初老の男性と若い女性が二人に視線を投げかけていた。このリヒトクライス騎士団は本部から枝分かれするように個々の役割を持った部隊が編制されており、それらをすべて束ねているのがデフロットその人である。レーヴィンはその部隊の部隊長という役職に就いており、このように重苦しい空気になるもの致し方がない。証人に宛がわれた席には雷蔵、シルヴィ、フィルの姿があり不安げな視線が彼らに突き刺さった。
「第四番隊隊長、レーヴィン・ハートラントであります」
「同じく四番隊副隊長、ヴィクトール・パリシオ。今日は御足労頂き、ありがとうございます」
「あぁ。今回は協力者である冒険者の近衛雷蔵殿、シルヴァーナ=ボラット殿、フィランダー・カミエール殿にも同席して頂いている。公平な審査が出来るような報告をお願いするよ、二人とも」
彼の言葉に二人は頷きつつ、敬礼をするとデフロットは彼らを会議室の中心部分に置かれた椅子に着席させた。彼らを取り囲んでいた騎士たちも部屋の隅に捌け、その場にいた全員の視線が二人に集中する。
「では、これより第四番隊の両名に関する会議を行う。ファレオ補佐官、提出された書類を」
「畏まりました」
デフロットの手にはクリップで纏められた書類の束が握られ、彼は表紙を捲ると早速内容に目を通し始める。重苦しい会議室の空気にヴィクトールは息が詰まるような感覚を覚えたが、顔には出さずにデフロットを一点に見つめていた。
「……ふむ。ここ最近の騎士団員失踪事件……資料によるとこれらは全て"エルフ至上主義派"によるものだと書いてあるが、その事に関して何かあるかな」
「はっ。最初は愉快犯によるもの、若しくは騎士団に個人的な恨みを持った前科人の仕業だと考慮しました。しかし、日に日に狙われているのは、資料にある通り若い騎士たちばかり……。そこで私は危険思想一派であったエルフ至上主義の線を辿りました」
「ほう……それで? 」
「そこで私は失踪の原因を探るべく、私自身が囮になろうと画策しました。故に、リュシアン執政官の派閥へ下ることを決めたのです。既にご存知であるかはどうかわかりませんが、この四番隊では隊長であるレーヴィン派と執政官であるリュシアン派に分かれていたのです」
ヴィクトールの言葉を基にデフロットは騎士団の派閥に関する記事を見つけ、小さく首を上下させる。
「私は隊長に、権力を正しく行使出来るデフロット騎士団長に忠誠を誓った身です。そんな人物が裏切って執政官の傘下に入れば、確実に信用はされない。ですが使い捨ての駒としては適したもの――故に私は彼らのスパイとして活動を行う事に至りました。一つ付け足しておきますが、執政官に渡した情報は全て虚偽のものです」
「だが、裏切る必要は無かったのではないか? 貴殿ほど隠密行動に長けた人物はいない。その力を以てするなら、スパイを演じる事も無かったはずだ」
デフロットの隣に座る男、ファレオ・ピーリンス補佐官がヴィクトールの言葉に異を唱えた。
「いえ、私には完璧にスパイを演じる必要がありました。執政官側にもう一人、隊長を裏切っている人物がいた」
「イングリット・マルギース……。私のもう一人の副官であった若い女性です、デフロット団長」
ふむ、と言葉を残しながら二人の前のデフロットは金色の顎髭を撫でる。事実、ヴィクトールにとってイングリットという存在は易々と無視できるほどの存在ではなかった。少しでも裏切った素振りを見せれば間違いなく彼は殺されていただろう。
「なるほど……所謂監視役として彼女を派遣した、という事だね? 」
「そう取って頂けるなら幸いです。そこに証人である彼らがトランテスタを訪れ、私にも機会が出来ました」
部屋の隅に座っていた雷蔵たちに一気に視線が集中する。シルヴィは妙に落ち着いた表情で視線を一瞥し、対するフィルは少しだけ身体を強張らせた。
「……そうか。その後君は雷蔵殿と合流し、エルフ至上主義一派の手先に襲われ、そこでリュシアン執政官と彼らが繋がっていることを確信したのだね」
投げかけられた問いに、ヴィクトールは頷く。
「君たちが執政官の暗殺に至るまでの経緯は分かった。では、次に君たちに掛けられている容疑について、議題を移そうと思う」
デフロットは隣の女性の副官から別の資料を受け取り、先ほどと同じようにホチキスで止められた表紙を捲った。
「それについては、私から説明します。まずは、この音声から聞いて頂きたい」
あれを持って来てくれ、というレーヴィンの言葉と共にすぐ傍に立っていた騎士の青年の一人が彼女に録音媒体である赤い宝玉を手渡す。隣に立つヴィクトールの前へ差し出すと彼は組み込まれた独自の魔術式を解除し、掌の上に赤い魔法陣を展開させた。直後、その宝玉からリュシアンとレーヴィンの会話が聞こえ、リュシアンの音声を聞いた瞬間に部屋中の騎士達からどよめきが起きる。
「静粛に! ――レーヴィン隊長、今のは本当に君が彼から言われた言葉かい? 」
「はい。その時は死亡したと思われていたヴィクトール副官の葬儀の時でいきなり剣を抜いて私に襲い掛かって来ました。それに対応し、止むを得ず執政官と戦うことに……」
「……あくまでも正当防衛という事か。しかし、それではまだ無実の立証にはならない。君たちが危険思想の派閥と手を組み、それを知られて執政官が手を出した場合もある。執政官とエルフ至上主義との繋がりを証明するものはあるかな? 」
待ってました、と言わんばかりにヴィクトールが前へ出てくる。事前に部下に渡してあった書類の束を受け取ると彼は不敵な笑みを浮かべながらデフロットへと視線を向けた。
「――こちらになります、デフロット団長」
「ほう……」
彼の座る席まで歩みを進め、笑みを崩さずに元いた場所へ戻ると溜め込んでいた空気を吐き出す。
「これは……」
「私が執政官へのスパイ活動によって得た書類の数々です。書面を見ればお分かりの通りですが、彼と至上主義一派とのやり取りが記されています」
渡した資料には、ヴィクトールがコピーした記録の数々が表示されている。手紙でのやり取りや、実際にリュシアンと至上主義一派の幹部が会合している写真などのヴィクトールとレーヴィンの無実を証明する証拠が記録されていた。
「まさか……こんな事が……本当に? 」
「……私も最初は信じられませんでした。下の人間からの人望も厚く、執務や仕事への対応も誠実そのもの……ですが、私がレーヴィン隊長を助けに入った時、彼の形相は普段とは見間違えるほど邪悪でした」
「……そうか。これならば、君たちの行動も納得がいく。この資料にも確かな事実が記されているし、執政官が凶行に走ったのも頷ける」
デフロットは目を閉じ、僅かな間で思慮に耽る。
「――諸君。以下の証拠を目にし、まだ彼らが罪人だと疑うか? 疑う者は、速やかに手を上げなさい」
彼の言葉に、手を上げる騎士は誰一人としていない。フッ、と笑みを浮かべた彼は閉じた目を見開いた。
「そうか……。レーヴィン・ハートラント、ヴィクトール・パリシオ両名に、これより判決を言い渡す」
分かり切っていた事実でさえも、騎士団長を目の前にする二人に緊張が走る。数秒間の沈黙の後、デフロットは口を開いた。
「――無罪。両名は元より、己の職務に集中してほしい」




