第六話「明日への対価」
深呼吸して、騒ぐ心を落ち着かせる。
苦節三年、遂に魔法を使う日が来た。
窓を開け、ルミネと同じポーズを取る。
この小さな身体では反動が大きいだろうか、スタンスを広めに取り、掌を空へと向ける。
「燃える魂に宿りし火よ」
胸を中心に、全身に痺れを感じる。
下腹部が熱くなる。この何やらエロい感覚に近いものを感じるのは三年振りだろうか。
「赤き剣と化し」
全身が熱を持ち、ステーキが熱々の鉄板で熱されたような鈍い音がした。
何やら焦げ臭い、ステーキのようなそそられる匂いではなく、鼻につく臭いだ。
「我が血潮を……」
心臓を握り絞められるような感覚に、息が出来なくなる。
詠唱が……、途切れ――
「ささ……、げん……」
吐き出すように言い切った。
まるで脱皮のように、表皮が剥けたような嫌な感覚がした。
頭に電流が走ったような感じがして、続いて耳鳴りのような薄く耳障りな音が響く。
まるでチャンネルがズレているラジオのようだ。
完成した詠唱の後に生み出すのは赤き刃。
落ちそうな意識の中で、血潮を左腕に収束する。
ずるりと根こそぎ管から血液を持っていかれたような感覚、瞬間に吐き気が襲ってくる。
「……ーム……?」
(撃て)
よく知った美声がする。
独りだったはずだ、空耳だろう。
それとは別の、聞いたこともない粘っこい、気味の悪いおっさんのような声が“どこか”らか、頭の中に直接響いて来る。
今はこの赤き刃を練り上げ、撃ち出すことが最優先だ。
息が止まる前に、射出する。
「ファイ、アー……」
(撃て、撃て)
もう一言、それで魔法が完成する。
この世界での、パルスでの初めての魔法だ。
俺の血潮を糧に生み出された、試射には勿体無い最高の一撃。
血潮を糧に……?
何かがおかしい。
そもそも俺は、何故ここまで必死に魔法を撃とうとしているのだろう。
俺はもっと冷めた、独りクールなダメ男だったはずだ。
以前は閉め切りの二階を根城に、今では過保護にも、不釣り合いで優しい家族に愛され、部屋に繋ぎ止められているではないか。
もっと成長してからでも良いのではないだろうか。
明日頑張れば良いんじゃないだろうか。
明日じゃちょっと早すぎる、一週間後……、いや、一年後でもいい。
そもそも魔力とは何だ。
MP?
このあまりにリアルな感覚は、果たしてそんなゲーム地味たモノなのだろうか。
(撃て!)
「ソー……!?」
キモイおっさんの声に突き動かされるように火魔法を完成させる寸前、後頭部に鈍痛が走った。
これまでのような体内の痛みじゃない。
殴られた?
背後から?
誰に……?
この部屋には、俺しか――。