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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
Epilogue シルヴィ・雷蔵編 Call Me
122/122

最終伝: 雷蔵と呼ばれた男

<魔道連邦フレイピオス>


 男は、目を覚ます。

地面に寝かされていた身体を起こし、周囲を見回した。

雲一つない青空。

木々が生い茂り、小鳥のさえずりが心地良い。

自分はきっと、天国にいるんだろう。

だが、どうして?

どうして自分は天国にいるような事態に陥った?

そんな事を思う度、男の頭に頭痛が走る。


「俺は……」


空いた自分の掌を見下ろした。

やけにごつい、男らしい手だ。

自分の身体に視線を向ける。

灰色の胴着を身に纏い、腰には黒い鞘に収まった刀を差している。

その刀の存在が、より一層彼の頭痛を強めた。


「いっ……! 」


"生きてくれ"。

"俺の命をやる。だから、生きてくれ"。

違う男の声が、彼の頭の中に響く。

奇妙な声に苛まれながら、男は静かに足を動かし始めた。

ここが天国なら、自分はこんな頭痛に苦しむ訳もない。

自分はまだ、生きている。

おそらく、記憶を無くしているのだろう。

そんな事を思いながら、男は草原を歩き続ける。

腰まで届く長い黒髪が、薫風に揺れた。


"そうだ"。

"お前には、お前の幸せがある"。

"生きろ。俺達の分まで、生きてくれ"。

"雷蔵"。


足を一歩ずつ進める度、頭の中に響く声は次第に大きくなっていく。

何故、自分が声の主の命を背負わなければならないのか。

雷蔵とは、一体誰の事なのか。

そんな疑問を抱えながら、男は歩きづづける。

足を進み続けたその先に、会わなければいけない誰かが居る気がして。


「くそっ……。一体、どうなってるんだ……」


そんな事をぼやきながら、男は気だるそうに煌々と照り付ける太陽を仰ぐ。

こんな暑い日が、前にもあった気がする。

隣に、誰かを連れて。

瞬間、彼の脳裏にある少女の姿がフラッシュバックする。

長い銀髪を揺らす女の子だ。

彼を苛む頭痛は、更に酷くなっていく。


「誰なんだ、お前は……? 」


やがて彼の足は、整備された街道の上を進み始めた。

"進み続けろ。その先に、お前の守り続けたものがある"。

また声の主が、彼に告げる。


「鬱陶しい……! 」


口ではそう言うものの、脳裏に響く声は何処か懐かしい。

分からない。

俺は、一体何者なんだ?

そんな疑問が、彼の頭をよぎる。

街道を進む足は、より一層重くなっていく。

同時に、彼の脳裏には先ほどよりも多くの人間の声が響いた。


"その時は、お二人を守れるほど強くなって来ます!"

"乗り越える強さを持つんだ。今が正しいって言える勇気を持つんだ。そうすりゃきっと、お前だって乗り越えられる"

"君と言う友人を黙って見殺しにする訳にはいかないんだ!"

"安心しろ、俺達は勝つさ。勝たなきゃならねえ"

"テメェの命だ、テメェの好きにすりゃあいい。だが、後悔だけはするな。俺みてェにはなるな。命懸けてテメェに不満が無ェなら、誰も責めたりゃしねェさ"

"いいんだ、よ。俺、は、お前が……幸せな、だけ、で……"


男たちの声がする。

彼らの声を聴く度、何故だか心が安らぐ。

まるで、長年苦楽を共にしてきたかのように。

額から汗を流しながら、男は歩き続ける。

()()()()の声を背に。


"如何やら貴公と私は気が合うらしいな……! こんなに歓びを感じたのは久々だ!"

"一人の少女の為に、国を壊す覚悟はある?"

"いいか、まだ私はお前を信用した訳じゃない。先ほどお前の告げた事が真実でないと分かれば、即刻首を刎ねる"

"今も私達の命を背負っていてくれていた事が……嬉しいんです。そして、御免なさい。貴方をずっと、苦しめてしまって"

"大切な人の為なら傷つくのは怖くありません。たとえなんと言おうと、私が雷蔵さんを守ります。もう過去を恐れる必要は無いんです"


女たちの声が聞こえる。

時には自分を憎み、殺意を向けられることもあっただろう。

だが、楽しかった。

彼女らと過ごした日々は、決して無駄ではない。

自然と、男の瞳から涙が溢れる。

何故自分はこんなにも切ない気持ちに包まれているのだろう。

さっきから自分の頭の中に響き渡る、彼らの声は何なのだろう。


「俺は……」


そうして、男はある場所に辿り着く。

白い大理石の表面には何人もの名前が刻み込まれており、その碑の先は空へ真っ直ぐ伸びていた。

その石碑には、"人魔戦争戦没者慰霊碑"と記されている。

瞬間、男の頭痛が更に痛みを増した。

思わずその場でうずくまり、呻き声を上げる。


"乗り越えるんだ。この痛みを。そして思い出してくれ。雷蔵という男は、まだ生きているという事を"。


声の主がそう彼に告げた瞬間、不思議と頭痛が彼の頭から消え去った。

そして背後から二つの足音が聞こえ、男は立ち上がる。

何故だか、突然悲しくも嬉しい気持ちが彼の胸の内に込み上げた。

この匂いには覚えがある。

優しくも可憐な、香水の匂い――――。


「――――」


男は、恐る恐る背後を振り返る。

そこには先ほど彼の脳裏に現れた少女の面影を持つ銀髪の女性と、同じような銀髪を揺らす長身の男が立っていた。

女の手には紫のアネモネの花束が握られている。

彼女は男の素顔を見るなり、花束を地面に落とした。

自然と、男の両目から涙が溢れる。

分からない。

自分でも分からないのに、どうしてか涙が止まらない。


「――――教えて、くれないか」


男は、静かに口を開く。

もう、頭痛は無い。

溢れ出る感情の渦に、彼は支配されていた。


「どうして、君を見ていると……俺は涙が止まらないんだ……? 」


男の声を聴き、銀髪の女は彼と同じように涙を流す。

彼女の隣に立つエルフの男も、涙を流しながら笑みを浮かべていた。

そして、女がゆっくりと口を開く。


「――――それは」


彼女は耐えきれず、男に歩み寄る。

不思議と警戒心は無かった。

むしろ、男は彼女を受け入れる。


「それは……貴方が……雷蔵、さん、だからです――――! 」


()()は、涙を流しながら胸の奥に飛び込んでくるシルヴィを抱き締めた。

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