第八話「閃いた、腰砕きバイブフィスト」
翌日、レキは出かけた。
三日後の夜に帰って来るそうだ。
俺は今、これまで見れなかった本を読み漁っている。
読んだことのない物を集めてみると、レキが俺に読ませなかった本がわかった。
魔法書
呪文の組み合わせで発動する魔法についての、いわば教科書だ。
レキの言っていた事によれば、魔法なんて煌びやかなモノじゃなく、呪術という禍々しいものだろう。
本来なら歴史の裏でひっそりと幕を綴じるべき業だ。
呪文魔法とでも呼んでやろう。
呪文魔法の決まり事として、文末に来る「我が血潮を捧げん」が呪文連結のトリガーになっているようだ。
つまり供物無しでは成り立たない魔法なのだ。
まさに“そういうもの”なのだろう。
生物学
まず俺は人以外の種族の存在を知らなかった。
この世界、パルスには、人以外の知的生命体が存在している。
「亜人」という総称で、呪文魔法は使えない? 使わない? らしい。
著者が興味無いのかなんなのか、深いところまで書かれていないのでよくわからん。
外見は“人と動物を掛け合わせたモノ”らしい。
これ古代人が人体実験とかしてたんじゃないかと思ったのだが、どうやら亜人はおよそ三百年前に誕生したらしいので、古代人とは関係ない……と思う。
それくらいなら古代とは呼ばない……はずだ。
地球の常識が通用しないのでアレだが。
そもそも古代人自体の情報がないので詳しいことは解らない。
そしておよそ三百年より昔の情報はプッツリと途切れている。……うーん。
経典
神様がどうこうと書かれている本だ。
宗教に興味はないが、自称神のおっさんについて何か解かるかもしれないと少し眺めてみたのだ。
感想を一言で表すと、最低だと思った。
まず頭に大きく「人は五十を生き、魔は百を生きる」と綴られているのだ。
つまり五十年前後で死ぬのが普通の人だよね、と刷り込んでいる。
呪文魔法の行使への抵抗を無くそうとしているのだ。
こんなのは真っ当じゃない。
というか呪文魔法と癒着してるじゃねえか、何考えてんだ。
どうやら“どこぞの馬鹿”の教団が、三百年前より最低限生活に必要な呪文魔法を広く一般的に広めてくれたおかげで世界が豊かになったらしい。
ありがたいことだ。
また「人は五十を生き、魔は百を生きる」の教えに則り、呪文魔法を使えず長命な亜人は滅茶苦茶差別され蔑まれているようだ。
全く、ありがたいことだ。
あと「世界に聖なる雫が降り注ぎ、意思が生まれた」とか書いてあった。
いかにも神話っぽいな。
閃光の勇者~山田太郎の闘い~
俺の一押しがこれだ。
タイトルでもうにんまりしてしまった。
こちらの言語なので漢字ではないのだが、確かに発音がヤマダタロウなのだ。
この世界において何の間違いで、誰が名付けてしまったのか。
しかも閃光の勇者ときた。
読んでみると、凄まじい力で魔王を倒した後、王の下に推参し、王と言葉を交わした後に光に包まれて消えてしまったらしい。
一瞬、俺も魔王を倒せば地球に戻れるかとも思ったが、何だかキナ臭い話である。
もし太郎が地球人で、魔王を倒してゲーム終了なら倒した時点で帰されそうだし、転送装置みたいのがあるのだとしても、いつの時代の物ともしれない。
今ではロストテクノロジーだろう。
実際はこういった物語にありがちな、王がふざけたことをのたまって太郎がブチ切れたとか、そんな裏話がありそう。
さて、こういった本の中で、何と山田太郎から教わることがあった。
実はこの太郎、呪文魔法ではない魔法を行使していたようなのだ。
ルミネが使う静音詠唱でもない、完全な無詠唱の魔法だとか。
俺はパルスには血潮を捧げなくても使える、純粋な魔法が存在するのではないかと考えた。
そして下腹部に存在するナニかに目を付けたのである。
この神経に電流のような刺激を送る存在はムラムラ成分かと思っていたのだが、ふと思い出した。
自称神から逃げる際に、このナニかを使用したではないかと。
もしかするともしかするのである。
そうして本を片付け、早速鍛錬に励んだ。
最初のステップは、そのナニかを把握することである。
これがなかなかに難しいのだ。
いかんせんそれがどういった存在なのか解らない。
そこで俺は理解を深めるため、これを“超次元白濁液”と呼称することにした。
そこからは早いものである。
超次元白濁……もういいや、このエーテルを操作出来るようになると、血流の如く全身に循環するよう動かす練習をした。
この後の工程を考え、呪文魔法をエーテルで再現することにしたのだ。
エーテルを全身に流し馴染んで来ると、途端に身体が軽くなった。
本来眠っているエーテルが活性化したからかもしれない。
一日で、このエーテル循環を簡単に行えるようになった。
ベストは無意識のエーテル循環だが、それは日常生活をしながら慣らしていくしかないだろう。
次はエーテルを集中させる練習である。
一度呪文魔法を発動寸前まで構築した経験があるので、その工程をエーテルでなぞればいい。
まずは全身に満ちたエーテルを左腕に集中させる。
一度体験した感覚のため、こちらも一日の練習でそれなりに安定した。
最後は魔法の発動だ。
ここからが難産だった。
どんな魔法が良いだろうか?
狙撃用の遠距離?
迎撃用の中距離?
はたまた攻撃特化の近距離?
色々な考えを巡らせた。
まず、あの時使ったのは電流だった。
雷属性というべきなのか、とりあえずイメージしやすいのは電流だ。
「うーん、電流、電気、PC……」
PCといえば俺の自慢のフォルダーは元気にしているだろうか。
超次元偶像精霊ブルームーンちゃんの秘蔵コレクションは消されたりしていないだろうか。
ブルームーンちゃん……?
ちょっと待て、何か……ナニか大切な事を見落としている気がする。
俺が最期に見たブルームーンちゃんはどうだった?
そう、いつものように恍惚の表情だった。
しかし、しかしだ。
何かあったはずなのだ。
電流で……、“電気で動く元気なキノコ”が。
「ハッ!?」
どうして見落としていたのだ。
こんなに身近にあったヒント、身近だからこそ気付けない発想。
そうだ、これはいわば一撃必殺の超近接魔法。
社会的にも諸刃の剣と言っても過言ではない。
今、高々に命名しよう!
俺がこの世界、パルスで初めて作った魔法!
その名は――
「腰砕きバイブフィスト!」
なんということでしょう
何の変哲もない可愛らしい子供の手が
イタズラ好きのグローム君も大満足の大人の玩具となってしまいました。
左手が目にも留まらぬ速度で小刻みに震えている。
凄い……、こいつは凄いぜ……。
エーテル循環の速度を局所的に操作することで、生身でありながら機械の律動を実現した匠の技。
「俺の左手が疼く……!」
「どうされたんですかグローム様」
「うおっ!?」
背後には、心配そうに前かがみになってこちらを覗き込むレキがいた。
いつの間に帰っていたのか、いつから居たのか。
驚きにバッと大きく振り返って、
俺の振動する左手が
レキの無防備な左胸に
「ンンッ……!?」
接触した。
してしまった。
超近接魔法、腰砕ぎバイブフィストは、発明より十秒で封印されたのだった。