第二話「ん? 私はこの学園のみんな、楽しくって好きだけどな!!」by土筆
前書き 第一章、第二話……始まります♪
時刻は六時半過ぎ頃。
若干、眠たかったりした。
僕こと椒表裏はこの度、内地からこの地へ転校してきた最中というやつで。
今回はまさしく初登校と呼べるものになるんだ。
そうなると朝に職員室で先生に挨拶というのは当然、義務の様なもので。心理的にも現実的にも早く行って挨拶しておかなくちゃ、くらいには思うわけだ。だから僕は現在、こうして朝の早くに僕の新しい高校である冬源学園へと到着しているわけですよ。
つまり、話を戻すけど朝、早起きし過ぎて若干眠気もあるという訳だ。
けど、あるって言っても少しだけだけどね、ホント。
そりゃまぁ、転校初日だからさ? 眠気をある程度の緊張感と少しの不安っていうものは当然あるわけで。だけど、その二つは眠気の抑止力として働きすぎているわけでもない。
抑止力はむしろ、このちょっとした感動だろう。
風景。
その、爽快なまでに晴れ渡る青い空の光景が色濃くなってくる時間帯だ。朝方には気温の関係で涼やかな風が感じられるが、朝の涼しさというものは目を覚まさせてくれて、気分をシャキッとさせてくれる辺り、実にありがたいと僕は思う。
同時に、ここが都会とは少し離れた場所である故に周辺には綺麗な草花。花壇の中で育成されているだろう美しい花々。学園を囲む様に立つ森林の荘厳な風景。
この時間帯にこういった場所に来ると、眠気も吹っ飛んでくよね。
ついさっきも軽く深呼吸した際なんか感動でしたね。
自然情緒溢れる場所――、自然に囲まれた地形なんかで病気の人は療養とかよく言うわけだけれど、やっぱり空気が美味しい。都会とは比べ物にならなかった。
体の奥からこう『爽やかっ!!』という感情が沸々と湧き上がるくらいにさ。
そういう訳で、空気と朝の涼しさ。
この二つが味方してくれる僕は並大抵の眠気なんか吹き飛ぶというもの。だけど、やはり眠気というのはあったりもするのが現実。
――が、そんな眠気も僕は今、見事に看破されました。うわーい、やったー。
「……地味に、痛……い……」
芝生の上。手入が行き届いているのだろう、ふわふわの芝生。
その上で僕は実に情けなく、ごろーん、とうつ伏せに倒れ伏していた。ああ、くそ、体が地味に痛い……!! 別に流血まではしてないけど、打撲のダメージが普通に痛かったりする。背中からモロだったからなぁ……腰にくるよ……!!
芝生をがしっと掴みながら僕は、何でこうなったんだっけねぇ……と若干の憤り覚えた。
そんな僕の視界――もとい頭上部分にずいっと影が出来る。
人影である。その影の主は、おそらくは僕の傍に立ちながら話しかけてきた。
「そんな所で何をしているのでございますか、見知らぬお方? もしやお加減が悪いのでしょうか?」
「無関係者を装うなぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!! そして少しは謝罪と心配を見せてくださぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!?」
体が痛みでズキズキもしたが、それは関係ない!! 僕、絶叫っすよ!!
何だこの慈悲的な心配の眼差し!? ねぇ、なにこの道端で倒れている人を優しく包み込んで癒す聖女の様な言葉使い!? 思いっきり別人なんだけど!? 物凄く、別人を装ってきてるんだけど、この娘ぉ!?
「ああ!! いけません、いけませんわ!! お加減がよろしくないのに、そんな風にお叫びになられては体に響きますわっ!!」
「叫びたくもなるわ!! 加害者が謝罪皆無で他人のふりしてくれば理不尽に叫びたくもなりますよ!!」
「……ああ、いけません。どうやら衝撃で頭がおかしく情緒不安定に……!!」
「なってないからね!?」
「気丈なお方……!! ……うっ、そして明日の朝には、昨日の被害者が避けなかった事が全面的に悪い加害者に申し訳もたたない事故が原因でお亡くなりに……!! 原因は頭蓋内血腫……くっ」
「『くっ』じゃないっすよねぇ!? 何、僕の死因、現実的にしてくれてるの!? その上、全然さり気無くないレベルでバズーカで正面突破レベルに自分の事を正当化してようとしてるよねぇ!?」
「今はまだ安静になさっていてくださいまし」
「話、訊いてほしいんだけどさ!? 勝手に進めないで欲しいんだけどさぁっ!?」
「ご安心くださいませ。不躾ながら私めが膝枕を持って、貴方が安静に眠れる様に尽力致す所存でございます。…………永久に」
「不躾過ぎる!! 命奪う気満々なんだけど!?」
「……貴方一つの命で何が贖えるとお思いで?」
「何か急に話題の根幹逸れたんだけど!? 何か、シリアスな場面での主人公の究極の選択の際に仲間が問いかける様なセリフが飛び出たんだけど!?」
「具体的に言えば、言われなき少女をお救いする事が可能です。――そう、貴方が死ねば彼女は怒られない」
「怒られるのが嫌なだけで、命を投げ打つ勇気ねぇえええええええええええ!!!?」
「……さぁ、お逝きなさいな」
「すっごい慈悲溢れる表情で言ってる内容が私利私欲過ぎる!!」
「嘘吐き……。私の為にだったら死んでくれるって言った癖にっ!!」
「言った覚え皆無!! そして僕らそんな関係性全くないしっ!?」
「……貴方が死ねば、言われなき罪の少女が救われるのですよ?」
「怒られるのが嫌ってだけで死を選ぶ男いないと思うけど!? そして言われなく無いよなぁ!? 完全にそっちの方が今回は悪いと思うんだけど!?」
「んだよ、ブレーキとアクセル間違えただけで大袈裟だなぁお前」
「そして王道クラスの事故理由だったぁあああああああああああああああああ!!!!」
絶叫する僕を尻目に彼女は「ちょっとした間違えだし見逃せよー♪」とニコニコ笑顔で僕の肩をバンバン叩く。この野郎、おかげで痛みが響くぞ……!! っていうか演技は諦めたんだな。
しかも、なんかこうギリギリと痛みが走ってきて思わず意識を手放しそうだ――、
「――って、さり気無く肩に力を込めて気絶させようとしてるよなぁ!?」
「あん? あははははっ、何言ってんだよお前ー♪ 私が、んな事をするわけがねーじゃねーかー♪ 理由もなしに人を疑うのは、良くないぞ?」
「大ありなんだけども!? さっきまでの行動から理由明白なんだけどさぁ!?」
「……ぷっちゃけ怒られるのって面倒じゃん?」
「共感は出来るけど、今の状況的に共感できるかぁっ!!」
「うぐっ」少女はダラダラと汗を流しながら、僕の目から視線を逸らしながら「……でも、お前、結構平気そうじゃね?」
「平気……とまでは言わないけど、多少は痛だからね?」
彼女の指摘通り、痛い事は痛いが、そこまでではない。
当然バイクに撥ねられるというのは痛い事この上ない事であるのだが、僕はそこまで動けないほどに痛い何てことはなかった。より、正確には痛くてもある程度動ける為だ。
幼少期から父さんにより、ごく自然的に体を鍛えられてきた僕は、ある程度頑丈な体でありバイクやトラック等であれば、状況次第だがある程度、堪えて動けるだろう。だから今回も、それ程問題過ぎる痛みとかではないわけで。……まぁ、新幹線や電車に撥ねられたら流石に命なんて無いが。
それはそれとしてだ。
「……平気だったから良かったと言えば良かったけど……ね?」
そう言いながら、僕はジッと彼女の瞳を見る。
こういうのは流石に一言欲しい。僕も今は怒りの感情も落ち着いてきているから、いいのだが、一つくらいは告げてもらいたいものですよ。直訳すれば『謝罪してください』であるが、まぁけじめ的なものだ。
そんな思いを含ませた視線を浴びると彼女は小さく息を吐き出すと。
「……ま、そうだわな。……うん、悪かったよ。これは完全、私のミスだから謝る。ごめんなさい」
そう言うと彼女はぺこっと頭を下げた。
それを見ると僕も何だか心がふっと軽くなる。うん、転校初日から妙にギスギスした気持ちっていうのも嫌だから、素直なこの謝罪は僕の心を和らげてくれた。
……とすると、次は僕の番だよね。
まぁどちらが悪いというと八割は彼女だと思う。二割ほどは、ぼーっとしていた僕の方も悪かったかも、しれない。まぁバイクを避けられたかどうか次第ではあるんだけど。
だから、僕も少しだけ謝罪を込めて口を開――。
「よっしゃ、私は謝った!! 次は不注意ぼうっと状態だったお前が謝れっ!!!」
「謝罪の気持ち無くすわ!!!」
いや、もう無くなったよ!! 確かに考えてはいた事だけど、スパーンと気持ちが萎み込んでくよ、というよりハリセンで彼方に吹っ飛ばされた気分なんだけど!?
そんな僕の内心を知らず「さっ、こういうのはお互いギスギスしてたらしょうがねぇしな。私が謝ったんだから、お前も二割の不注意による回避を謝罪しろよな? 耳が不自由とかだったら謝るのは私の方だけどよ、お前会話出来てたし」と語ってくる。
無駄に内心の考えが同じってのが何かムカつくんだけど!?
いや、考えてた通りの事なんだけど、当事者にこう言われると気持ちが消し飛ぶ!!
ああ、くそ、何で無駄に考え方同じだったのさ!?
「私だけに謝罪させて、お前はしねぇってか? これだから最近の若者は礼儀知らずだなぁ、おい?」
そっちに言われたくないんだが!?
いや、確かに演技中の礼儀は不躾も合わせて相当だったけどな!! でも、何か言われる内容がすっげぇ妙にムカつくんだが!!
「謝罪しねーってんなら、この件は無かった事でいいんだな?」
何か取引出てきた!! 何か全く知らない取引出てきた!! しかも条件、こっちが圧倒的に不利なんだけど!? 謝罪しなかったら帳消しで、謝罪したらなんかなぁ……って感じになるだろうこの現状は何!?
どっちにしても僕、不利じゃねぇ!?
そんな葛藤の末に僕は、
「…………。…………。……後方不注意ですいませんでした」
……ペコリと頭を下げる、僕。謝罪と共に。
それを聞くと少女は「おっしっ、良く言ったな!! ああ、私の中でお前に対するちょっとだけのわだかまりがふわって氷解したよ。ありがとうな。いやぁ、朝方からギスギスしたままって嫌だもんな、お互いにさ? 私たち偉れぇなっ!!」という回答に「そっすねー……」と、遠い目で返す僕。
……うん、何だろうね。車に乗ってないのに、後方不注意ですいませんでしたって謝る僕って本当、何だろうね……。っていうか何か納得いかないなぁ……。いや、わかって言ったんだけどさ。
当初の考えと同じくお互い謝罪って形なんだけどさ……。
……うん、何だろうねぇ……。
そこまで考えていた所で、彼女が僕の顔を見ながら眉をひそめる。
「……ところで、今見てて思ったんだけどよ……。お前、私見たことねえんだけど……?」
その言葉から僕は彼女が結構知り合いの多い子かな、と思いつつ小さく吐息を吐き出すと落ち着かせた心で口を開いた。
「僕は――」
「花の妖精が、学園に通いたくて実体を持った存在だよな!! わかってる!!」
「全くわかってねぇ!!」
的外れもいいとこだった!!
「じゃあ、明朗に借りた漫画に出てきたクラバウターマン?」
「仮にそれだとしたら、この若干、山奥の何処に船があるんだぁ!!!」
「え? そんなの、この学園の真下だけど?」
「驚愕の事実!?」
「いや、『航海部』が持ってる船だから、結構認知度高いけどな?」
「最早、部活動に思えないんだけどさぁ!?」
「……っていうか、そんくれぇの事を知らないって事はお前――」
あ、良かった。転校生だって事をわかってくれたっぽい――。
「学生服を裏ネットオークションで仕入れて女子更衣室を覗き見しようと、こんな早い時間に潜入してきた変質者だな、お前!!!」
「最悪の曲解されたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
僕、再び絶叫!!
おかげでまたも体がズキズキとしたが、和らいできていたので、そこまで苦でもない。だからだろう。このままではいけないので、僕はこのテンションのままに軌道修正を試みるしかなかった!!
「僕はぁ!! 今日からっ!!! 転校してきた!!!! 転校生だっての!!!!!」
「テンション高くね?」
「わかってるよ!!」
「何でキレ気味なんだ?」
「何故でしょうかねぇ!?」
僕にも最早何が何だかよくわからなかったりもするさ、ああ!! 若干、理不尽な八つ当たりにも見えてきたし!!
だが、とりあえず僕の言葉ははっきりと、間違くなく、確実に伝わった様で。
彼女は「なんだ、転校生かよ。だったら先に言えよなー、全くややこしいったらないわ、、まったくさぁ」と呆れ混じりに言う。とりあえず怒りたいんだが、怒ってたら体力が持たなそうな気がしたので諦める事にしようか。
納得行ってないけどね!!
と、そんな風に内心、地団太を踏む僕に対して彼女はすっと手を伸ばして来て、綺麗な唇を動かして言った。
「それなら、自己紹介だな。私は二年E組の櫛津町土筆てんだっ♪ よろしくっっ!!」
喜色満面の笑顔で、そう言った。
二年生――、そのくらいだろうとは思っていたが、同級生であった。ハキハキとした笑顔の似合う少女であり、容姿は太陽の様に明るい美貌であった。鮮やかに発光する薄緑色の髪を後ろで一部三つ編みにしてから、さらりと広がる独特のポニーテール。瞳の色は黄色。学園指定の学生服の一つと訊く茶色に緑のアクセントが入ったフリルもついた可愛いと評判の服装で包むスタイルは良く実に美少女呼んで過言無い容姿であった。
僕に背面衝突してきた少女、櫛津町土筆は中々、個性的な少女であった。
そして彼女の差し出した綺麗な右手を伸ばした左手で掴んで握手を交わすと僕は「本日、転校してきた、椒表裏って言います。よろしく」
「ふぅん、椒か。ああ、よろしくなっ♪」
握り返される僕の左手。櫛津町は元気ハツラツな、某ドリンクCMも納得の明るさで返答を返した。そこまで済んだ所で、不意に声がかかる。
「挨拶は済んだ様だな、小僧」
突如、誰もいなかった空間に歪んだ光景を刹那生んで現れるルーさん。
「……いやいや、何ですか今の?!」
当然、僕はツッコミを入れる。そりゃあねぇ!!
「執事足るもの、空間転移など出来て当然」
相変わらずの渋くて格好いい流暢な言葉で執事のハードルを上げるルーさん。
「相変わらずルーさん凄ぇなぁ……!! 私はまだまだ残像レベルだしさー」
「修練次第だ、櫛津町」
「さり気無く、この空間がカオスになってくよ……」
何か良くわからないが、とりあえず関わるのは止しておこうかなって思ったよ。
いや、関わったら価値観変わり過ぎる気がしたからさ……!!
「人との関わり合いを疎かにするのは感心せんがな」
「相変わらずの読心を止めてくださいね? そして、この現状なら現実逃避止む無しだと僕は思いますがっ」
「椒、いいか? 人はな……現実逃避ばっかりしてたら、前に進めないんだ。どれだけ現実が残酷でも、前を見据えて歩かなくちゃあいけないんだ」
「素敵な名セリフありがと櫛津町。でも、この場面と、その言葉合わないんだ、今の僕にはさ」
何だろうか、僕。何か転校初日っからすっごい面子が濃いんだよねぇ……。まぁいいんだけど……。
「こんなもので気苦労を感じている様では、この先生き残れんぞ、小僧?」
「学校が別の意味で恐怖に感じてきましたけど」
「んぁ? なーに、言ってんだよ椒っ!! いや、胡椒!! この学園の奴ら、イジメとか全くしないからな?」
「うん、イジメが無いのはいい事だけど、何故に僕の綽名が胡椒になったのかな? それと今の気持ちの理由はイジメ関係ねぇええええ!!」
「どうでもいいが、いい加減に職員室へ向かうぞ、小僧。教師に挨拶があるだろう?」
「ああ、そうでした……。なんかもう疲労感蓄積されてるのに、転校初日にすべき事が何一つ片付いていなかったんでしたね……忘れてたやぁ……」
「おいおい、そんな初歩を忘れるなんて、ダメだぞ、椒ー?」
「原因の一つは間違いなく、櫛津町にあるんだけどね」
「責任転嫁って私、好きじゃないんだけどよ?」
「さっきまで責任転嫁起こそうとしていた奴に言う資格ないけどなぁ!?」
「アッハッハッ、わりーわりー♪ ごめんってば♪ な?」
櫛津町はそう言って、片手で『ゴメン』と体現すると、自分の腕時計を見て「ありゃ、もう七時じゃん」と呟くと、ちらっとルーさんを見て。
「当人同士で解決した物事に俺がこれ以上口を挿む理由は無いな。一つ言うとすれば、ブレーキとアクセルを間違えるな。以上だ、行って構わん」
その視線に対して、そういった返答をすると櫛津町は「…………(パァァァァァァ!!!)」と顔を輝かせてから、軽く僕の方を一瞥すると、
「んじゃ、今回は悪かったな。で、わりーけど、私は用があるからさ。ここら辺で、さよならだ。んじゃ、またなー♪」
ウインク一つしてから櫛津町は近くに横に倒れているバイクを担ぐと、〈ダダダダダアァアアアアアアアア!!!〉という実にすばらしい速度で走って行ってしまった。
それを見ながら僕は叫ぶ。
「バイクより速ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!?」
バイクを担ぐ筋力にも驚きだが、担いだ後の行動がまた凄まじかった!!
そんな僕を傍目に執事のルーさんは「OUI、当然だな」と襟元を手で軽く摘まみながら実に淡々と肯定を示していた。
……ラギ姉。
やはり……もう少し詳しく尋ねておくべきだったよ、学校について。
2
さて、朝に登校したら老執事に会ったり、少女騎乗のバイクに背面衝突されたりと転校初日から中々、濃い経験をした僕なわけだけれど。
今現在は、無事に校舎の中にいる。
あの後、ルーさん(※いい加減、名前知りたいです)に案内してもらった後に、僕は校舎内を実に二〇分近く歩く事となった。駆け足で。
いや、おかしいよね? 案内がいるのに二〇分近くってどういう事かな? 確かに疲労感もあったし、体に痛みも残ってるけど、駆け足で走って職員室到達までが明らかに時間かかり過ぎたんだけど? というか途中、直線長さ三〇〇メートル越えの廊下あったし……。
ちなみにルーさん曰く。
『新入生が迷いがちな道を予め教授しておいただけだ』
いや、近道か普通の行き方教えてください。
何で途中、滝や凄い広いプールに闘技場と植物園みたいな場所に遭遇したのかわからないんですが。そして新入生ご苦労様。
とまぁ、そんな具合に時間を浪費しながらも僕はここに辿り着いたわけで。
白塗りの壁。一般作りのドアの上にはプレートに『職員室らしき場所』と言うプレート。なんだ『らしき場所』って。必要ないものが文字が後半部分の半分以上にあるんですが。取っ払ってもらいたいんだけど、そこ。
僕はそんな風に思いながらも職員室の扉の前に立つ。
「……職員室にこんな朝っぱらから何か用かい……?」
そんな僕に対して傍の壁付近から声が訊こえてきた。……ふぅ、辿り着いた瞬間に見た際に視界にとらえたけど、見間違いだと思っていたから視界から削除したんだけどな……。話しかけてくるとは思わなかったや……。
ああ、そうそう。補足だけどルーさんは今、この場にいない。
執事としての仕事があるからって送った後に、一秒も掛からず体がぎゅっと両側から押されて狭まった様に見えたら次の瞬間にはいなくなっていたんだよね。ゴメン、もはや僕にはどう対処すればいいのか全くわからないや。
そして今度の事もそうだ。
「……こんな朝早くから、職員室とは数奇な少年だなぁ……」
段ボールの家に、ぼろぼろの毛布。生活必需品的なヤカンやらインスタントやら水やら。そういったものと一緒に横になってだらける三〇代前後と思われる男性がいた。
……いやいや、ホームレスかな、なんて思ってないよ?
学校にホームレスがいるわけないじゃないか。だから、きっとこの床に敷いたビニールシートの上に寝そべっているボサボサの黒髪で前髪長い為に目が見えてない人は決してホームレスとかではないだろう。
学園側も許可するわけもないんですから、ホームレスじゃあない……はず!!
「……まぁ、私がとやかく言う事でもないよなぁ……数奇な少年だとは思うが。朝から職員室なんて私は一度も行った事がないよ、数奇だ……」
とりあえず僕は数奇ではありません。
それと朝から職員室に入るはそこまで珍しい事でもないと思います。という僕の感情など訊いているわけもなく、男性は荷物をまとめるとゆったりのったりとした動作で「……次は外にいこう……」と静かに去って行った。
……いや、だから誰だよ!?
何か、心、乱されっ放しだなぁ僕!! だけど、もういい。僕も最早、何が何だか分からなくなってきたので勢いに任せるものとする。僕はドアに手をかけると、冷静な声で「――失礼します」と告げて職員室へ入った。
「仕事だりぃぃぃぃぃぃぃぃ……。だが減俸、嫌だよなぁ……。ああ、なんかもう、この書類を生徒に宿題として提出して完成させちまおうかなぁぁぁ……」
机の上にぐてっと体をだらしなく預けながら、ペンを走らせる、腕に点滴装置を使って、点滴を行っている表情の悪い男性教師がいた。
「ガキが、ガキが、ガキが、ガキが、ガキが、ガキが、ガキが、ガキが、ガキが……!!」
何か書類や用紙にガリガリと鉛筆を走らせる鬼気迫った表情の男性教師がいた。
「今日の体育はやはり野球だな。――そこに己が闘志を燃え上がらせる為にも、衣服は邪魔!! 全裸だ!! 男子は全裸野球だ!!」
何か危ない発言をしている癖にも関わらず、その目は何一つ淀みなく、純朴な少年の様に輝く瞳を持った男性教師がいた。
「全裸野球は止めてください天掛先生。それよりもスクールクライミングをおすすめしますぞ?」
そんな天掛先生に対して、何をする気だと問いかけたい提案をする、年配の男性教師もいた。
「仕事が……ない……」
絶望の表情で椅子に真っ白になって、風が吹けば消えてしまいそうな程にさらっさらになってしまっている男性教師がいた。
「授業開始時間、授業開始時間、授業開始時間、授業開始時間、授業開始時間、授業開始時間、授業開始時間、授業開始時間はまだなのかしらぁ……!?」
血走った目で自身のノートと学生名簿を手放さず、アイドルを応援する様な団扇に『SE☆I☆TO☆LOVE』と書かれたのを持ち、額に同じく『GAKUSEI』とピンクの文字で書かれたハチマキをつけた美人の女性先生がいた。
他にもたくさんの席があったが、大半は空いている。
そこまで考えて、僕は思いましたよ、ええ。
ルーさん。一つ心の中で言わせてもらうけどいいっすよね?
…………先生、マトモに見えないんですがぁあああああああああああああああああああああああ!!!?
がっくりと膝を曲げる。
ダメだ、もはや何からツッコメばいいのか、全くわからないよ……!!! ええ、何なんだろう、この先生達はさぁ!?
そんな僕に頭上から声がかかった。
「えーっと……」凛とした素敵な声で「……君、どうかしたのかしら?」と少し心配そうな声で話しかけてくる。
実に優しく暖かな声だったよ。
清楚な印象で綺麗な黒髪に黒目で、どこか大理石の様に輝く瞳。実に見目麗しい先生としか今の僕には言えなかった。
「そんな所で落ち込んでどうかしたの……?」
そう言って、屈み込んで僕の顔を見る気遣ってくれる表情。
僕は小さく頷いて言った。
「先生、大好きです……!!」
「いきなり何事なの!?」
いやもう、そう言いたくもなったんだ……!!
先生は「もぉ……!! 照れますよ、先生……!?」と言いながら頬を抑えながら呟きつつ、僕の事に気づいたのだろうか、ポンと手を打つと、
「あら……? よく見たら、君――……今日、転校してきた椒君、かしら?」
「……あ、はい。そうですね」
僕は少し間をおいて答える。視界の範疇では今も、先生達が奇行に見えて、その実マトモな行動を起こしてはいたが。
「ああ、そうなんだぁ♪ じゃあ、初めましてね♪ 私は、この学園で教師をやっております、虹吹社と言います♪」
自身のクラスの書類だろうか。それを胸の前で持ちながら笑顔を浮かべる虹吹先生は僕に神々しく映った。いや、本当にね……。
先生は、さて、と小さな声で呟くと。
「椒君がここに来たって事は、つまり担任の先生への挨拶に来たわけよねー……。うん、ちょうど先生いるし、挨拶に行きましょうか?」
「あ、はい。……でも、その言い方だと虹吹先生ではない様子ですけど、僕の事、知っていてくれてたりするんですね?」
唐突な転校だったし、覚える暇とかないし、接点ないかな、とか思ったのだが。
その問いに先生はくすっと微笑むと。
「何も私だけじゃありませんよ? この、学園の教師はみんな、君の事を頭にインプット済みです♪ 接点のないだろう教師達も含めて全員が、ねっ♪」
「さり気無く教師達に感心してしまいました……!!」
「あはは……まぁ、みんな一目見た瞬間には異色に見えますからね」
けど、と呟いて。
「先生たちの第一条件は生徒を間違えない事、忘れない事、関心を持つことです。この学園の教師陣は全員、生徒の顔と特徴を覚える事に関して一切の妥協がありません」
何だかんだでね、とにこっと笑みを浮かべる虹吹先生。
……傍目あれだけど、いい先生たちばっかりなのかもしれない。僕はそんな考えを抱きながら、虹吹先生に「さっ、それじゃあ――こっちね? 担任の先生に挨拶しなくっちゃっ♪」という暖かな笑顔の案内を受けて足を進めながら、担任であろう教師の元へ早速、向かっていく。
距離は左程でもない。室内だしね。と言っても比べると相当広いんだけどさ。
歩く事二分もかからない距離。虹吹先生に案内されながら、足を進めた先で虹吹先生は男性教師の肩をぽんぽんと叩くと「虎丸先生。ちょっといいですか、虎丸先生?」
その行動に、虎丸先生という教師はちらっと一瞥すると、
「子供は三人がいいっすよねぇ♪」
すぐさま虹吹先生が「アプローチかけてきたとか、そういうわけではありません!! そして、さらりと結婚まで吹っ飛んじゃいましたよねぇ!? せめて食事どまりの妄想にしてください虎丸先生!!」真っ赤な顔で否定を行った。
「……期待させといて……そりゃないっすよ、虹吹先生ぇぇぇぇ……!!」
「私としては今ので期待は即座過ぎたと考えますが!?」
「……男だったら、肩を叩かれたら『あ、彼女、俺と結婚する気満々だな』と思って普通じゃあないっすか!?」
「普通ではないと思います……?」
「何か僕を見られても困りますが、普通ではないので安心してください虹吹先生」
「あ、ですよね。ありがとう椒君――」
「虹吹先生が年下好きだったんなんて希望が絶たれた……!! ああ、何かもうだるい……」
「年下好きというわけではありませんよ、虎丸先生!?」
「ええー……」
「なぜ、そこで悲しげな表情なの椒くぅん!?」
「いえ、虹吹先生の反応面白かったので、何となく」
「意外に意地悪ですね、椒君!? からかいましたよね!?」
虹吹先生は顔を赤くして照れた様に怒った後に「コホン!!」と一つ咳払いすると、
「ともかくです。要件を正確にお伝えしますが、虎丸先生。先生のクラスで預かる手筈となっている椒表裏君が挨拶に来てくれましたよ?」
椒?
虎丸先生は一度、その名を口にすると「ああ、転校生っすか」と一秒もせずに認識した様子で呟くと。傍にある点滴装置を「ああ、だりぃ」と気だるげに片手で持ち上げると、その顔を僕の方へ向けた。
濃い茶色の髪の毛で、短髪。瞳の色は青。ただし目の下に疲労――否、気疲れの様な隈がある何とも不健康そうなオーラが漂う教師だった。いやぁ、何とも入院して病室が似合う様な男性だなぁ。
……っというか大丈夫なの、この先生!? 病院いかなくて平気なんだろうか?
僕の汗だくだくの心配を余所に、虎丸先生は、
「あー、よろしくな、椒。フルネームは椒表裏だったな。椒と呼んでいくわけだが」
顎に手を添えて、うんうんと頷きながら虎丸先生は納得した様子で頷き、
「まぁ虹吹先生の言うとおり、俺がお前の冬源でのクラスを務める事になってる――」
先生はポンと長く細い腕を伸ばして僕の頭に手を乗せると、楽しげな苦笑を洩らして、
「――担任の虎丸旗色だ。まぁ、適当く、よろしくな」
めんどくさそうにも、楽しそうにも思える表情で告げた。
ダメダメを、やる気なさを絵に描いた様な教師である虎丸先生に優しい女性教師虹吹社。朝に出会った櫛津町土筆。……いよいよ、もって僕の学園生活は実に意味不明にも、面白くなり始めてきた。
…………っていうか一日に会う人会う人、みんな濃いぃんだけどさぁ!!?
はい、第二話終了!!
すいませんね、何か!! 第二話になったら、唐突にキャラ増えた気がしますよね、ええ!!
新キャラは土筆に虹吹先生と旗色です♪ 今後どう展開してゆくかは……お、お楽しみに!?
で、でもまぁ……キャラも徐々に増えてきたのでオッケイです!!
次回辺りは表裏の自己紹介――つまり、クラスでの自己紹介になるわけですね、ここまで進んだ内容的に。
それでは、次回♪ また、会えましたら♪
今後もこの『木土愛楽の恋結び!!』をよろしくお願い致します♪