第11話 光の森のアウラン 2
▲第11話 光の森のアウラン 2
「行ったか……光羽族の族長は……」
空のかなたに消えたシェヘルアラザート姿を見送り、オーラは深いため息をついた。フレイヤ一行がこれから向かう果てしない困難を思うとあまり明るい顔が出来ないような、そんなため息だったのかも知れない。
空から視線を外すとフレイヤの顔を覚悟したように見た。
「オーラ様。……一つお話を聞いて欲しいのですが、宜しいでしょうか?」
フレイヤの覚悟が伝わってくるような澱みない言葉に、先ほど嘘を言って誤魔化したオーラもまともな顔で深く頷くのだった。
「上に上がって来い」――――首を上に振って、塔の中に上げれと言ってきたのである。
しかし、炎の凄さにどうやって上がれと言うのか……?
「オイ、さっきはすんごい嘘を言ってくれたが、どうしてあんな事言ったのか?事と次第によっちゃ承知しないよっ!! こっちには聖騎士2人にあたしと光の国のソウだって居るんだから……。場合によっちゃ、国王の娘のソウルも使うよ!!(あまり約に立たないけどね……)」
アグニが腕まくりしてオーラの前に詰め寄ってきた。
「こらこらやめろって言ってるだろ、全く……」アグニの暴走にゼロスが割って入ってきた。――――「しかし、こんな炎に包まれてちゃ、上がれって言われても困るんですがね……オーラ殿」
そう言うと、暴れるアグニの首根っこを掴んでオーラの元から引き離すのであった。
「あたしに任せれば、こんな塔の一つや二つ、大方、精霊か何かだろうから、さささっとソウルの出所を探して皆を上に上げてやるから待ってろ、ゼロスッ!!」――――しかし、アグニの怒りはまだ解決してないので、足と腕を振り回して暴れながら叫ぶのであった。本当に手がつけられない……。
「あ、これ?」――――すると、オーラは燃え盛る炎に包まれる塔を指差してゼロスに聞いてきた。「簡単じゃよ」
皆も大きく頷く。
まさに今も燃え盛る炎は猛り狂ったようで、かなり離れて話してるにも関わらず、炎の照り返しで火傷しそうなのだから。
しかし……。
不意にオーラが塔の入り口に近づいて行った。
「あ……」
そのまま入り口に行くと、間違いなくオーラの干からびた身体があっと言う間に灰になりそうだと皆が声を出した時、入り口の近くで遠回りをして横の炎が出てない一箇所の壁に近づくと、「パチンッ!」……と音を立てて何かのスイッチを押すのであった。
シュシューーーッ!
すると、次の瞬間、今まで出ていた地獄の業火のような炎が一瞬にして嘘のように消えて無くなるのであった。
「なっ!」――――振り返ったオーラが皆に声をかける。
ガーーーーン!嘘だろ……。
フレイヤ以下全員が、開いた口が塞がらなかった。
狭い塔の中に入ると意外と広い広場があった。
しかし、上に登ろうとすると螺旋状になった上に向かう階段が無数に有る事に気づく、それに見上げる方向によって向かう先が微妙に見えないのだ。なんだか、ソウは気分が悪くなってきた。何かの呪いなのか?
しかし、それじゃ埒が明かないので、オーラが進もうとする前に一つの階段に向かって歩き出そうとした。どうにも、さっきの光羽族の族長の話し以来、気が落ち着かない。ソウは何か得体の知れない不安に駆られ皆の事も待たずに動き出した時だった。
グッ!……と掴まれてオーラに引き止められると、不服そうに振り返ったソウの足元を指差してオーラがフンッと鼻を鳴らす。
「ウワッ!!」―――― 見れば、足元の床はそこには無く、有るのは深い暗い闇の穴が下に続くばかり。で、驚いて覗き込むと、ずっと先には口を開けたドラゴンが、遥か下に居る下からソウを待ちどうしそうに見上げてるのであった。なんて細工をしてるんだ、この人は……。
ソウは泣きそうになってきた。
「皆も用心してワシの後に続いて来ないと、この光の国の勇者さんみたいに龍のエサになってしまうからのぉ~。フェーフェッフェッフェッ!」
「笑い事じゃないですよっ!!」――――フィーネが穴に落ちそうになったアグニの身体を掴んで叫び声を上げる。
オーラが皆に声をかけて笑った時には、フレイヤ以外は全員穴に落ちそうになっていて、オーラの背中に罵倒を浴びせるのだった。
危険な惑わす奇怪な階段を右に左に上がっていくオーラの案内どおりについて上がると、広く円形の天井の広い部屋に出た。
周りを見回しながらソウは何気なく疑問に思った事を聞いた。
「オーラ様、塔は何故あんな凄い炎で覆って居るのですか。やはり不意の攻撃を防止する為とかですか……かなり侵入し難いですもんね……」
「ああ、アレ?。ワシ、寒いの苦手なんじゃよ……。床暖房入れるのこの塔作るとき発注忘れて……だから、塔全体を燃やして温度を上げてみたの……」
「はは……そうなんですか……」
質問したソウが呆れ顔で答える。本当にこの人、大賢者なのかな?
木の机にランプが置いてあり、埃の被った本やペンが置いてある。壁いっぱいの本には沢山の種類の本が並んでおり、なんの言葉か分からない文字の本も数限りない。この本の数もまた驚きだった。
反対側には、皿やコップが入った本棚もあった。
その部屋の中央にある長テーブルが置いてあり、そこに全員が座っていた。
しかし、オーラだけは立ったり座ったり何かをさがしたりして落ち着かない様子だった。
「落ち着かない様子ですね……だいぶ開けていたとかですか、オーラ様?」
「そうだな、そんな所だよ……。アレ、どこに置いたかなあれは……」
フレイヤの言葉にも上の空の様子だ。まだ、何かを探してる。
「先ほどのシェヘルアラザート様の言われていた話ですが、聞きたいことが有るのですが?」
「良いも良いよ、何だね……その……フレイヤ?」
了解してるのだが、あまり聞いてる様子はなかった。
「私たちが向かうべき『王家の墓』へは、ロウランの回廊を進むのが最短だと思うですが、あっていますでしょうか?……そして、クルーガー王はそこに居ると言う事だったと思ったのですが」
ふむ……。すると、立ち上がりかけてたオーラが思案してるのか、返事に困った様子であった。――――「恐らく間違いないだろう」
何か気がかりな事が有るのか歯切れの悪い返事をした。
「何か気がかりな事が有りますでしょうか?出来れば、今言って頂きたいのですが……」
「あそこは……、『ロウランの回廊』は危険過ぎるのだ。……だから、あまり勧められんのだ。ならば、西の山を降りてヴァラシルヴィドを抜ければ良いかも知れんぞ……と」――――オーラはその危険度を考慮して返答を躊躇していたのだ。進路を誤れば、即座に待ってるのは『死』なのだから。
だが、それでもフレイヤはそれを飲めなかった。
「いえ、それは出来ません、今の状況では。我らは一刻も早く『王家の墓』へ辿り着くのが何より優先でしょうから!」
――――時間を掛けて安全な道を取れる程、王の命とこの世界に迫ってる脅威には、時間が無さ過ぎた。安全策よりそちらの方が今は優先される――――とフレイヤは言ってるのであった。
「しかしなぁ~、そなたも時間と言っても全滅したら元も子も無いだろうに……。『ロウランの回廊』はあの高さで身を隠す所がまるで無いのだ。危険すぎるから、ここはやはりヴァラシルヴィドを通ってだな~……」
「ダメな物はダメなのです。時間を考えるとやはりヴァライルヴィドは選べないのです。確認しながらゆっくり行くしかないと、私は指揮官としてそれしか選べません。どうしてそんなに大賢者は『ロウランの回廊』嫌うのですか!?」――――ついにフレイヤも堪忍袋の尾が切れた。ついオーラが大賢者だと分かっていても、怒鳴ってしまった次の瞬間だった。
「それは、ワシが高い所が嫌いだからじゃ……、よ!」
「?」―――― 一瞬、オーラの言った意味が理解できず、フレイヤはオーラの顔を見つめ返してしまった。「高い所が嫌い……って?」
「『ロウランの回廊』のあんな高いところで、あの道を全速力で走るのは……ワシにはかなりキツイと言ったんじゃ!」
オーラが罰の悪そうな顔をして笑っているのが妙な感じだった。
「……?。オーラ様が、一緒に言ってくれるって事ですか?」ソウもその横でキツネに摘まれた様な声を上げた。
「ワシは、どうも高い所が苦手なんじゃよ。なるべくゆっくり行ってくれよ。光の国人……よ!」
「やったーっ!!!」―――― 塔の中で、全員が一斉に歓喜の声を上げた。大賢者が一緒に行ってくれれば、危険度が、180度ぐらい違う。
「ワシの仕度で、1分待ってくれ……。さっきから探してるんだが、お気に入りの杖が見つからないんじゃ。長い旅になりそうだからな、気に入った杖を持つぐらい、バチは……、当たらんじゃろ?」
そう言ってまた一つきり、ウィンクをするのだった……。
塔の外に出て、オーラが荷物を小屋から出したロバに乗せた。
出発の準備は整い、一行は『ロウランの回廊』へ向かうだけだった。
振り返ると、黒い塔がねじれて思い思いの螺旋を描いて聳え立っている。その自分の居所を見上げてたオーラが何かに気付いたように頭を掻いた。
「いけない……。炎を消したまんまじゃった」……と、恥ずかしそうに言って、さっと片手を上げた。
パチンッ!
すると、鳴らした指の間からさっと炎の竜が飛び出したかと思うと、炎を巻き上げながら再び黒い塔に巻きついて、炎を上げて螺旋塔の防御を完成するのであった。
「!」それを見ていたアグニが唇を噛んだ。
「ファイヤドレイクか……。さっき入るときにやったスイッチの手品は、あれはまた得意のウソだったと言う訳だな。……そうだろ、爺さん?」
「流石に、炎使いには分かるらしいな……。さぁ行こうか……」
アグニが羨む召喚された大型竜を見ながら、一行は目的の地へ向けて歩き出すのだった。
ようやく『ロウランの回廊』へ向けて歩き出した一行……。
すると、フレイヤがどうしても気になっていた事をオーラに尋ねてみたのだった。
「最後に一つだけ聞きたい事が有るのですが、先ほどは何故ご自分の名前をお教えして頂けなかったのでしょうか?。弟子などと言ったのは……」
歩き出しながら、フレイヤはその質問をオーラに投げかけた。それを聞ければフレイヤの疑問も全て解決すると思ったからである。
「え~……、それは決まっておろう。その方が楽しいからじゃよ」
爽やかな声で、オーラは明るく答えた。
「ふ……ふざけるな、この○○ジジィーーーッ!!!」
小気味良い返事を聞くや否や、アグニとフレイヤが怒りの形相で攻撃体勢に入るのを、ソウとゼロスが必死に止めるのであった……。
一行が出発してから、すでに半日が過ぎようとしていた。
もうすぐ陽が落ち、あと半時もすると夕刻となる。そろそろ、今日の寝床を確保しなければならなかった。
再び雪山の山道の中を行く事になったが、今度はロバに荷車をつけて行く事にした。
さすがにサラマンダーを出して乗れば、また敵の目に触れやすくなる為、話し合いの結果そうなった。……が、オーラは足が痛いといって不満そうだったが、納得してもらった。
しかし、一行が目指す『ロウランの回廊』は遥か山の頂にあるため、殆どの者はそこを選ばなかったので、道はすぐに荷車から降りなければならない事も度々だったが。
「先の大戦の時に立てられた橋の為、もうあの橋を渡る者も居ないじゃろう……。皆、命は惜しいでな」
かつての人間の国、ロウランの民が築いた王国の道だが、ロウランの衰退とともにそこを行く者も無くなったのである。
恐らく、代々の王家の者が眠る『王家の墓』への道も、今はすでに安全な街道を通る事が殆どになっていたのである。
「あの橋をスヴェライが作った時は、見ものだったじゃがな……。橋を一冬以内に完成すれば、姫を貰い受けるといってそれは物凄い速さで作ったっけ……」
オーラは、馬車の荷台で昔の話をして一行に聞かせてくれて、皆はその話に夢中になって聞き入っていた。
あまりにも寒いので、オーラが出したベノファノビエという火喰い鳥の幼鳥を出してそれを鉄の籠に入れてお腹にあて、それを順繰りと回しながら寒さを凌いだりもしていた。
「はい、ソウ様の番です。私の分まで長く温まって良いんですよ……」―――― そう言うと、自分の順番のベノファノビエの籠を、ソウのお腹の上に置いて来るフィーネだったのである。その声は、こころなしかなんだか優しい声で嬉しそうだった。
そんなフィーネの声を聞いて、皆が一斉に顔を上げた。この寒いのに、フィーネ姫様は何を言ってるのか……。皆はそんな事を考えて聞いていた。
「え?フェーネさんも寒いです。ちゃんとフィーネさんが暖まってからで、僕は構わないから。……姫様なんですから、こんな所で凍えたら僕が王妃様に怒られてしまいますよ……」」
「いいんです。私がそうして欲しいのだから……」すると、返そうとしたソウの手を握って、籠をまたソウのお腹の上にのせて毛布をその上にちゃんと暖かいようにくるんでくれる。「ソウ様の身体は一人の物でないのですから、しっかりと暖まって居てくれないと、困りますよ……ネ」
そう言うと、ソウの身体を毛布でギュッと力強く整えて、ニコっと笑顔をソウに見せるのだった。物凄い可愛さである。まるで、新婚家庭の朝の風景のようなオーラがフィーネのそこには出ていた。(←あ、このオーラは大賢者の所のオーラで無いですよ……)
「はぁ……。」ソウはフィーネの寒さが心配でその可愛さを見る余裕も無かったが。
そのやり取りを、一部始終見ていたアグニが何かを思いついたようにニヤッと笑った。
しばらく見ていると、黙って困ってるソウの横に尻で移動しながら近づいてくると、アグニはソウのわき腹をついて小声で言うのだった。
「なんだかなぁ……、あの姫様、なんでお前に毛布なんかくれるのかな~分かるか、お前?」ソウの顔を覗き込みながらアグニが小声で尋ねてくる。その顔は相当な悪人顔だ。知らない人が見たら、人何人始末してるか分からない重大犯罪者と言っても、納得するかも知れない顔つきだった。
その極悪人顔(?)のアグニの言葉にソウは申し訳無さそうに答える。
「分からないけど……、きっと光羽族の族長様からもあんな大事な使命を僕が言われたから、可愛そうだって心配してくれたのかも知れない……」
「馬鹿かあんたはーーっ!?」――――だが、そんな回答に、アグニは大声で否定して叫んだ。「そんな理由な訳あるかーっ!あんなに分かりやすいアピール分からんのか、この唐変木っ!!」
ブゥーー! ―――― そうアグニが叫んでソウの頭を勢い好く叩いてるのを見た瞬間、後ろで聞いていたフレイヤが飲んでいたお茶を噴き出した。
「ええっ!何がですかーっ?」アグニの言った意味が分からない唐変木のソウがびっくりしてアグニに聞き返していた。
「本気でわかってないようだから教えてやるが……」そう言うと、アグニはソウの耳に手を当てて小声でゴニョゴニュと何かを言うのであった。
「え?……え?……何を言ってるんですか?アグニさん!……あ、アグニ!!」
こんな時になって、『アグニって呼んでくれっ』……というあの夜にアグニが言ってた言葉を思い出していた。
しかし、言ってるソウは顔が真っ赤になっている。いったい何を言ったのか。
「まぁ、100%間違いないと思うが……」――――そう言うアグニの顔がまた例の極悪人になっている。
何が、『100%間違いないんだ……』――――、フレイヤはそうっと聞き耳を立てながらアグニの言葉にヤキモキする。
だが、そんなソウの様子を見て、何かを思いついたかのように鼻をすすると、また顔を近づけてそう言うのであった。
「満更でも無いって顔みたいだがなぁ……、ちとあいつは良しといた方が良いかも知れないぜぇーダンナ~」
「へぇ、それはまた何でなの……理由は?」微妙に言葉遣いが変になってるが、そこは気にしないでアグニも続けるのだった。
「あいつは家柄は王家の血筋で申し分ないがさぁ~。あいつはしっかり見えてまだ乳臭いガキだからよ……、やっぱり選ぶならうちの男勝りの聖騎士の方が何かと良いと思うぜ!!」
「ええっ?」ソウはその言葉を全部聞いて、仰け反らんばかりに目を見開いてしまった。――――「何が『何かと良いと思うぜっ!!』なんだ? ハァハァ……」
ブシュッ!
「何が『何かと良いと思うぜっ!!』……だっ!!」――――その言葉に続いて、フレイヤのレ-ヴァテインがアグニの後ろ頭に突き刺さっていた。振り返ると、フレイヤが剣を投げ終えた姿で怒りの形相を見せている。え?前より過激になってる?
しかし、そんなやり取りを聞いていたフィーネも涼しい顔でアグニの言葉を聞きながら立ち上がった。――――「それには及びませんよ、アグニ様。私も王族を継ぐ者です。夜のお伽についてはひと通りお母様から訓練されて居ますので、どのお方よりも遜色ないかと……」
ドカーーーーンッ!
少し頬を赤らめて言い放ったそのフィーネの顔を見て、ソウと皆が空に打ち上げられるのであった……。どんなお母様なんだよ。
「どうしたんだろ?」しかし、そのフィーネの言葉を聞いて、皆でフィーネの額に手を当てて熱を測ったりしてる傍で、不意にフレイヤは自分の気持ちが妙に落ち着かないのを気になり始めていた。
ソウの事をフィーネが言ったりすると、何か、ソワソワしてしまう。まるで雲の上に居るようだ。居心地が悪いのである。何か、時々熱く、そして、またソウの顔を見ると嬉しくなる……。
フレイヤはそんな分からない気持ちと戦いながら、アグニとゼロスにからかわれるソウの横顔を見ているのであった。
いつの間にか空は雨となり、馬車の上は寒さが一層増していた。
もう殆ど雨雲で暗くなり、川沿いの道がドロドロと車輪に絡まってきて進みにくくなっていた。
「そろそろ河も水かさも増して来たから、今日は食事にするかね、聖騎士さん?」―――― 崖の上の道を進めながら、御者代の上で後ろを振り返ったオーラがフレイヤに声を掛ける。
雨が降って水かさが増した河が結構な水量を称えて音を立てて流れていた。
フレイヤが覗くと、崖の下の水がかなりの轟音を上げていた。
「そうしますか……」
オーラが一緒に来てくれる事になりここまで来れた事も奇跡に近い。雨宿りをして体力も温存しないといつ敵が襲って来るか分からないのだから……。フレイヤは何処か雨宿り出来そうな場所を探す為に山の上に視線を巡らせた……。
「キャ……!!」
すると、不意にフィーネの声を短い叫び声を聞いて急いで視線を荷車の前に戻した。
そこに、ドス黒い水に濡れた大きな巨体そこに居た。身体が大人一つデカイ。その毛むくじゃらの暗い顔の中に黄色い大きな目がこちらを見ていた。
その巨体の黒い塊のような物が、道の真ん中に立ってこちらを見て居たのだった。
何か大きな岩のような物を持ってるのが見える。
「グレンデルじゃっ!!なんでこんな山道まで……」
ソウがすかさず荷馬車から飛び降りて前に出た。
岩をぶつけられれば、馬車などひとたまりも無いからである。全員無事では居られない。
「ソウとやら気をつけろ!そいつはこうして河に人を引き擦り込んで、食らって生きておる鬼じゃ。力が強いから用心せよ!!」
「分かりました!!」――――オーラの言葉にソウは背中で答えた。
「ここは、ワシの出番だろ!!」――――嬉々として、ゼロスも遅れて荷馬車を降りてくる。相変わらず身のこなしは早かった。
だが、グレンデルがゼロスが参戦するよりも早く岩を投げようと構えたのだった。
「間に合わなんだか……っ、ちぃ!」
しかし、馬車目掛けて放たれそうになった岩を見て、慌ててフレイヤとフィーネとオーラも立ち上がる。
スパンッ!!
しかし、そのグランデルの放った岩を、一瞬のうちにソウが真っ二つに切断してしまうのであった。目にも留まらぬ早さだった。
皆はホッと胸をなで降ろした。ソウはいつの間にか、誰よりも早く剣を抜く戦士になっていたのかと、少し、頼もしくも思った。
しかし、皆が……フレイヤでさえそう思って気を抜いたその時だった。
「グッ……」
ソウが、グレンデルの腕に掴まれてるのであった。
岩を投げつけ、そこで注意を逸らされたのである。まさかとは思うが、そんな事を考えてしたのだろうか。
「ソウッ!!」――――フレイヤが思わず叫んでいた。フレイヤの顔から一気に血の気が引いた。
苦しそうな声を上げてソウがなんとかもう1本のリバースを出現させようともがいてた。
ドシュドシュッ!
その時、突如、フレイヤの後方から尾を引いて何かの短い剣が立て続けにグレンデルの巨大な身体に突き刺さったのである。
ガァーーーーッ!――――咆哮を上げ、苦悶の表情を見せるグレンデルが暴れて、ソウを振り回した。
そんな苦しみの咆哮を上げるグレンデルの前に、雨の中から、一人の人間の影が舞い降りてくるのであった。
地面に降りたその人間は、降りるなりロープを付けていた剣の先を引っ張って、ソウを握ってるグレンデルを絡め捕ろうとロープを引くのであった。
やや小さい身体。
小さなその身体のどこにそんな力が有るのか分からないが、グレンデルの物凄い力を、暴れて殴りかかる腕をかいくぐり、凄いスピードでソウに近づくのであった。
右に左にフェイントをかけてあっという間に近づいたその影がソウの身体を掴む腕を、真下から切り上げた。
叫び声とともに天を仰ぐと、ソウを掴んでいた手を離したのである。地面にソウの身体が投げ出された。
それを、ようやく地上に降り立ったフレイヤが走りよろうとした。
しかし、自分を切りつけた相手を捕まえようとグレンデルがむちゃくちゃな方向に腕を振り回す。
だが、その人影は、それをいとも簡単に避けて見せて、倒れたソウを助け起こすのまでやれる身のこなしの凄さだった。
「アルフの一族か……。この身のこなしの軽さは?」――――その動きを見ていたオーラが感心したように呟いた。
あのフレイヤでさえ暴れるグレンデルの動きを読めなくて、近づく事が出来なかったというのに。
アルフ……光羽族の人間はそこまで凄いのかと、ソウは初めて見る動きに目を見張っていた。
しかし、感心してる場合でなかったと、ソウも助け起こされながら、再びリバースを構えた。
「大丈夫か……、生きているか?光の国の勇者よ」
不意に自分の腕を掴み助け起こしてくれたそのアルフの顔を見て驚いた。
この状況で自分の事を気遣える程の余裕を見せたその優しげな声の持ち主は、髪を後ろに縛った優しげな表情の綺麗な女の子だったのだ。
真ん丸く開く大きな瞳がソウの心まで見通すような光を放っていた。
驚くソウの表情に、その女の子は笑って見せてそう言った。
「私はアウラン。あいつが手を離したからってあんまり気を抜かないでね、勇者さん?……」
そう言うと、ソウをすっくと立たせて手を離すと、グレンデルの反撃を避けて、また、ロープを引くのであった。
なんて、動きの早さと正確さなのだろうか? ――――ソウは感嘆の声を漏らした。
しかし、そこで『アウラン』……と名乗ったその女の子の顔が曇った。何かを予感したのである。
理解はしてなかったが、その事を察知したソウがアウランの顔を見た。
アウランは暴れるグランデルの腕から素早くロープを引いて短い剣を引き抜くと、ソウを振り返り必死に何かを言うのだった――――。
「手を出して、私に掴まってーーーーっ!!!」
何?
その言葉をアウランが叫んだ瞬間、何が起こったのかソウには分からなかった。
地面が、急に沈んだのだ。
足元が急に無くなっていく、感じた事のない喪失感……。
ソウとアウランが立っていた地面が突然下に落下し始めたのである。
グランデルが苦し紛れに下の崖に逃げる為、地面を力任せに打ち抜いて崖崩れを自分の力で起こしたのであった。
それに素早く気付いたアウランがソウを助ける為に振り返って手を伸ばしたのだった。
「うわあぁぁぁーーー!」
フレイヤと皆が見てる目の前で、グレンデルとアウランとソウが落下していくのが見えた。
消えていくソウの顔をフレイヤは目で追っていた。
「ソウッ!!」――――フレイヤが咄嗟にその名を呼んでいた。スローモーションのような映像でソウの姿が見えなくなってしまう。
崖が大きくえぐれてグレンデルとソウと謎の戦士の姿が目の前から消えてしまった。
直ぐ様、フレイヤがその崖に走り出した。留まる事も出来ないでそのまま下に落ちて行ってしまいそうな勢いだった。
フレイヤがその縁に走りより、覗き込んだ中をグレンデルとソウが河の中に落下するのが見えた。
大丈夫か!?
食い入るように見つめるフレイヤの瞳の中を、ソウが水から顔出して浮いたのが見えた。謎の戦士に身体を掴まれている。
しかし、流れが速いため思うように動けないのが見て取れた。
あっと言う間に、ソウ達の姿が遠くに流されていくのが見える。
行かねば――――直ぐ様、フレイヤはその場から下に降りようと辺りを見回して何か硬いものにぶつかって止まった。ゼロスの硬い腕だった。
「団長!危ないから、暴れるな!!どうしたんだ!」
ゼロスが取り乱したフレイヤを両手で掴んで制止した。
しかし、ソウの姿が見えなくなった後、フレイヤは何をすれば良いか分からなくなっていた。ソウを助けなければ行けない!ソウを一刻も早く助け出さなければ行けないのだ!!――――それしか、フレイヤは分からなくなっていたのだ。
「とにかく早くソウを助けに行こう!!この水の寒さではソウが危ない!!」
フレイヤの行動を見てゼロスはそれを大声で止めた。
「団長、何を言ってるんだ!!ここは、崖の上なんだぞっ、今まで時間を掛けて上がってきたんだ、ここから降りるなんてそんな事すぐには無理なのは分かってるだろっ!?いったいどうしちまったんだ、団長っ!?」
しかし、ゼロスの声はフレイヤには届いていなかった。
「ソウを……ソウを……今すぐ助けないとっ!……」
しかし、そんなフレイヤを見たオーラが意を決したように呟いた。
「おまえ達はこのまま『王家の墓』に向かえ!ワシがあやつを必ず連れ帰る」
オーラのその言葉にフライヤが顔を上げた。
その顔は涙にくれて不安な表情になっていた。
そんなフレイヤの顔を真っ直ぐに見てオーラはしっかりとした声で呟いた。
「いいか、お前が必ず皆を『王家の墓』まで無事に連れて行くんだぞ!それが出来るのはお前だけなんだから」……オーラはフレイヤの目を見つめた。「ワシは必ず、あやつをお前の前に連れて帰ってくる。信じろ。だからお前はあやつの帰りを無事に『王家の墓』の前で待ってて見せろ。良いか、聖騎士!!」
「……」
フレイヤは涙を流しながら、声にならない声で何度も頷いて見せた。
「ならば、急ごう!!約束だ。『王家の墓』の入り口で待つっ!!」
そう言い放つと、崖の下に向かってオーラは光を伴って飛んでいくのであった。
見下ろすオーラの姿が見えなくなるのを、いつまでもフレイヤや、皆は見ているのであった……。