第十三伝: Wish to wishes, dust to dusts
<リヒトクライス騎士団第四番隊詰所>
エルフ至上主義。人間たちとだけ接して今まで生きてきた雷蔵にとって、他種族との抗争は初めて目にするものだった。何も関係のない人間を殺し、己が信念を貫く為に悲しみを生み出す。それは彼が人生を歩んできて得た答えとは真反対の答えであり、現にこうして実行されつつある事が雷蔵は悲しくてやりきれなかった。
「雷蔵さん、大丈夫か? 」
「あ、あぁ。少し思慮に耽っていた、済まぬ」
「……そりゃあ誰だってそうなるさ。人間誰しも一人以上の人間とは分かり合えないもんだが、種族となると話は別だ」
現在彼らは事情聴取の為に騎士団の詰め所へと訪れており、狭い間取りの取調室で木製の椅子に二人で腰を落ち着けている。首から下げた包帯に腕を通し、事の顛末を全て話し終えた雷蔵とヴィクトールは30分の拘束からようやく解放されつつあった。
「ヴィクトール副隊長、並びに近衛雷蔵殿。捜査にご協力頂き、ありがとうございました。もう詰め所を出て頂いても大丈夫です」
「あっ、そう。勤務時間外なのにごめんねぇ、わざわざ」
「いえ……私たちと同じ騎士団に所属していて、尚且つ同じ種族となると……責任を感じてしまいますから」
「そうか、貴殿は……」
取調を担当した金髪の若い騎士は、複雑な心境を語ると同時に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。今回の事件の当事者と同じように彼の外耳が尖っており、雷蔵は椅子から立ち上がってから頭を下げた。
「済まぬ。同胞が亡くなられたというのに調査を頼んでしまって……」
「そ、そんなご丁寧に……。ですが、エルフや人間という種族以前に私は人々を守るという使命を持った騎士です。暖かいお言葉、ありがとうございます」
複雑な表情から彼は凛とした双眸で雷蔵にそう言い放ち、二人は互いに握手を交わしてから取調室を出る。
「……良い奴だろう? あいつは若手の中でも相当な根性の持ち主だ」
「うむ。良い部下を持ったな、ヴィクトール殿」
照れ臭そうに鼻を啜るヴィクトールを横目に、雷蔵は詰め所の出口まで軽い足取りで向かった。その時、背後から彼らの名前を呼ぶ男女の声が聞こえ雷蔵とヴィクトールは振り向く。
「雷蔵さん! どこ行ってたんですか!? 」
「ヴィクトール! 怪我はないか!? 」
おそらく寄宿舎から心配して駆けつけたのであろう、レーヴィンとシルヴィ、それにフィルの姿が彼らの視界に映った。
「なんでいつも雷蔵さんは一人で事件に首突っ込んじゃうんですか! もう! 雷蔵さんのあほ! 馬鹿! スカポンタン! 」
「いやいや、自分から首を突っ込んでいるという自覚はないぞ。というか首を締めないでくれ」
「いつもお前は私の見ていない所で危ない事ばかり! 心配するこっちの身にもなれ! 」
「た、隊長!? ベタベタ触るのやめてくださいって! ぐへぇ! ヘッドロックは死んじゃうから⁉ 」
飛びついて来たシルヴィを身体から引き剥がしてから雷蔵は彼女を落ち着かせ、隣へ視線を傾ける。彼は焦りを見せるレーヴィンによって首を締められているようで、気絶しかけていたヴィクトールから彼女を引き剥がしてなんとか事無きを得た雷蔵たちは詰め所を出る事にした。
「……コホン。騒がしい所を見せてしまい、申し訳ない。例の事件にお二方が巻き込まれたと知り、居ても立っても居られなかったのだ」
「僕も街に出て新聞で読みました……。なんだか大規模な抗争になってるみたいですね……」
フィルの言葉にレーヴィンとヴィクトールが苦い表情を浮かべ、シルヴィが悲し気な視線を虚空へと送る。3人共思う所があるのだろう、全員の間に沈黙が流れた。
「……そういや坊主、お前さんのような若い奴がなんでこんなとこにいるんだ? さっき助けた時は雷蔵たちと旅をしてるみたいだったが」
「あ、はい。僕はここにある騎士学校へ入学するために雷蔵さんたちと一緒に村を出たんです。後はお分かりの通り……道中であなたがたに助けられて、という感じですかね」
「お前さん、名前は? 」
「え? フィランダー・カミエールですけど……」
フィルの名前を聞いた瞬間、ヴィクトールの目が開かれ彼はフィルの両肩を掴む。戸惑うフィルに対して彼は真剣な表情を浮かべながら、口を開いた。
「そうか……お前さんがギリアンの息子か……」
「何? 今、ギリアンと言ったか? 」
ヴィクトールの発した言葉に隣にいたレーヴィンも反応を見せ、相変わらずフィルは戸惑い続けるのみ。フィルの家族が全員殺されてしまったことを知っているのだろう、レーヴィンは悲し気な表情を浮かべながらフィルの背中を優しく撫でた。
「俺と隊長はお前の親父さん……ギリアンと旧知の仲だったんだ。まさか息子が来るなんてなぁ……」
「そ、そうだったんですか!? 」
「あぁ。貴公の御父上はとても慕われていた騎士だった。それに剣の腕も良く、私も彼と一緒に鍛錬をつけたものだ」
「それは……なんというか……お会いできて光栄です、レーヴィンさん」
話の華を咲かせる3人を横目に、雷蔵は隣に立つシルヴィへと視線を向ける。依然として悲し気な表情を浮かべている彼女は、その双眸を伏せて一人思慮に耽っていた。
「……シルヴィ」
「は、はいっ!? どうかしましたか? 」
「彼らの事で話したい事がある。少し二人になれないだろうか? 」
「いいですけど……」
相分かった、と雷蔵は彼女に応答し話を弾ませる三人へ席を外す旨を告げる。フィルたちには彼らの話が聞こえない場所まで移動し、雷蔵は再び彼女へと視線を戻した。
「……あの男、ヴィクトール殿から直々に依頼を請けた。今回勃発した騎士団での抗争の犯人を突き止め、この無益な戦いを終わらせるという内容だ。お主はそれで良いか、シルヴィ? 」
「……はい。私も正直、複雑な気持ちですから。雷蔵さんが依頼を請けてくれて、若干助かったという気持ちもあります。それにフレイピオスの領土は目と鼻の先ですから、数週間はここに滞在しても大丈夫でしょう」
「そうか……なら安心した。これで彼らへの恩を仇や疎かにせずに済むというもの」
シルヴィの肯定的な意見に雷蔵は内心胸を撫で下ろす。彼自身酒を飲みかわしたヴィクトールと命の恩人であるレーヴィンに恩返しをしようと請けた依頼であった為、もし彼女に断られていたのならば彼の立つ瀬は無かっただろう。二人で話を付けた後雷蔵はフィルたちの下へと戻り、レーヴィンのブラウスを羽織った肩を叩いた。
「ヴィクトール殿、レーヴィン殿。微力ながら拙者たちも彼の狼藉者達を見つけ出す手伝いをさせて頂く。このような異な事を繰り返されては夜も眠れぬ人々が居る事だろう。それは拙者たちにとっても目覚めが悪い」
「左様か! 雷蔵殿とシルヴィ殿が協力してくれるのなら百人力だ! お心遣い、痛み入る! 」
「あんがとさん。んじゃあひとまず寄宿舎へ戻ろうか。フィル、お前さんの入学手続きは明日に回すぞ」
ヴィクトールの言葉に彼の隣にいたフィルは頷き、雷蔵が歩き出すと共にその他の4人も寄宿舎へ向けて市街地へと歩みを進めていく。赤や青色の街灯が彼らを照らし出す頃、背後に違和感を抱いた雷蔵は右手に刀の柄を握りながら後方へ振り向いた。しかし彼が見たのは誰一人として歩いていないネオンに照らされた大通りのみで、「……気のせい、か」と一人呟く。
「……雷蔵さん? どうかしましたか? 」
「いんや。拙者の気のせいだったようだ。気配を読み間違えるなど、全く異な事よ」
「ふぅん……まあ、何もなかったならいいですけど」
先を歩くシルヴィを一瞥し、もう一度だけ雷蔵は背後を見やる。改めて虚空をその双眸に捉えた事を確認すると、彼らの姿は夜の帳に包まれた街の奥へと消えていった。
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<リヒトクライス騎士団・寄宿舎屋上>
「わぁ……」
騎士団の詰め所を出た後、何事も無く寄宿舎へ辿り着いた雷蔵たちは各自あてがわれた部屋へ解散する事となった。彼女――シルヴァ―ナ=ボラットは一人部屋を出て、夜風を浴びようと寄宿舎の屋上へと訪れている。シルヴィの視界には紺色の夜空に幾つもの青白い光が点々と空を飾り付けている美しい光景が映り、ショートパンツに麻の半袖シャツから伸びた彼女の手足に涼し気な風が触れた。
「綺麗……」
思わず、彼女はそう零してしまう。ふとした拍子に気配を感じ、シルヴィは背後を振り向いた。
視線の先には寝間着姿の凛とした女性、レーヴィン・ハートラントがいつの間にか立っており目が合ったと同時に彼女はシルヴィの隣へと歩みを進める。腰には夜襲に備えたのであろう、鍔の中心にに赤い宝石が埋め込まれた銀色の両刃剣を差していた。そして彼女はシルヴィの姿を見るなり地面に膝を着き、膨らんだ胸の前で両手を組み合わせながら跪く。レーヴィンの突然の行動に戸惑いを隠せないシルヴィを一瞥し、彼女はシルヴィの顔を見上げた。
「姫様。度々のご無礼、お許しください。このレーヴィン・ハートラント、我が主のご帰還を心してお待ちしていました」
「……やはり、貴女だったのですね。レーヴィン。いや……銀騎士ハートラント卿。あの事件の後、生き延びた事は知っていましたが……まさか騎士団を営んでいるとは思いませんでした」
普段のシルヴィとは違い、今の彼女は寝間着姿ながらも彼女の素性を確固たるものにする威厳が備わっている。レーヴィンは確かに彼女の事を姫君と呼び、そしてシルヴィはそれに応えた。
「姫様も、よくぞご無事で。このような場所で再びお会いできるとは思いませんでした。再びお目に掛かれた事、光栄に思います」
「私もです、ハートラント卿。同胞に会える事は旅を続けている私にとって、大きな支えになります」
跪いた体制からレーヴィンは腰の剣を彼女に差し出し、シルヴィはその剣を受け取る。銀の柄を握り、木製の鞘から刀身を引き抜くと剣腹をレーヴィンの右肩に乗せた。
「良くぞ……よくぞあの動乱から生還してくれました。貴女をお守りする主語騎士として、今ここに誓いを起てます。貴女にリヒトシュテイン王の加護があらん事を」
シルヴィから発せられた言葉を一つ一つ噛み締め、レーヴィンは目を閉じる。しばらくしてレーヴィンは立ち上がり、シルヴィから剣を受け取ると再び自身の腰に差した。
「……コホン。以後、このような事は無いようにします。誰かに聞かれていては元も子もありませんから」
「はい。よろしくお願いします、レーヴィン。でも、どうして私が"あの国"の姫だと分かったんですか? 」
「貴女の使っていた剣と剣術ですよ。華麗な身のこなしと細剣術、それに組み合わせられた肉体強化魔法。あのような戦術を使いこなす人間など、一人しかいますまい」
出会った時から既にほとんど素性は見破られていたのだろう、シルヴィは苦笑いを浮かべながら後頭部を掻く。その様子を見てレーヴィンも人形のような整った顔立ちに笑みを浮かべ、夜空を仰いだ。
「……それに、あの男……近衛雷蔵。彼のような頼もしい人物と旅をしている事を確認して、私は至極安心しました。あの時に貴女を……お守りできなかった事は私の一生の不覚。騎士として一生恥ずべき事です」
「そんなことはありませんよ、レーヴィン。私はただ全力を尽くして逃げました、ただそれだけです。そしてその延長線上に彼が……雷蔵さんがいただけ」
あの時、という言葉が発せられる度にシルヴィの表情は沈んでいった。姫君とそれに仕える騎士、という関係は既に消え去ってしまっていた。何せもうその国自体が乗っ取られているのだから。
「今は、一冒険者として貴女がたの依頼を請けた人間に過ぎません。レーヴィン、その事をお忘れなく」
「……えぇ。そうですね。私も騎士団を統べる一介の騎士として、目の前の問題を果たすまでです」
レーヴィンから発せられた答えに、シルヴィは笑顔を見せる。しかしその笑顔は、どこか儚げで。若干10代の少女が背負う過去には、重過ぎるもので。
「……では、私はそろそろ寝ますね。明日も早い事ですし」
「はい。では、また明日」
かつて仕えた騎士として、レーヴィンは悲し気な表情を浮かべる彼女が去る姿を見守る事しかできなかった。満天の星空の下で、一人孤独に残された彼女はただ立ち尽くす。
「……御守りできなかったご無礼を、どうかお許し下さい」
苦し紛れに放たれた一言が、ただ虚空に響いた。




