第1話:図書館の空気
図書館で勉強する人が、一人また一人と減っていく中で私は黙々とペンを走らせていた。
まだまだ来ない閉館時間を前に、飽きてしまったのか大勢の学生が帰って行くのが目に止まる。
大学生など無断で泊まり込み、自分達の家のように自由に使っているというのに…。
大学生はこの時期、課題が山のように出るらしく、泊まり込んで勉強する人がいるらしい。
今、私の隣りにも半端ない荷物を持った人が座っていた。
中には、夜食や寝袋などが入ってるんだろうな…。
少し楽しそう。
私は向けられた勉強に飽きだしていたのかもしれない。
気分転換に館内を歩いた。
何時間も座っていたせいか、肩や背中が痛い。
伸びをしつつ、見上げた本棚は隠れるのに相応しいか考えた。
閉館時間が近付くにつれて隠れる場所を捜した。
残ってみたいと思った。
一階を捜したけれど、職員の人達が残っていて隠れることは出来なさそうだ。
皆は一体どこに隠れるんだろうか?
私は先程自分が勉強していた部屋に戻り、隣りにいた人にでも聞いてみようと思った。
部屋に戻ると隣りにいた人はいなくなっていた。
もしかして、もう隠れたのかな?私も早く隠れなくちゃ…。
二階、三階と隠れる場所を捜したけれど、いまいちな場所ばかりで、隠れきれるような場所は無かった。
時計を見ると、閉館五分前…どうしよう?
館内の暖房が止められたのか、だんだん寒くなってきた。
私は隠れる場所を捜しながらマフラーを首に巻いた。
三階をうろうろ彷徨うものの、人一人出会わない。
物音一つすることは無かった。
「6時になります。館内に残っている方は速やかにお帰り下さい」
突然の放送に私は罪悪感に包まれた。
やっぱり帰ろうかな?
私は残って勉強したいわけではないし、何かがしたいわけじゃない。
ただ残りたいだけ。ただの好奇心。
「帰ろうかな」
「帰るの?」
私の呟く声に反応してくれた誰か…。
「上、上見て」
頭から降り注いだ声に、その方を見上げる。
本棚がズラリと並ぶその一つに彼はいた。
本棚の一番上に乗り、顔をひょっこり覗かせ彼はにこりと笑った。
「あの私、隠れる場所とか分からないし、別に勉強したいわけじゃ無かったので…帰ろうかと」 そう言うと…、
「こっちおいで」と手招きしてくれた。
私が本棚に上ったとき、外では6時を知らせるかのように街灯が一斉に光を放ち出した。
「今から絶対に音を立てちゃいけないよ」
私は彼の言葉に頷いた。
後、荷物は1番下の本棚に突っ込むこと、携帯は電源切っておくこと、靴は脱いでおくこと。
私は全て言われた通りにした。
「良く出来ました」
何故だろう?彼は私を異様に子供扱いする。 それが気になるが、悪い人ではなさそうだ。
それに、子供扱いされるたびに言われる言葉がすごく嬉しかった。
館内の照明が落とされ、寒さは外と変わらない気がした。
寒さに耐えながら、本棚の上で俯せになりながら、本を読みながら、私に顔を向けて俯せになって寝ている彼の顔をチラチラ見ながら…。
この時間は私にとって忘れられない思い出になることは間違いないでしょう。
私は、この空気、この優しさ、この嬉しさ、このドキドキ、忘れたくない。自分のこの笑顔も忘れたくない。
パスン。
と情けない音が響いた。 私の担任の先生と同じスリッパの音。
見回りがやって来た。