第百十九伝: また、出会う日まで
<花の都ヴィシュティア・式場>
そうして、一日ばかりの時が明ける。
白一色で染め上げられた教会は多くの人間が集まり、主役の登場を今か今かと各々の席で待ち望んでいる。
会場の裏には新郎新婦専用の部屋が用意され、そこに黒いタキシードに身を包んだ一人の青年が扉の前に立った。
フィランダー・カミエール。
若くして世界を破滅から守った英雄の内の一人で、数年経った今彼はより大人びた顔立ちと立ち振る舞いを纏っている。
黒縁の眼鏡を掛け、儀礼用の剣を腰に下げたフィルは白い扉をノックした。
「おう、入ってくれ」
内側から聞きなれた男性の声が聞こえた途端、彼は扉を開ける。
そこには彼と同じように礼服に身を包んだゲイル・ウィルバートに、スーツ姿のデフロットが居た。
そして主役の一人であるヴィクトールが何人もの使用人に囲まれ、新郎用の白い服に着替えようとしている。
「坊主! やっと来たか! 」
「おせーぞフィル。来ないかと思ったぜ」
「お世話になった人の結婚式に来ない訳ないだろ? そんな風に見える? 」
「あぁ、眼鏡なんて掛けてるから胡散臭さが増したな」
ゲイルが悪戯な笑みを浮かべながらそう告げるものだから、フィルは思わず彼と肩を組み合った。
幾ばくの年月を重ねても、彼らの関係は変わらない。
だが、互いの立場は大きく変わっていた。
人魔戦争の後、フィルの名は全世界に広まり彼の姿を追ってリヒトクライス騎士団に入団し始める多くの若者が後を絶たない。
そんな中フィルは惜しまれつつも騎士団を退団し、スカウトされていた特務行動隊への入隊を経ていた。
「ステルクは……やっぱり来てないか」
「僕が聞いてみたが、どうやら自分には来る資格が無いと思っているらしい。まだ、罪を償えていないと思っているんだろう」
デフロットの言葉にフィルは僅かに表情を俯かせる。
戦争の後、ステルクはロイに加担した重罪人として裁きを受け、罪を償う名目としてフレイピオスの魔導研究所マナニクスに収容された。
人工魔獣の貴重なサンプルデータを持つ彼は、毎日研究者からの解析を受けている。
まだ彼の刑期は終わっていないが、ある程度の面会や外出は許されていた。
「……だったら、いつまでも待ってやるっすよ。あいつは確かに消せない罪を犯した。でも、必死に藻掻いてるんなら俺達が居場所になってやらねえと」
「僕が居場所になるって言っちゃったからね。でも、その覚悟はありますよ」
「……彼は、いい友人たちを持ったようだ」
「はは、違いねえや」
話が終わったところで、ヴィクトールの着付けが終わり真っ白い礼服に身を包んだ彼が3人の下に姿を現す。
あまり着慣れない服のようで、襟元を何度も指で引っ張っていた。
「悪い、ちょっと席外して良いか? 着付ける前に一服したいんだ」
「それは構いませんが……時間、結構ギリギリですけど」
「少しくらい遅れたって罰は当たらねえや。そういう訳だ、ゲイル、坊主、ちょっと付き合え。団長、少しだけ待っててくださいよ」
「良いとも。僕は先に席へ着いてるよ」
デフロットに別れを告げ、ヴィクトールは使用人に一言断った後、のままフィルとゲイルを連れ出す。
教会の外に出るなり、煙草を口に咥えて火を点けた。
ヴィクトールに感化されるように、ゲイルも懐から煙草の箱を取り出す。
「なんだ、ゲイルも吸うようになったの? 体に悪いよ」
「まあ、時々な。いつも隣にいる上司がいちいち吸いに行くんじゃ、俺も伝染っちまうわな」
「嫌味かっつーの。……ま、こいつも大人になったって訳だ」
フィルが退団してから副隊長の座はゲイルに譲られる事となり、若干20代ながらも多くの部下がその背中に背負われていた。
隊長がヴィクトールなのは変わらないが、結婚を機にしばらくの休暇を与えられる事となっている。
男らしい精悍な顔つきになったゲイルは、こなれた様に煙を吐き出した。
「でも、意外だったんだぜ? お前が騎士団止めて、フレイピオスに行くなんてさ」
「正直、僕でも理由は分らなかったんだけど……。騎士団で任務をこなす度、あの人の……雷蔵さんの背中がちらつくんだ。自分がやれる事は何だろうって考える度、自然と雷蔵さんの後を追おうとしてる」
「……死者には、引き摺られるなよ。俺は、部下や友達が死ぬなんてもう御免だ」
表情こそ真剣なものの、ヴィクトールは縋りつくような声音でフィルに告げる。
それでも彼は、力強い双眸を向けた。
「僕は、あの人が守ろうとしてたものを守りたいだけです。死ぬつもりなんて、さらさらない」
「だと良いんだけどよ……」
二つの紫煙が、雲一つない青空に立ち昇る。
重苦しい空気に包まれた彼らの下に、2つの靴音が鳴り響いた。
その音の方向へ振り向くと、彼らと同じように礼服に身を包んだルシアと真っ白なウェディングドレスに身を包んだレーヴィンが其処に立っている。
3人を見るなり、彼女らは呆れたような表情を浮かべた。
「レーヴ、それにルシアも……」
「もー、何やってんですか? みんな待ってますよ、隊長の事」
「どこで油を売っているのかと思ったら……何をしている。煙草は止めるんじゃなかったのか? 」
「へへ、悪い悪い。結婚前の最後の一服さ」
「全く……その、お、夫が、妻を置いてけぼりにするものじゃないぞ」
妻と夫という言葉に慣れていないのか、初心な少女のようにレーヴィンは頬を紅潮させる。
そんな彼女を愛おしく思ったのか、煙草の火を消してヴィクトールはレーヴィンに近づいて手を握った。
「……待たせたな。ったく、どこのお姫様かと思った。綺麗だよ、レーヴィン」
「か、からかうんじゃない! 全く……」
不満げな表情を浮かべながら腕を差し出すレーヴィンに感化され、ヴィクトールは彼女と腕を組みながら先に歩き始める。
二人の初々しい様子を見ていたルシアは小さく黄色い悲鳴を上げながら、フィルとゲイルの間に立った。
「女はこういうの好きだよなぁ」
「何よ、ウェディングドレスは女の子の憧れなんだから。そういう事言ってるから彼女出来ないんだよ」
「い、痛いとこ言いやがって……」
「あはは、二人は変わらないなぁ。そろそろ僕たちも行こうか。式に遅れちゃいけない」
フィルはそう彼らに告げると、ヴィクトールたちの後を追い始める。
ルシアと並んで歩いている所で、彼女がフィルに耳打ちをした。
「……ねぇフィル。私も、待ってるからね」
「わ、分かってるって! 」
そんな言葉を交わしながら、3人もレーヴィンたちの後を歩き始めた。
教会に向かう道中で、フィルは背後に気配を感じ振り向く。
黒衣に身を包んだ金髪の青年が、笑みを浮かべながらフィル達とは違う方向を歩いている光景が映った。
不思議と、彼の正体が分かった気がする。
青年の意思を汲み取るかのように、フィルも口角を吊り上げながら再び足を進める。
「……待ってるから、僕も。また一緒に、ね」
雲一つない晴天に、男女を祝福する鐘の音が鳴り響いた。




