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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
最終章:Wanderers
109/122

第百八伝: Imaginary Like a Justice

<研究所内・第一研究室>


 ラーズとエルが遅れて研究所に侵入する頃。

雷蔵たちは駆け足で研究所内を突き進んでおり、ロイの待つ最上階へと目指していた。

内部に人工魔獣が一体も存在しない事から不審感を覚えていたが、なりふり構わず6人は階段を駆け上がる。


「こっちで合っているんだろうな! 」

「はい! ブリーフィングの時にゼルギウス大統領から研究所の地図を受け取りました! 最短ルートはこっちです! 」


射影媒体は対象とした建物の内部さえも詳しく記録する事が出来る。

5階建てのこの研究所は螺旋階段と魔力核で動くエレベーターで各階層がつながっているが、エレベーターの方は火之加具土命を起動するエネルギーに回す為に停止させられていた。

息を切らしながら階段を登り終えると、二階に位置する開けた研究室に6人は出る。

第一研究室と記されたその部屋には幾つもの実験体が培養されている水槽があり、水槽からは幾つもの黒いケーブルが伸びていた。

だが、何よりも目を惹くのは水槽の中に陳列している実験に失敗した個体の無残な遺体だ。

一番後ろに立っていた平重郎が顔を顰め、鼻を覆う。


「こりゃあ、何とも悪趣味な部屋だねェ。血と肉の匂いがプンプンしやがる」

「一刻も早く目を背けたいものだな……」


レーヴィンの言葉に感化されたのか、足早にシルヴィや椛が第一研究室から抜け出そうと歩き始めた。

その隣で椛と雷蔵が周囲を警戒しながら進み始め、彼らの後ろを平重郎、フィル、レーヴィンが護衛する形となる。


「ロイはこの研究室で人工魔獣の解析や製造を行っていたらしいな。……全く、同じ人間とは思えん」

「……おぞましいです……。ち、ちょっと吐きそう……」

「無理はするな、シルヴィ。それに椛も。拙者の陰に隠れていろ」

「あ、ありがとうございます……」

「……礼は言わん」


シルヴィと椛の視界を覆うように雷蔵が並走し始め、ようやく前の3人は研究室の先へと抜け出した。

フィル達三人も彼らの後に続き、出口へと到達する。

その時だった。


「ッ!? 」

「フィル!! 」


各々が氷柱を背筋に突き立てられたような殺気を感じ取り、自身の得物を抜き払う。

本能的に振り返るとその先には、憎悪に満ち溢れた表情を浮かべる黒い甲冑の騎士――ステルク・レヴァナントがフィルと鍔競り合っていた。


「フィル君!? 」

「坊主! 」


平重郎とレーヴィンが驚いた様子を一瞥し、フィルは受け止めた憎しみの刃を弾き返す。

腰に携帯していた魔道具を発動すると、彼の身体を白い魔力が包み込んだ。

先に雷蔵達5人を行かせるかのように、自身の愛剣を彼らの目の前に掲げる。


「行ってください、皆さん。ここは僕が引き受けます。いや――――」


一度だけ振り返った後、フィルは笑みを浮かべた。


「――僕じゃないと、彼は止められない」


激しい憎悪を剥き出しにするステルクを見据えながら、フィルは愛剣の柄を再度握り締めた。

彼の覚悟を目にした雷蔵は、フィルの成長を肌身で感じながら先に続く階段へと振り返る。


「……待っているぞ! フィル! 」

「フィル君、任せました! 」

「……無茶はするなよ、カミエール」

「すまない、フィル君! 先に行かせてもらう! 」

「死ぬんじゃねえぞォ、坊主! 」


各々からの激励の言葉を受け、フィルは今一度真正面に映るステルクに向かって行った。

再び両者は刃を交わし、互いの双眸を見据える。

ステルクの目は憎しみに囚われたまま、赤く光り輝いていた。

既に5人の姿は無く、この場にはフィルとステルクが残される。

ステルクの剣を弾き返した拍子に、彼はもう一度ステルクの目を見据えた。


「ステルク……。どうしても、君は僕に刃を向けるんだね」

「最初から分かり切っていた事だ。ここに嘗ての俺はいない。今の俺は、貴様ら人間に刃を向ける人類種の敵――」


再度、両者は鍔競り合う。


「――ステルク・レヴァナントだ! 」


ステルクの剣を弾き返したところで、身体を捻転させて横殴りの斬撃を加える。

フィルの剣が彼の胸当てに火花を散らし、更にもう一歩前へ踏み込んだ。


「はァッ!! 」

「っゥぐゥッ!? 」


怒涛の連撃にステルクはフィルの剣を受け止める事しか出来ず、一歩、また一歩と後方へ退いていく。


「ステルク! 僕はもう迷わないッ! 君を連れ戻す! 君を在るべき姿に戻すッ!! 」

「戯言ォッ!! 」


一瞬の隙を見計らい、ステルクの拳がフィルの頬を捉えた。

思わず彼の体勢が崩れ、地面に膝を着く。


「連れ戻すだと!? 馬鹿を言うなッ! 俺はもう、人類に刃を向けた敵だ! そんな甘い事を抜かすなら、ここでお前を殺してやるッ!! 」


ステルクの回し蹴りが炸裂し、フィルの身体を後方へ吹き飛ばした。

地面に転がりながらもフィルは体勢を立て直し、次に来る追撃に備える。

彼の視界には、憤怒の表情と共に剣を振り上げる友の姿が映った。

フィルが士官学校という新たな舞台に身を投じた際に、初めて出来た友人の一人だった。

だが、その親友の面影はない。

肉親を失い、復讐の念に駆られている男の面影だった。


「甘えているのはどっちだァッ!! 」


迫り来る銀の刃を受け止める。

互いの得物が火花を散らし、鎬を削り合う。

その拮抗を打ち破り、フィルは剣先を振り上げた。

彼の剣は確かにステルクの頬を掠り、数滴の赤い雫を周囲に撒き散らす。


「妹の、シェルナの死を言い訳に甘えているのは君の方だッ! 君がいくら憎しみを撒き散らしたところで、彼女は戻らない! 彼女は死んだんだ! 」

「喋るなァァァァッ!!! 」


図星を指されたように、ステルクは激昂した。

彼の身体からドス黒い魔力が生成され、やがてその範囲は研究室にあった死体までも包んでいく。

ステルクの魔力に充てられたのか、その実験体の成れの果ては次第に動き始めた。

意思を得たと同時に、その遺体たちはフィルに向かってくる。


「これは……!? 」


目の前の光景に驚きつつも、フィルの剣は動き出した死体の急所を貫いていく。

人型ならば首を斬り落とし、獣の形をしたものなら四肢を斬り落とす。


「シェルナは世界に殺された!! 救うべき人間を、奴らは見放したッ!! これは復讐だ! 世界へのなァッ!! 」

「ぐ、ゥッ!? 」


死体たちに気を取られている隙を、ステルクが的確に突いた。

肩口、腿、手首と彼の冴えわたる剣技がフィルの身体にダメージを与えていく。

鎧に身を包んでいる為か血は流していない。

しかし、剣を握る力は確実に削がれている。


「このッ――――」


それでもフィルはステルクの剣を受け止め、空いた拳でステルクの頬を殴りつけた。


「馬鹿野郎ォォォォッ!!! 」


再び、両者の間に鮮血が宙を舞う。

ステルクの身体は殴られた反動で体勢を崩し、彼を取り巻いていた周囲の死体もやがて力を失った。


「自分だけが特別だと思うなァッ!! 今この時だって、みんな必死に自分の守るべきものを守ろうと戦っている! それを、個人の憎しみで潰されてたまるかァッ!! 」

「貴様ァッ!! 」

「もう一度僕にその剣を向けてみろッ!! ステルクッ!! 」


ステルクは縦一文字に剣を振り下ろし、それをフィルが受け止める。

彼の刃を受け流した後、空いた左手でステルクの剣腹を叩き落とした。

その拍子にステルクは地面を飛び上がり、フィルに空中で回し蹴りを浴びせる。


彼の身体は地面を転がりながら、やがて水槽へと叩き付けられた。

ガラスのヒビが入るも一瞥し、地面に突き刺さった剣を引き抜いたステルクを見据える。


再度、両者は鍔競り合う。

ステルクの剣を弾き返した返しの太刀を横殴りに振るうも縦に構えていたステルクの剣に受け流され、反撃として横一文字の一閃が振るわれた。

それを身を屈むことで回避し、同時にステルクの剣が水槽のガラスを打ち砕く。


ガラスの破片と培養液が周囲に舞った。

それでも尚、二人の剣が止まる事は無い。


フィルは近くにあった研究用の資材を足掛かりにして飛び上がり、落下の反動と共に剣を振り下ろした。

地面にひびが入る程の衝撃がステルクを襲うが、負けじとその攻撃を弾き返す。


「苦しみを、憎しみを一人で抱え込むな! それは、君を誤った道に導いていくッ! 」

「とうの昔に間違っていたさ! もう、戻れないんだよ!! 」


フィルとステルクは再び激突する。

一度剣を弾いたあとフィルはステルクの懐に踏み込み、身を屈めた後に剣を振り上げた。

両者の得物が、互いの頬の肉を削る。

熱を伴った痛みが彼を襲うが、構わずフィルは身体を一回転させて剣を突き出した。


「ぅぐゥッ!? 」

「おォォォォッ!!! 」


フィルの勢いを止められなかったのか、彼の刃は確かにステルクの上腕を捉える。

鮮血が噴き出し、ステルクは痛みに顔を歪めた。


「何を恐れているんだ! 君だって戻れる! またあの日のように、笑い合える時が来るんだ! 」

「周りに人間が居る貴様に、俺の気持ちが、想いが分かるかぁぁぁッ!!! 」

「分かるさッ!! 僕だって一度全てを失った! 父さんも母さんも、僕の妹だって理不尽に殺された! 」

「ッ……喋るなァッ!! 」


フィルが放った一閃を宙に飛ぶ事で躱し、地面に着地する勢いのまま回し蹴りを浴びせる。

フィルの身体は地面に転がされ、口の中が切れた。

それでも彼は立ち上がる。

口元の血を拭い、剣先を下ろした。


「全てを憎んださ。ルシアにだって当たり散らした。家族を殺した奴に必ず復讐してやるって思ってた」


彼の脳裏に雷蔵やシルヴィ、レーヴィンの顔が浮かぶ。

共に支えてくれたゲイルやルシア、ヴィクトールが居なかったら彼はここまで来ることは無かった。

ゆっくりと、ステルクに歩み寄る。


「でも、それは間違ってた。力の使い方を誤って危うく死にかけてた所に、雷蔵さん達がいた。彼らの背中を追っていったら、ゲイルや隊長、君にも出会えた。人は変われるんだよ、ステルク」

「黙れ……! 」

「君は、嘗ての僕に似ている。僕が変われたように、ステルクも本当の強さを手に入れられるんだ」

「うるさいッ! 黙れ黙れ黙れェッ!! 同情の言葉なぞ聞きたくないッ!! 」


怒り、悲しみ、喪失感。

全ての負の感情を露わにしながら、ステルクは剣を振り回した。

フィルの身体に幾つもの切り傷が刻まれる。

痛みに顔を顰めながらも、フィルは笑みを消さない。


「もう戻れないと言ったね、ステルク。大丈夫、僕たちが要る。僕が、僕たちが君の居場所になる」

「やめろ……! 来るな……! 来るなァっ!! 」


やがて、両者の距離は縮まった。

恐怖に怯えながら振り回される剣を、フィルは素手で掴む。

嘗て、レーヴィンが旧友を説得してみせたかのように。

深紅の鮮血がフィルの右手を染め上げた。


「ぐっ……! 」

「な、何を……!? 」

「世界を敵に回すなら、まず僕を殺していけ。親友に殺されるなら、僕は本望だ。信じた友達の為なら、僕は命だって懸けられる」


フィルはステルクの剣から手を離す。

得物を腰の鞘に納め、両手を広げた。


「君が本当に世界を壊すなら、僕を殺せ」


ステルクの顔が苦痛に歪む。

片方の目からは涙が零れ落ち、もう片方は酷く怒りに満ちている。

彼は今、戦っている。

己の葛藤と本能と共に、元に戻ろうとしている。


「う……う、おぉぉぉぁァァァァッ!!! 」


そしてステルクの剣は、振り下ろされた。

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