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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第二章:銀騎士は紅に舞う
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第二十五伝: The Die was Cast


 咆哮と共に、雷蔵は駆ける。その目に獲物を、リュシアンを一心に見つめながら。食い物を目の前にした獣のような眼光を受け、対するリュシアンは後方へ退きながら周囲を取り囲んでいた反乱軍の兵に命令を下した。あの男と逆賊であるレーヴィンとヴィクトールを殺せ、と。二人を背に雷蔵は3人の騎士と対峙し、駆けていた勢いを止めずに彼らの中心にいた若い男の首を目掛けて愛刀を横一文字に薙ぐ。あまりに速過ぎた一撃であったせいか数秒の間隔を経て青年の首は斬り落とされ、左右二人の騎士は茫然とした表情を浮かべていた。


「こ、このっ――」

「笑止」


 首を切り落とした騎士の手から鈍色の両刃剣を空いた左手で奪い取り、瞬時に二人の中心へと移動した雷蔵は柄頭を正面の男の顎に叩き込む。その後彼は順手から逆手に持ち替えた西洋剣を突き出し、背後にいた男の腹部を易々と貫いた。柄頭の打撃によって高く飛び上がった男の身体が地面へ落ちる瞬間に縦一文字に刀を振り下ろす。両断された死体から赤黒い液体が勢い良く周囲に舞い、そして突き刺したままの両刃剣を腹部から引き抜いた。


「レーヴ! ヴィクター! 」

「任せろ! 」

「あいよっとぉっ! 」


 出来上がった三人の屍を踏み越え、背中合わせに戦っていたレーヴィンとヴィクトールの二人が雷蔵の隙をカバーするように飛び出す。右方から凶刃を光らせた黒いローブの男たちが彼らに斬りかかるも、彼女は迫り来る銀の刃を逆手に持った短剣で冷静に受け止めてから喉元にバスタードソードの切っ先を突き立てた。彼女のそんな隙を窺うように、レーヴィンの背後から別の集団の騎士が彼女の腹部目掛けて剣を低く構えながら突進してくる。


「おおっと、させないよぉ」


 激しい戦いとは裏腹に、締まりのない男の声が同時に耳に響いた。その瞬間、横殴りの打撃を顔面に受けレーヴィンの刺客は地面から体を浮かせながら吹っ飛ばされて行く。涼し気な表情を浮かべたヴィクトールが彼女を守った事に気が付く頃には既に、ヴィクトールは自身の背後からやって来た男へと十文字槍の穂先を突き刺していた。


「な、なんだこいつら……。たった3人だけなのに……どうして倒せない! 」

「や、刃が届く前に……全員斬り捨てられてやがる……! 」


 声がした方向へ、雷蔵は刀に付着した血糊を払いながら視線を傾ける。まるで大型の魔物と遭遇したように戦慄の色を浮かべる彼らに、哀れみさえ抱いた。雷蔵は一旦刀を鞘に納め、怯える騎士たちへと視線を傾ける。


「……死にたく無ければ、そこを退け。こんな無駄な争いで散らして良い命ではなかろう」

「なっ、何だと……? 」

「人種の違いを争いの種とし、他人の命を奪う……。一体、お主らの行いでどれだけの血が流れた? もうこれ以上、血を流す必要はない。もう一度だけ言うぞ。死にたく無いのなら、その剣を納めろ」


 後ろで縛った黒の長髪が吹き荒ぶ風によって揺れ、背中に毛先が触れた。しかし怯えながらも兵士たちは剣を手に彼との距離を詰め、決死の表情を浮かべて今にも雷蔵に剣を振りかざそうとしている。


「……そうか……」


 銀の刃が彼の身体に触れようとした瞬間、斬りかかった騎士達の首が二つ飛んだ。鮮血が雷蔵の周囲を舞い、返り血が彼の頬に付着する。


「ひ、ひぃぃぃ! 」


 手にした剣を投げ捨て一目散にその場から逃げていく騎士を一瞥し、雷蔵はリュシアンを見据えた。数えるほどしかいなくなった兵士たちに彼は怒りの表情を露わにし、3人は彼と対峙する。各々の得物の切っ先を向け、苦悶の表情を浮かべたリュシアンを見据えた。それと同時に、二人の間からフィルを連れたシルヴィが姿を現す。


「どうするよ、執政官殿? 一対三じゃ、勝負は目に見えてるぜ」

「……くくく。はははははッ!! 面白いものだ、まだ自分の勝利を確信しているのか? 」

「何……? 」


 その瞬間、雷蔵の背後に立っていたヴィクトールは全身から悪寒と殺気を感じ取り彼らを守るように立ちはだかる。だが彼の防御が間に合うはずもなく、ヴィクトールの胸部は見慣れた銀の短剣によって切り裂かれた。


「ヴィクター⁉ 」

「なんだと……⁉ 」

「ヴィクトールさんっ⁉ 」


 シルヴィが真っ先に地に付したヴィクトールの元へと向かい、傷を覆うように彼女は両手に回復魔法を発動する。雷蔵やレーヴィンでさえも感じ取れなかった気配が、彼らの前に立ちはだかった。見慣れた黒いボブカットに、銀色の鎧。その人物に二人は見覚えがあった。


「い、イングリット……? 」

「…………」


 普段の人懐っこい笑顔とはかけ離れた、殺意の籠った視線をイングリットは雷蔵に向ける。やはりか、という信じたくなかった確信を雷蔵は彼女に対して抱き、愛刀を構えた。対するレーヴィンは傷を負わされたヴィクトールを介抱するように彼の身体を傍にあった木の幹に寄り掛からせ、イングリットとリュシアンを睨み付ける。


「……近衛雷蔵……」


 聞き覚えのある声に、雷蔵は目を見開いた。驚く暇も与えないように対峙したイングリットは前髪を掴み取り、被っていたウィッグを取り外す。ボブカットよりも遥かに長い黒髪を携え、後ろで束ねたポニーテールを揺らしながらイングリット――否、黒装束の"女忍者"は雷蔵を再び睨み付けた。


「お主は……!? 」

「……貴様と交わす言葉は持ち合わせておらぬ。大人しく死ね、雷蔵」


 ×状に構えられた二振りの短剣と鍔競り合い、雷蔵は目の前の忍者と目線を交わす。彼から見ても私怨の籠った斬撃だと本能的に理解し、彼は背後のレーヴィンへ視線を向けた。


「シルヴィ! お主はヴィクター殿の回復に専念しろ! フィル、レーヴ殿! 彼女が治療するまでの間の時間稼ぎを頼む! 」

「余所見をしている余裕が……貴様にあるかァっ‼ 」

「ぐッ⁉ 」


 突如として姿を現した二つの銀線に雷蔵は悪寒と莫大な殺気を覚え、本能的に体を後方へ押し戻す。しかし、次に彼が見た光景は自身の胸から溢れ出る赤黒い鮮血であった。鉄板を押し付けられたような激痛が彼の胸部から迸り、痛みを堪えながら彼は正面の刺客へと視線を戻す。――身体を引かなければ、完全に首を持ってかれていた。胸の痛みと殺意の籠った斬撃に彼は畏怖の念さえ抱く。血飛沫の間からトップスピードで姿を現した女忍者を雷蔵は捉え、再び己の首を刈り取らんとした銀の刃を袈裟斬りによって防いだ。


「拙者の事は良い! 早く行けッ‼ 」


 魂から出た言葉だった。この(しのび)は自分でなけば手を終えないと感じ取った結果、雷蔵は血で赤く染まった白いワイシャツを脱ぎ捨てる。背後にいるフィルとレーヴィンがリュシアンへ向かっていったのを感じ取ると、上半身が露わになった今の姿を一瞥した。


「……来い。同郷の忍よ。今だけは……お主との闘いに興じてやるッ‼ 」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そう雷蔵が言い放った瞬間、再び二つの銀の刃は彼の命を奪い取ろうと首元に伸びてくる。

雷蔵はその凶刃たちを弾き返し、腰に差している小太刀を逆手で抜き払って目の前の女忍者へ反撃の一撃を見舞った。しかし虚を突いた一撃でさえも彼女は易々を防ぎ切り、迫った彼の刃を片手で防ぐと急所を狙った斬撃を繰り出す。


「ぐっ……!! 」


 口元が忍の黒装束で覆われているためか、彼からは目元しか確認できない。迫り来る無数の斬撃を両手にした二刀で防ぎ切るのが今の雷蔵に出来る精一杯の反撃であり、無慈悲にも目の前の女はその速度を強めていった。首元を狙った一刀を弾いたと思ったら、もう片方の刃が彼の息の根を止めようと即座に走ってくる。あまりにも殺意に満ちた彼女の攻撃に雷蔵は畏敬の念さえ抱き、隙を突こうと彼女の身体全てに視線を行き届かせた。


「どうした……その程度か。雷蔵……」

「何故……拙者の名を知っている……! お主は……一体……ッ! 」


 逆手に持った短刀を順手に持ち替え、雷蔵は胸の痛みに耐えながら彼女へと斬りかかる。手数では同等、速さでは彼以上と言ったところだろうか。眼前に迫る銀刃を首を傾けて避け、出来上がった僅かな隙を突くように彼は右手にあった愛刀である"紀州光片守長政"の太刀の切っ先を突き出す。それに呼応するように雷蔵の頬を女忍者の手にする短刀の一つが掠め、数滴の鮮血が周囲に舞った。瞬間、雷蔵は彼女の腹部目掛けて蹴り上げその反動で後方へと飛び退く。女忍者から息が漏れた様子はなく、彼は対峙した相手を見据えた。


「……貴様に語る言葉は無い。今は貴様を殺す……」


 再び放たれる殺気。雷蔵は息を止めて刀を構え、迫り来る刃に腹を括る。同時に殺到する神速の斬撃を受け止め、反撃の狼煙を上げるようにもう片方の手の中にあった小太刀を横殴りに振るった。虚空を切り裂く感触。それと共に、鋭い針のような蹴りが雷蔵の胸の傷に走る。


「がァ……ッ! 」


 吐き出される酸素と押し寄せる嘔吐感。歯を食いしばってそれらを耐えた彼の目に映ったのは、忍の投擲武器である苦無(クナイ)の二つの切っ先だった。右手に握られた太刀を斜めに構え、金属がぶつかり合う音が聞こえたと思うと雷蔵は無我夢中で地面を蹴って女忍者との距離を詰める。


「そう来なければ……殺す意味が無いッ! 」


 彼女の言葉を一瞥し、切っ先を突き立てながら振り下ろされた短刀を弾くと彼は小太刀を握った左の拳を彼女の顔面目掛けて突き出した。両腕の得物が鍔競り合った状態で雷蔵は忍と視線を一度だけ交わし、そして再び息を吸い込む。頭を後方へやった後、自身の額を女忍者の鼻柱目掛けて叩きつけた。額から伝わる鈍痛と食いしばった歯の隙間から漏れる息の呼応を感じ、乱れた息を整えつつ吹っ飛ばされた彼女の姿を見やる。


「そう、簡単に……死ぬ訳にはいかぬのでな……! 」

「くぅッ……! 」


 血で染まる黒い衣装を見やりながら雷蔵は再び彼女へ向けて足を進めた。右斜めに振り下ろした袈裟斬りを女忍者は受け流し、激昂した彼女の短刀の刃がすかさず飛んでくる。

反撃を防ぐようにして小太刀を眼前に突き出すと、一度だけ火花を散らしながら短刀は雷蔵の首元から逸れた。雷蔵は身体を捻転させて隙を無くし、右手の太刀を横一文字に薙ぐ。再び両者の耳に響く鋼の打撃音。雷蔵の刃は彼女の左頬を捉え、彼女の刃は雷蔵の右頬を掠める。互いの血の雫が周囲に舞う事も気にせずに二人は刃を交えた。何合も、数え切れないほどに。


「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッッ!! 」


 雷蔵の大喝と共に、縦に振り下ろされる脳天を狙った一撃。彼女は二振りの小太刀を頭上で交差させることによって防ぎ、そして胴を空かせる。その隙を彼が逃すはずもない。左手の間から突き出た小太刀の柄頭を彼女の鳩尾目掛けて突出させ、その一撃は命中した。強制的に詰めていた距離が引き離され、彼女は体勢を崩しながら後ろへ吹っ飛ぶ。気が遠くなるほどの一撃を、女忍者は歯を食いしばって耐えて見せた。


「はァッ……はァッ……! 」


 一瞬の隙を突いた一撃であったと、雷蔵は確信する。地面に倒れた彼女が再び立ち上がる姿を目撃した瞬間、不思議と彼の胸の奥から笑いが込み上げてきた。自分を殺そうとした相手がこれほどとは思わなかったのであろう、驚きの感情と共に彼の武士としての感情が必然的に昂る。無言で彼は小太刀を鞘に仕舞い、太刀を一度だけ納めると腰を深く落としながら鯉口を切った。


「――来い。此度の戦い……存分に興じようぞ」


 二人の激闘には似つかない壮絶な剣戟の音が、周囲に鳴り響いた。

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