王、自分の街を滅ぼす?
前回のあらすじ
「偶然知り合ったフードの女性にお金を払わせ豪遊する王。そのお礼にと彼女が悩んでいたとあるダンジョンの攻略の手伝いをする」
「……いま、なんじ?」
「朝の4時だ」
「もーそろそろ、ひがのぼるんじゃないですか…?」
「そうだな」
「おれ、がんばった〜!」
早朝、朝4時。薄暗かった空が少しだけ青みがかる中、王は巨大な机に突っ伏した。
隣接国の使者を放っぽり出して遊んでいた王は謝り続けたことで、なんとか城に入ることを許された。涙ながらに「もうしませんごめんなさい…」と繰り返しながら元々パジャマ姿だった彼は着替えずに自室のベッドへ倒れこむ。
これで心地よい眠りにつける。
そう思っていた彼の枕元に、ジンはドスッと何か重量のあるものが置いた。
嫌な予感がしつつゆっくり見ると、そこには重ねられた書類の山。今回の会議でまとめた内容や、今日彼がやるはずであった仕事の書類を全て持ってきたのだった。
それは言い換えれば『今からしなければならない悪魔の積荷』だ。
王は嫌だやりたくないを連呼し、泣きじゃくりながら何度も何度も逃げ出そうとした。
しかしジンはその動き全てを読み、何度も何度も座り直させる。ついには睡眠不足で弱った王を机に縛り付け、ただ指だけを動かさせた。
その状態のまま6時間、ひぃひぃ言いながらながらも積荷と格闘してなんとか6時間が経ち、地獄の時間は、おはようと挨拶する時間になってようやく終わったのだった。
もう白目を剥きかけている王は最後の書類に糸のような文字を書き込み、ジンへと渡した後机へと倒れ込んだ。
「よし、全てチェック完了だ。次はこうならないようにお前自身が気をつけるんだな」
「もう二度としません…はい」
精神的にもう限界領域を超えてしまっている王はふらふらとしながら答える。
ようやく、ようやく寝れる…!と幸福な笑みを浮かべ、ベッドまで行く体力すら残ってないのか机に突っ伏したまま深く息を吸う。
ここで少し仮眠して、起きたらベッドに戻ってまた寝よう。そう王が判断したーー
ーーその時だった。
「ジン護衛隊長ご報告が!あ、王様おはようございます!!」
「はいはいおはよー…そしておやすみなさい」
ドン!と勢いよく入口の扉が開かれ、一般兵が慌てて入ってきた。
もう兵士が慌ててやって来たところでやる気など起きない王は片手を挙げて適当に返しすやすやと寝息を立てる。
「いい、要件なら俺が聞く。朝から騒がしいがどうした?」
「正門よりゴブリンの群れがこちらに進軍中、数は30とのことです!」
「…数が多いな」
ゴブリン。
その世界で最も弱い魔物の名称である。小人族の山賊で、金品を運ぶ馬車などをよく襲う魔物だ。
小さな鎧と短剣を手に人々を襲うこともしばしばある。…が相当頭が悪く、人を刺そうとするその一歩手前でなにをするのか忘れてしまうような危険性の低い魔物だ。
何かを盗もうと乗り込んだ後でなにを盗もうとしたのか忘れる。剣を持ち上げたと思えば下にある盾を忘れる。
小さな被害はあれど、殺人など大きな被害はまずない、そんな相手にするまでもない敵がゴブリンなのである。
だからこそ軍隊で進軍してきたという部分がジンには引っかかっていた。
彼らにそれほどの知能があるとは思えない。知能のある何者かが操作している可能性がある。ジンは一度強く頷くと王の頭を殴りつけた。
「王、今回の件は少し気にかかる。地図をやるから指示を出してくれ、俺も前線に出る」
「…ちょー痛いんですけど、あれだけ地獄経験させといてまだ俺に起きろというのかこのアホ護衛隊長。クソが、お前は人間の皮かぶった般若ーーなんでもありません頑張ります地図ください」
ブツブツ言いながらジンを睨みつけ、また睡眠に入ろうとした王だったが、ジンの目がさらに鋭くなるを見て慌てて地図を受け取った。
ジンは地図を広げはじめる王を確認すると、現地へと向かって行った。
部屋に残ったのは王と1人の兵士のみだ。
「地図なんて見なくてもさ〜あいつがさ〜パッと行ってサッとやっつけてくればいいじゃんね?俺がいちいちやる必要ないというか地図見て指示しろとか言うけどさ〜俺ここの地図なんて見たことな…
…ん?」
ぶつくさと文句を言いながらも地図を開き、中を覗き込む王。テキトーに指示っぽいこと言ってさっさと寝ようとした王はーー
一瞬でとある事実を理解した。
『使った試しがない』、『脳自体がそもそも活動をしていない』などと世間から言われまくっていた王の脳が急速で活性化を始める。
目を何度もぱちくりさせ、焦り始める感情を抑えようと鼻息が荒くなる。
下唇を舐め王は脳内で一言、こう言ったのだった。
僕、なんかこれ見たことあるよ。この地図最近見たよ、と。
冷や汗が一滴ポタリと落ちる。
『実は私…《ここ》を破壊しに来たんです』
『破壊ぃ?』
地図を自分に見せてきた子は、とても物騒なことを言っていた、と。
「…うん、ない」
『ーああ、それは水路ですね。《ここ》は水路を利用しながら生活する場所ですから』
『ずばり、水路の中だ。
水路には広い空洞が必ずある。被害が一番出る場所と水路の入り口を見ると…一番良いのはここか』
そんな彼女に意気揚々とアドバイスしたのば誰だ…うん、俺だった、と。
「…ないないないない」
『ほ、他にもコツなどがあれば教えてください!』
『うむうむ。教えてやるからここも奢りで頼むぜ』
「いやーーないないないないないないないないないないないぃぃいいい!!」
「お、王様!?どうかしましたか?」
突然目を見開いて頭を抱え始める王に、兵士は慌てて駆け寄る。
眠気も覚め、苦笑いを浮かべながらも事態をようやく理解した。
彼は知ってしまったのだ。
自分の行った悪行は仕事をサボったというだけではなかったということを。
自分で自分の街を破壊する手助けをしてしまったという最悪の事実を今理解したのだった。
王が国を滅ぼす。そんなありえない展開を、歴代に残ってもおかしくないほどの不祥事を、彼は起こしてしまったのだ。
「あ、あのさ…今『正門』からゴブリンが来てるんだよね?」
「え、あ、はい。理由が不明なのですが、一応安全のため北門付近の住民は避難済みです。…それが何か?」
「ん〜?いやーうん、でさ…その、もしかして反対側からも敵がーー」
「王様、ご報告します!正門からに続き、裏門からもゴブリンの軍勢が30ほど迫ってきています!」
「あははは…やっぱーり…?」
新しい兵が扉を開けながら報告した内容に、王は目線をそらした。「そうするように教えたのも自分なんです…ごめんなさい」と心の中で呟く王。
事実これでこの国の最大戦力である国王護衛隊長のジンが正門の方へ移動した。ゴブリンを使った陽動は完璧に成功、後は隙だらけの中央を破壊するだけ。
彼女は破壊する手立てがあるのだろう。
この作戦は必ず成功する。『計画した本人』には確信があった。
このままだとこの国は確実に大被害を受ける。それは王として許されることじゃない。
そしてそれを止められるのは、作戦を立てた王本人のみなのだ。
王はゆっくり深呼吸すると兵士を呼びつけた。
「…兵士さん」
「はい、何でしょう?」
「ジンくんに、伝えて欲しいことがあるのよ」
ーーーーー
『ジン隊長!』
『どうした、王から作戦の伝えか?』
『そ、それが…「ジンくんへ。今回のゴブリンは全権お前に任せるね。ちょっと行くとこできたから、ちょっと俺も出てくるね」…だそうです』
『……アァ!?またかあのクソ王子ィ!!』
怒れる護衛隊長によって近くの壁が王の代理で粉々に破壊される中、
王は地図の中央付近、バザー会場近くの水路を目指すのだった。
少しずつ一章が終わろうしているのを実感し、ちょぅと嬉しくなりました。