第二話「燃える心」
身体が小さくなり、真っ赤な髪の女性に軟禁されてより数日。
俺はどうやら子供……それも赤ん坊になっていることを認識し始めていた。
理解は出来ないが、なってしまっているのでどうしようもない。
最初は変な夢かと思っていたのだが、何度寝ても覚めないのだ。
薄々気付いてはいたのだが、どうやら俺はあの金髪の女性の子供らしい。
身体が自分の意思で思うように動かせないのだが、声を出せば真っ赤な髪の女性が世話をしてくれる。
メイドさんなのだろう、裕福な家庭である。
この部屋に電灯が無いのもあるが、とにかくこの赤ん坊の身体は睡眠を欲するので、夜などはそれはもう快眠である。
基本ベッドに寝たきりではあるが、生活習慣も改善された。
なんというか、生まれ変わった気分なのだ。
だとすれば、アレをナニして絶頂したことで俺は死に、前世の記憶を持って転生したとでもいうのだろうか。
ハハッ、なかなか笑える話だ。
一か月が経った。
俺は随分思考がはっきりしてきた……、というより気持ちの整理がついたといったほうが正確なのかもしれない。
金髪の母から母乳を貰い、
赤茶色の髪の多分兄であろうイケメンが土臭い手で頭を撫で、
同じく赤茶色の髪の恐らく姉である美少女が部屋で何事かしていく日々だ。
メイドさんは毎朝、俺の全身をぺたぺた触りながら何か呟いている。
何度も呼びかけられて、俺の名が「グローム」であると知った。
俺ももう日本人じゃないのか。親があれだし、そりゃそうか。
父親であろうおじさんにはあれから一度も会っていない。
出張か何かか、あの日は結構頑張って時間を作ったのかもしれない。
そう思うとほっこりしてしまう。
母親は「ルカ」という名前らしい。いつも自分を指さして連呼しているので覚えた。
エロい気分にならないのは血が繋がっているからだろうか、こんな女神のような美女が目の前にいるのに残念でならない。
たまに本を読んでくれるが、言葉が解らないので殆ど聞き流している。
英会話出来るようにしておけば……、とも思ったのだが、どうやら違う言語のようだ。単語だけでも覚えたい。
イケメンの兄は、たまに私服姿を見るのだが、かなりゴツイ。
いつもは鎧を着ているコスプレイヤーで、趣味は腰に提げた剣をなでなですること。
たまに盾も持ってきて、構えてドヤ顔する。様になっているのが腹立つ。
土臭いことが多いし、恐らく外でコスプレ仲間と格好良いポーズの練習とかしているんだろう。
コスプレのために身体作りまでするとは、なんとも感心である。
美少女の姉は、ふらっと来てぼうっと俺を見て、たまに反応してやると喜ぶチョロい奴だ。
テンションが上がると何事かを呟いて、俺の身体を宙に浮かせる。
マジで怖いからやめて欲しいのだが、驚いたことに手で触れずに高い高いするのだ。
もしかしたら、アレだろうか。
あの呟きが呪文で、魔法でも使っているのだろうか。
あの残念なイケメンの妹のようだし、実はただの痛い奴で、何か浮かせる仕掛けがあるだけかもしれない。
だがもし魔法があるならば、使ってみたいと思ってしまう。
超次元偶像精霊ブルームーンちゃんのように、前口上を名乗っている最中の悪の科学者を爆破してみたい。
三十六歳のおっさんが魔法の練習とかもう目に余る状況だが、幸い今は赤ん坊。
この見た目なら何とでも言い繕える。
ほとんど聞こえなかったのだが、姉の呟きを真似てみよう。
「おううえ、おうおお」
いけない、発声出来ない事を忘れていた。
姉は復唱した俺に感極まって、胸元で両手を合わせ「きゃあ」と黄色い声を上げた。
宙に浮いていた俺は落下した。
咄嗟にメイドさんが俺を抱き留め事なきを得たが、いくらベッドの上とはいえ、死ぬかと思った。
呆れた顔のメイドさんに二言三言たしなめられた姉は、しゅんとして出て行った。
しかし部屋の隅の方で静かにしていたメイドさんが、一瞬で俺の下に来たのはどういうことだろう。
あれも魔法なのだろうか。
一年が経った。
ようやく言葉を理解出来るようになった。
俺はフルネームが「グローム・レッドハート」だと知った。
残念イケメンの兄が「フリック・レッドハート」。
魔法少女の姉が「ルミネ・レッドハート」。
我が一族は熱い心を持っているのだろうか。
真っ赤な髪の俺専属のメイドさんは「レキ」だ。
相変わらず俺に付きっきりである。
髪が生え揃ってきて気付いたのだが、俺はごく灰色に近い金の髪をしている。
兄と姉が父親譲りの赤茶色の髪で、俺は母親に近い髪色をしているようだ。
瞳の色は、全員綺麗な青色だ。
最近の俺の趣味は、泣いたふりをしてレキに抱っこしてもらい、頬を乳頭山の山頂に掠めながら、ちょっと小ぶりな谷間に顔を埋める必勝コンボだ。
大変心が安らぐ。
変態心が満たされるのを感じる。
顔が綻ぶ。
対してレキは形容し難い表情でその鋭い眼光を俺に向けるが、逆効果だ。
俺がゾクゾクしてしまうだけである。
レキが俺に手を上げられないのは知っているのだ。
というのも、レキは過保護過ぎるのだ。
俺は半年もしないうちに四つん這いでの移動を可能にする野獣走法を身に着けたのだが、レキが部屋から出してくれない。
今しか出来ない愛らしフェイスで潤んだ瞳をぶつけても、扉をぺちんと叩いても、一向に部屋から出してくれないのだ。
そのため俺は仕方なしにレキの胸を堪能するのである。
有り余る子供の好奇心をレキにぶつけるのだ。
俺のレッドハートは止められない。
二歳になった。
「坊ちゃん、ダメです」
「坊ちゃん、危ないです」
「坊ちゃん、その本はいけません」
最近レキに坊ちゃん坊ちゃんと呼ばれるのが嫌になってきた。
中身おっさんだし。
せっかくのメイドだし、ご主人様とか呼ばせたい。
だが突然「ご主人様と呼べ」とか言い出したら変な目で見られるのは確実だ。
最悪「この子チョーキモイんですけどチョベリバ」とか言い出して、メイドを辞めてしまうかもしれない。それだけは避けねばならない。
何か別の呼び方を……、呼び名……?
そうだ、俺には立派な名前があるじゃないか。
「ぐろーむ」
「えっ、坊ちゃん?」
「ぐろーむ」
「ぼっちゃ……」
「ぐろーむ!」
「ぐ、グローム……様?」
にこりと笑んで肯定を示す。
レキは呆けている。
何せ今、初めて喋ったのだ。
俺も喋れるとは思わなかった。
生後一か月の頃、姉の呪文を真似て「おううえ、おうおお」と言ってからまともに話す気がなかったのだ。
舌と声帯を動かした力はもはや執念だ。
まだ長台詞は言えないが、初めての会話が親ではなくメイドというのが何とも、我ながら酷い親不孝に感じた。