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「俺は童貞が嫌いじゃないんだよ」



いきなりの前言撤回である。どこぞの政治家じゃないんだから。


「意味分かんねえ。死ねとか言っときながら」


セリゼが、ごくまっとうな論理批判をする。


「俺が嫌いなのは、童貞を『こじらせている』奴だ。ほら、よく居るだろう、いつまでもじくじくと『自分は童貞なんだ、女とまともに付き合えないんだ~』って嘆いている奴。それでいて、しっかりエロ本買ってる奴。いや、だからこそ、そういった代換物で処理してるのだろうが」


「処理言うな。それに、『懐中水時計』だってしっかりとエロ本扱ってるじゃん、さっき言ったけど」


「俺の本屋は俺の見識を満たした本しか置かないのは知っているだろう? 扱っているのは、古代ジュダス文明の性典や、二十年前の同人エロゲのガイドブックや、そういったものだ」


「マニアック! ……今度読ませて」


「お前さんはほんと『人のことが言えない』って言葉が似合うなぁ」


ここで書店「懐中水時計」について解説しておこう。


建物は二階建ての、古い木造様式。レトロ、といった表現が似つかわしく、少なくとも五十年は経っているであろう風格をかもしだしている。全体的に焦げ茶のシックな色彩で包まれ、屋根は深い緑色。


一階は人文学、科学、魔術関連書を、きちんと配列に沿って並べ、少々の窓が点在する吹きぬけの二階には、びっしりと各種専門の全書といったものが並べられている。


新刊も古書も同等に扱う。また、地下二階に及ぶ巨大な書庫には、各種雑誌のバックナンバーが大量に所蔵されている。先ほど「ロシアで電撃文庫」の例を出したが、どのような国の、どのような言語の、どのようなマイナージャンルの本であろうと、「良書」であれば、レルエリィが「これは良し」と認めれば、その本は「懐中水時計」に並ぶ。


セレクトショップであるが、幅は広い。


それはひとえに、この店主・レルエリィ・ヒルトハミットの博覧強記ぶりにある。


大貴族・ヒルトハミット家の息子として生まれたレルエリィは、その生まれに相応しく、若かりしことは放蕩三昧を優雅に過ごしていたが、ある日突然天啓に打たれ、本……「活字の世界全般」……「知」なるものの探求の熱望に取りつかれてしまった。


結果、異常なまでのビブリオマニア、活字中毒になった挙句、それまでの人生に見切りをつけ、世界各国を放浪し、古書珍書奇書の収集に励むため、家を出るという暴挙に出た。現在ヒルトハミット家とは断絶状態である。


そんな奇妙な経歴を持った人物である、この店主は。しかしだからこそであろうか、本というものに対する愛情――あるいは偏執――は、常人のそれを遥かに凌駕する。


レルエリィにとって本とは、先天的に与えられたモノではなかった。この気持ちは筆者にもわかる。今でこそこうやって文章を書き、本を読んでいる筆者であるが、小さい頃は模型ばかり作っていた。それが中学のみぎり、突然本を読みだした。そのときからの、「天から何かが降りてきて、世界が広がった」感覚は、未だに消えていない。


ギフト、という概念がある。才覚は天から授けられるという考えだ。


もちろん筆者はレルエリィの博覧強記をもって任ずるものではない。だが、気持ちはわかるのだ。その経験を――天から何かが降ってきた経験なかりせば、今の自分はなかった、という、その感覚が。筆者の場合、その他にも、同じような「後天的天啓」で、エロゲと音楽とがあった。そしてそれは確かに、自分の世界を広げてくれた。そしてそれは確かに――自分の人生を変えてくれた。世界に恋をするかのように、ぱっ、と。


それに対する感謝と敬意の念なのである。レルエリィが「懐中水時計」を経営するのは。


「そういった本を買う奴らは、エーロの道を極めんとして、覚悟決めてるからいいんだよ。自信を持って買っている。臆面もない」


「少しはあった方がいいと思うけど」


「言っても無駄だ。問題はだ。俺の店に来る客の話じゃないのだ。彼らは自分の性癖と、自我について、きちんとした認識を持っている。だが、童貞意識をこじらせたヘタレは違う。自分はエロの初心者と思うばかり、やたらと過敏になって、発言が過剰になる。処女崇拝者――処女厨、と言ったほうがいいか? ああいった手合いのエロ談議ほどみっともないモノはない。かと思えば、別の者は、その過剰性ゆえに、ハッタリをかましたりする。自らの身の丈に合ったエロを語らない。初心者が放尿プレイを語るな」


さりげなく放尿プレイ言うな。仮にも青少年向けラノベだぞこの小説。ところで、昨今の文物で、放尿プレイがやたらと一般化して、「濃度」が薄くなったと思うのは筆者だけだろうか(黙れよ)。

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