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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第五章: 守護者たちの軌跡
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第百五伝: Core Pride

<ヴィダーハ平原・連合軍前線基地>


 吹き荒ぶ荒野の風。

噎せ返るような硝煙と鉄の匂い。

人類の存亡を懸けた戦いの狼煙を上げるのには、あまりにも殺伐とした景色だった。

約三日という休息を経て雷蔵は最終決戦の地であるヴィダーハ平原に辿り着くなり兵舎に入り、持ち込んだ荷物を広げる。


一度身に纏っていた灰色の胴着を脱いでから荷物の上に置いてあった黒い産籠手に右腕を通した。

器用に片手で紐を一つ一つ結んでいき、彼の太い腕が黒い布に包まれる。

彼はそのまま立ち上がり、胴着を再び身に着けた。


その後すぐ傍にあった脛当て、佩楯(はいだて)、籠手を順当に装備し最後に黒い胸当てを手に取る。

鉄製の甲冑が彼の身を包み込み、程よい重さが肩に圧し掛かった。

両肩の当世袖が擦れるが、一瞥して黒い陣羽織に手を伸ばす。


黒一色の陣羽織に腕を通した後に両肩を回した。

自由に動かせることを確認した雷蔵は最後に立て掛けてあった愛刀・紀州光片守長政の太刀と脇差を佩楯の腰ひもに差す。

更衣室の立て鏡に映る自分の姿は黒一色に染まり切っており、まるで死神の様だと自嘲気味に笑みを浮かべた。


だが。

死神が、嘗て多くの首を斬ってきた男が世界を救うのも悪くはない。

そんな事を思いながら雷蔵は更衣室のテントを抜け、突入班の待機場所へと向かう。


「む、椛に平重郎か。早いな」

「……なかなか似合ってるじゃないか、お前の甲冑姿も」

「お主からそんな言葉が出るとはのう。緊張しているのではないか? 」

「馬鹿言え。人類の生き死にが懸かっているんだ、今更嘘をついて何になる」

「嬢ちゃんの言う通りだねェ。ま、気張っていこうや」


柄にもなく椛は雷蔵に不敵な笑みを向けた。

普段の忍び装束とは異なり、鎖帷子や黒い軽装鎧を身に纏っている彼女もこの戦いに全てを懸けているのであろう。

そんな覚悟が見て取れた。

対する平重郎の方はいつもの黒股引に鎖帷子を纏い、細縞の入った灰色の着物を羽織っている。


「戦況は? 」

「未だに人工魔獣共は動いちゃいない。まるで此方の出方を窺っているようだ」

「不気味だな」

「あァ、だが焦っちゃいけねェ。全員が集まってから俺達も行くことになってる」


椛は頷く。

基地内に設置された射影媒体からは戦場の最前線が映し出されているが、戦列の砲撃部隊や魔導銃部隊はまだ一発も弾丸を放ってはいない。

加えて彼らの視線の先にはまだ人工魔獣の軍勢は映っておらず、不気味な静寂が流れていた。


その時。

基地内の暖簾が開き、軍靴やブーツの音が幾つも鳴り響く。


「雷蔵さん! それに椛さん、平重郎さんも! 」

「フィルたちか。どうだ、緊張しているか? 」


リヒトクライス騎士団に所属する第四部隊のフィル達が次々に内部へと入ってきた。

案外落ち着いている様子のゲイルやルシアもその中におり、二人を見るなり笑みを浮かべる。


「いえ、僕たちも多少なりとも戦場は経験しています。問題ありません」

「そうか。ゲイル、ルシア殿。ロイの研究所までの護衛、よろしく頼むぞ」

「任せてください! 私もゲイルも、死ぬつもりなんてありませんから! 」

「おうよ! あのメッシュ野郎をぶっ飛ばしてやろうぜ! 」

「はは、威勢がいいねェ」


その後、遅れてヴィクトールが基地の中に入ってきた。

彼の装備もリヒトクライス騎士団が指定した銀の騎士甲冑のもので、隊長であることを示す青いマントを靡かせている。


「おう雷蔵、それに椛の嬢ちゃんと爺さんも。特務行動隊の連中は集まってるか? 」

「直に来る。大統領やヴォルト皇帝は? 」

「さっき司令部の戦線に送り届けてきた。全員やる気だったぜ」


既にヴァルスカの帝国軍を指揮するヴォルト、フレイピオスの魔導士部隊を指揮するゼルギウス、リヒトクライス騎士団を率いるデフロットは戦列に並んでいるという。

相変わらずの不敵な笑みを浮かべながらヴィクトールは雷蔵に歩み寄り、彼の肩を叩いた。


「見違えたぜ。どんなハンサムかと思った」

「ヴィクターの方こそ。伊達男の風貌が隠し切れておらんぞ」

「言うじゃねえか。……安心しろ、俺達は勝つさ。勝たなきゃならねえ」

「無論。拙者はそのためにここにいる」


真剣な表情でそう口にするヴィクトールと視線を交わしながら頷き、雷蔵は力強く彼の手を握る。

そして、シルヴィ率いる特務行動隊の面々と鈍色の騎士甲冑に身を包むエヴァリィが姿を現した。


「ごめんなさい、遅れました! 」

「時間内だ、問題ない。……凛々しいな、シルヴィ」

「え、そ、そうですか? 久しぶりに鎧なんて着たけど……」

「うむ、似合っておるぞ」


金の模様が入った銀色の胸当てに、青色のサーコートを着用した彼女の姿は正しく戦乙女と呼ぶに相応しい。

彼女の背後にいたレーヴィンも愛用している銀甲冑を装備し、銀騎士の名に恥じない姿となっていた。

同じようにラーズやギルベルト、クレアも軽装鎧の下に普段の服装で現れ、各々の覚悟が読み取れる。


「……似合ってる、シルヴィ。まるでお姫様」

「いや一応元王女ですけど……でも鎧が似合う姫ってどうなんでしょうね? 」

「かわいい……」

「嘘でしょエルさん……」


朱色のローブに身を包み、その下に胸当てと籠手を装備したエルがシルヴィの肩を抱いた。

和やかな雰囲気が基地内を占拠した瞬間、射影媒体の映像に新しい動きが見える。


「動いた……! 」

「ついに決戦、だな……」


レーヴィンの声が全員を動かし、エヴァリィの言葉と共にその場にいた全員の身が引き締まった。

全員が基地内に置かれた新型の魔導長銃を手に取り、戦闘の準備を始める。

砲撃隊の戦列が映し出す前方には、無数の人工魔獣が群れを成していた。

四足歩行型の大型魔獣キマイラに加え、装備を固めたスケルトンやゾンビ兵、更にはそれらを指揮する知能の高いデーモンが段々と姿を現している。


「奴ら、魔物も仲間に引き入れやがったのか!? 」

「みたいだねェ。コボルトやゴブリン、リザードマンやグリフォン。数えたらキリがない」


だが、その軍勢に対抗する最初の策は既に用意してある。

そう言わんばかりに、レーヴィンの隣に立つヴィクトールは不敵な笑みを絶やさない。


『敵襲ーッ!! 敵襲ーッ!! 』

『焦るな! 十分に敵を引き付けるんだ! 』


戦列に並ぶ幾つもの怒号と指揮官の声。

その光景を一瞥しながら、ヴィクトールはいち早く基地の出口へと歩みを進める。


「全員、聞け! 俺たちはこれから馬屋に向かう! 魔法機雷を発動後、砲撃兵の一斉掃射が開始される! その後敵の本拠地へと駆け抜け、突入班を研究所へ送り届けた後に俺たち防衛班は遊撃部隊と合流する! 以上が作戦の概要だ! 」

『魔法機雷、起動! 』


ヴィクトールが作戦内容を告げると同時に画面の砲撃部隊が仕掛けられていた大量の地雷を起動させた。

爆音と共に砂埃が上がる様子が映り、ヴィクトールは笑みを浮かべる。


「……俺らはテメェらみたく正々堂々と真正面から行ったりしねぇよ、馬鹿が。さあ行こうぜ、戦の始まりだァッ!! 」

「行くぞ、勇士達よ!! 我々の力、目にもの見せてやろうッ!! 」


レーヴィンとヴィクトールの声と共に複数の兵から雄たけびが聞こえた。

雷蔵達を含む突入部隊はすぐさま各々に宛がわれた馬の背に乗り、腹を蹴る。

約100名の軍勢は最前線の戦列に並び、砲撃部隊の掃射を目の当たりにした。


火薬の爆発音と共に無慈悲な黒い砲弾が幾つも放たれ、周囲に硝煙を撒き散らすと同時に負傷した人工魔獣と魔物を仕留めていく。

砂埃が晴れたその先の光景には、動きが停まった魔獣軍の軍勢が映し出された。


「機甲砲撃隊! 魔導砲用意! ()ーッ!! 」


戦列の奥にいたヴォルトの大喝が周囲に響き渡り、並んだ大砲よりも二回り大きい魔導砲がその姿を晒す。

超大口径の銃口に充填された魔力の塊が轟音と共に斉射され、ビームのように群れの奥へと突き抜けた。


「征けェッ、者共ォッ!! 貴様らの殿は、鋼王たるヴォルト=マナフ=ヴァルスカが務めたァッ!!! 」

「突撃しろォッ!! 」


一瞬にして焼け野原になった敵陣営に向け、エヴァリィの声と共に雷蔵達突入部隊は馬を走らせる。

撃ち放たれた弾丸のように陣形を組んだ彼らは、瀕死のリザードマンやケンタウロスに各々の得物で止めを刺していく。

雷蔵の隣を並走するフィルが手にした魔導長銃の引き金を引き、空中に留まっていたガーゴイルを仕留めた。

彼は引き金と一体化したレバーを下に引き、銃身の側面から使い切った魔導核の欠片を排莢する。


「空から敵が来ます! 姿勢を低くして!! 」


フィルがそう言い放つ直前、彼の隣にいた帝国軍の兵士がガーゴイルたちの急襲によって落馬した。

彼が驚いた様子を見せるも、直ぐにヴィクトールが大喝する。


「構うなッ、お前まで死ぬぞ! 」

「くそっ……! 」

「でぇぇぃっ!! 」

「無茶すんじゃねえ馬鹿野郎っ! 」


その反対側で一人弓を手にしたルシアが上空へ狙いを澄まし、勢い付いた矢を放つ。

引き絞った鉄の一撃は二匹のガーゴイルの胸を貫き、叫び声を上げながら地に落ちていった。


「しッ」


一方馬に跨りながら右手に回転式魔導短銃と左手に苦無を握る椛は短く息を吐く。

彼女はまず右方の魔物に狙いを定めてからトリガーを引き、銃口から弾丸が放たれると同時に脳天を貫いた。

次に左方からの殺気を本能的に感じ取り、身を逸らしてから左手の苦無を投擲する。

その様子を一瞥したエルが既に魔法の詠唱を終え、右手を空に掲げた。


響け(ファレン)天帝の怒り(エクレールスパーダ)ッ!! 」


突如として鳴り響く轟音の雷鳴。

瞬間閃光が彼らの上空に走り、飛び交っていた多くのガーゴイルを貫く。


「空からの魔物は全滅です! 被害は!? 」

「問題ありません、シルヴァーナ隊長! 地上の魔物も目的地に向かうにつれて手薄になっています! 」

「よし、聞いたな全員! このまま駆け抜けるぞ! 」


トップスピードで戦場を駆け抜け、彼らを追おうとする魔物は一刃の下斬り捨てる。

突入班を守るように囲っていた騎士団の一員や帝国軍の兵士、特務行動隊の隊員が一体、また一体と切り伏せていった。


「見えた! 防衛班、中央を開けろ! 突入班、前方が開けたと同時に進め! 」

「恩に着るぞ、ヴィクター! 」


ヴィクトールの指示通りに防衛班は次第に8人の傍を離れ始め、雷蔵たちは研究所の敷地内に侵入する事に成功する。

走っていた馬の速度を徐々に下げながら彼らは馬から降り、ロイの研究所を見据えた。

彼らの後につく形となっていた防衛班の全員も無事に正門へと辿り着き、馬を止める。


「各員、周囲の警戒を怠るな! 」

「ヴィクトール指揮官はどうされますか! 」

「すぐ戻る! 待ってろ! 」


ヴィクトールとルシアのみが馬を降り8人の下へ駆け寄ってきた。

彼らはそれぞれフィルとレーヴィンの下へ向かい、抱きしめ合う。


「フィル……絶対無事に帰ってきて。まだデートだってしてないんだから。それに……ステルクの事もお願い」

「大丈夫。僕も彼も、絶対帰ってくる。ルシア、君は待っててくれ」


数秒だけ互いに身体を預けた後、ルシアはフィルへ振り返らずに防衛班の隊列へ戻っていった。

その様子を見つめていたヴィクトールは、レーヴィンと見つめ合う。


「ヴィクター……」

「今世のお別れじゃない。必ず生きて帰るさ。な? 」

「……分かっている」


それだけ告げて二人は口づけを交わした後、互いに背を向けて戦列へと戻っていく。

無事にレーヴィンを加えた突入班は、防衛班の仲間に別れを告げてロイの研究所へと駆けていった。


不思議な事に、正門には警備の魔物すらいない。

不気味すぎる程の静けさと整えられた中庭を進み、彼らは研究所内部へ続く大きな入り口を見つけた。


しかし。


「……! 」


一番先を走っていたラーズの足が、急に止まる。

気になった雷蔵が彼の視線の先へ顔を傾けると、入り口の前には一人の巨漢が立ちはだかっていた。

不気味なほどに鮮やかな黄緑色の肌が意味するのは、オークだという事。

背負っていた大剣の柄を握り、一気に抜き払う。


「まさか、あれは……! 」

「……あぁ。俺の親父、マティアス・バルツァーだ」


引き抜いた大剣を肩に担ぎながら巨漢――マティアスはゆっくりと雷蔵たちの前へ歩み寄る。

ラーズと対峙する形となった所で、彼は足を止めた。


「……よう、馬鹿息子。随分とデカくなったじゃねえか」

「そういうアンタは、相変わらず馬鹿デケぇ剣使ってやがるな」

「……ラーズ」

「分かってる。エル……約束したよな」


全ての事情を知っているエルの表情が悲しげなものになる。

そしてラーズは手にしていた魔導銃を捨て、愛用の籠手を構えた。


「行け。ここは俺とエルがやる」

「彼の援護は任せて。行って。必ず後で追いつく」

「……死ぬなよ、ラーズ! 」

「若造、戻ってこい。俺ァ待ってるぞ」


ラーズとエルを除いた六人が2人の横を通り抜けようとしたその瞬間、マティアスは一気に彼らとの距離を詰める。

等身大の殺気を感じ取った最前列の雷蔵とフィルが得物を抜こうとしたが、大きな背中と水色の長い髪によって視界が覆われた。


「させっかよォッ、馬鹿親父がァッ!! 」

「貴方は、私達が相手をする……! 」

「……いいね、それでこそだッ! 」


雷蔵達が研究所の入り口の奥へと消えていったことを確認したラーズとエルは、鍔競り合った右手と杖に力を込めて大剣を弾く。

二人はマティアスと距離を取り、再び睨み合った。


「始めようぜェッ、最初で最後の大喧嘩だァッ!! 」


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