(8)
フレアは無線を介して、自分の耳とインターホンを直結して、来客に尋ねる――実は大体見当がついているのだが。
「はい」
「リッテです。いつもお世話になっています。ところで、ウチのぐーたら店長居ますか?」
ふむ、と納得して、レルエリィの方を向き、無線を遮断して、フレア、
「リッテさんがお越しですよ」
と告げる。
「げっ」
あからさまに狼狽するレルエリィ。
再び無線を繋げる。ドアの向こうでは、リッテが多少イライラしたような声をしている。
「多分ここに来てると思うんですけど……あの店長は……」
「ええ、居ますよ」
フレア、率直にリッテに対して、レルエリィの死刑宣告を告げる。
「あーっ! やっぱりもう! すいません、お邪魔しますっ!」
「どうぞどうぞ」
声を荒げているが、きちんと礼は正しているので、むしろフレアは気分が悪くなかった。というか、元気な働きぶりに、自然と頬がほころぶ。と同時に、そのように思うということは、自分もロリババアなのか、と、orzのポーズを取りたくもなる心境であった。
そんな屋主の心境を知るよしもなく、店員リッテ、居間に入る。
セミロングに伸ばした茶色の髪をポニーテールにして、顔つきは童顔であるが、生真面目さが伺える。華美ではないが、溌剌さが満ちているので、いかにも若々しい。華美ではあるが、世捨て人の体を成している、この家の連中に比べたら(レルエリィもそこに入りかけている)、まだ「一般人」である。
カットオフ・シャツと、ブルージーンズという、愛想のない格好の上に、仕事着であるエプロンを……画家のエプロンのように薄汚れたエプロンを、いつものように着ている。
どうにもこの町に集う連中というのは、変化を嫌うのか、だいたいいつも同じ服装をしている。セリゼのマントしかり、フレアの白衣しかり。レルエリィだって、マイナーチェンジはあれど、だいたい似たパターンの着こなしである。
それも然り。
だってこの町は、時代を無視し、自ずから取り残されようとして、世界の片隅のポケットのような場所に、ひっそりと身を寄せようとする人間が集うような場所なのだから。
結果、漫画・ゲーム的に「お前らいつも同じ服装じゃん」と言えるようなフィーリングになってしまうのだが、まあ、こんなことを言ってしまっては何だが、ラノベを展開していくにあたって、これほど都合のよい状況もない。あ、言っちゃった。
ええい、覆水盆に返らず。話を進める
リッテ、彼女曰くのところの「ぐーたら店主」に向かって、吠える。
「こんなところで何やってるんですか!」
「おいおいリッテ、仮にも人様の家をこんな呼ばわりはないだろう」
「あ……ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「いえいえ、レルエリィさんの論点ずらしだってことはわかっていますから」
大家、寛容である。
「すいません、博士からそのようにフォローしてくださって……本当に、この宿六は、仕事しないんですから……」
「ひでー言い草。俺仕事してきたじゃん。ファージャ語族圏の人文学書のリストアップ。それに従って、お前、棚卸ししてるんだろ?」
「あ、ちゃんと仕事してたんだ」
キギフィ、さも驚いたように声をかける。
「おい鳥の字、お前俺を何だと思ってるんだ」
「鳥の字」とはキギフィのことである。「キギフィ」と言う名前は、ある地方に住む小鳥の名を指しているからして。
「仕事しない暇人」
「違うっちゅーに」
「でもリッテがこうして迎えに来た、ってことは、仕事残ってるんじゃん」
「そうですよ! キギフィさんの言う通りです! 棚卸し手伝ってください!」
「えー、めんどくせ」
「め、め、め!」
「雌鶏?」
セリゼが余計な口を挟む。
「ち・が・い、ます! めんどくせとは何事ですか! 仕事しなさい本屋店主!」
「ほら、俺って貴族出身じゃん。肉体労働向きじゃないんだよね」
「いつもは自分の出自についてとやかく言うのを嫌うくせに!」
リッテ、このえーかげんなのらりくらり対応に、吠える。フレアに向かって泣きつく。
「えーん、博士、何とか言ってください」
「よしよし」
そう言って頭を撫でるフレア。外見的には、妹がお姉さんをあやしているように見えて大変微笑ましいのだが、実際は四十過ぎの科学者が十代の書店員をあやしているので、年齢的にも立場的にも、極妥当なのだが、どちらにしても微笑ましいので、よしとする。