この物語は何かがおかしい?
前作への評価・ブックマークありがとうございました。一区切りとなるシリーズ最後の話となります。シャルロットの鈍感具合がシリーズの中でもぶっちぎってるので、鈍感ヒロインが苦手な方はご注意ください。
1/22追記:人名間違えていたところがあったので訂正しました
あの怪我から二週間が経った。隊長との言い争いの気まずさはうやむやになり、そして、更なる心の葛藤から、私は事務的なことしか隊長と話していない。
「お疲れさまでした」
「ああ、お疲れ」
今日も隊長とろくに会話をせず、仕事を終える。
『隊長離れした方がいいのではないか』。一度そう思うと、確かに私は何をするにも隊長を優先していたし、隊長も迷惑だったのではという気すらしていた。
そんな私の悩みを知ってか知らずか、カミーユだけではなく、最近は二コラがよくご飯に誘ってくれる。特に核心をつく話をするわけでもなく、他愛もない話をするだけだけど。気を使ってくれているのかな、と感じた。ニコラは本当に優しい友人だ。
そうして過ごしていた日々に、また新たな波紋が広がる。
▽
「え、隊長に婚約話?」
信じられない言葉に、思わず私は聞き返してしまった。
「ああ。フランソワーズ様とだって。まあ身分から考えれば妥当だな」
休憩時間、クロードはオレンジジュースを飲みながら、世間話のようにそう言った。実際、野次馬のようなそんな感じではあるが、私にとっては重大事件だ。
確かに、可能性としては一番あり得る組み合わせではある。隊長の身分は公爵家で申し分ないし、二人とも魔法騎士団に所属し、交流がある。実力は言わずもがな。そんな二人はお似合いのように思えた。
なのに、もやもやするのは、なんでだろう?
「……隊長はフランソワーズ様のことどう思ってるのかな」
ぽつりとそう言うと、カミーユは少し驚いたようだった。
「そりゃあいつは―――いや、自分で聞いた方がいいな」
「どうして?」
「その方がお前らには良いだろうし」
「そっか……」
なんだか含みのある言い方には疑問を抱いたけど、こういう言い方をしたのならカミーユから教えてくれることはないだろう。これでもそこそこの付き合いだし、カミーユがどういう意図なのか少しは―――私のことを思って言ってくれているのは分かる。こうなったら自分で聞くしかない。気まずいけど。
そうしているうちに、休憩時間が終わりを告げた。
もやもやが残るけど、仕事に戻らなければならない。
引き上げようとすると、カミーユに引き留められた。
「そうだ。ロティ」
「ん?」
「くれぐれも、また無理するなよ。……魔物に襲われても、無理しないように」
「う、うん?分かった」
突然どうしたものかと驚いたけど、この前の件があるのでそれだろう、と思った。
カミーユはそれだけ言いたかったようで、その後は二人とも仕事に戻った。
▽
事務的会話しかしてこなかったのに突然こんなことを聞くなんて、私だったら野次馬根性丸出しだと思うけど、仕方ない。本人に聞く以外に方法は無いのだから。
今日は仕事が終わってから引き上げず、隊長の執務室に留まった。
「……どうした、もう上がっていいぞ」
隊長は不思議そうにそう言ってきた。ちょうど会話が始まったのだから、今がチャンスだ。思い切って聞いてしまおう。まずは、婚約のことから。
「その、隊長」
「なんだ」
「フランソワーズ様とご婚約されたというのは本当ですか?」
あ、隊長の動きが止まった。
やっぱり、私みたいな人間が気軽に聞くのは駄目だっただろうか。
「どうして、それ聞いた」
怒るだろうかという私の予想に反して、逆に質問が返ってきた。
どうしてと言われても、答えが思いつかない。気になるから、というのが一番近いだろうか。
「上手く言えませんが、気になるからです。婚約のことも、隊長がフランソワーズ様をどう思ってるかも」
「それは俺の部下としてか?それとも―――」
隊長は何かを言いかけて、言葉を止めた。少し思案するように瞳が動いている。
「―――今のは無しだ。婚約のことだったか?あれは本当だ。ただ、正式なものではない。どうだろう?と話が来ているだけだ。まあ、大方カミーユから聞いたんだろうが。……正式に決まるかは俺とあっちの意思を尊重するとも言っていた。だから考え中だ。これで満足したか?」
「は、はい」
「じゃあもうこの話はするな」
そう言って、追い出すように帰らされた。
なんだかそれが突き放されたようで、余計にもやもやが募った。
「……このまま帰りたくないなあ」
現実逃避かもしれないけど、お酒でも飲んで忘れたかった。ちなみに、この世界では16歳から飲酒できる。結婚適齢期を考えれば妥当だろう。まあ、魔法騎士団は仕事に熱がある人が多いから、晩婚の傾向にはあるけれど。
そうしてとぼとぼと歩いていると、見知った後姿を見つけた。
「ニコラ!」
「あ、ロティ」
ニコラはすぐ振り向いてくれて、片手を上げる。
丁度良い、たまには私から誘って夕飯でも食べよう。
「ニコラ、今からご飯に行きましょう。お酒を飲むの」
「……どうしたの突然?」
「いいから!ね?夕飯まだでしょ?」
「そうだけど……」
こちらを気にするニコラを引っ張って、ちょっとお高めの、居酒屋のような店へと足を運んだ。
▽
「あー、おいしい」
ごくごくとお酒を煽る。結構強い方だとは思うけど、そろそろ酔ってきたかもしれない。ふわふわして、意味も無く気分が良くなってきた。
「こら、飲み過ぎたら駄目だってば」
そんな私とは相反して、同じだけのお酒を飲んでいても、ニコラはまだ素面のようだった。これは相当強いんじゃないだろうか。
追加の注文は二コラに止められたので、仕方なくぶどうジュースを飲んでいる。ちびちびと口をつけていると、ニコラが改まって聞いてきた。
「それで、今日そんなにお酒に走るのはなんで?ロティ、普段は全然飲まないでしょ」
別にニコラには関係ないと思ったけど、この前の頼ってほしいという言葉が頭を過って、今日のあらましを話した。……誰かに文句を言われたら、お酒のせいにしておこう。
「………なるほど。で、ロティはなんでもやもやするの?」
「なんで、だろ」
聞かれたら本当に分からなかった。
どうして私は隊長の婚約話でもやもやしているのだろう。この疑問を考えた時に感じる何かは、この前、どうして隊長を一番に優先していたのかと考えた時と同じだ。
「ロティはクロードさんのことどう思ってる?」
考え込む私を見て、ニコラは新しい疑問を投げかけてきた。
どう思っているか。それは――――……。
私は、生まれてから今までのことを思い返した。
高熱を出して、前世を思い出したこと。
そして、この世界が乙女ゲームと同じだったこと。
気付いた後、私はまず『クロディーヌ様の取り巻きになりたい』と思った。
前世の私は、クロディーヌが大好きだった。
高嶺の花で、厳しく優しい女性。彼女は私にとって、眩しいキャラクターだった。強く美しい人だと、私は、そう思っていた。だからお近づきになりたいと思ったし、ゲームでは語られなかった彼女の幸せを間近で見たいと思った。
それは全て、『彼女が幸せになるべきだと』思ったから。
悪役令嬢なんてそれは肩書きだけで、彼女はもっと素敵な人だと、思っていたから。
そのために努力して、私は魔法騎士団にまで来てしまった。
そうして出会ったのが隊長だ。
言い換えれば、隊長に出会うために私は必死に努力していたということだ。
……まあ、女だと思っていた、という差異はあるけど。
実際の隊長はどうだっただろう。クロディーヌ様に見劣りする人間だっただろうか。そう考えれば、当然ながら、彼は彼女そのままと言っても過言ではないと即答できる。自分にも他人にも厳しくて、プライドが高くて、誰も追いつけない程の実力を持った隊長は、確かにクロディーヌ様と同じ本質を持っている。
ここまで考えて、私はようやく分かった。
「私は、隊長のこと、本当に大事な人だと思ってるんだ」
ゆっくり話し始めた私の言葉を、ニコラは真剣に聞いてくれている。
「憧れてるし、尊敬してるし、素敵な人だと思ってる」
前世でゲームに触れてから、そして現世で記憶を思い出してから、ずっとそう思ってきた。
「私なんかが大袈裟かもしれないけど、本当に幸せになってほしくて。
――――だからかな。私の知らないところで婚約話が上がっていて、私の知らないところで隊長が幸せになって、それを私が見れないかも、ってことが嫌だったのかも」
子供みたいだねと笑うと、ニコラはそんなことないよと言ってくれた。
「俺でも分かるけど、クロードさんはずっとロティの上司だろうから安心していいと思うよ?……それに、気になるならロティがずっとクロードさんに付いて行けば――って、言わなくてもそうなりそうだけど」
「それは……そうかも」
ニコラの言葉でだいぶ気持ちが軽くなった。
隊長が隊長である限りは、ずっと私が付いて行けばいいよね。その通りだ。できるなら私が隊長の幸せに関わりたいと思うけれど、少しでも隊長が幸せであることが分かれば、それで良い気がしてきた。私は乙女ゲームだから恋愛だと思ったけど、そうじゃない幸せだってたくさん存在する。
つまるところ、私の目標は、悪役令嬢のハッピーエンドだったのだ。
「ニコラ、今日は話を聞いてくれてありがとう」
改めてお礼を言うと、気にしないでと言われた。
今度またお礼にお菓子でも渡そうかな。
「それにしても、ロティも――――――だと思ったんだけどなあ」
「ん?何か言った?」
「いや?意外と隙があるんだなあと思っただけ」
ニコラが何を言っているのかは、よく分からなかった。
▽
それからスッキリした私は、今まで通りの日常に戻ることができた。
あれから婚約がどうなったのか気になるけど、ぐっと言葉を飲み込んでいる。
現に、今もフランソワーズ様と見回りに来ているけど、私は黙っている。さすがに、そこまで交流が深くない女性に不躾な質問はできない。そもそも、この組み合わせで見回りになったのも、「昨晩魔物の目撃情報があったから念のため手の空いている二人で」という偶然の出来事だし。
特に話すことも思いつかず黙っていると、相手から話を切り出してきた。
「……今、私とクロードの婚約が持ち上がっているのはご存知ですか?」
「は、はい」
「今する話ではないのは分かっていますが……貴女と二人きりになる機会なんてそうありませんからね。いつもクロードやニコラ、カミーユが傍にいますから。今日は良き偶然でした」
フランソワーズ様が、あえて私に言おうとしたことに、驚きを隠せなかった。
「単刀直入に言います。……私は、クロードのことを慕っています。だから、この婚約を受けて頂きたいと個人的には思っているのです」
その言葉を聞いて、まず思ったのが、やっぱり、だった。慕っているというのは、つまり、そういうことなのだろう。薄々とは分かっていたので、特別驚くことでもない。
ただ、一つ気になることがあった。
「どうして、私にそれを仰るのですか?」
「…………本気で分からないのですか?」
「はい」
フランソワーズ様は、額に手を当てて何やら悩み始めてしまった。
そうしてしばらくすると、こほん、と咳払いをする。
「私の早とちりで失礼しました。同じ土俵に上がっていない貴女には関係の無いことでしたね」
どういうことだろう。冷たく言われても、いまいちピンとこない。
きちんと意味を知りたいと口を開いたところで、
獣の唸り声が聞こえてきた。
「目撃情報があった魔物でしょうか。行ってみましょう」
唸り声がした方に馬を走らせるフランソワーズ様の後を追いかける。
「これは、大きい、ですね」
目の前にいるのは大きな、よく分からない生き物が二匹。
見た所、お互いを気にしているようではなかったので、個別に動くのだろう。
「今、本部に緊急信号を送りました。支援隊が来るまでは二匹を離して、別々に相手しましょう」
フランソワーズ様も同じ考えだったようで、私は彼女の提案に頷いた。
一人でこれほどの相手をしたことが無いから、正直不安はある。だけど、私の背には民の安全がかかっている。逃げるわけにはいかない。
息を吐く。
意識を右手に集中させると、心地良い冷たさが右手を包んだ。
▽
「―――っ!」
意地を張らないで現状をいうならば、やばい、の一言に尽きる。
私の実力では、こいつを殺せないのは明らかだった。
顔は牛みたいで首は長く、首から胴体はアルパカのような気もするけど、鋭い爪と牙を持ち、背中から触手を出している。本当に、よく分からない生き物だ。
冷気を放ち、足を凍らす。
そうして動きを封じても、触手は関係なくこちらを攻撃してくる。
ほどなくして、凍らした足の氷が溶ける。
この繰り返しだ。
その合間に攻撃をしてもダメージを受けた様子が無く、相性が悪いのではという気もする。火属性ではないと思うのだけど。攻撃に転ずるにはリスクが大きく、最近カミーユに言われた「無理するな」がひっかかって、どうしても防戦一方になっていた。
なんとか弱点がないものかと探していると、触手が鋭い刃物のように変形して、こちらを狙ってきた。
「い、たっ」
慌てて避けるも、左足が深く切れる。どくどくと流れる血は鮮やかな赤で、このまま放置すると血が足りなくなると直感的に思った。
なにより、動きが鈍くなる。
そう思った時、しまった、と思った。
今までほぼ防戦一方だったのに、動きまで封じられたら、まずい。
この隙を待っていたかのように、鋭い爪がこちらに向かっている。
もう多少の怪我は仕方ないと思い、急所を堅い氷で覆い、衝撃に備えた、はずだった。
「え……?」
一瞬にして、魔物が黒い光に包まれた。
そして、黒い光はキラキラと輝いて消える。
まるで星空みたいだと思うその魔法は、紛れもなく――――
「シャルロット、大丈夫か!?」
――――安心感よりも、鬼気迫る顔の隊長に驚いた方が先だった。
「隊長、大丈夫です。急所は守ってましたから」
「そうじゃない」
まずは治癒が先だと、隊長が私の足に触れる。
すると、応急処置ではあるが傷が塞がった。
「………あまり心配させるな。お前に何かあったらどうしようかと、思った」
「え、あの、たたた隊長!?」
壊れ物を扱うかのようにそっと抱きしめられて、私は思考停止した。
「この前もそうだ。俺の身よりお前の方が大事に決まっているだろ。どうして無茶をする」
「隊長の身の方が大事で―――」
「黙ってろ。俺がどれだけ心配したか知らないだろ、お前は」
先程より幾分か力が強くなる。
「そ、そんなことよりフランソワーズ様は良いんですか?!」
心臓がどきどき五月蠅すぎて、それを悟られたくなくて、咄嗟に話題を変えた。
「……どうしてあいつの名前が出てくるんだ?」
「婚約者じゃないんですか?隊長が早く行ってあげないと。私のことなんかいいですから」
「いや、婚約は断る」
「え!?」
さっきフランソワーズ様の想いを聞いたばかりなのに、展開が急すぎる。
そんな私の驚きをよそに、隊長はようやく私を離してくれた。今どんな表情をしているのだろうと少しだけ見上げたら、その拍子に目が合って、どきりとする。
「断るのは、ずっと想っている相手がいるから、だ」
真剣にこちらを見つめてくるものだから、なんだか私に言われている気分になって、ほんの少しだけ心臓が五月蠅くなった――――
―――――じゃなくて、え!?
隊長、私があれだけ見ていた間に彼女作らなかったのに、好きな人いたんですか!?
しかも片想いという事実が信じられない。隊長クラスなら告白すればすぐに付き合えそうだけど、そうはいかないものなのだろうか。というか、うかうかしてると取られたりしないのだろうか。だんだんと心配になってくる。
「行き遅れないうちに、早く捕まえた方がいいんじゃないですか!?」
そう言うと無言で頭を叩かれた。暴力反対。
―――その後、強制的に隊長に連れられて帰ることになった。
曰く、「お前は目を離すと心配だから」だそうで。
……隊長、いつから部下に対してそんなに過保護になったんだろう。
▽
「そういえば……結局隊長は誰が好きなんですか?」
帰り道。話題も無かったので先程から疑問に思っていたことを聞くと、隊長が黙ってしまった。
沈黙が痛い。そして隊長は眉間に皺を寄せている。これはまずい。やっぱり不用意に聞くのはよくなかっただろうか。
「す、すみません!私に言っても仕方ないですよね!でも、隊長のこと応援してますから!」
慌ててそうフォローすると、隊長が長い溜息をつく。
「そうだな。鈍感なお前に言っても仕方ない」
「え?私、鈍感じゃないですよ?」
言い返しても、隊長にはいはいと適当にあしらわれる。いつでも隊長周辺の恋愛事情は目ざとく見ています!とも言えない。私でも少しは役に立てるとおもうけどなあ。でも、隊長が言いたくないなら仕方ない。仕事での信頼関係と違って、この辺はデリケートな話題だし。私は傍で見守るに徹しよう。……たまに、手を出しちゃうかもしれないけど。
それに、別に隊長に恋人や奥さんがいようが、私が付いて行くのには関係ない。気になるし手助けしたいという気持ちは勿論あるけど、今はそう思えるようになった。
きっと、この人はいつまでも、私が好きだった―――尊敬する、悪役令嬢なのだから。
ただし、男だけど。
「いつか、ちゃんと紹介して下さいね?この先一生付いて行く上司の恋人――ゆくゆくは奥さんになるのかな。そんな人のこと、知りたいですから!ね、隊長?」
笑ってそう言うと、隊長は少し目を見開いた。
「……まあ、今はこれでいいか」
そう言ってぽんぽんと頭を撫でられて、皆が知っている話に私だけ置いて行かれているような、そんな気がした。
だけど、なんだか既視感のあるそれは、とても心地よくて、丸く収まった気分になるのだった。
―――――最近、ふと思うことがある。ニコラや隊長とやたら絡んだり、私の周りで事件が起こったりしてるけど、ただのモブなのにこんなに物語に介入してよかったのかな?と。
……ま、いっか!
すみません、くっつきませんでした。この先は隊長の頑張り次第といった具合でしょうか。これでも少しは進展したと思ってます。これ以上やるなら、どうせなら連載かなと思っていますが、予定は未定です。
それでは、ご覧頂きありがとうございました!
そして、明日9時頃に、ネタバレを含むおまけ作品、カミーユ視点の「とある隠しキャラの考察」を投稿します。興味がある方はそちらもご覧頂けると幸いです。