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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
最終章:Wanderers
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第百九伝: 我が剣は恩讐と共に

<第一研究室>


 瞑っていた目を、フィルはゆっくりと開ける。

迫り来る痛みに耐えようと腹を括っていたのだが、新たな感覚が押し寄せる事はない。

目の前に立つステルクは縦一文字の斬撃を彼に浴びせる事は無く、すぐ隣の床に剣を叩き付けていた。

肩で呼吸を整えながら剣を地面に落とし、周囲に甲高い音が鳴り響く。


「ステ、ルク……? 」

「はァッ……はァッ……!! 」


苦しそうな息遣いと呻き声を上げる彼の下にフィルは駆け寄った。


「大丈夫か!? ステルク! 」

「出来ない……俺には……ッ! 友を、殺す事など……! 」


苦し紛れに放たれた一言に、思わず身体を硬直させる。

正気に戻ったのか、ステルクの双眸はもう赤く光る事はない。

荒げていた呼吸を整えた後、彼はフィルに顔を向けた。


「……ありがとう、フィル」

「ステルク! 下に戻ったんだね! 良かった……本当に、良かった……! 」


一瞬だけ笑顔を向けていたステルクの身体は膝から崩れ落ちるかのように床に倒れ込む。


「お、おい!? 」

「す、済まない……少しだけ肩を貸してはくれないか……? 」

「人工魔獣としての拘束が解けたのか? 」

「……俺にも分からない。だが、一つ思い当たる節がある」


ゆっくりと立ち上がる彼に肩を貸しながらフィルは研究室にあった寝台に寝かせる。

ステルクの言葉に疑問を抱きながらも彼が落ち着くまで待つ事にした。

彼の身体の中で何が起こっているのか皆目見当もつかないが、それでも元のステルクに戻った事は事実だ。

多少なりとも覚えていた応急処置用の回復魔法を唱え、右手を彼に翳す。


「……もう、平気かい? 」

「あぁ、だいぶ楽になった。お前、回復魔法も使えるようになっていたとはな」

「自分で応急処置しなきゃいけない時もあったからね。前みたいな猪突猛進馬鹿じゃないよ」

「お前ら二人にはよく苦労させられたものだ。はは、懐かしいな」


以前のような笑顔を浮かべるステルク。

本当に彼が戻って来たことに安心したのか、フィルはその場に座り込んだ。


「それで、思い当たる節っていうのは? 」

「ロイの実験の事についてだ。本来、彼の対象にあるのは死者のみ。俺が奴に嘆願して実験を施してもらったのだが……それでも、ロイは方法を変えていた」


額に汗を滲ませながらステルクは淡々と言葉を口にしていく。


「その違いって? 」

「本来なら、実験は魔物の血液や体液と魔力核を混ぜた液体を実験体の体内に注入し、思考や運動機能を再開させる事だ。だが俺には魔力核そのものが注入された。体力が失われたのは、その副作用だろう」

「そんな……! じゃあ早く治療しないと! 」


フィルの焦りを制止するかのようにステルクは首を横に振った。


「その必要は無い。今は連合軍を助ける事が先決だ」

「でも……! 」

「安心しろ。幸い、この身体には現代の医療が効く。それに、俺の得た能力で彼らを助けられる筈だ」

「能力って……」

「呼応、と奴は呼んでいた。魔力核で動いている機械や物を全て俺の支配下に置く能力だ」


ようやく身体が楽になったのか、ステルクは寝かされていた寝台から起き上がる。

フィルは地面に落ちていた彼の剣を拾い上げ、柄を向けた。


「……本当に大丈夫なんだね? 」

「無論だ。今まで心配を掛けた隊長やゲイル達にも謝りたい。……それに、俺が殺してしまった人たちへの償いもな」


憂い気に虚空を仰ぐステルクに、フィルは剣の柄を握らせる。


「分かった、君を信じる。もう一度、僕たちと一緒に戦ってくれ」

「あぁ。この剣は、我が盟友達の為に」

「隊長たちは研究所を抜けたすぐ傍で戦っている筈だ。僕の馬を入り口に待たせてるから、それを使って」

「お前はどうする? 」


ステルクの問いに、フィルは雷蔵達が駆けあがっていった階段を見つめた。

再度、力強い笑みを向ける。


「雷蔵さん達を助けに行く。僕は、あの人たちと一緒に戦いたい」

「……死ぬなよ、フィル」

「君もね、ステルク」


それだけ言葉を交わして、両者は別の方向へ駆けだしていく。

お互いの事を信じ合いながら、フィルは第一研究室を抜け出した。


再度一人となったフィルは雷蔵達に追い付こうと階段を駆け上がっていく。

殺気を感じ取り剣を引き抜くと、侵入者を排除すべく数体の人工魔獣・スケルトンが姿を現した。


「おかしいとは思ったよ、1階に敵がいないのがね! 邪魔をするなァッ! 」


フィルよりも数段動きが遅いスケルトンの剣を屈んで避け、返す太刀で骸骨を粉砕する。

そのまま彼は一歩踏み込み、奥に居たもう一体のスケルトンを切り伏せた。


「遅い! 」


突き出された槍の口金を掴み、地面に叩き付けた後にそれを足掛かりにして空中に飛び上がる。

彼を仕留めようと無数の刃が襲い掛かるが、全て躱し切ってスケルトンの頭蓋骨を踏み潰した。


「キリがない……なら! 」


腰の魔道具を起動させた直後、フィルは壁に向かって足を突き出す。

滑り落ちるかと思われた彼の足は磁石のように壁にくっつき、そのまま駆け上がった。

突き出された槍がフィルの赤いマントを引き裂くが、構わず彼は体の向きを変えて走り始める。

無数の骸骨たちを跳び越えるかのように群れの一番後ろに到達したフィルは、挑発するかのように背後を振り返った。


「逃げるが勝ち、ってね! 」


そんな事を口にしながらフィルは階段を駆け上がっていく。

二階に到達したところで明記されていたルートとは別の廊下へ向かい、広い回廊へと到達する。

そこでフィルは足を止め、背後に迫っていた数体のスケルトンに向かって行った。


「はァッ!! 」


突然の出来事に対処できなかったのか、対峙した白い骸骨は成す術もなく粉々になっていく。

落ちた剣を拾い上げて左右からの斬撃を受け止めると、彼の隙を突くように追い付いたもう一体のスケルトンが槍を突き出した。

フィルはその一閃をバク宙する事で肉薄し、地面に足を着いた拍子に両手にあった剣を振り下ろす。

二体の魔獣は途端に灰と化し、槍を持ったスケルトンと対峙した。

呼吸を整えようと深い溜息を吐いたところで、弓を番えた無数の増援がフィルの視界に現れる。


「じょ、冗談でしょ……? 」


流石に身の危険を感じたのか、周囲に隠れられる場所が無いかと辺りを見回した。

だが広々とした廊下を選んだのは彼自身で、遮蔽物になるものはない。

溜息を吐きつつ、フィルは二振りの剣を構えた。


「やるしかない、か」


再度魔道具を起動しようと腰に手を回したその時だった。

スケルトンの群れに隣接していた煉瓦の壁が突如として崩壊し、弓を構えていた魔獣たちを巻き込む。

突然の事に驚きを隠せないフィルは唖然とした表情でその光景を見つめ、砂埃の中から二人の陰が現れる光景を目にした。


「んお? 兄貴の籠手を確かめてたら変なとこに出たぞ? 」

「ラーズ、少しは自重して……」

「ラーズさんにエルさん! 無事だったんですね! 」

「おぉ、フィルじゃねえか! お前こんなとこで何やってんだ? 」


意外にも能天気な声を上げるラーズに対して、呆れた表情を浮かべるエルがフィルと合流する。

傷だらけのフィルを見かねたのか、エルが彼の身体に触れた。


「ちょ、え、エルさん!? ぼ、僕にはその……ルシアがいるんですけど……」

「私もそんなつもりは無い。フィルが想像以上に傷を創ってたからそれを治すだけ」


マティアスとの闘いのせいで彼女の身体を包んでいた赤いローブはボロボロになり、今のエルの身体は鎧やスカートを除いてもある程度露出していた。

彼女との距離が近くなり、開けた太ももや谷間がやけに目に入ったのかフィルは目を逸らす。


「分かるぜフィル……。男ってのは辛いよな……」

「からかうのは止してくださいよラーズさん! 」

「どうかした、フィル? 」

「な、なんでもありません! 」


傷の治療を終えたのかすっかり元気になったフィルはまだやってくるスケルトンたちの気配を感じ取り、素早く二人の前に立ち塞がった。

彼の様子を察したのかラーズとエルも臨戦態勢に入り、廊下の入り口を見据える。


「閑話休題、だな。一先ずはこの骨野郎どもをぶん殴らなきゃいけねえらしい」

「殲滅は任せて。フィル、ラーズ、前をお願い」

「おう、鼠一匹通らせねぇぜッ! 早く雷蔵達に追い付かねえとなァッ!! 」

「任されました! 」


ラーズとエルを加えたフィルは、再び姿を現した魔獣の群れへと飛び込んでいった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<研究所・第3フロア>


 一方その頃。

ステルクの強襲から逃れた雷蔵たちは一歩早く研究所の3階に到達しており、フィルから託された最短ルートを通りながら廊下を駆け抜ける。

3つ目のフロアに上がった途端に白一色の壁と床に包まれた空間と化し、彼らの警戒心はより一層強まっていった。


「雷蔵! 右だ! 」


隣を並走していた椛からの警告よりも早く、曲がり角の陰から武装したゾンビが姿を現す。

人工魔獣の実験が施されているせいか肉体の動きが生きている人間と大差ないこの魔獣は、無慈悲にも雷蔵に剣を振り下ろした。

間一髪でその凶刃を手にした魔導銃の銃身で受け止め、すぐ傍にいたシルヴィがゾンビに向けて引き金を引く事で大事には至らない。


「すまぬ、椛。焦ったあまり踏鞴を踏んでしまった」

「気にするな、今はロイを止める事が最優先だ。しかし、その銃は……」

「あぁ、もう使い物にならん。ここに捨てていくさ。誰か弾倉を欲している者は? 」

「生憎、私のも平重郎殿のも使えない。姫様にお渡しした方が宜しいかと」


そうか、とだけ残して外した長方形の弾倉をシルヴィに手渡す。


「ありがとうございます。私もこれで最後だったので……」

「重要な時の為に取っておけ。無駄弾を使う必要はない」


シルヴィは弾倉を腰のベルトにマウントさせながら頷き、銃のスリングを肩に掛けた。

そのまま5人は再度走り始め、何事もなく第三実験室と書かれた部屋の前に辿り着く。


「ここを抜ければ、あとは階段を突っ走るだけだ。準備はいいな? 」

「当たりめェよ。背中は任せなァ」


平重郎の言葉と共に彼は頷き、扉を蹴破った。

実験室の中には先ほどと同じような巨大な水槽が鎮座されているのみで、あとは白一色の壁と天井に包まれている。

何もない空虚感がより一層不気味さを際立たせ、思わず雷蔵とシルヴィは息を呑んだ。


慎重に実験室の中へと入り、出口の確認をする。

だが彼らの視界には水槽や出口の扉だけでなく、二つの人間の陰が目に入った。

両者とも肌に生気はなく、雷蔵達が部屋に入った途端俯かせていた視線を上げる。


一人の方は鈍色の甲冑に身を包み、もう一方の男は黒一色の装束を纏っていた。

だが、黒装束の男にはもう一つ大きな特徴がある。

片方の腕が以上に大きく、クローのような大きな銀色の爪を携えている事だ。


「ッ!? 」

「あれは……」


その二人の男を見るなり、レーヴィンと平重郎が思わず驚嘆の言葉を口にする。

ハインツ・デビュラールとフィオドール・ヴァレンシア。

彼らの名前は、そんな名だった。


「――――来たか」


それだけハインツは口にすると、腰に差していた剣を抜き払った。

同じようにフィオドールも黒一色の両刃剣を手にし、血走った眼を平重郎だけに向ける。


「貴様らはこの部屋の奥に行け。用があるのはレーヴィンとそこの老人だけだ」

「そんな道理が罷り通るかと――――」


雷蔵の言葉を遮るかのように、平重郎とレーヴィンが彼らの前に躍り出た。


「レーヴ殿! 平重郎!? 何を……!? 」

「椛殿が言った通りだ。私達の目的は今、ロイの阻止だ。彼奴らが私達を指名したのなら、絶好のチャンスとも言える」

「で、でもそれじゃあ二人が! 」

「騎士の姉ちゃんの言う通りさねェ。なァに心配するな、直ぐに片付けてやる」


そう3人に告げてレーヴィンと平重郎がゆっくりとフィオドール達に近づいていく。

雷蔵たちが実験室を後にする様子を横目に、レーヴィンは愛用の剣を引き抜いた。


「何故だ……! 何故お前がここにいる! 」

「……ふざけて言えば、運命の悪戯、という奴だろうな」

「戯言を! お前だって、ロイが間違っている事ぐらい気づいているだろう!? 」


今まで沈黙を貫いていたフィオドールが口を開く。


「ごちゃごちゃうるせぇんだよォ、お前。俺達はテメェらぶっ殺す為にここにいんだ、それ以上の理由があるか? 」

「貴様だって……! 信念や魂がないのか!? 」

「止しなァ、お姉ちゃん。何を言っても無駄だ、戦うしかねェのさ」


レーヴィンの隣に立っていた平重郎が仕込み刀を逆手に握り締め、居合の構えを取った。

それに感化され、フィオドールは凶悪な笑みを浮かべる。


「来い、レーヴィン。今は全ての地位や名誉をかなぐり捨て、私を切り伏せてみせろ」

「……何度だって、呼び覚ましてやる! 行くぞッ、ハインツッ!! 」

「俺達も始めようやァ坊主! もう一度ぶった切ってやるさねェッ! 」

「こっちの台詞だ、クソジジイッ!! 」


嘗てフレイピオスで戦った4人が再度、刃を交えた。

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