第8話 大賢者オーラ 4
河を下る事を止め、陸地に上がりもうどのくらい歩いたのだろうか。昨夜の場所までろくに眠らずに進んだので、夜の食事と睡眠が有難かった。
翌日も朝早くから出発して山道を進んだ。オーラの居る場所までなんとしてもその日のうちに着きたかったからである。
あたりはいつの間にかすっかり雪景色になり、山肌に降り積もった雪が足元を埋め尽くし始めた。
朝、山道をアグニのサラマンダーに乗って進み始めた時の事だった。
上空を大勢の鴉の群れが飛んできたのだ――――。
「皆急いで降りて隠れろ! ……上にあたし達を探しに来てる奴らがいるぞっ!」
皆が見上げると空一面を覆う鴉の大群が右へ左へ木の陰などを見回すように飛んでいるのが見えた。その数、100や200の域ではなかった。
アグニの声に慌てて降りる全員は、思い思いの場所に身を伏せて、サラマンダーも姿を消させ鴉の捜索隊が行過ぎるのを息を潜めてやり過ごすのであった。
その為、今は雪山を自分達の足で踏破することになっていた。
雪に足を取られて思うように進めないが、それでも誰一人として不平を言う者も文句を言う者も居なかった。
しばらく進むと、雪山の中にはすっかり木々も消え岩肌ばかりになっていた。
一度山頂らしき場所にさしかかった。
低い山だが、周りには一面の広がる白色の大海原が広がっていて、空と雲と雪山以外に目に入る物はなかった。
そこから見える景色は爽快そのものだった。
辛い思いをして上がってきた行程を思い出して、ソウは今自分が生きてる事を実感した。
これが、生きてるって事だと思ったのだ。
辛いから、苦しいから、生きてるんだ、と。苦しいって感じれる、それが、生きてるって事なんだ、と。死んでしまっては、この今感じてる事を体験する事は、もう出来ないのだと。
かつて自分が死ぬ事を考えてた事が間違ってたという事を、改めて気付かせて貰ったような気がしていた。
大きな岩陰で休憩を取り、ゼロスの訓練を少し受けてまた急いで山を降りて行く事になった。
「お前は筋は良いが力が足りないんだな、後は毎日訓練を積むんで体力を付ける事が大事だ……」
歩きながらゼロスがソウの背中を叩いた。
その言い方にもゼロスの優しさが感じられた。
「あと、基礎練習を100回増やすとしよう、よし!」
「ええーっ!?」
勝手なゼロスの決定に、くたくたのソウが弱音を吐いた。―――― 「この調子で行くと、僕、強くなる前に死ぬかもしれませんが……。ま、それでも良いかな?」
そう言って頭を掻いて皆を笑わせた。
「実際、ソウ様の動きは素晴らしいですもんね……」
フィーネもすかさずソウの頑張りを褒め称えた。
「そうか……? こいつの動きはまだ無駄ばかりだ。あれじゃ敵どころか虫の一匹も殺せない!」
だが、一人だけソウの頑張りを認めないアグニの発言でソウも苦笑いを浮かべるのだったが。
「相変わらず酷いな……アグニちゃんは……」―――― ソウは思わずアグニの名をそう子供を呼ぶように言ってしまった。
「な、な、アグニ……ちゃん?」
アグニが血相変えてソウを追いかけると、ソウは思わず間違えて口走った自分の言葉に気付いて、全速力で逃げて行くのであった。火球をソウのうしろ頭に投げつけながら、器用に追いかけあう二人。
皆がその姿を笑って見てると、疲れて立ち止まるソウに追いついたアグニが背中を掴んで不意に聞いてきた。
「おい、昨日の夜、おまえら何を話してたんだ……。その……フレイヤと2人で?」
「え?」―――― ソウはあまりの唐突なアグニの質問に目を丸くする。「起きてたんですか、アグニさん?」
「まぁな。……なんか話し声が聞こえて見たら、あんた達が話してたんだよ」
アグニは咄嗟に自分は最初からは聞いてなかったんだよ……みたいな感じで誤魔化してみせた。
その言葉に、ソウは少し考えるように黙り込んだ。どう言ったものか言葉を探すように。
「何も話してませんよ。ただ、フレイヤさんが謝ってくれただけなんです。自分の力が足りないからこの僕をこの国に呼んでしまったんだって、そんな事無いのに……」
話の内容によってはからかうつもりだったアグニだったが、ソウの話を黙って聞いていた。
どこか怒ったように呟くソウの横顔を見ていたら、不意にアグニはそんな事を言った。
「お前、まさかあの女が好きか?」
「へっ!?、なに、何!?……」―――― アグニの再び唐突なツッコミにソウの焦りは最高潮に達する。「なんて事を言うんですかーーーっ!?アグニちゃんっ!」
急いで、全力でソウはそれを否定するように大声を上げた。顔の汗が尋常じゃない。
「何を慌ててる、その……人としてだ!」―――― と言いながら、アグニはソウの勘違いを訂正した。それにドサクサに紛れてアグニちゃんっ!……ってなんだっ!と蹴り込んだ!。
「なんだそうだったんですか……。死ぬかと思った……。もちろん大好きですよ~……フゥ~」
ソウは肩で息をした。
しかし、それでアグニは何かを悟ったように悪人の顔になってニヤリと笑った。
「そうか、それなら良いんだがな~」そう言うとアグニはチラと後ろのフレイヤを見てこう続けた。
「あいつさぁ~、乳はデカイが、色気ってもんがからっきし無いからよ。……まぁ、今度いっちょお前が指導してやってくれよ、女の色気ってもんをよ~……あはははっ!」
ガンッ!
すると、後ろから飛んできたレーヴァテインがアグニの頭にヒットした。アグニの目が地面へ飛び出して転がった。
「何、勝手な事言ってるんだこのお子チャマがーーーっ!」
二人が驚いて振り返ると、フレイヤが次に投げるゼロスのイラを振りかぶってアグニに向かって鬼の形相をしていた。どんだけ地獄耳なんだか……。
そのままフレイヤがアグニの息の根を止めようと突進してくる。
その様子を見ながら、アグニはその場で走りだす格好をしてソウに呟いた。
「でもあたしは、あいつがこの国で一番好きなんだ!……あいつはあたしに嘘をつかないから!あたしの事を他のやつと同じに扱ってくれてる、ただ一人の奴だ。そんなあいつが好きなんだ!いつでも一生懸命で、いつも一人で背負ってばかり。だから、お前にあいつを支えて欲しいんだ。それがあたしの願いなんだ!……」
不意にアグニは子供らしい笑顔で声高らかにそう言った。
「あと、あたしの事は”アグニ”で良いよ……。それがフレイヤやゼロスがあたしを呼ぶ、呼び方だからさっ!!」そこまで言ってアグニは走り出した――――「ヒエー……鬼のフレイヤが出た~っ!」
ソウはなんだか晴れやかな気持ちで走り出すアグニと、通り過ぎざまにソウに何かを言おうと口をパクパクさせるフレイヤを見て微笑んでいた。
なんだか、このままここにずっと皆と居たいとソウは思っていた。
このままこの楽しさが永遠に続いてくれれば良いと想い始めていた。
このままずっと。このまま皆と一緒に……。
そんな想いのソウの目に雪山の中に、赤々と燃える炎に包まれた黒い螺旋にねじれた塔が飛び込んできた。
「あれが、大賢者の居る『炎の螺旋塔』ですか……」