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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
最終章:Wanderers
108/122

第百七伝: 英雄

<中庭>


 ラーズよりも重厚な鎧に身を包んだ彼の実兄、ギルゼン・バルツァー。

それに加えて、エルの義姉であるインディス=ガラドミア。

嘗て国の存亡を懸けて戦った宿敵とも言える二人が、ラーズ達を守るかのように立ちはだかっていた。


「あ、兄貴……どうして……? 」

「こんな面白い事をしてるんだ。俺達も混ぜろよ」

「義姉さん……」

「あの時は助けられなかったけど、今は力を貸せる。さ、二人とも立ってねぇ」


エルは紫色のローブに身を包むインディスに手を貸してもらいながら立ち上がる。

マティアスも彼らの登場は予測していなかったようで、僅かばかり驚愕の表情を浮かべていた。


「ほぉ……。こいつはまた、随分と趣味の悪い複製を創られたもんだな」

「そうねぇ。かつてあの男に味方に付いていた私達が本当に馬鹿に思えるわ」

「ギルゼン……お前……」


マティアスがそう口を開いたところで、ギルゼンは彼に視線を傾ける。


「マティアス・バルツァー。俺達一族の、セベアハの村の大英雄。その男が人類種の敵に蘇生され、寝返るとは皮肉なものだ」

「……久しぶりじゃねえか、ギルゼン。あの青二才が、ここまで大きくなるたぁな」

「そうやって情に訴えるつもりぃ? 生憎だけど、私達もそこまで余裕がないのよねぇ」

「インディスちゃんも。良い女になったな」

「お褒めに授かり、光栄ですよぉ。……でも」


言葉を連ねながら、インディスも同じように杖を握る力を強めた。

新調した鎧とローブが風に靡く。

2人にとってもマティアスは憧憬の対象であり、それをロイによって辱められている事に変わりない。


「エルちゃんとラーズくんを傷つけるのなら許さないわぁ。ねぇ、ギルゼン? 」

「俺は別にどうでも良い。因縁の相手に、一矢報おうとしただけだ」

「素直じゃないのねぇ」


インディスが隣で微笑む姿を一瞥し、ギルゼンは肩に担いでいた斧の先を向ける。


「俺はお前を親父とは思わん。親父はこんなくだらない争いに手を貸すような男じゃない。俺の親父は、息子とその幼馴染を守って散ったオークの英雄だった」


ギルゼンの双眸に、覚悟が宿った。

同時に隣に立つインディスも普段の表情から打って変わり、対峙するマティアスを睨み付ける。


「――一族の誇りまで穢させる訳にはいかん。覚悟しろ、寡作。俺が、俺達が貴様を打ち倒す」

「……面白い」


その言葉を耳にし、再度マティアスは凶悪な笑みを浮かべた。


「さて、俺達は奴と戦うつもりだがどうする? そこで指を咥えて見ているか、二人とも? 」

「兄貴……」

「別にお姉さんたちに任せてくれても良いんだけどねぇ。ここで引き返してもいいのよぉ? 」


挑発とも汲み取れる二人の発言に、エルとラーズは再び立ち上がる。


「いきなり割って入られた連中に、戦いを邪魔されちゃあいけねえ。エル、やれるな」

「……勿論。もう失態は繰り返さない」

「良い答えねぇ」


途端、インディスはギルゼンの名前を口にした。


「私とエルちゃんが後衛を務める。アナタとラーズくんは、存分に戦ってちょうだい」

「言われるまでもない。ラーズ、俺の動きに合わせろ」

「俺に命令すんなよ、兄貴」


4人が結託する光景を見るなり、対峙したマティアスは大剣の柄を再び握り締める。

緊張した空気が、両者の間に流れた。

ラーズが一瞬だけ息を吸う。

瞬間、ギルゼンとラーズがマティアスへ向かって行った。


「うらァッ!! 」


まず最初に、ギルゼンの斧とマティアスの大剣が火花を散らす。

お互いの最大限の力を使って振るわれる得物は地鳴りのような轟音を撒き散らし、周囲に突風を生み出した。

しかし、それに臆するラーズではない。

ギルゼンの背後に隠れながらマティアスへと近づいていた彼は、実兄の創り出した確かな隙を突こうと拳に力を込める。


「ッ!! 」


声を殺した、気迫の拳。

全身の力を集中させた右腕は確かにマティアスの脇腹を捉える――。


――筈だった。


「いい作戦だ。即興で思いついた割にはな」


だが、とマティアスが言葉を口にした瞬間ラーズの身体は後方へ吹き飛ばされる。

彼が直接触れていないのにも関わらず、だ。


「ラーズ! ちぃっ! 」

「余所見してんじゃねえぞォッ!! 」


余力を存分に残していた、と言わんばかりにギルゼンの斧は弾き返されマティアスの凶刃が彼の鎧を捉える。

堅牢な鋼の甲冑は致命傷こそ防いだものの、一瞬で拉げた。


「くそぉっ、何だってんだ!? 何もしてねえのに俺を吹き飛ばしやがった……! 」


地面に膝を着きながらラーズがマティアスを睨み付けると、彼の両隣から二陣の風がすり抜ける。

可視化された疾風の刃は間もなく対峙した相手の元へ殺到するも、腕を一振りするだけで魔法の風を弾き返した。


「嘘、弾き返し――」

「させない」


驚きの表情を浮かべている隙を突かれたのか、魔法の発動主であるインディスの下に反射された風の刃が迫る。

それをエルは彼女の前に立ちはだかり、詠唱を無視して魔法陣を右手の先に発現させた。

疾風の鎌鼬を防ぐことで簡易的な魔法障壁は崩れ去り、素早く二人はその場から飛び退く。


「ラーズ! ギルゼン! 二人は奴の気を引いて! 義姉さんは私とこっちに! 」

「何を……? 」

「エルを信じろ! 今は俺たちが親父の相手を――」

「そう簡単に行かせる訳ねえだろ、この大馬鹿共が!」


エルが考えついた作戦を打ち砕くかのように、マティアスはインディスたち二人の下へ飛び上がる。

一瞬で対象の下へ移動する事さえも、彼にとっては造作もない。

人工魔獣の力は文字通り人間離れした身体能力を与えていた。

縦一文字に振り下ろされる無慈悲な一撃。

エルとインディスはその重撃を見つめる事しか出来ない。


――しかし。


「っ……! 親父がこの二人を殺そうとしても、俺がやらせねェッ……! 」


銀色の籠手で覆われたラーズの両腕がマティアスの刃を受け止める。

段々と迫り来る大剣を睨み付けながら、彼は両足に力を込め直した。


直後ラーズは全身の力を以てマティアスの得物を弾き返し、僅かばかりだが隙を晒す。

瞬間身を低く屈め、彼の懐に潜り込んだ。


「何、消え――」

「遅ェッ!! 」


魂を握り締めるかのように右手に力を入れ、一気に振り上げる。

渾身のアッパーカットは確かに、マティアスの顎を捉えた。

拳に走る、肉を殴りつける生々しい感覚。

マティアスの巨体は宙に舞う。

地面に倒れるまで数秒、このまま倒れてしまえば次に反撃できるのは何時になるか。


そう危惧したラーズは更に一歩、もう一歩と足を伸ばした。

もう手加減はしない。

俺の親父は死んだ。

そう自分に語り掛けるように、ラーズは更に拳を振り上げる。


「でぇェェィィッ!!!! 」


咆哮。

そして鈍音。

二つの痛々しい音は、この戦いの空間に響き渡った。


ラーズの拳によって叩き付けられたマティアスの身体は砂埃に包まれる。

仕留めた。

自らの拳で、自らの運命に打ち勝った――――。


「――甘い。まだまだ、俺には及ばねぇ」


ラーズの耳に声が響く。

聞き覚えのある声だ。

いつも自分を厳しく叱った、あの声が聞こえる。

瞬間、彼の頭は土煙の中から伸びてきた巨大な手に捕まれた。


「が、あぁっ」


その手に込められる絶大な力が、ラーズの頭を物理的に握りつぶそうとしている。

想像を絶する痛みに、途切れ途切れの叫びを彼は上げた。


「ラーズ!! 」


一目散にマティアスへと駆けるギルゼン。

彼をカバーするかのように、背後でインディスが魔法の詠唱を開始する。

トップスピードのままギルゼンは手にした斧を振り上げ、彼の拘束を解こうとした。


「無駄だ」


子供をあしらうかのように空いた手をギルゼンへ向けると彼の身体は再び後方へ飛ばされる。

まるでマティアスの周囲に壁が存在するかのような違和感を感じ取ったギルゼンは、インディスに視線を向けた。


「氷槍よ」


彼女が魔法を発動したタイミングでギルゼンは裏を掻くように背後へ周り、斧を振り上げる。

その一撃を読まれていたのか、マティアスは器用にもラーズの頭部を掴んだまま左方へ飛んだ。


「やはり……! 」

「は、なし……やが、れェッ……! 」


ようやく意識を取り戻したのかラーズもマティアスの腹に蹴りを入れて抵抗する。

彼の抵抗を嘲笑うかのようにマティアスは再度腕に力を込め、ラーズの頭部に力を加えていった。


「あ、ぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!! 」


激痛。

今一度意識が遠のきそうな彼の攻撃に、ラーズは絶叫する。

ラーズの身体はそのまま地面に落とされ、鈍い音を立てた。


「インディス! お前はラーズの治癒に専念しろ! エル! 俺に合わせろ! 」


ラーズがやられた事で焦りを感じたのか、ギルゼンが3人の盾になるようにマティアスと対峙する。


「仲間がやられたから焦ってるんだろう? 」

「黙りやがれェッ!! 」


怒りを剥き出しにしながら飛び上がるとギルゼンは手にした斧を振り上げ、マティアスの脳天目掛けて振り下ろした。

大剣と戦斧が火花を散らしている光景を横目に、マティアスと視線を交わす。


「確かに怒りに身を任せる事も大切だ。ただそれは……格上の相手にする事じゃない」

「なっ――」

「遅いぞ、ギルゼン」


身の丈ほどある戦斧を軽々と弾き返し、大剣の刃がギルゼンの肩口目掛けて振り下ろされた。

一度半壊した鎧を易々と打ち砕き、ギルゼンの左肩の肉を抉り取る。


「ぐ、ぅぅっ……! 」

「ギルゼン! 」

「来るなァ! お前は……ラーズの治療に専念するんだ……! 」


肩の傷から溢れんばかりの鮮血を一瞥し、片手で戦斧を構えた。

荒々しい呼吸を整えながら、奥歯を嚙み締める。


「へへっ……後ろががら空きだぜ……! クソ親父……! 」


苦し紛れの笑みを浮かべながらギルゼンはそう言い放ち、既にマティアスの背後へと移動していたエルへ視線を向けた。

既にマティアスへ向けて魔法陣を展開しながら飛び上がっており、存在を確認させない為に詠唱も行ってはいない。

威力はその分弱まるが、一撃を与える分には申し分ない。


「甘いな、エルちゃん」


そんな声が響いた気がした。

瞬間、エルの全身に鉄板を押し付けられたような激痛が走る。

彼女の視界には鮮血が飛び散る光景が映り、それが自分のものだと気づいた時には既に地面に倒れていた。


「そ、んな……? どう、して……? 」

「……!? エルちゃん!? 」

「インディス、余所見をするなッ!! 」


ラーズに治癒魔法を施していたインディスが傷を負ったエルに気づき、治療を続けながらも一瞬のスキを晒す。

その瞬間にマティアスが彼女の元へと移動し、血濡れた大剣を肩に担いだ。


「……あ……ぁ……」

「先ずは一人。お前らの甘さのせいで死ぬ」

「インディスッ!! くそっ、間に合えェッ!! 」


嘗てのオークの英雄と呼ばれた面影は何処にもなく、夕日の陰に映るその姿はまさしく悪魔の名に相応しい。

振り下ろされる大剣と共に、インディスは目を閉じた。


――――しかし。


彼女の前方から聞こえるのは、自身を切り裂く音ではなかった。

何かを殴りつけたような鈍い音だった。


「ほう……! それでこそだ……! 我が息子よぉ! 」


先ほど意識を失ったラーズがインディスを守るかのように立ちはだかっている。

頭部からは血を流し、体のあちこちから血を流していた。

それでも、戦士は立ち上がる。


「それだけ血を流しゃ、立ってるのもやっとだろう。来いよ、決着をつけてやる」


額に伝う血を手で拭い、ラーズは拳を構える。

自分はまだ負けていない。

そうマティアスに知らせるように、彼は再度目を見つめた。


「インディス。エルを頼む。彼女の傷は浅い」

「……わ、わかった! 」


インディスがエルの下へ向かうと同時にラーズも動き始める。

ラーズは今一度踏み込み、同じく拳を突き出したマティアスへ右腕を突き出した。

両者の拳がぶつかり合い、彼の籠手にヒビが入る。

なりふり構わずラーズは横殴りに左拳を振るうと、再度その一撃も受け止められた。


「まだ終わりじゃ――」


両者の力が拮抗したまま、ラーズは頭を後ろに振りかぶった。


「――ねぇぞォッ!! 」


マティアスの鼻柱目掛けて額を叩き付け、鮮血が周囲に飛び散る。

打撃を与えた鼻から骨の折れる音が聞こえるが、続けてラーズは身体を捻転させた。

体勢を崩したマティアスの右頬目掛けて身体全体の勢いを駆使した蹴りを浴びせると、あれだけ立っていたマティアスもようやく地面に倒れる。


「逃がさねぇっ!! 」


倒れ込んだマティアスに更なる一撃を加えようとラーズは全身の力を振り絞って駆けた。

だが彼の身体は今一度吹き飛ばされ、再度地面に叩き付けられる。


「ね、義姉さん……? 」

「エルちゃん、喋っちゃダメ! 傷が……! 」


ラーズとマティアスが再び激闘を繰り広げている最中、エルが身体を起き上がらせた。

インディスの回復魔法を受けていても、視界が安定しない。


「目を覚ましたなぁ、エルちゃんよォッ! 」

「行かせるかァッ!! 」


エルの気配を察知したマティアスが、止めを刺そうと大剣の柄を掴み取る。

2人に刃が届く寸前にラーズが立ちはだかり、縦一文字の斬撃を両腕の籠手で防いだ。

籠手のヒビは更に深く刻まれる。

それでも尚、ラーズは一層両腕に力を込めた。

そして一度、彼は背後に目を配る。


「ラーズ……」


後は任せた。

そう言わんばかりに彼はエルと視線を交わし、マティアスに向かって行く。

ラーズの問いに応えるかのように彼女は立ち上がった。


「うぉぁぁァァァァッ!!! 」


真正面へラーズは駆け、再度マティアスの大剣と鎬を削る。

瞬間マティアスの背後が揺れ、彼の口から紫色の血液が吐かれた。


「――兄貴! 」

「邪魔を、するなァッ!! 」

「ぐ……ァあっ!? 」


戦斧による一撃を加えたのにも関わらず、マティアスは依然としてラーズと対峙している。


「ラーズ……! 意識外からの攻撃だ……! それで奴の能力は……効かなくなる……! 」

「無駄口をォッ、叩くんじゃねぇッ!! 」

「兄貴ッ!! 」


マティアスの身体に組み付きながらも決死の覚悟でギルゼンはそう叫び、拘束を解かれた拍子に大剣で胸を切り裂かれた。

ギルゼンが創り出した一瞬の隙を突くようにラーズは駆け、マティアスの懐に飛び込む。


「こいつ……ッ! 」


マティアスが反応するよりも早く、渾身の一撃を叩き込んでいく。

腹部、顎、右頬、左頬。

そしてマティアスが防御の姿勢を解いた事を瞬時に読み取り、ラーズはギルゼンを抱えながら後方へ飛び退いた。


「エルッ!! 」

「祖は風。個は槍。集え、風王の槍の下に。具現せよ、王の威光。呼応せし魔導の奔流。一陣の風は彼の槍の先に宿る――――! 」


杖の先に緑色の魔法陣を展開しつつエルは空いた手で印を切り始めた。

彼女の印はやがて魔法陣をも包み込み、球体の魔法術式を組み上げる。


完全詠唱(フルスペル)

魔導士の力を結晶し、可視化する事で更に魔法の威力を上げる技術の一つだ。


砂埃に身を隠すマティアスへ発現した魔法の風を纏う槍を向け、そして振りかぶる。


「――――穿つ(ルーフェン)ッ!! 風王の豪槍(ヴァンヴリーゼ)ェッ!!! 」


手にした魔法の槍を砂埃へと投擲し、地面に刺さった瞬間に突風が巻き起こった。

その風は周囲のものを全て切り裂く巨大な鎌鼬を発生させ、同時に魔力爆発を起こす。

砂埃が周囲に舞った。

その砂塵の奥には未だに立っている傷だらけのマティアスが見える。


「……止めを刺せ、馬鹿息子」


その言葉が、引き金となった。

目に涙を浮かべながらラーズは右の拳を握り締めた。

"脇を締めろ"。

"相手の隙を読め"。

"足は常に左脚を出せ"。

かつて父から教わった教訓を脳裏に浮かべながら、拳を振り抜く。


「馬鹿野郎……敵に止めを刺す時に、泣く奴があるか……」

「くっ――」


嘗ての憧れであった父をその手に掛けなければならない宿命。

その宿命を呪いながら、ラーズの拳は確かにマティアスの顔面を捉えた。




「――そぉぉぉぉぉっ!!! 」




鈍く、重い音が周囲に響き渡る。

マティアスの身体は地面に倒れ、大の字になって寝ていた。

ラーズは直ぐに彼の下へ駆け寄り、ギルゼンやエル、インディスも彼に続く。


「親父っ! 」

「……へへっ……痛ぇじゃねえ、か……馬鹿野郎……! 」

「親父……俺っ! 俺は! 」


ラーズの両目から大粒の涙が流れる。

マティアスは子供のように泣きじゃくる彼の頭に、乱雑に手を置いた。


「泣き虫なのは、変わっちゃいねえな……。だが、強くなった。お前の一発、効いたぜ」

「……ずっと、俺は親父の背中を追っかけてた。でも俺のせいで死んじまって……そんな自分の弱さが、嫌いだったんだ」

「いいんだよ。息子(ガキ)の為に命張ったんだ……。父親なら、誰だってそうする」

「マティアス、さん……」

「よぉエルちゃん……それに、インディスちゃんも……良い女になったな」


エルは空いたマティアスの手を強く握りしめる。

何処か生気を感じられない手の感触を確かめながら、マティアスを見つめた。


「ギルゼン。お前もお前の弟も、強くなったな。頼むぞ、皆の事」

「……任せておけ、親父。もう、すれ違う事はない」


マティアスの身体が、段々と灰と化していく事にラーズは気が付く。

変わらない父の掌を握りながら、涙を拭った。


「親父。俺、セベアハの村の村長になるんだ。それに、ゼルマと結婚する。ありがとう、親父……今の俺があるのは、間違いなくアンタのお蔭だ」


彼からの言葉を聞いた瞬間、マティアスの目から一筋の涙が流れる。

そして満面の笑みをラーズに向け、口を開いた。


「……幸せにな。ラーズ」




そうして、彼の身体は完全に消滅する。

灰はやがて宙に舞い、空の彼方へと消えていった。

しばらく地面を見つめた後、何か思い出したかのようにラーズは立ち上がる。


「ッ! そうだ、俺達も行かねえと! 」

「そうだった……雷蔵たちが先にあの中へ向かってる。行かなきゃ」

「……インディス、治療を頼めるか」

「はいはい、止めても行きそうな雰囲気だしねぇ」


魔法術式を展開し、マティアスとの戦いで得た傷を癒すように球体の魔法陣が4人を包んだ。

瞬く間に傷が癒え、先ほどの痛みが嘘のように消え去る。

そうして治療を終えた所で、ギルゼンがラーズの肩を叩いた。

彼の手には先ほど彼が装備していた籠手が握られており、ラーズに手渡す。


「兄貴……」

「持って行け。ロイを倒すなら、今のお前に必要なものだ」

「あぁ。ありがとう、兄貴」

「義姉さんたちは連合軍の基地に戻って。出来るなら、私達の仲間を助けて欲しい」


エルの問いに応えるかのようにギルゼンは斧を肩に担ぎ、二人に背を向けた。

インディスも同じように彼に寄り添い、儚げな笑みを浮かべる。


「行ってこい。世界は、お前たちの手に懸かっている」

「お姉さんたちが、貴方達を守るから」


ギルゼンとインディスの言葉を背に、ラーズとエルは研究所の内部へと入っていく。

一陣の荒野の風が、4人の間に吹き荒んだ。

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