第3話:寒さと迷子
そして部屋の中を自分の定位置に移動させ始めた。
手伝おうか?と声に出そうとしたが、それより早く準備完了と声が響いた。
…?何が準備完了なのだろうか?部屋の真ん中に机と椅子を全て集結させて、適度に並べただけで、私には意味のわからないものだった。
「何が準備完了なの?」
「いや、特に意味はないんだ…秘密基地みたいじゃない…?」
「…わかんないや」
私達は館内を歩くことにした。
私が一人でふらりと旅立とうとしたら、危ないからと懐中電灯を渡され、二、三歩進んだら、やっぱり俺も行くと言って着いて来てくれた。
「名前…」
「ん?」
「名前何て言うんですか?」
先程まで普通に話していたのに、改まって話すとなると敬語になってしまう。
「敬語」
彼の言葉にドキッとしてしまう。心が見透かされたような気分。
「すいません、改まって話すとつい…」
彼は不思議な顔で、私の言葉が聞き取れなかったのかと思い、もう一度繰り返した。
「いや、そうじゃなくて俺の名前は敬語」
「敬語さん?」
「何か発音おかしいな、圭吾だよ?け、い、ご」
冷やかされてるとばかり思ってたが、私の取り違いだった。
敬語と圭吾を間違うなど、まさに一言アホである。私は延々と頭の中で繰り返した。
恥ずかしさで顔が赤くなる。
ちらっと目を向けると、彼と視線がぶつかって、ぷっと二人で吹き出して笑った。
笑いながら二階へと階段を降りる。
階段を降りて私達は他に人が居ないか捜した。
冷えきった二階のフロアに人の気配は無かった。
まだ隠れているのかと思い、私が隠れようとした場所をひとつひとつ覗いて見たが
「そんなとこに居るわけないじゃん」と彼の声が聞こえ、捜す場所のどこにも人は居なかった。
二階をくまなく捜したが人は一人も見付からなかった。
「一階行こうか」
その声に従い私は彼の後を追った。
先を歩く彼の背中を眺めながら、ゆっくり歩く。
とんとんと一定のテンポで下りる足音を聞いているように私には見えた。
踊り場で振り返り私に目をやり、また歩き出す。
何か嬉しかった。暖かい気持ちになれた。
こんな想いはずっと忘れていた。
私は笑みを堪えながら階段を下りた。
一階に辿り着くと寒さが一段と酷い気がした。 人の気配は二階同様に感じられなかった。
入口の自動ドアが風でガタガタと揺れ隙間風が足下に流れ込んでいた。
「寒いね」
私が腕を組み足踏みしながら辺りをうろついた。
彼は辞書とか取ってくるから待っててと、私を一人残して本棚の壁に消えていった。
どうしたものかと、私は辺りを見回した。
夜の図書館はなかなか気味悪いもので、ホラー好きな私にはドキドキすることを考えさせた。
あの鉢植えの向こうから髪の長い女の人が、カーテンがかかった窓の隙間から、本の隙間から、自動ドアの向こうから、出てくるかも…。
想像は楽しいけれど、この状況で考えるのはあまり良いことでは無かった。
背筋がぞくぞくする。
あまりにも寒い館内で私は迷子になったように怖くなってきた。
小さいとき迷子になったことを思い出した。
誰も居ない公園で母が私を追いかけていた。私はそれを笑いながら逃げ回っていた。
私は足が縺れ大きく転んでしまった。
膝から血が滲み出ている。
「おかぁさ〜ん」
呼びかけて振り返っても母はそこには居なかった。
私は土を払い痛みを堪えて立ち上がった。
見渡して全てが分かる小さな公園。ブランコ、半分埋まったタイヤ、滑り台、母はどこにも居なかった。
私は泣き叫びながら母を呼び続けた。出口があり帰ることも出来た。けれども母を失ったまま帰ることも出来ずに、子供心に複雑な思いが心中に渦巻いていた。
「何ボーッとしてんの?」
我に戻ると彼は私の顔を覗きこむようにしゃがみ込んでいた。
咄嗟のことに顔を赤らめ後退る。