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ワンダラーズ 無銘放浪伝  作者: 旗戦士
第一章: 新たなる旅立ち
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第一伝: 近衛雷蔵という男

<農業共和国イシュテン領土内・街道>


 煌々と照り付ける太陽に、熱風が押し寄せる緑の草原。剣と魔法、機械が共存するこの世界"プロメセティア"の東側に位置する農業共和国イシュテンの畑のあぜ道を、一組の男女が歩いている。男の風貌はこの世界に存在する一般人男性とは異なり、灰色と黒の武道袴に青い羽織を纏っていた。腰まで伸びきった黒い長髪が風に揺れるたび、腰に差した二振りの刀が甲高い金属音を立てる。一方、隣に立っている少女は人形のような美しい顔立ちに先の尖った耳、そして暑苦しいワインレッドのローブを羽織り、その下に白いブラウスと紺色のショートパンツを纏っていた。腰には鍔に数個の宝石が散りばめられた銀色の細剣を差しており、彼女も隣の侍と共に旅をしているのが見て取れる。しかしその美貌も猛暑によって歪んだ表情を浮かべており、彼女は唸り声を上げた。


「あづい……お腹すいた……うぇぇ~ん! いつになったら着くんですかぁ~!? 」

「シルヴィ。お主のような女子がそのような声を上げるでない。辛抱強くいるというのも旅の一興よ」

「雷蔵さんが強靭すぎるんですよぉ~……」


頭に被っていた笠の縁を傾けつつ、侍の男――近衛雷蔵は周囲の景色を仰いだ。太陽光に反射して金色に煌めく穀物畑の穂が風に揺れ、まるで金色の波が草原に靡いているような光景を見ると彼は口角を吊り上げる。汗ばんだ全身に熱風が吹きすさび、多少の涼しさを得られたものの身体が休まる程のものではない。


「見よ、シルヴィ。畑が周囲にあるという事はもうすぐ人里に辿り着けるという事だ。もう少しの辛抱だ、村に着いたら何か奢ろう」

「ほんとですかぁっ! 絶対ですからね! 何頼んでも文句言っちゃダメですからね! 」

「ははは、よかろう。そうと決まれば歩くまでだ」


額に浮かんだ汗の雫を拭いつつ、太刀の柄に手を置きながら雷蔵は再び整備された土の道を歩き始めた。隣のシルヴィ――シルヴァーナ=ボラットは身体に活を入れながら一歩一歩地面を踏みしめていく。彼女のブーツが土を踏みしめる心地良い軽快な音を耳にしながら、雷蔵は自分たちが歩く先を見据えた。一見変わり映えの無い緑が続く道の先に石造りの家の煙突から煙が上がっている景色が見える。


「この道の先に村が見えるな……やはり拙者の見込みは間違っていなかった」

「はぁ~っ。ようやく一息付けますねぇ……」

「うむ。このイシュテンには麦から生成された炭酸の酒が名物と聞く。拙者もそれが楽しみでならん」

「また酔いつぶれて暴走しないで下さいね? 何度それで魔力を無駄遣いしたのか覚えてませんもん」


痛いところを突かれた、という風に雷蔵は自身の目を覆い隠すように右手を翳した。雷蔵とシルヴィは長年旅を共に続けてきた間柄であり、彼女の言動から雷蔵を信頼している様子が滲み出ている。


「……分かっておる、分かっておるさ。しかし旅の疲れが良い酒の肴になるものでなぁ……」

「言い訳になってませんよ、雷蔵さん。全く……どうして男の人ってお酒ばかり飲むんですかね」

「はっはっは、お主も大人になってみれば分かる。口を動かす暇があるのならばまだまだ歩ける余裕があるという事よな」


高笑いを上げながらシルヴィの先を行く雷蔵へ向けて、彼女は頬を膨らませた。まるで実の娘に反抗されたようだ、と自嘲気味に雷蔵は笑みを浮かべる。そんな様子で二人は足を進め、ようやく目的地である村を目前にしたその時。雷蔵の背中に、電撃が走る。


「……雷蔵さん? 」


急に刀の柄にを手に掛け、険しい表情を浮かべる雷蔵に隣にいたシルヴィからの視線が刺さった。直後、道の先にある森林から少年の悲鳴が聞こえる。


「シルヴィ! 」

「はいっ! 」


暑さに文句を垂れていた姿はどこへやら、二人は悲鳴の元へと一気に駆けだした。雷蔵の草履が土と落ち葉の入り混じった大地を踏みしめ、シルヴィのブーツが土に足跡を残していく。


「あと魔法はどのくらい使える? 」

「詠唱有りなら3回、カットするなら1回です! 」

「上出来! 詠唱無しで拙者に敏捷魔法を掛けてくれ! 」


迫り来る木々を横目に躱しながら、雷蔵は刀に両手を添えたままトップスピードを保って助けを求める主へと急行する。そして数秒後に彼は少年が地面に膝を着いて魔物に襲われかけている光景を目の当たりにし、地面を踏みしめた右足に力を入れた。雷蔵が魔物と少年の間に飛び出していった瞬間、シルヴィは腰に差していた細剣を引き抜いて切っ先を彼へ向ける。


与えよ・刹那の敏捷(シャルム・ラヴィテス)! 」


背後から聞こえたシルヴィの声と共に、雷蔵の駆け出す速度は一気に上昇していく。彼女の唱えた魔法の恩恵によるものだと瞬時に理解し、彼は今にも振り下ろされそうな魔物の粗悪な剣へ目掛けて刀を引き抜いた。甲高い金属音と共に雷蔵の右腕に走った衝撃を全身で吸収しつつ、彼は笠の縁を通して魔物を見据える。緑色の鱗に全身を覆われ、錆びついた鎧を身に纏う爬虫類の亜人――リザードマン。普段は水辺に多く生息する魔物だが、何らかの理由でこの人里に近いエリアへ踏み込んだのであろう。亜人の剣と雷蔵の刀が鎬を削り、火花が散っていく様子を横目に彼は背後の少年へ視線を向ける。


「あっ、あぁぁぁ……」

「少年! 早く安全な場所へ逃げろ! 」

「こ、腰が抜けて……」

「こっちですよ! 」


シルヴィに手を引かれて無理やり避難させられた彼の姿を一瞥すると、雷蔵は再び目の前のリザードマンへ両目を戻した。突如として現れた侍に困惑を隠せないでいるようだが、新たな獲物が増えたと紫色の舌を舐めずっている。刃こぼれした剣を押し返し、互いに距離を置いた両者は隙を伺うように視線を交わした。


「拙者は無関係な旅人であるが……目の前で同族が殺されるのを看過できる程無感情な人間ではない故な。ここで死んでもらうぞ、亜人」


一度だけ刀を収めた雷蔵は抜刀の態勢をとる為に腰を低くして左手を笄に掛け、右手を胸の前に構える。その瞬間、興奮状態のリザードマンが好機を取ったが如く一直線に雷蔵の間合いへと飛び込んできた。


「遅いッ!! 」


既に彼の間合いへ入ってきたことが、亜人の敗北を意味した。神速の抜刀と共にリザードマンの上半身は下半身と離別し、紫色の血液を周囲に飛び散らせる。何が起こったのか未だに理解していない魔物の元へ雷蔵は近づき、止めを刺す様に刀の切っ先を鼻の先に向けた。


「所詮は魔物……本能でしか動けない者に拙者の剣は読めぬよ。せめてもの情けだ。疾く死ぬが良い」


悪足掻きように咆哮を上げるリザードマンの首へ目掛けて刀を振り下ろし、雷蔵は緑の亜人の首を切り落とす。直後、絶命したと同時にリザードマンの身体は泡を立てながら溶け、その場には白い骨しか残らない。まだ敵が残っているかを確かめるように雷蔵は感覚を研ぎ澄ませながら周囲を見回すが、彼の視覚と聴覚に反応する存在はいなかった。刀身に残った紫色の残り血を掃い、白い布で拭ってから鞘に納めると彼はシルヴィたちの元へと振り向く。


「無事か、少年」

「は、はい! ありがとうございました……」


腰を抜かした少年の元へ歩み寄り、雷蔵は笠の縁を上げて顔を見せながら彼の足元へと座り込んだ。少年の足元には鉄で作られた両刃の剣が落ちており、それを拾い上げると柄頭を少年へ向ける。


「お主程の若人が生き急ぐ事もあるまい。無茶はするな。拙者たちがあと数秒遅れていたら、お主はあのトカゲの餌になっていた事だろう」

「す、すいません……でも僕……」

「まあまあ、雷蔵さん。助けられたんだしいいじゃないですか……ってああもうダメ……。力が入らないです……」

「だ、大丈夫ですか!? 」


急に倒れこむシルヴィに少年は駆け寄るが、雷蔵が彼女の身体を抱えあげた事によって少年の動きは制止された。予想以上に体力の消費が激しかったのだろう、彼女の身体は妙に軽く感じる。この世界で魔法を扱うのには魔力が無論必要ではあるのだが、魔力を精製するのには発動者自身の体力と精神力を消費する。故に、食事や十分な休息が取れていなかったシルヴィはこのようにしてダウンしてしまう事が少なからずあった。


「魔力の消費によるものであろうな。少年、拙者は近衛雷蔵と申す者。不躾ではあるが、すぐ傍にある村まで案内してはくれぬか? 」

「勿論です。もし休息が必要なら、僕の家を使ってください。部屋に空きはありますから」

「かたじけない。お言葉に甘えて、休ませて頂く」


目を回して気絶するシルヴィを抱え上げながら雷蔵は少年の案内のもと、目的地へと再び歩き始める。この出会いが少年にとって人生を劇的に変えるものになるとは、彼も雷蔵自身も知り得ぬ事だった。

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