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第7話   大賢者オーラ  3

 あまりにも長い川岸での押し問答を追え、一行はオーラの居ると言われる『炎の螺旋塔』に向けて出発する事にした。

 見上げれば、すでに東の空が明るみ始めていた。


 時間がない為、宿などを探して睡眠などを取る事は出来なかったが、代わりにアグニが呼び出したサラマンダーの背中に人も乗れる大きな馬具を備え付けて、それに乗って少しの間ソウとフィーネは眠りに付けた。


 昼の間は火の精霊の背に乗って移動できた為かなりの距離を移動できたが、夜に掛けては目立つ為に夕刻を向かえて山肌のむき出しでない場所を選んでそこで休む事にした。

 その日の夕刻のとある休憩の場所では、少しの空いた時間でゼロスがソウとフィーネに剣の受け方や基本的な動きの基礎を教える事も出来た。いざと言う時フィーネも危険であるのと、ソウにもっと実践で身を守ってもらう事が出来ると、ゼロスも戦い易いと考えたからである。


そのため、いつの間にかソウには厳しくなってるようで、時折フレイヤに注意されて気が付くという場面があった。


「あはは、いつの間にか新兵に教えているつもりになったわい。いや、すまなかったな……」


「いえ……、もっと教えてください。ゼロスさんの言う事ならなんだって出来ます、僕!」


 そう言ってゼロスは頭を掻く。

 そのゼロスの言葉にソウは笑って汗をかきながら、殊勝な事を言った。

 そんな言葉を聞いたゼロスは内心穏やかでなかった。

 見上げるソウの顔を見て、なんだかソウを自分は好きに成ってる事に気付いたからである。思わず照れ笑いをして小手調べと称した訓練を終了した。



 食事は質素になる筈だったが、案外、それはなかった。

 グラズヴォルにいきなり襲われた為に馬に乗せていた酒や食料と武器は失ってしまったが、その代わりアグニの用意した多少の毛布と食料が有ったので、その晩の食事は何とかなった。

 あとはソウの荷物に入っていた僅かな食料とゼロスの荷物にも残っていた物がある為、数日の山歩きは出来そうである。

 しかし、ここからの道は雪道に成るとフレイヤに言われた。

 何しろ、大賢者が隠れ住まう場所で、あまり王国の騎士も近づいた事は無いらしかった。

 現に、今もソウは寒かった。恐らくは皇女であるフィーネも寒いに違いなかった。男の自分でも寒いのだから。

 しかし、フィーネは何も言わずこの一行に付いて来ている。それも、一言も文句も言わずに。

 それは国王、自分の父クルーガー王を自分の手で探すと決めたからだ。自分で見つけると。足手まといには成らないと言ったから……。


 その気持ちを思うとソウは自分では何が彼女達の為に出来るのかと考えた。


「勇者と言われたが、本当はそんな物じゃ無いから……」


 頭にそんな言葉が浮かんできた。

 しかし、それを急いで打ち消した。

 今は、そんな事を考えてる暇は無い――――と直ぐに分かったからだった。

 今、出来る事を全力でフィーネやゼロス、アグニやフレイヤの為にしようと思ったのであった。

 今、出来る事を――――フレイヤの為に……。


 ソウは、火の回りで休む仲間を一人一人顔を見ていたが、火の周りから離れて一人で座って見張りをしているフレイヤを見ていた。

 少し遠くに居てもフレイヤの美しい顔が見えていた。

 時折、遠くに目を凝らしながら真っ直ぐに開いているフレイヤの瞳が炎の光に揺らめいて綺麗だった。

 ソウは、そのフレイヤの横顔に心を奪われていた。

 いつまでも見ていたいと、本人でも気が付かないうちに心の中にそんな暖かな気持ちを持ってしまっていた。

 見ていると昼間、訓練で休憩した時の事を思い出していた。


 ゼロスとソウで岩に腰を降ろしていた時、フレイヤを見ていたゼロスが不意にそんな事を話し出した。


「変わらん人だな……団長は。いつもあんな感じで周りを見て周り、敵のからの襲撃に備えて。その上、フィーネ様やアグニの事も忘れていない……」


 見つめるそこでもフィーネの足の痛み具合を調、履物を掃除していた。そして、黙って何かをしながら時折顔を上げアグニの様子も気にしていた。全く休む事もないのだ。


「全くです」――――するとソウが訓練を通して打ち解けてきたゼロスに何気なく聞いていた「フレイヤさんとは、長く一緒の騎士団なんですか?」


「そうだ!―――― あんな事が無かったら、ずっと今も王国騎士団の近衛部隊としての任務に一緒に着いて居たろうに、困ったものだ。騎士を辞める日が来るとは思わなんだ。ハハハッ!……」――――しかし、そう言って笑うゼロスの横顔が寂しそうであった。


「あんな?……事ですか?」


 ソウの問いかけに、ゼロスは黙って頷き、何か重いものを吐き出すように話し始めた。


「あれは、団長が訓練をかねて東の森のゴーグを討伐に行った時の事だった。新兵ばかりの行軍だったが、難しい任務でも無く、ワシよりは劣るが正規の騎士団の人間も同行していたんだ。

 しかし、その日運が悪い事に、城下町へのクルーガ王の視察が急に決まったのだ。聖騎士である団長の任務は王を守る事が1番だ。しかし、王は団長を呼び戻さなかった。そして、団長も新兵の行軍の指揮がある為戻らないと判断した。

 だが、不味い事に王の馬が怪我をした。

 不吉の前触れと王国付き魔法使いルイグヴィが団長を呼び戻した。団長は従う為、残る新兵に聖騎士団のかわりの指揮官が着任するまで待機を命じたのだ。残った者の中にもバロウという隊長クラスの人間が居たが、ヤツは任務を軽視する不真面目な所があったからな……団長は万全を期す為に待機を命じたのだ。

 ルイグヴィという魔法使いのあの判断は正しかったのだ。ワシも同行したが、やはりクヴァシル族の襲撃を受けたのだから。

 だが、王を無事に襲撃から守ったワシらが城へ夕刻までかけて戻るとそこへ早馬が駆けてきたのだ。東のゴーグを討伐に行った者が全滅したと。

 ワシと団長はすぐにありったけの力で馬を走らせ駆けつけたよ。

 しかし、そこにあったのは、ワシらより先に駆けつけた騎士団に斃されたゴーグの死体と、バロウや新兵の変わり果てた姿だった。

 指揮官に任命した団員が着いた時には、すでにゴーグの森に向かった後だったそうだ。騎士団が息も絶え絶えの新兵に駆け寄ると新兵が言ったそうだ『バロウ隊長が進軍を決めたが、ゴーグの力には敵わなかった……』と。そう言うとその新兵も息を引き取ったらしい。

 十数名いた新兵とバロウも全員失ったよ。

 団長は、誰一人も救えなかったとその場でいつまでも悔やんでいたよ。

 命令を聞かなかったのが最大の間違いだ。

 クルーガー王も団長に詫びた。自分の起こしたも同じだと。

 しかし、団長はそうは言わなかった。

 新兵だけを残して帰還した自分の責任だと。命令に従えない新兵を、判断の行き届かない団員を残した事を王や兵士の家族に何度も謝罪していた。

 誰も団長の責任でない事は分かっていた。

 けれど、団長はそれを受け入れなかった。責任を取って聖騎士を辞して任を降りたのだ。せめて、兵の弔いが出来るようになるまで、自分の出来る事をすると言って。

 それからは一般兵士に混じって今まで以上に働いたぞ、2人で。それこそ、他の兵士の3倍は働いたぞ、なにしろ元々凄い人だからな。団長はその時言ってたよ。『もう部下を殺すわけには行かないと。もう誰一人も仲間を無駄死にさせることはしては行けないのだから』と言って。

 そういう言う人なんだよ。ワシもそんな団長だから、あとを追って同じ道を選んだんだ……」


 ゼロスは照れくさそうに頭を掻いて「つい言い過ぎてしまったよ……」とソウの背中を何度も叩いた。


 ソウには、それがなんだか眩しかった。


 その時の事を思い出して、ソウは考えていた。

 フレイヤが先頭に立って戦うのはその為だったのだと分かったのだ。誰も傷つけさせない為に、その命を守る為に。


 ……と、気が付くとフレイヤがソウの視線に気付いてこちらを見た。

 慌てるフレイヤが下を向く。

 そんな仕草を見ているのに気付かなくて、……だが、今まで見ていたフレイヤのたどった動きにやっとソウは気付いて、いきなり正気に返って慌てる始末。それにはフレイヤも噴き出して声を上げそうになった。


 笑って、フレイヤが手招きをする。

 眠りこくる皆を起こさないようにソウはフレイヤにそおっと近づいて行った。

 ソウがフレイヤの傍に毛布に包まって腰を降ろした。

 見つめるソウを恥ずかしそうに横目にチラっと見やってフレイヤは口を開いた。


「すまないな……。申し訳ない、私が不甲斐ないばかりに。こんな所まで来させてしまって……」――――フレイヤは毛布の中で、くぐもった声で言った。


 いきなりのフレイヤの謝罪にソウは慌てた。


「え? 何でですか、フレイヤさんが謝る事なんか一つも無いのに! 何もフレイヤさんのせいなんかじゃ無いでしょ!?」


「悪いな、ソウの言ってくれる言葉で十分だよ。しかし、悪いのはこの私の力量が無いのが全ての原因なんだ。私が、一人でも国王探索が出来ればソウをこの世界に連れて来る事なんか必要無かったのだ。いや、そもそも私が国王と一緒に行軍さえしていれば、こんな事など無かったろうに……。私が騎士を辞めてさえ居なければ……」


 フレイヤの言葉は後悔の言葉と、ソウをこの世界に呼び込んでしまった事への謝罪の言葉ばかりであった。

 しかし、ソウはそんな言葉を聴きたくてフレイヤの傍に居るのではなかったのだ。


「何言ってるんですか、そんな事。そんな、僕はただ……」


 何かを言おうとしてフレイヤと目が合った。フレイヤがソウの瞳を真っ直ぐに見ていた。


 ただ……。

 ただ、自分は何の為に戦ってるんだって言おうとしたのか?

 不意にソウは何かに気付きそうにそうになった。

 フレイヤを見ていると胸が熱くなってくる――。

 いったいそれが何なのか、ソウには説明がつかなかった。

 説明の付かない気持ちに、ソウはなんだか怖くなった。


 しかし、そんなソウの気持ちを分からないフレイヤは不意に謝るのを止めた。


「しかし、ソウには礼を言う。強引に連れてきてしまったのに、今また私を慰めてくれて。必ずソウは元の世界に戻して見せる。必ず王を見つけて、ソウを元来た世界に返して見せるから、安心してくれ」


 そう言ってフレイヤはソウにガッツポーズをして見せた。――――「このフレイヤに任せてくれ! だから、ソウは明日の為にしっかり寝ていてくれ。ソウが倒れたら元も子も無いからな、また奴らが来たときソウが居ないと始まらないから!」


 フレイヤは笑顔でソウを納得させるように頷いた。

 ソウは何かを言おうとしていたが、気を取り直してフレイヤの言葉に大きく頷いて見せた。

 ソウは笑って、また自分の場所へ戻る為に動き出した。 


 その2人の姿を、アグニだけは寝たふりをして黙って背中できいていた……。

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