第10話 光の森のアウラン 1
▲第10話 光の森のアウラン 1
大賢者オーラが住むと言われる居所『炎の螺旋塔』にようやく辿り着いたソウ達であったが、その居所を目の前にして突如追ってきた『魂無き戦士』グラズヴォルに襲撃を受けて必死の抵抗をするソウ達一行。
しかし、一瞬の隙を突いてソウ一人だけに攻撃を集中されて絶体絶命に陥ったとき、突然現れた謎の老人にグラズヴォルをまとめて倒して助けられるソウ達であった……。
炎の螺旋の塔の前にたたずむ老人が、ソウ達を静かに見つめ黙って立ち尽くしていた。
顎を覆う白く長い髭をなでながらソウ達をじっと見つめてる。先の尖った山高帽子に、裾の長いチュニック状のローブを腰の紐で絞っていた。手には樫の木から切り出したと思えるスタッフ(杖)を持っている。
戦う事だけを与えられたかつての英雄たちグラズヴォルを一瞬で倒したそのソウル使いは、一目見ただけで物凄い高い能力の持ち主だとソウ達も分かった。
実際その老人が現れなかったら、フレイヤ達がソウを助けられたかどうか分からなかった。
そして、恐らくは心の中に話しかけていたのもこの老人である。間違いなく、この老人が大賢者オーラだと確信して良かった。確かに、確信して良かった筈なのだが……。
「あれ、何か違ったかな、――――ビシっと決まって挨拶したけど、ダメだったかな?」
そう呟くと、もう一度ソウ達に向けてウィンクをして見せたのである。そんな事、まさか大賢者がする訳が無い……。あまりの事にフレイヤも対処しようがなかった。
しかし、そんな事で参っていては騎士団長の名が廃る。そこは気を取り直して本題を切り出して前に進み出てみた。
「あの……、命を救って頂いて有難う御座いました。私達は、ブレイヴァル第14代国王王妃ファールーンの命を受け、大賢者様に会いに来た者です。オーラ様の居所の螺旋塔とお見受け致しましたが、どうかオーラ様にお願いが有って参りました」――――フレイヤがすかさずウィンクした老人に前に頭を下げて話を進めた。「何分事が急な為、お話を聞いて頂いても構わないでしょうか?」
こうしてる間にもクルーガー王の身に何が有るかも分からないのである。ソウの命を救って貰った有難い大賢者のウィンクだが、あえて無視して話を進める失礼をフレイヤは選択する事にした。
アレ、軽くスルーした感じ……?
そんな独り言を言ってるみたいだったがそれさえも聞こえないフリをして見つめるフレイヤに、老人は何かを思い出そうとしてる風に答えるのであった。
「あ、大賢者なら今、居ないよ。いつ帰るか分からないし。……用事なら中に入って置手紙でも置いてくると良いよ。でも、手紙燃えてしまうから無駄になっちゃうけどね……。」
長い髭を擦りながら、老人がさらりと言った。
「居ない?」――――今、目の前に居る人物は違うのか。その人が大賢者だと思っていたのだが、その人物から大賢者は居ないと言われ、フレイヤ達は途方に暮れた。間違い無いのだろうか?
「今は、大賢者様は留守なのでしょうか?。失礼ですが、あなたは大賢者様のお知り合いですか?」
「ワシは大賢者の召使いで、ラオドモドリエルという一番弟子だぁ~よ。大賢者が留守中もここで掃除、洗濯をして暮らしてるだぁ~よ」……?。
フレイヤの問いかけに、弟子で召使いと言うラオドモドリエルが大賢者の留守を説明してくれた。しかし、なんだか怪しい人物だった。フレイヤはその老人の顔を覗き込んでよくよく見たりした。
風貌も、その魔法のソウルの強さも、大賢者と呼ぶに相応しい力を持っていて彼の話をにわかに信じる気が起きなかったが……。
「魔法は、大賢者に教えてもらってるだぁ~よ。一番弟子だから魔法が凄いのは当然だぁ~よ。ま、あの程度の魔法、そんなに凄くない魔法だから驚く程でもないけどだぁ~よ……。」
聞いてもいないのに、すぐに説明をしてくるラオドモドリエル。
最後の方は文法的にどうかと思ったが、大賢者が不在なんだと言われたら仕方ない。フレイヤはその言葉を信じ、炎の螺旋塔に登らなければならないと腹をくくった。
「なら仕方ない。ここは失礼をして、塔に上がり置手紙を置きに行きたいと思うのですが、手紙が燃えないで済む方法をお教え願えないでしょうか、ラオドモドリエル殿?」
「ほう……?塔に上がって置手紙を置いて来ると?」――――ラオドモドリエルはフレイヤの言葉に以外だと言わんばかりの顔つきをして見せ、キッチンの中に有る冷蔵庫の中に置いて来る様に指示した。(冷蔵庫があるのかっ?)
それを黙って聞いていたフレイヤはソウ達を振り返りそう言い放った。
「承知しました。有難う御座います。―――― ならば、我らは行ったオーラ様にこの塔の近くで待つと置手紙を置いてくるしかないだろう。ソウ!アグニ!塔へ上がる為付いて来てくれ!そして、ゼロスはフィーネ様を頼む」
それを聞いたソウが目を丸くして炎に包まれる灼熱の塔を指差した。――――「この燃え盛る塔に入って行くと言ってるのですか?……気は確かなのですか?フレイヤさん?」……消え入りそうな声でソウが呟いた。すでに目には涙をうっすらと浮かべている。本当に真っ赤に焼ける炎の塔に登ろうと言うのか?。正気の沙汰じゃない……。
「しかし、どうやって登ろうって言うんだぁ~ね、こんな炎の燃え上がる塔の中に?。中に入ったら、旨そうな黒焦げのローストビーフが3つ出来上がってしまうだぁ~ね?イヒヒ」――――涙目のソウとフレイヤのやり取りを黙って聞いていたラオドモドリエルが興味を持ったのか、フレイヤに確認してきた。
「それは、王国に使える炎のソウル使いの者を一人連れてきて居るので、その者の力で炎を一時操作して登る事にしようと思います。この者がそうですが……」フレイヤはラオドモドリエルのにやけた質問に真面目な態度で答えながら、アグニの方へ手を向けて紹介をした。手を向けられたアグニが一歩前に進み出て、挨拶として頭を下げるのだった。
「あと、もう1人は光の国人のソウも一緒に同行させようと……」
「ほぅ~、光の国人と言ったか……?」
フレイヤの『光の国人』という言葉に反応してラオドモドリエルが聞き返した。
「んっ!?」
すると、ラオドモドリエルの言葉にフレイヤが返事をしようと目を向けた時だった。
フレイヤの遥か頭上の空のあいた場所を、眩い光の輪を幾つも降らせながらその光に包まれた者は不意に現れるのであった。――――
「《光の国の者がこの場に居るのですか……?ブレイヴァルの国の勇敢な騎士よ》」
上空の空を埋め尽くす光の者が心の中に直接そう語りかけて来る。
荘厳に鳴り響く鐘のような声。いや、音なのか?。まるでそれは天上の音楽のように心地よい音を奏でながら、直接心の中に流れ込んでくるように聞こえてきたのだ。
危険で無いのは、その声から直ぐに分かった。
光に包まれながら、背に透明な羽のような物をゆっくりとはためかせながら、その声の主は地上のフレイヤやソウとアグニの前へゆっくりと舞い降りてくるのであった。
見守るゼロスも剣を抜くのを忘れていた。
地上に音もなく降り立つと、周りを見回しながら、またゆっくりと頭を下げる。長い金色に輝く絹糸のように細い髪が、風など吹いていないのにふわりと宙に舞い上がってゆっくりと降りていく。
その者の周りだけ、違う時間と空間の中を暮らしてるかのような雰囲気だった。
そうまるで、この世界の住人ではないような者……。目の前に居るが、本当は居ないかのような存在だった。
その光の者がフレイヤとラオドモドリエルを見やり改めて頭を下げる。
「《始めまして、私の名はシェヘルアラザート。光の森に住まう種族、光羽族の族長をしている者です。》」
ラオドモドリエルがその名を聞いた途端、足元に頭を下げて尊敬の礼を示す為にひざまずいた。
フレイヤも続き、頭を下げてその場にひざまずく。
「《光の国の者は、どちらに……?》」
シェヘルアラザートが光の国の人間『ソウ』を尋ねてきた。
フレイヤがその言葉に、ソウを手で示してシェヘルアラザートを仰ぎ見た。
「《ほぅ……美しい目をした戦士ですね……》」――――シェヘルアラザートは感心したように、ソウの顔をまじまじと見ていた。
皆がラオドモリエルとフレイヤに続くようにひざまずこうとして、ソウも同じくひざまずこうとした時にその行動をシェヘルアラザートが手を横に引いて制止した。
「《光り国の者よ、それには及びません。ひざまずくべきは私の方ですから。この国を救うべき人がひざまずいてはなりません》」
その言葉を聞いてソウはびっくりして止まってしまった。
自分はそんな人間ではないのに、こんな偉い人にこんな事を言わせる事になろうとは……?。ソウは内心、暗い気持ちになりそうだった。
「《そなたに会うために私はここに来ました。この世界に迫った新たな危機を、どうかそなたと大賢者に聞いて貰う為に。聞いてもらえますか、賢者オーラよ?》」
「はい!私に依存など有ろう筈も御座いません。私で役に立つのなら喜んでお聞き致しましょう。……光羽族の族長様」
シェヘルアラザートの言葉にラオドモリエルは何のためらいもなくそう答えた。
「えーーっ!?」
一同は、シェヘルアラザートの前にも関わらず、『ラオドモリエル』改め『大賢者オーラ』に大声で総突っ込みを入れるのであった。――――「何、とぼけた顔して嘘ついてくれてんだーーーっ!」
シェヘルアラザートにその後全員で平謝りしたのは言うまでもない……。
「《平謝りはもうその辺で良いので、話の続きを聞いてもらっても構わないでしょうか?……オーラと、その……光の国の者よ》」
ちょっと引き気味で話し始める光羽族の族長は、皆とオーラに向き直って改めて話を切り出した。(案外気さくな人なのかも知れないな……シェヘルさん)
話し始めたのは遥か昔の『不死の王』との戦った時の記憶だった。
「《かつて光羽族と闇羽族の両アルフと、スヴェライと人間の連合でその者を倒すため、我らは遠く、フェイルーンの奥深くその者の国を目指しロウランの回廊を進みました。
多くの者達が命を落とし、私たちアルフ族も沢山の仲間を失いました。
しかし、人間族の勇者が一人、彼の力の源である『ある物』を打ち破り、彼を倒す事に成功したのです。
ですが、彼に命がない為死を与える事が出来ず困り果てた我らは死の国の女王に願い出て、彼女の国にある魂を持たぬ者を繋ぐ『嵐の牢獄』へ閉じ込める事に成功したのです。
そこで彼の亡骸は永遠に生きる事もなく、世界に平和をもたらせた筈でした……」
そこまで黙って聞いていたオーラだったが、話の先が分かるオーラはシェヘルアラザートの後の言葉を継いだ。
「しかし、この時代になってその『不死の王』の声を聞く者が現れた……と言うことですな、『不死の王』の蘇ろうとしている声を聞く者が?」
「《そうです。それがクルーガー王……ブレイヴァルの勇猛王その人です》」
シェヘルアラザートの言葉を聞いて、フィーネの顔が青ざめた。
母親に父王が王家の墓に向かって居なくなった事を聞かされたのが、そんなに遠く無い日の朝だった。
フェイルーンの危機を知った父はその理由を探る為、王国の導師団と騎士の精鋭を連れて旅立って戻って居なかった。
しかし、それがまさか先の大戦で滅ぼした筈の『不死の王』の声を聞いたが為に出兵したとは思いもしていなかった。恐らくは、母であるファールーンの言葉である『邪悪なる者』と言っていた説明は隠して居たのだろうとそこで分かった。
まさか、父が……、『不死の王』になってしまおうとしてるのかと、フィーネは怖くなった。
「大丈夫ですか、フィーネさん?」
青ざめたその顔を見て、ソウがフィーネに身体に手をかけた。
泣きそうな顔をしたフィーネが、ソウの言葉に一度だけ頷いたが、それは心配させまいとしたフィーネの精一杯の痩せ我慢だった。
自分の父がまさか世界の脅威になろうとしてるとは、あまりの事に考えたくもなかった。
だが、そんなフィーネの様子を心配するソウやフレイヤを横目で見ながら、オーラは光羽族の族長にその事を聞くのだった。
「彼が『不死の王』になろうとしてるのですか?」
フィーネは無常の質問をしたオーラの顔を凄い顔つきで睨んだ。フィーネはオーラを自分が一生恨むと確信した。
「《いいえ、彼は恐らく彼の大事な”ある物”を探す為に、呼ばれたのだと思います。その為の道具として……》」
しかし、シェヘルアラザートの返事にフィーネは思わず顔を覆って泣き出してしまった。
そうである。オーラはフィーネの為にその質問をシェヘルアラザートにしてくれたのであった。
フ ィーネは一生オーラを恨まないで済んだ事に、心の中で感謝した。
「そのある物とは……あの『ヴォルフィングの王冠』で間違いないかな?。『ヴォルフィングの王冠』またの名を『征服の王冠』で?」
「《そうです。やはりそなたなら知っていましたか。『不死の王』を倒した人間族の王、いいえ、光の国の勇者が断ち切ったと言われる、あの行方不明の物の話を。……恐らくは『不死の王』もそれを探してるのでしょう。『不死の王』の力の源『征服の王冠』を破壊できるのは光の国の勇者だけです。その為、執拗に貴方を狙ってくるのでしょう。しかし、私がそなた達にお願いに来たのは、まさしくそれを『不死の王』よりも先に見つけ出して貰う事だったのです。》」
そこまで言うと静かに話していたシェヘルアラザートは、真剣な面持ちで皆を見回して言い放つのであった。
「《そして、二度とその者が復活できないよう、この世から抹殺して欲しいのです》」
炎と風が吹く業火の炎の螺旋の塔の前で、シェヘルアラザートの声だけが響いていた……。
皆の前で語ったシェヘルアラザートは、その後も暫くオーラと話をしていた。
何かの特別な話が有るのかも知れないと、その場を離れて待っていた。
しかし、ひとしきりオーラと話すとシェヘルアラザートはソウの元へやってきて、また元の族長のように優しく話しかけて来るのであった。
「《あなたの世界でしてきた事は、全て見ました。あなたのような方で本当に良かった。そこのクルーガー王の娘姫の目は確かなのだと私も誇りに思います。本当を見つめる良い目を持ってるのだと後の世界で語り継ぎましょう》」
――――そう言うとフィーネの顔を見るシェヘルアラザートが優しく微笑んだ。
その瞳を捕らえ光栄とばかりにフィーネも深々と頭を下げる。
それを見ながら再びソウの前に視線を戻すとシェヘルアラザートは、ゆっくりと賛辞を送るように締めくくるのであった。
「《光の国へはいずれ、役目が終われば戻れます。その時を楽しみに私も歌を手向けましょう。『不死の王』は貴方に何度も誘惑を行うでしょうが、あなたがその素晴らしい心を忘れぬ限り、私と私たち以外のこの世界の祝福も得られるでしょう。その力を使い、貴方しか出来ない『不死の王』の力の源を破壊して下さい。それが、この世界とあなたを救う事になります。何れ、その時にはまた、世界の為に供に力を合わせましょう。その時まで・・・》」
そこまで言うと、最後の言葉をフレイヤやゼロスと、アグニやフィーネに向けるのであった。
「《その日まで、勇者を頼みます。そなた達が居なければ、勇者もまたこの大儀を全う出来ない運命なのですから……》」
その言葉にフレイヤとゼロスが深い感謝を込めて頭を下げた。
アグニとフィーネもその言葉を深く受け止めて、浮き上がるシェヘルアラザートを見つめていた。
皆のそれぞれの視線を受け止めシェヘルアラザートが空に上っていく。
そこに何処からともなく鐘の音のような美しい歌声が聞こえてきた。
ソウのこれから向かう過酷な戦いに勝利の祈りを捧げる詩のようだった。
シェヘルアラザートの歌声が空いっぱいに広がって、まるで空自体が奏でてるような気がしてきてソウの心を慰めてくれる。
そして、ひとしきり空の中で浮かんで歌っていてくれたと思うと、静かに、まるですでにそこには居なかったように、気が付くとシェヘルアラザートの姿はそこには無くなっているのであった……。