死に場所になった男の物語
気が付くとそこは影も形もない、真っ白な空間だった。
「え?ココどこ?」
目の前に広がる風景に俺は思わず動揺する。
そこは明らかになじみ親しんだ我が家ではなかった。
「……えぇ。まじでなんなん。ちょっとうとうとしてたら異世界転生しちゃいましたって感じ? ……いやいやいやそんなばかな。まだ寝ぼけてんのかな?」
ほほをひっぱたり、目をこするが目が覚めることはなさそうだった。
「というか夢って感じしないんだよなぁ」
「--やあやぁ、人間」
「って、うわっ!」
背後からの声に驚きつつ振り返ると、そこには人型に淡く発光する奇妙な生き物がいた。
心臓に悪いなと思いつつも、俺は人型に淡く発光する奇妙な生き物に話かける。
「あのさ、えっと君。人間? ここってどこかな? 家に帰りたいんだけど」
「どこだっていいじゃないか。だってここ。君が知ってる星じゃないもの。帰るのは無理だよ」
冗談はほどほどにしてほしいんだが、もう存在自体が異世界産のような見た目をしてる生き物だし、謎に説得力あるな。
「君は誰なの?」
「僕? 僕に名前はないよ? 人間からは神様と呼ばれてるけど。まぁ、いいや。
ここから質問は受け付けない。だけどひとつだけ君が真に望むものを君に与えよう」
こちらの話など聞いてはいないではないか。いや、俺はまだなにも話してはいないが。
「そして代わりといってはなんだけど僕がほしいものを君から奪わせてもらうよ」
「えぇ……」
俺は何も考えられずに白く光る物体の言葉に耳を傾けていた。
意味がわからない、自室で漫画を読んでいたと思えば気がつくと白い空間に光る人型。更に一方的に会話を進めるという悪質な相手に俺は覚えがない。今現状の把握は俺には不可能で危機感も何も感じることができない。
「一体何なんだ……」
俺が戸惑っている間、光る人型は少しうつむき何か考え事をしているようだった。
「……少し君の記憶を除変えてもらったよ。君の願い、聞き届けてあげよう。」
「君は新たな世界で――死の化身になってもらう」
「は?」
「正確には全世界共通の“死に場所”になってもらう。ただ君は人の死を受け入れ続ける。そして僕は、代わりに君の肉体をいただくよ。」
「あ、いや、ちょまッ!」
抵抗する時間も得られず、俺は光る人型の手で胸を押された。
その瞬間、足元が強烈に輝きだし、俺はその光の中へ落ちていった。
異世界に落とされて数年が立った。
はじめは右も左もわからなかったが、慣れてみれば住めば都で色々と心落ち着くことができた。
力のことも、はじめは周りに迷惑をかけるのではないか?と勘がていたが単に死期の近い人間の元にふらりと現れることができる能力だったようだ。
確かにこれは俺が望んだ能力だった。
元の世界では、俺はいつも手遅れだった。
父や母は海外旅行の真っ只中に、妹は自宅で、兄は近くのロープウェイで、中の良かった友人は自宅付近の踏み切りで、――死を迎えた。
その誰もが、気がつくと顔も合わせずに、無残な姿へと変わり果てていた。
どうして俺はその場にいなかったのか、もっとできることはなかったのか?
そんなことばかりを考えていた。
だから俺は、せめて死ぬなら安らかに眠ってほしいと願っていた。
異世界に落とされてから約1万年。
どうやら俺は死ねないらしい。
長き時を経た今も、俺はまだ見ぬ死人を慰めに、世界を廻る。
唯の一人も、一人きりで死なせはしない。
命尽きるその瞬間、お前の隣に俺がいる。
安心しろ。どこにも行きはしない。
魂が輪廻する世界。お前が寂しくないように俺が傍にいる。
無数の魂を見送り、長い時間が過ぎたころ。
その日もまた、俺は死の予感に導かれ死に場所に訪れる。
「僕のこと……恨んでるかい?」
そこには遠い未来、俺に力を与えた神様が横たわっていた。
俺は無言で奴の隣に居座ることにした。10万年振りだな、と心の中でそっとつぶやく。
神様は更に言葉をつむぐ。
「寿命がね、来てたんだ。神にとっての10万年なんて本当に一瞬でさ。だから一人の人間として肉の体が欲しかったんだ」
そうだろうな。だが俺には関係がない。
「?」
疑問符を顔に浮かべ、神様は俺を見る。
大丈夫さ、お前も。一人じゃない。
「あはは……。そうかそうか、人間なのに君は強いな。長かったろう? 数え切れないほどの死を背負いながら。何故それほど強くいられるんだい? 僕にはわからないよ」
俺はふっ、と笑った。いや、俺には体がないから。笑ったような気がした。
嗚呼、こんな感覚は実に10万年ぶりだ。
背負ってなどいない。ただ俺は死に場所であればいい。
そう望んでいるだけだ。だから、お前の傍にいる。
叶えてくれたのは、お前だぜ? 神様。
「……」
だからそんな顔するなよ。お前が奪った俺の肉体はどうだった? 一応、生きている間は鍛えていたから使いやすかったはずだが。
「とても良かったよ」
それは重畳。俺の肉体様様だな。ははっ、死ぬ前にこんな馬鹿話をしたのはお前が初めてだよ。
「……」
神様は動かなくなった。熱を帯びた指先がどんどんと冷たくなっていく。
俺はその移り変わりをただ、ただただ見守り続けた。
神様。ありがとう。
俺は動かなくなった神様にそっと近寄り、うすく開いたままのまぶたを降ろさせた。
神様も寿命が尽きるような終末。
俺は誰も見捨てはしない。必ず安らかな死を与え続ける。
俺は旅を続ける。――――新たなる死を探し続ける。




