第17話 ロウランの回廊 1
トンネルのような大広間では、王都奪回成功の祝宴が最高潮に達しようとしていた。
闇羽族の族長ガルズウェンの頼みを聞き、東の森にあるジェノザード城に『不落の魂』を取りに行く為、魔法の技術者の民スヴェライを探し当てたソウとアウランとオーラの3人であったが、その住居兼王都が何物かに居座られてる為、その謎の相手の討伐に同行する事に。
スヴェライのリーダー、オーディル達と王都の謎のサファイヤドラゴンと魔神に変化する敵と命からがら戦うが、ウィズンログが『叡智の器』の産物だと気付いたソウの活躍で、スヴェライの王都アルスヴェーの奪回に成功するのであった。
「王都奪回が成功したのは、この光の国の人間と賢者と……ついでに闇羽族のアルフのお陰かな?」―――― ウィズンログを『叡智の器』に仕舞い込む事に成功した
オーディルが、皆を見回して小声で聞いてきた。
皆はそわそわと前かがみにして肩をすぼめて近づけると、皆一応に頭を小刻みに震わすのであった。頷いてるのだが、まるで震わしてるようにしか見えない。
するとオーディルは皆のその返事を見てニヤリと気味悪い笑顔を見せるのであった。
「今夜は、宴じゃーーーーーーっ!」
「ヒャッホゥーーーーッ!」
一斉に皆が両手をつき上げて、広間で歓声を上げるのであった。
大広間に火を起こし、肉や魚をふんだんに使った料理がテーブルにおいてあった。
皆も思い思いの酒を飲み、隣の者と話す者、歌を歌って肩を抱く者、大声で放す声が大きいと騒ぐものなど、皆大喜びで騒いでいる……。
「お前さんは、呑まないのか?酒が嫌いか?」
だいぶ酒が回ったブロックリが酒瓶を持ってソウの前に座ってきた。身体が小さいから酒を注ごうとしてる高さがさらに低い。
「いや、この子はまだ子供だから飲んじゃダメなのよ、分かるでしょ?スヴェライならそれは無いかも知れないけど」
その酒の入れ物を伸ばしてくるブロックリの手を、アウランが遮る様に掴んだ。
「お、なんて事するんだ、アルフの姉ちゃん、酒が飲めない年齢なんて有る訳ないじゃろ。おかしな事を言うなっ!? あ、そうか、おれの酒を掴んで横から掻っ攫う気だな? そうならこっちにも覚悟があるぞっ。ほれ……」―――― そこまで言うと、ブロックリは酒を突き出して、アウランに、そう呟くのだった。「掻っ攫われる前に、俺が飲ませてやろう……。ほれ?」
目を丸くして二度見してしまったアウランに、ブロックリはニヤッと笑って、手で酒を呑む真似をするのだった。
あれほど嫌っていたアルフ族の自分に、今、皆は酒を勧めてきた。
アウランは少し涙があふれて来るのを堪えて、ブロックリに自分のコップを差し出すのであった。
「僕も一緒に飲めると有るがたいんですけどね。本当は、皆と酒盛りがしたい気分なんですが……」
「それは、残念。『光の国の決まりは守るべし』……なんて、思わないけど。子供には未だ早いよ!」
ソウが見てる前で、並々と注がれた酒を見事に飲み干したアウランがそう言い放った。
で、ソウをちらと見ながら、ブロックリの酒瓶を取り上げ今度は注ぎ返していた。
「子供って……。アウランさんって、凄い飲みっぷりですけど、いったい幾つなんです?」
「あたし?」―――― アウランは自分を指差してソウを見つめた。「時間の流れはかなり違うけど、たぶん、ソウと同じくらいかな?」
「え?……」ソウはあっけにとられてアウランを見て笑った。よく考えたら、アウランはアルフ族で、オーラに言わせると、ずっとこのぐらいの背格好らしい。この何年かは。忘れていたよ、寿命は無いんだって事を……。ソウは自分の質問の馬鹿さ加減に、嫌気が差した。
ブロックリと楽しそうに呑んだアウランが、また別のスヴェライの所に酒を注ぎに行こうとするその光景に、なんだか自分がやった事への誇らしい気持ちで嬉しさがこみ上げてきた。
自分やオーラとアウランが一緒にスヴェライに加勢して、アウランは皆に信頼してもらったのだと、嬉しくて涙が出てきた。
過去に何が有ったのかは分からないが、きっと、誰もその事を言い出さないが、アウランを通してアルフの民をスヴェライの皆は信じても良いと思って来てると、ソウはその時思っていた。
出なければ、こんなに、皆がアウランと仲良く酒が呑めるはずが無い。
「かつて、アルフ族の者にスヴェライが罠に嵌められ、一族がその住むべき土地と宝を失った事があるのだ。どんな事情が有るかは知れぬが、その時の事をスヴェライの民は、一生忘れぬと誓ったと聞く。その時、アルフと戦って死んでいったのがオーディルの父だそうだ。『不死の王』の大戦のずっと前の事じゃがな……」
アウランが憧れの戦士、ヴェイドに酒を勧めすぎて嫌われてるのを遠く眺めながら、オーラが静かに言うのだった。
それを聞きながら、ソウも更に今こうしてる事の大切さを改めて感じるのであった。
供に戦い、命を欠けて戦ったからでこその、尊い時間だと、ソウもその時思うのであった。
「何しんみりしてるのでほれ、お前さんも呑まんかい人間の賢者よ!」
するとオーラの後ろから声がかかった。
振り返るとヴィトがオーラに酒を向けて笑っていた。
「これはすまんの……スヴェライの賢者よ!まだまだ、祝宴はこれからじゃからなーーっ!!」
オーラも嬉しそうにヴィトの酒を貰って、大声で笑って言うのであった。
皆が、住むところと、宝を守る所と、王都と決めて守りたかった物を、皆の力を合わせて守りきれて、本当に大声で叫びだしたいくらい嬉しかった。
大事な物の為に戦う、その事が本当に大切だと、ソウはこのスヴェライの民と一緒に戦って改めてそう思うのであった。
その為、気がつくとあまりに嬉しすぎで、オーラが裸踊りを始めて、皆が笑い転げてしまっていた。
アウランにいたっては、目を手で隠しながらオーラの辞めてくれと騒ぎまわった。
「アウランさん、その手の指の間から見てるのが分かり易過ぎますが……、大丈夫ですか?」手の指を開いて顔を隠してるフリをして見ているアウランに、ソウがすかさず突っ込みを入れて、また大笑いをする。
「そんな筈無いでしょ?こんな老いぼれ○〇ーさんの裸なんて見たって嬉しい分けないでしょ、ソウのおばかっ!」
「何が老いぼれじゃっ?!まだ、ワシは現役じゃって何度言ったら分かるんじゃ?。これでも都じゃワシが道を歩けば、若い子が追いかけてきて歩き辛いったらありゃせんよ!順番に相手するのも大変で、デートの順番待ちが5年先まで埋まってる状況なんじゃ」
アウランのその声が聞こえると、オーラが悔しそうに見え見えの嘘を大声で言ってきた。
「オ~!」
皆が感心したように、オーラの言葉にため息をついた。
するとそれを聞いたアウランがまた厳しい一言をビシッと言うのでだった。
「ま、その5年後には、この世に居ないかも知れないけどね?」
また、その声に皆がドッと笑い声を上げた。
それを見て、オーディルも、ヴィトも、アウランも、ソウも、スヴェライの皆も、オーラでさえも笑い声をあげるのであった。
「ねえアウランさん、あの酒瓶で例のこう……物が宙に浮くやつやって下さい!」
ソウの提案で、アウランの穏剣を宙に操ってウィズンログに攻撃した時の事を言うのだった。
「お、イイね!」と、どこからか声が掛かると、チラリと見やったアウランが、仕方ないなと肩を回して見せるのであった。
「はいよっ!」
すると、フィラーリの目の前の酒瓶が宙に浮き出して、皆の見上げる中アウランの目の高さまで上がってくるのであった。
「私のソウルフレイムは『射手』と言うもので、物を操る能力なんだ……」とそこまで言うと、前に見たロープのついた穏剣を一つ浮かすと、それも宙に制止させて言葉を切るのであった。
ガシャンッ!
穏剣がその瓶を貫いて酒と一緒に瓶の破片が地面に散らばるのであった。――――「こんなもんかな?」
皆が感心したように歓声があがる。
満足げな顔のみんなを他所に、浮かぬ顔になったアウランのその表情をソウは見逃さなかった。
「どうしたんです、あれほど凄いソウルを遣っていて、なんて顔するんですか? アウランさん」
ソウの言葉にアウランは浮かない顔で答える。
「操れる、操れるけど、それは人や樹など感情の無い、意思のない物しか操れないの。操る……というより、”動かせない”と表現したほうが良いんだけどね」
アウランは寂しそうに言った。
「”意思のない”物?」
「そう。生きてる者は全てダメ。全て試してるから今更言わないでね。さっきも言った樹や水や風、火などもそこには生きている意志があるのよ、それは、動かすことが出来ないの。一番操れたら便利そうな”人”に関してもまるでダメだった。理由は分からないけど、動かすことが出来ないの。人=敵を操れる事が出来たら戦わないで済みそうなのにね、まるで役立たずだわ、私の能力は……」
少し、すねたように別な方向を見てアウランは吐き捨てるように説明してくれた。
アウランがこの力を使う一番の理由が、相手を戦わずして降伏させる事なのかも知れないと、ソウはその時感じた。それほど、優しい人なのだと思った。
それなのに、自分でその事をアウランに聞いてしまったのだと思った。
アウランが一番気にしてる能力の事を、自分は何も考えずに……。
「そんな事ないですよ、それは凄い事です。アウランさん!!」しかし、ソウはアウランに声をあげた。
「物を動かすことなんか、誰にも、ここに居る誰にも出来ないんですよ、なんで、そんな悲しい顔して言うんですかっ? 石や、鉄の棒を飛ばしたり、剣や、車を、自在に操って、敵を押し止めだって出来る。なんて、素晴らしい力なんでしょうっ!? 僕には、そんな素晴らしい力無いのに、うらやましいだけですよ。自慢話としか思えませんでしたよ、嫌な女だ、アウランはっ! イーーーだっ!」
ソウは怒った振りしてアウランに舌を出した。
その顔を見て、アウランも少し顔をあげて微笑んだ。
「無いものねだりですよ、アウランさん。人の気持ちを知ってるから、優しいから、きっと意思の有る”人”とかは操れないんですよね?。きっとそうです。人の気持ちを踏みにじってまで、操る『射手』の能力を使わないように、独りでにしてしまってるのかも知れないから。僕の知ってるアウランさんなら、そうに違いないです。僕が……、僕が保障します!」
ソウが胸を手で二度ほど叩いて、アウランに頷いて見せた。
「ソウ……」
ソウの顔を見つめ、アウランは何かを言いそうになって、思い直して辞めた。
ソウも、何かは分からないが、アウランが何かの言葉を飲み込んだと分かったが、それは聞かない事にしていた。
オーラもまた、そんなソウとアウランを遠くに見ていて、困ったように頭を掻いて苦笑いをするのだった。
「だから、そうゆう事なので、今日は朝まで飲みまくりましょーーーーーっ!」
え?
すると、いきなりソウがおかしな事を言って、腕を天に突き上げるのであった。
見ると、なんだかソウの顔が赤い。
落ち着いてみると、なんだかアウランの事をよく言ってくれてた時も呂律が回ってなかったような気がしていた。
「誰が、ソウに酒を呑ませたんじゃーーーっ!?」―――― アウランが大声を張り上げて、辺りを見回した。
「ワシじゃよ」
とぼけたブロックリがまた眠たそうな目をして、アウランに親指を立てて、頷いて見せる。
「そんな事気にしてないで、この大きいバストを操るのも見せてくれ~~~……っ!!」
オーラがアウランとソウの身体にいきなり飛びついてきた。手はしっかりアウランのバストへ向かっていた。
オーディルとフィラーリもそうだそうだの大合唱をして笑ってる。
寸での所で、アウランの穏剣がオーラの手を突き刺して止めていた。
「そうですね?!。そうゆう事なんで、今日は呑みまくろうーーーーっ!!!」
ソウもその時はすでに酒にメロメロになっていた。
「オーラーーーッ!もういいっちょ、二人で裸踊りいくぞーーーーっ!!!……」
ソウのその掛け声と供に、オーラとソウが一番大きなテーブルの上に飛び乗った。
そして、二人で顔を見合すと、「せーの……」と掛け声をかけて服に手をかけると、アウランの回し蹴りが飛んで来るのであった。
「ソウまで一緒に裸踊りして、どうすんじゃーーーーいっ!」
皆が大笑いする中、祝宴は、いつまでも、いつまでも続くのであった…………。
目を覚ますと、天上に近い窓から陽の光が沢山差し込んでいた。
光の感じから、もうだいぶ昼も近いような感じだ。
ふと、身体を起こそうとすると頭が割れそうに痛い……。
「?」
これは何かと考えると、どうやら自分はみんなと王都を奪回した宴を開いたのが嬉しくて、お酒を呑んで、そのまま騒いでたのが徐々に思い出されるのであった。
『郷に入ったら郷に従え』という諺も在るとおり、日本男子としては、フェイルーンではお酒を呑むのに『年齢制限なんて無い』と言われたので、ソウはそれを聞いた辺りからお酒を呑んで、記憶が曖昧になってるのだった。
フッ……。
「面白かったな……」オーディルやヴィトと肩を抱き合ったり、ヴェイドとは腕相撲して即効で負けたのも思い出すと笑ってしまったが……。
何か、アウランに言われてた感じがしたが、思い出せずに頭を抱えた。
それと、オーラの裸踊りも見た気がするが、果たしてそれは本当の事だったのかどうか、今の自分では判断が付かなかった。
見回すと、まだ半数のズヴェライ達は寝ていて、朝まで続いた祝宴の壮絶さを物語っていた。
「ほら、スープでも飲んで目を覚まして……」
不意に、下を向いてるソウの前に湯気の上がるスープを差し出す手があった。
アウランである。
ソウが見上げると、アウランも眠そうな顔をしていたが、カップを渡した後は寒そうに自分のカップを両手で持って、ソウの隣に越し掛けるのであった。
熱そうなスープをフーフー冷ましながら、アウランは駄々広い大広間の遠くを見つめながら、呟いた。
「しかし、昨日はいつの間にソウもあんなに呑んだんだ。まさか君があんなにスケベだなんて驚かされたよ……。大人のあたしが舌を巻くくらいで……、まさかあんなに○○○いなんて、お姉さんもビックリ」(ここはいつから18禁になったんだ?)
と言って頬を両手で抑えた。
ブゥーーーッ!
それを聞いて隣でソウが飲んでたスープを全部噴き出した。
「な……な……?」
ソウの口があわあわと言葉にならず開いたり、閉じたり……。
アウランの顔を覗き込んで、ソウはアウランの真意を確かめようとその場で確認しだした。
「なんでそんな事言うんですかアウランさん?まさか、僕何か失礼なことアウランさんや皆の前でしたとか……?」
「あら、全然してないわよ!……」アウランが即座に軽く答えたので、ソウもホっと肩を撫で下ろした。
「皆の前であたしのオシリを触りまくったのと、裸踊りをして騒いで皆で寝かせるのが大変だったぐらいかしらね……。可愛いもんよ」
チーーーーン。
胸を撫で下ろした直後のソウの顔が一瞬で凍りついて、そのまま頭を下げて一貫の終わりを見せるのだった。
「そんな……。アウランさん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
平謝りのソウが後ろで土下座すると、それを見ながらオーラが近づいてくるのが分かった。
「あ~、オーラ~助けてもうお終いだよ、昨日僕がなんか凄い失礼なことアウランさんにしたみたいで、もう死にたい~」
オーラにしがみつくとソウは何も覚えてない事をオーラに告げて、アウランに言われた事を言うのだった。
「何、おまえさん酔っ払ったソウに嘘言ってるんじゃ、からかうのもいい加減にせよ」
ソウの訴えを聞くと、オーラはアウランに向き直って詰問するように指を立てた。
え? ―――― キョトンとするソウを他所にアウランは機嫌よく答えるのだった。
「だって、酔っ払って覚えてない人をからかうのは楽しいじゃない」そう言うと舌を出してその場から立ち上がった。「それに、オシリを触りまくったのは事実だしっ!」
ソウを振り返って、今度は舌をアッカンベーする。
「ええ? それは事実なんだ……」―――― それを聞くと、ソウは一層深刻な顔をして自分の手を見つめた。
あんまりからかったので、一瞬悪い事したかな?……とアウランが声を掛けようとソウの肩に手をかけると、ソウが思いつめた声で言うのが聞こえた。
「アウランさんのオシリを触りまくったなんて……、なんで覚えてないんだ、俺のバカッ!!」
パコンッ!
「何を悩んでるかと思えば、そこなんかいっ!」―――― アウランはだんだんツッコミが絶妙になってきた。
それを笑ってみてるオーラが奥の方から近づく影を認めると、真面目な顔をしてひと言呟くのだった。
「そろそろ、準備が出来たようじゃ、わし等も出発しようかの……」
その言葉にソウが奥を見やると、オーディルとブロックリが何か箱のような物を持って近づいて来るのが見えるのであった。
「ジェノザード城までの道中は、非常に厳しいぞ。本当にワシ等の護衛も要らんと言うのか?必要ならヴェイドやフィラーリも途中まで護衛につけても良いのだぞ?」
「いや、それは申し訳ないから、このまま三人で行きますよ。有難う。オーディル……」
オーディルの前に立ち、ソウもはっきりした口調で答えていた。
もう旅の準備がすっかり終わっているソウ達三人がそこに立ってスヴェライの皆に囲まれていた。
王都アルスヴェーの入り口の近く、扉が開いたそこから外の陽の光が射して明るくなっていた。
「約束の物はここにちゃんと作り終わったよ。ジェノザード城の扉を開けるには『主無しの鍵』が必要じゃ。魔法の鍵で無いと、開かぬようになってるからな」
オーディルがソウの前に箱を開けると、そこには金色に輝く数本の鍵がついた鍵束が入っているのであった。
「おぅ……」
それを見るとオーラが嬉しそうに呟いた。獅子の細工を施した、素晴らしい出来栄えの鍵束だったのである。さすが天上の細工師とまで言われるスヴェライの高度な技術だった。
うやうやしく受け取るソウが、頭をゆっくりと下げてそれをポケットにしまうと、ブロックリがもう一つ箱をソウの前に突き出して、渡そうとするのだった。
「なに?」―――― ソウが、ブロックリに聞いた。
ソウ達がスヴェライのみんなに頼んだ物は、ジェノザード城の鍵だけだったはず。他の物が何かあるとは思ってなかった。
「何か旅の途中で食べる物とかかな?」
ソウがそう言いながらブロックリの顔を見ると、黙って箱を開けるようにブロックリが促して見せた。
「え?……」
箱の留め金を開けてふたを開くと、そこには小さな船の模型みたいな物がとめてあった。
それを手にとってソウはブロックリの顔を見て首を傾げた。
「これは……」
「時間が余ったから、ついでに作ってみたんじゃ。たまには使ってスヴェライの技術の自慢をしといとくれ。……これをスヴェライ一の技術者に作ってもらったってな!」
そう言うと、笑ってソウの足を叩いた。
「え?……ブロックリ……」ソウは嬉しそうに、笑いながらブロックリに抱きついた。「大事に使わせて貰います。それで、皆に一生自慢して回りますよ。有難う、ブロックリ!」
オーラと、アウランもその光景に頭を少し下げて、礼を言うのだった。
「後一つこれももって行けば良い。元々、ワシ等のものじゃないし……」
そう言われると、オーラの後ろにヴィトが立って何かの本を差し出してきた。
それは皆を苦しめた『叡智の器』であった。
振り返りその本を数瞬眺めたオーラは何かを思いつくと、ヴィトと周りのみんなに再び礼を言ってそれを鞄にしまうのだった。
「こんな物、あってもここではあまり意味がないじゃろからな。ワシ等の世界に持って行って、何かの記録に使ってもらうとしようかの?」ヴィトに向かって言うと、ヴィトもそれが良いとオーラに握手するのであった。
鍵を貰い、魔法の船の模型みたいな物を貰った三人は、並んだスヴェライの皆に握手をして扉に近づくと、いよいよ出発の挨拶をする時が迫ってくるのであった。
「名残惜しいですが、急ぐ旅なので、このまま行きます。色々と準備も有難う御座いました。皆……」
そう言うと、荷物にぶら下がった食料の袋を叩き、ソウがスヴェライの方へ向き直った。
オーディル以下、沢山のスヴェライの皆がソウやアウランやオーラをじっと見て笑ってくれていた。
供に戦った皆の顔を見ていたら、ソウはなんだかまた涙が出そうになっていた。
『主無しの鍵』を作らないと言っていたオーディルの言葉は今でも思い出せたし、話を聞いても居なかったブロックリの寝顔は今でも忘れない。
しかし、『鍵』や『魔法の船』まで作ってくれたスヴェライの心意気がソウには堪らなく心地良くて、今更ながら、別れを言うのが少し躊躇われるのであった。
すると、それを察知してオーラがソウの背中を押した。
それを気付いて、ソウはオーラを振り返ると、思い切るように深く息を一度吸ってその思いを言葉にするのであった。
「必ずこの鍵でジェノザード城に入って、その後『不死の王』を斃したら、必ずここにまた来ますから。その時まで忘れないで居て下さいね!」
そう言うと、ソウは皆に笑顔を見せて扉を出ようとした。
「なぁ、ソウよ……」
すると、扉に手をかけて急いで出ようとしたソウにオーディルが声を掛けて来た。
「もし、お前さんがその『不死の王』とやらに戦いを挑むときは、必ずワシらは一人残らず加勢に行くから忘れるでないぞっ!」―――― オーディルの言葉にソウは振り返れなかった。振り返れないソウの背中にオーディルの言葉が続いた。「もう、ワシ等はお主等と、供に戦うと決めたんじゃから……」
その言葉に、大きく頷きソウは手を上げて黙って扉を出て行った。
扉を見つめるオーディルの目は、大粒の涙が溢れていた。
続いて出て行くアウランとオーラが扉を出ると、扉を外まで皆が出て来て見送ってくれた。
それに手を振って答えるアウランがソウに追いつくと、顔を覗き込んでガッと身体を掴んで来た。
オーラも負けじとソウの反対側から身体を挟んで肩を強く抱くと、三人で歩きながら東のジェノザード城を目ざして歩き出すのであった。
「良かったな……」
おもむろに言ってアウランが顔を上げると、ソウは肩を降るわして大泣きしてるのであった。
三人は、ソウの肩を支えながら、目指すジェノザード城に向けてまた力強く歩き出すのであった……。